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天露の神  作者: ライトさん
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「授受」

 今年の暑さはきついですねえ

もうすっかりとめげています


「ところで雨子ちゃん、もう一回聞くのだけれども、小和香様に疑似宝珠とかを差し上げたらどうなるの?」


 榊さんを見送った後、家に入りながら皆で穏やかにお喋りをしている最中、節子はそう雨子様に問いかけたのだった。

節子曰く、雨子様に以前説明されてから色々考えてみたのだけれども、何だか上手く腑に落ちないとのことだった。


 その話を聞いた雨子様は、どうやれば節子にも分かるように説明出来るかと、ふと悩んでしまう。


「さてのう、どう説明すれば節子にも分かりやすいのかの?言うて見れば小雨のようになるとでも言えば良いのかの?しかしいくら何でも小雨とは…」


 そうやって何やらぶつぶつ言っているので有るが、節子の耳にはその内の小雨と言う単語だけが飛び込んでくる。

 そして節子の脳内では、小和香様→小雨の図式がいつの間にやら出来上がり、すっかりと固定されていくのだった。


 当の雨子様は未だ悩み続けて首を傾げているのだが、節子の方は既に次のステージへと行動を移し始めているのだった。


「祐ちゃん、ちょっと良い?」


 節子はそう言いながら小和香様にお茶をお出しする、この辺りはもう流れるような所作で有る。


「何母さん?」


 祐二は節子が何を願うのか聞く体制に入る。この後雨子様は、暫し小和香様にかかりっきりになるから手持ち無沙汰なのだ。


「ごめんね、さっき買い物手伝って貰ったんだけど、まだ色々足りないものが有ったみたいなの。また付き合ってくれる?」


 節子が雨子様達の為に動いているのを知っている祐二としては否応はない。

二つ返事で答えると再び出かける支度をし始めた。


「む?また出かけるのかや?」


 祐二の動きを見た雨子様が問う。


「うん、母さんが買い忘れたものが有るから手伝ってって」


 雨子様はそう答える祐二に目を細める。雨子様の思いを一身に受けるこの男の子の素直で優しいところ、こういう所が彼女は大好きなのだった。


「うむ、気をつけていってくるのじゃぞ?」


「分かった」


 そう答える祐二のことを優しい視線で見送る雨子様。そしてそんな二人の有様を見守っている小和香様。


 小和香様の胸の内でトクンと鼓動が一際大きく打つ。

小和香様は今まで感じたことのない不思議な感覚に、一体何だろうと首を傾げる。


 暖かい?熱い?ふんわりとして柔らかい?ざわざわとしてどこか落ち着かないのに安心するような?


 小和香様は生まれて初めて何か、自分の知っている言葉では説明出来ない新たな心の動きを、今感じ始めているのだった。


「さて小和香よ、それでは参ろうか?」


 雨子様は疑似宝珠を授ける為に部屋に向かうことを促す。

小和香様は今の一瞬に感じた何かを、言葉では無く感覚として記憶の中に留め、気持ちを切り替えて雨子様の後に付き従うのだった。


 階段を上り二つ目の奥の部屋、そこが現在の雨子様の部屋だった。


 元々は葉子の部屋で、彼女が嫁いだときに残していったそのままを今は雨子様が使っている。


 勉強机の他に本棚にベッド、後は備え付けのクローゼットと言った感じで、シンプルさを好む葉子の人柄を表すような部屋になっており、雨子様も気に入って居るのだった。


「お邪魔いたします」


 そう言うと小和香様は部屋の中に入る。

いわゆる年頃の女の子の部屋に入ったのは初めてのことなので、思わずじっくりと中を見回してしまう。


 そして本棚にいくつか並んでいる可愛い人形の列を見て思わず微笑んでしまう


「そ、それは葉子が置いていったものじゃ」


 小和香様の視線の末を知った雨子様が、顔を赤くしながら弁解気味に言う。


 しかし葉子が嫁いでから早数年の年月が経っているのである、しかも雨子様がこの部屋の主になってからも既に結構な時間が経つのだ。自ずと今の主が誰なのか分かるという物だろう。


「お可愛らしいです」


 そう言うと小和香様は嬉しそうにその内の一つを取った。


「まあ確かにそうではあるの」


 観念した雨子様は素直に頷くことにした。


 小和香様は本来の目的を思い出し、名残惜しそうに人形の頭をそっと撫でると、元有ったところに戻した。そして雨子様に向き合うと言う。


「それでは私はどのようにして居れば良いのでしょうか?」


 小和香様のその問いにうんうんと頷きながら雨子様は言った。


「それでは小和香よ、上着を脱いでそこな寝台の上に横たわるが良い」


 言われるがまま小和香様は上着を脱ぎ、普段雨子様が使っている寝台の上に静かに横たわった。

 その前に行くと佇む雨子様。


「目を閉じて心を無にしておれ、成るべくそなたの意思の干渉を防ぎたいのじゃ」


 小和香様は言われるがままに心穏やかに気持ちを静めつつ、ゆっくりと目を閉じた。


 小和香様の動きを見定めた雨子様は、机の引き出しを開けると中から、幾つもの珠を繋いで作った腕輪を取りだしてきた。

これぞここ数日雨子様が心血を注いで作った、小和香様専用の疑似宝珠である。


 雨子様はそれを手に持つと横たわっている小和香様の胸の所に安置した。

その上で宝珠と小和香様の双方にじゅを放ち、互いの間にある精妙な波長の差を埋めていく。


 当初より小和香様専用と言うことで作っていたので、凡その波長は合っているのだが、扱われることになる力の強大さを考えると、とことん正確に合わせておかなくてはならないのだった。 


 調整するとは言っても、今既に意思ある存在として居られる小和香様の側を操作する訳には行かないので、あくまでも疑似宝珠の側に様々な呪を重ね掛けしてくのだが、余程丁寧にやらないと正確には一致しない。


 こう言う細かい制御を得意としている雨子様をして、なかなかに困難な作業なのだった。

だがその苦労もやがてに実り、小和香様の上方に拡張された、制御の為の円環が次第に重なり合って行く。ついには寸分の狂いも無く綺麗に重なり、呪の構成を見事に完成させることが出来た。


「ふぅ~~~」


 雨子様は溜めていた息をようようにして吐き、額に浮かんだ汗をそっと拭った。


「もう身体を起こして良いぞ小和香」


 そう言いつつ雨子様は小和香様の胸に置いた腕輪をそっと手に取る。

小和香様は雨子様の言葉に従って、ゆっくりとその身を起こした。


「それで雨子様、上手く行ったのでございますでしょうか?」


 不安げな表情をする小和香様。


 事の出来不出来は全て雨子様の責任なので有るが、何が何でも和香様のお役に立ちたいと思い込んでいる彼女としては、是が非でも上手く行っていて欲しかったのだ。


「むう、問題なく仕上がったと思うぞ?」


 そう言うと雨子様は手に持った腕輪を小和香様に渡したのだった。


 おっかなびっくり受け取る小和香様。


「早速腕に填めてみるが良い、そうじゃな、心の臓がある側の方が望ましいので左腕じゃの」


 言われるがままに小和香様は左の腕に腕輪を填める。

手に持ったときには感じなかったのだが、腕に填めると仄かに暖かく、微かに鼓動を打つかのように小さく伸縮を繰り返している。


 思わず目顔で問うように雨子様のことを見る小和香様。


「分かったかや?それはそなたの鼓動に合わせて動いて居るのよ。故にその腕輪はそなた専用となり、他のいかなる者も使うことは適わぬ。それは例え和香であったとしても同じ事じゃ。逆に言うとそこまでそなたに同調させて居ると言う事じゃな」


「はぁ」


「どうじゃ、なんぞ違和感なぞはないかの?」


 そう雨子様に言われた小和香様は、暫く時間を掛けて自らを内省してみるが、彼女の力では何の変化も認めることが出来なかった。


「何も、何もないようです」


 そう言うと雨子様は嬉しそうに頬を緩めた。


「そうであろな、もし違和感があるようなら、それは失敗を意味して居る。では最後の仕上げじゃ、小和香、耳を貸すが良い」


 言われるがまま小和香様が頭を傾けると、雨子様がその耳元に口を寄せ、小さな声で囁く。


「●●■▲▼■●」


 そう言い終えると雨子様は小和香様から離れた。


「それがそなたにのみ役立つ真言じゃ。そなた以外の誰にも役に立たぬ物じゃが、その言葉を持ってそなたは宝珠の力の入り切りを行うことが出来るようになる」


 それを聞いた小和香様は問うた。


「して、この真言により変化した私はどうなるのでございますでしょう?」


 小和香様はユウや小雨達の変化を思い浮かべながら雨子様に問うた。


「うむ、そなたは和香を包む巫女装束と成って力を尽くすであろう」


 すると小和香様は花開いたかのように笑むと言った。


「私が和香様をお包みし、お守り申し上げるのですね?」


「そうじゃ!」


 雨子様の肯定の言葉を聞くと、小和香様ははらはらと涙を零した。


「雨子様、嬉しゅうございます、この身の全てで以て和香様をお支え出来るとは…本当にありがとうございます」


 和香様大好きの小和香様故、自分の思いを果たし尽くせること、何よりも嬉しく、その思いの丈を涙として溢れさせるのだった。


 そんな小和香様の喜ぶ様を見ながらふと時計を見る雨子様。

必死になって集中していたせいか、思いの外時間が掛かっている。窓の外を見ると既にすっかり闇の帳が落ちていた。


 雨子様は思う、そろそろ節子達の方の準備も終わっているのではないかと。


「ではこれを以て宝珠の授受は終了する物とする、異論は無いな?」


 雨子様のその言葉に、一端ベッドから床に降りた小和香様は、正座をすると実に美しい所作で丁寧に頭を下げ、思いを尽くして礼を述べるのだった。


「此度はありがとうございました、雨子様」


 それを見ながら雨子様も嬉しそうに言う。


「良い良い、我もそなたに和香が守られることを思うと安心するのじゃ。こちらこそよろしゅう頼むぞ」


 そう言うと雨子様は、小和香様の腕を掴んで引き起こし、皆の待っている階下へと向かうのだった。






和香様大好きの小和香様でした

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