デート
遅くなりました、デートですw
さて当日朝起きると、雨子様はもうご機嫌でくるくると動いている。
家族全員の分の朝ご飯を一人で調理しているのだ。
いやまさかこんなにまでご機嫌になるとは。
既にダイニングテーブルに座っていた母さんが、僕を見るなり目をくるりと回した。
母さんをしてこの雨子様にはびっくりと言うことなのか?
「おはようなのじゃ祐二」
「おはようございます」
「おはよう、祐ちゃん」
「父さんは?」
「もうとっくの昔に雨子ちゃんの作ってくれたご飯食べて仕事に行ったわよ」
「そうなんだ」
「とてもご機嫌で鼻歌歌いながらよ、なんだか失礼しちゃうわ」
「え?」
僕が固まっていると母は口を尖らせながら言った。
「普段は私だってちゃんと朝ご飯を作って、送り出しているじゃ無い?」
それはまあそうだ、それに母さんの朝ご飯に文句を付けるべき所なんか何も無い。
「もしかすると父さん、娘に朝ご飯作って貰って嬉しいとか思ったのじゃ無い?」
「あら…そう言われてみたらそう言うことなのかしら?まあ私も実際嬉しいし…」
やれやれである、なんとか夫婦の危機は回避出来たのか?
そんな会話を母さんとしていると雨子様がキッチンから盆を掲げてやって来た。
いやしかしなにそれ?物凄く可愛いエプロンしているんですけど?
「お待たせしたの」
そう言うとにこにこ顔で配膳をしていく。一回では運び切れていないので慌てて立ち上がると、残りの物を取りに行って雨子様をサポートする。
「むぅ、殊勝じゃの祐二」
隙を見て人の頭を撫でようとするので巧みに避ける。するとちょこっと頬を膨らます雨子様。
「何故逃げるのじゃ?」
「いやいやいや、母さんも居るんだし」
どうにも最近の雨子様、TPOに構うこと無しに僕に構ってくる節がある。
「あら~~、私なら良いんですけどぉ、二人の邪魔にならないようにするしぃ」
母さんそれ、全然平気って言う顔じゃないし。
もしかしてこれって彼女が同居していることの弊害なのかしらん?
そんなことを思っている間にエプロンを外した雨子様が席に着く。
それを見た僕も慌ててお盆をキッチンに戻すと椅子に座った。
「「「頂きます」」」
今日雨子様が作ってくれた朝食は、ホットサンドだった。他にサラダやヨーグルトなんかもあるのだけれども、それはともかくホットサンドメーカーは我が家に一つしか無い。
一体どうやって三つも熱々の物を作れたのだろう?
僕と同じタイミングでホットサンドに口を付けた母さんも、どうやら同じ疑問を持ったようだ。
「雨子ちゃん、これ三つとも熱々みたいなんだけれどもどうやったの?」
すると雨子様はそう聞かれたことが嬉しいのか、相好を崩しながら説明してくれた。
「むふぅ!よう聞いてくれた。予めオーブンレンジを加温しておいて、メーカーで出来た順にサンドを入れて保温しておいたのじゃ」
「あらまあ、目から鱗ね」
話を聞いた母さんは感心している。
「こう言う工夫を自分で考えて出来るようなら、料理の免許皆伝ももうすぐそこね?」
「本当であるか?」
余程嬉しかったのか雨子様は飛び上がって喜んでいた。
「うむ、精進するが良い」
って、母さん何偉ぶっているんだか?
「ははぁ」
何それ?雨子様までノリノリじゃ無いか?
何とも朝からテンション上げ上げで、実に賑やかな朝食となった。
余談であるが、当該のホットサンドはピリ辛マスタードの効いた炒めキャベツとウインナが入っていてなかなかに美味しゅうございました。
賑やかに楽しく朝食を終えた僕達は、後片付けは良いからと言う母さんの、楽しんでらっしゃいという言葉と共に家から送り出された。
本当のところ、水族園が開演するには少しばかり時間が早すぎるのだけれども、近くの海岸沿いに景色の良い遊歩道があることから、先にそこで散歩を楽しもうと思っている。
今日の雨子様の出で立ちは、明るいグレーの長めのスカートと、白い薄手のセーターという物だった。おそらくこれらは母さんとの買い物で手に入れたのだろう。
初めて目にするから間違い無かった。
多分雨子様には僕がちらちらと見ているのが分かっていたのだろう。
少し不安そうな顔をしながら、おそらくは僕の言葉を待っているに違いない。
「雨子さん、今日のその服もとても合っていますね。この間のとはまた雰囲気も違って綺麗ですよ?」
その一言で雨子様の周りに花が咲く。
ここだけの話、実はこう言った褒めると言うことについて、僕は事前に父さんから薫陶を受けていた。
何でも自分の失敗談を思い出しながらと言っていたから、母さんとの時に色々あったのかも知れない。
けれどもその薫陶のお陰なのか、雨子様は始終ご機嫌だった。
最寄りの駅で電車に乗り、水族園駅まであっという間なのだけれども、未だか未だかと待ち切れない様子だった。
さて目的の駅に到着し、先に遊歩道目指して歩くのだが、時間にして凡そ十分掛かるか掛からないくらいかな?
途上の道も綺麗に整備されていて、そぞろ歩くにはとても良いところだった。
両脇にある家々には綺麗に花を植えてあるところが沢山あって、なんだか見ているだけで楽しい。
未だ時間が少し早めと言うことも有って、道を歩いている人はちらほらで、お陰でとても静かで鳥の声なども聞こえてくる。
「なかなかに良いところであるの?」
雨子様がそう言いながら気に入った物に視線を向けつつ歩くものだから、些か足下が頼りなく、何度か躓きかけている。
「雨子さん?」
仕方が無いので僕はそう言って促すと雨子様の手を握った。
すると急に大人しくなってしまう、丸で借りてきた猫?
自分では時にひょいっと僕の頬に唇を押し当てたりする割には、僕の側からアクションを起こすと、思った以上に照れてしまう。
ま、そこもまた可愛いのだけれども、なんてことを思ってしまった。
そうこうする内に僕達は海岸にある遊歩道に行き着いた。
さほど早朝という訳でも無いのだけれども、平日と言うことも有るのか、人通りが余り多くなく、気持ちの良い散歩が楽しめる。
中に時折犬を連れて散歩している人も居るのだが、不思議と雨子様はその犬に好かれてしまう。
別に雨子様の側から可愛がりに行くとかしないでも、あちら側から飼い主をもりもり引っ張ってきながら雨子様のところにやってくるのだ。
そして大喜びで雨子様の元に来て尻尾を振り、そこを撫でてやろうものなら忽ちクンクン言いながら服従の姿勢を取ってしまう。
これがミニチュアダックスとか言った小型犬とかなら分かるのだが、身体の大きい小さいにかかわらず、あらゆる犬種が同じように成るのには笑ってしまった。
もしかして犬たちには彼女が神様であることが分かって居るのだろうか?
気の毒なのは飼い主達で、大きなマスチフを連れた人など、いきなり猛烈な勢いで雨子様のところに向かうものだから、すわ何事と真っ青になっていた。
そしてやって来た犬君は、例に漏れず瞬く間の服従ポーズ。
飼い主さんは一体何事が起こったのかと目を白黒させるのだった。
そして雨子様が可愛いのう等と褒めそやすと、それこそうれションまでする始末。
さすがに飼い主さんは申し訳ながって、必死になって引き離すのだが、犬の方は頑として離れようとはしない。
申し訳ないので僕の方で雨子様に水を差す。
「雨子さん、飼い主さんが困っておられるから…」
僕のその言葉に苦笑する雨子様。それで仕方なしに犬君に声がけをする。
「ほれ、そなたの主が困って居るぞ?そろそろ散歩に戻らぬか?」
するとそう言われるや否や、犬君は一吠えワン。分かったとばかりに最後に尾を一振りすると、颯爽とその場から去って行く。
自分の言うことより初めて会った雨子様の言うことを聞くのだから、飼い主さんとしてはもう何がなにやら。
ただ雨子様自身としては、期せずして多くのもふもふ達に触る機会を持てたことで上機嫌だった。
ただ弊害も無い訳では無かった。
そうやってやって来た犬君達、皆行儀が良くって、雨子様には一匹たりとも飛びかかるようなことは無かったのだが、撫でようと伸ばされた手を、皆舐める舐める舐める。
お陰で手が犬君達の涎で大変なことになっていた。
そして今更ながらそのことに気がついた雨子様は、何とも情けなさそうな顔をしながら僕のことを見てくる。
そこで僕は海岸沿いにあるトイレの所まで連れて行って手を洗うことを勧めた。
「やれやれあやつら、可愛いのは良いのじゃが、ああまでして我を舐めねばならぬものなのかの?」
さすがの雨子様の閉口したようだ。
しかし無事手を綺麗にすることが出来ると、再びご機嫌になった。
何せ遊歩道の傍らには、雄大な海が控えている。不機嫌であり続けろという方が無理なことかも知れない。
雨子様は大きく息を吸いながら言う。
「本当に此処は気持ちの良いところじゃの」
はるか沖には四本マストの木造船らしきものが見える。もしかするとあれは練習船か?
雨子様が少し道を外れ砂浜の波打ち際近くまで行く。
周りには高い建物が無く、彼方には緑の山、そして海、広がる青空。
雨子様で無くとも解放感に満たされて笑い声の一つも上げたくなる。
柔らかく吹く風に手を大きく広げ、降り注ぐ光の中に長く美しい髪をとかしながら、楽しそうに笑い声を上げ続ける雨子様だった。
後々、この時僕はどうしてこの姿を動画に撮らなかったのだろうかと、強く後悔してしまう。けれどもその時はただ、雨子様のことを見つめているだけで精一杯、そんな感じだったのだ。
そうこうする内にやがて園の開園時間が迫ってきた。
僕達は誰言うと無く自然に手を繋ぎ、チケット売り場へ向かうのだった。
そこには既に人の列が出来つつあったのだが、スムースにチケット販売が行われたこともあって、さして待つ事も無く、そうこうする内に開園時刻になったのだった。
早速チケットを切って貰いながら中に入る僕達二人。結構カップルも居るけれども今日は子供達が多い?
そして入って驚いた、以前来た時とは丸で様変わりしていて、アトラクション的要素が満載なのだ。
中に入るなりいきなり目に入る巨大水槽。大変な量の海水の中に魚たちが自由に泳いでいる。すたたたたと小走りでその前に行くと、見上げるようにしてその中を覗き込む雨子様。雨子様、お口が開いていますよ?
その場所で余りに熱心に見続けるので思わず雨子様に言った。
「雨子さん、この先未だ見なくてはいけない物が沢山ありますよ?」
そう言われた雨子様はギギギという感じで僕の方へ振り返る。
「そ、そうであったの」
そしてなお暫しの間見続けた後、何とも名残惜しそうにその場を去るのだった。
その後様々な魚の展示があるのだが、皆色々と工夫されていて、寄り楽しみやすくなっているし、あ、クラゲ。
水槽内をふわふわと漂う姿に余程気を引かれたのか、雨子様にぐいぐいと引っ張って行かれてしまった。
そして目を皿のようにして見る雨子様。
こう言う雨子様の姿を見ることが出来るのって、それだけでもとっても貴重かも知れない。
「クラゲじゃな?」
「ええそうですね」
「なんと沢山居るのじゃ、皆気持ち良さそうじゃな?」
丸で借りて来た小学生よろしくである。
そうやって暫しクラゲを楽しんだ後は様々な魚の水槽の前に行き、眺めだしたらもうきりが無い。その場に根を生やすというか、無我夢中になって見ている。
さすがに此処で全ての時間を費やす訳にも行かないので、またまた雨子様を促す。
「あの~~雨子さん?」
僕にそう声を掛けられた雨子様は眉をへの字にしながら言う。
「わ、分かって居るのじゃ。分かって居るのではあるがほれ、こやつ、何とも珍妙な顔をして居るであろ?あははは、こっちはなんと抜けた面をしおって、くふふふ」
いや僕としてはもしかするとその雨子様の百面相を見ている方が楽しいくらい?
ともかく少し歩いては立ち止まりを繰り返しながら、本当に少しずつ僕達は前進していった。
お次は海獣達が水中を泳ぐ姿を見ることが出来るようになっていた。
さすが水生生物と言うべきなのだろうか?実にのびのびと楽しそうに泳いでいる。
それを見ていた雨子様がぼそりと言う。
「早う夏にならんかの?」
「どうしてですか雨子さん?」
「あのように気持ちように泳ぐ姿を見て居ったら、我もまた海で泳ぎとうなったのよ」
そう言いながら海獣達の泳ぐ様を嬉しそうに目を細めて眺めているのだった。
なんだかんだしている内にあっという間に時刻は昼に近づいていく。
こういう所の常なのだが、いざ十二時になってからだと一気に人が押しかけてしまって大変なことになることが多い。
そこで未だ少し時間がある内に僕達はレストランへと向かうことになった。
来てみて正解、既に水槽側の良い席から埋まりつつある。幸い僕達はその良い席の一角に案内して貰うことが出来た。
ほっと一息してその席に座るのだが、その横を巨大な白黒の陰が横切っていく、シャチだ!
「「おおおおっ!」」
二人揃って感動の声を上げる。
「これを見ながら食事をするのかや?」
雨子様は驚きを隠せないといった表情でそう僕に語りかけてくる。
対して僕も驚きつつもうんうんと返すので精一杯だった。
実際此処がもっとも掛かりの掛かるところなのだったけれども、雨子様のこの喜び様を見たら、もうそんなことどうでも良いと思えてしまうのだった。
食事はビュッフェスタイルで、各自が好きな物を取ってきて席にて食べる。
けれどもついつい水槽の向こうにばかり目が行ってしまって、食べることがおろそかになりがちなのが何とも言えない。
結局僕達も慌てて残りの食事を一生懸命に口に押し込む羽目となってしまった。
次はそのシャチのショーだったのだが、僕が背負っているリュックの中から、おもむろに雨合羽などを出し始めたのを見て雨子様の目が点に。
「祐二、そなた何をやって居るのじゃ?」
訳が分からないと言った感じでいるのでともあれきちんと着込むことを勧める。
周りの人間も皆同様にしているので、仕方無くと言う感じだったのだが、実際にショーが始まり説明があると、何となくではあるが合点が行き始めたようだ。
だが、実際にシャチ達が演技を始め、ザンザザンザと大波を起こして物凄い量の波しぶきを寄越して来るとそれはもう大変。
「きゃあ~~~きゃあ~~~!」
僕は初めて雨子様があれほどきゃあきゃあ言うのを聞いたし見てしまった。
やがてその破天荒なショーも終わり、雨合羽を片付けていると興奮し過ぎて息も絶え絶えになった雨子様がぽつり。
「人間は全く恐ろしいの?我は神の長き一生分の驚きを、もう皆経験したかのようじゃ」
そうして些か騒ぎ疲れた呈の雨子様に、リュックに忍ばせて置いた飴をいくつか分けた。
早速口に入れた雨でほっぺがころころ膨らむのだが、何これ可愛い!
次はイルカのショーを見たのだが、こちらは迫力もそこそこ有るのだがそれよりも軽妙と言うべきか?その細やかな演技力には感心させられる物があった。
ところが此処でも一つ面白いことがあった。
ショーの最中にイルカたちが皆一回は雨子様の近くまで来て海面から顔を出し、キーキー鳴いては頭を下げていくのだ。
そんな指図をした訳では無いトレーナー達が皆、雨子様とイルカの姿を交互に眺めては首を捻っている。
「ありゃ、あいつら犬たちと同じなんだな」
僕がそう言っていると雨子様が声を上げた。
「そう言えばさっきのシャチじゃが、あやつらもどうも普段よりかなり多めに波を寄越してきたらしいぞ?」
成る程そう言えば係の人が驚いていたっけ、今日はシャチが張り切っていますとかなんとか。
いやいくら何でもあれは止めて欲しいものだ。雨合羽を着て完全武装していて尚大変だったし、周りのお客さんはもう偉いことになっていたのだ。
「道理でなぁ」
その後僕達は園内のモニュメントを見たりお土産を買ったりしながら時間を潰し、再び海岸沿いの遊歩道に向かった。
そろそろ夕暮れ時なのだが、折角なので海に落ちる夕日を眺めようと言うことになったのだ。
風が少し冷たくなってきたので、僕の上着を肩から掛けて上げる。
「祐二…」
そう言うと雨子様ははにかみながらも嬉しそうに笑んだ。
そして僕の腕にしがみついてくると二人並んで海に落ちる夕日を眺める。
「綺麗じゃの…」
「本当に…」
静かに真っ赤な夕日が彼方の海に沈んでいく。その場にいる誰しもが見とれている。
雨子様が囁くように言う。
「祐二、今日はありがとうなのじゃ…」
「楽しかったですか雨子さん?」
「うむ、最高じゃった…祐二…」
そう言うと雨子様はその手でそっと僕の頬を捉え、柔らかな唇を僕の口元に押しつけた。
「今日の礼じゃ」
そう言うと雨子様は顔を逸らして夕日へと向ける。
照れてなのか夕日のせいなのか、雨子様の顔が真っ赤になって光り輝いていた。
ええなあ~~~




