デート前夜
いよいよちゃんとしたデートの前夜です
その日の夜、雨子様が買ってきた部品を抱えて自室に閉じこもったのを良いことに、僕もまた部屋に一人居た。
目的ははっきりしている。明日の天気を調べたところ、間違い無く晴れと出たのだ。
これはもう雨子様に宣言した通り、デートを決行しなくては成らない。
しかも実はこの事態はある程度切迫して居る。
何故なら夕食時、母さんに今日のデートについて根掘り葉掘り聞かれた挙げ句、デート失格の烙印を押されてしまったからに他ならない。
母さん曰く、そんなもののついでのデートがありますかとのこと。
確かに言われてみたらそう思えないでも無かった。
もっとも当の雨子様としては、あの状態ではあってもしっかりとデートと思っていたらしく、母さんの言いように少し不満げにしていた。
だがこう言った事柄についての母さんの言葉は、雨子様にとっての金科玉条にも成るらしく、素直にそのだめ出しを受け入れていた。
それだけに明日のデートには、気合いを入れて臨まなくては成らないという訳なのだった。
予め水族園に行こうかという話はしてあるので、行き先はもう決まっている。
後はリニュアール後に中がどうなっているかと言うことについて詳しく精査したのだった。
そして調べていく内にとあることに気がついた。リニュアール前であればお弁当の持ち込みなどが出来て居たのであるが、今は出来なくなっているらしい。
雨子様の性格から想像するに多分お弁当を作りそうなのだが、一体どうした物だろう?
事前に母さんに話をしておいて、母さん経由でそれとなく伝えて貰うかな?
ともあれそのことを踏まえてレストラン情報等を調べると…むむむ?結構な値段がするじゃ無いか?これはちょっと僕達高校生の小遣いでとなると厳しいものがあるなあ。
それは逆に言うと高校生としては分不相応なデート先と言うことになってしまうのだが、先に宣言してしまっていることもあるし、さてどうしたものか…?
自然視線が机の上に置かれた紙封筒に行ってしまう。
もちろんそれは和香様から頂いた例のお金の入ったものだった。
一高校生が持っているには些か過分でもあったので、母に手渡そうともしたのだが、にべもなく断られた。
母さん曰く、そろそろ大人に片足を突っ込みかけているんだし、自分が命をかけた代償に貰ったのだとしたら、きちんと自分で預かりなさいとのこと。
その時、視線を雨子様に向けると知らん顔を決め込んでいるのだが、微かに目元が笑んでいるところ、この状況を面白がっているらしい。
結局そう言った経緯で自身で預かり持つことになったのだが、小遣いやお年玉の残りでは些か心許なさがある為、使う使わないは別としていくらかのお金を財布の中に入れさせて貰うことにしたのだった。
こうやって見ると和香様の心遣いは、丸でこのことを見越していたかのようで、先見の明の極みとも言えるかも知れない。
さて、資金面で心配が要らなくなったところで、どのようなコースで回ろうか?
等と考えていたら部屋の扉にノックの音。
「どうぞ」
そう言いながらブラウザを閉じておく。
扉を開けて入ってきたのは雨子様だった。
「すまぬのこんな時間に…」
そう言う雨子様に僕は否を告げながら微笑んで見せた。
「いやあ、未だそんな遅い時間でも無いし、別に構いませんよ?」
「そうなのかえ?」
そう言う雨子様は少し嬉しそうだ。
「それでどう成されたのですか?」
僕がそう問うと、雨子様は少し言いにくそうな表情をしながら言った。
「明日の話なのじゃがな…」
はて?明日のデートについて雨子様の方から言って来ざるを得ないような事って、何か有ったっけ?
「はい、水族園の話ですよね?」
「うむ」
「何かありました?」
「それなのじゃが、我らはその、高校生であろ?」
はて?雨子様は一体何を言いたいのだろう?
「はい、その通りですよね。もっとも雨子さんを高校生の縛りで括ってしまうのは時にどうかなとも思いますが…」
雨子様は僕がそう言うと一瞬素の顔になったかと思うと、ふふふと笑いを漏らした。
「まあ確かにそう言われたらそうかも知れぬの。じゃが今のこの身は高校生であることに何ら変わりは無いと思うがの。それにの祐二、そなたと同じ時を刻んで生きているかと思うと、例えようも無く嬉しいのじゃ」
雨子様はそう言うとはにかんだように笑った。
そして何かを思い出すように少し口を噤んだかと思うと、目をきらきらとさせながら僕を見つめつつ言う。
「かつてはそなたから精を貰う為、半ば仕方が無いような形で高校に通うようになったのじゃが、今となってはその必要も無い。じゃがこうして人のことを色々と学び、そしてそなたと共に居ることで得られる喜びを思うと、これからもずっとそなたと道を歩みたい、そう思うて居るのよ」
「長い時間を生きてきて、色々なものを見知っておられる雨子さんから見て、退屈とかそう言うことは無いのですか?」
僕は思わず気になって居たことを聞いてみた。すると雨子様は即座に否定して来たのだった。
「そんなことが有るものか、我が色々なことを見知って居るとは言うても、それはあくまで我の目耳を通して知り得たことのみじゃ。今こうしてそなたと経験して居る様々なことは皆目新しいことばかりぞ?故に楽しゅうて仕方無いのじゃ」
雨子様はそう話をしながら、僕の頬に触れる。
「それにの、こうやって肉の身を実際に纏うてみると、外から見て想像して居ったのとは違うものを色々と感じられるのじゃな。ある意味その差に実は驚いてすら居るのじゃよ。
かつての人らの元ではこのようなことは全く感じられなんだ。そなたら人も、色々な意味で進化し、開花して居ると言うことなのじゃろうなあ」
そう言うと雨子様は感慨深げに僕のことを見ていた。
「そうそう、話が逸れてしもうて大切なことを言い漏れて居るの。それで明日の水族園のことなのじゃが…」
どうやら雨子様は本題について話し始めるらしかった。
「我にはまだまだ常識という物が無い故、ネットでデート成るものがどのようなものになるのかと、調べてみたりもして居ったのじゃが、かの場所は些か掛かりが大きすぎるのでは無いかと心配になったのじゃ」
その言葉で初めて僕は納得が行った。
「ああ、だから僕達は高校生だよねって仰って居られたのですね?」
「むう、そうなのじゃ。折角じゃから弁当など拵えて等考えて居ったのじゃが、調べてみるとあの場所はそう言った飲食物を持ち込んでは成らぬと書いてある。それで調べてみるとあの食事処は結構な値段がするでは無いか?」
驚いた雨子様、そんなことまで調べていたのか。
「確かにそうみたいですね?」
すると雨子様もまた少しだけ驚いた顔をした。
「なんじゃ祐二、そなたも既に調べて居ったのかえ?」
「それはまあ、僕が行こうと言い出した手前、どんなところなのかとは調べていましたよ」
「なら話が早い、我もここに来て、結構金銭感覚を学んできたつもりなのじゃが、あの場所に行って食事までもとなると、些か高校生のデートの範疇を超えておるのでは無いかと心配になったのじゃ」
「全くびっくりです、雨子さん。そんなことまで考えておられたのですか?」
「うむ、やっぱり気になってしもうてな。先達て節子と衣類を求めに参った時も、節子が余りに大胆に次から次へと買い求めるものじゃから、なんと言うか、はらはらしっぱなしじゃったのよ」
僕はその時のことを想像して笑ってしまった。
あれもこれもと次々と衣類を持ってきては雨子様に宛てがい、気に入った物があればどかどかと籠に入れていく母さんに対して、必死になってそれを押しとどめようとしておろおろとする雨子様。
ちょっと見てみたかったかも知れない。
「あれはもう本当に心臓に悪かったのじゃ。明日もまたあの経験をするのかも知れぬと思うと、もう気が気でないのじゃ」
雨子様って時に破天荒なところがあるのだけれども、こうやって妙に型に填まったというか、常識にとらわれているところ、面白いなって思ってしまった。
だが今回ばかりは僕の思うようにさせて貰おうかな?
「まあ確かに一高校生がふらりと出掛けて行くところとしては、些か費用が掛かるところかも知れませんね」
「であろ?」
「でも考えてみたら僕と雨子様の初めてのちゃんとしたデートじゃ無いですか?なら僕としてはそれ位のことはしても良いかなって言うか、ちゃんと思い出に残るようなデートにしたいのです」
「そうなのかえ?」
不安げな顔をする雨子様に、僕は安心させるように笑いかけながら言った。
「そんなに心配されずとも大丈夫ですよ雨子さん。今月の小遣いが未だ大方残っているし、お年玉の残りもあるんですから。一応和香様から頂いた軍資金を予備費として財布に入れて行きはしますが、多分使いません。だから雨子様、余りそう言うことは気にせずに明日は楽しんできましょう?」
そう言いながら僕が雨子様のことを見つめると、どうやら納得が行ったらしい。うんと頷くと顔の中から陰を消して、本当に嬉しそうに笑んだ。
「分かった、我はもう要らぬ事は考えん。純粋にそなたと共に楽しむことにする」
しかしこうやって僕のことを心配してくれるところ、雨子様の気配り力は凄い物があるなと感心してしまった。もっとも、多分に抜けていることもあるのだけれども…。
「さてこうしては居られん、明日の支度をせねば…。それではの祐二、早う寝るのじゃぞ?」
そう言うと雨子様は、僕の頬に柔らかな感触を残して去って行った。
全くどれだけ楽しみにしているのだか…。
僕は雨子様と出かける明日のことを思いながら、今一度ブラウザを開き、デートプランについて更に細部を詰め始めるのだった。
皆さんは初めてのデート、どんなところに行かれたのでしょうねえ?




