デート未満
相も変わらず宇気田神社は聖地視されている様でありますね
テストも終わり、様々な雑事も一段落した頃、僕たちは一度和香様の所に出かけることにした。目的は雨子様が遭遇して僕を生き返らせてくれた存在、文殊の爺様について和香様に詳しく報告を行う為だった。
僕と雨子様の二人だけでのお出かけとなる訳なのだが、何だか妙に雨子様が嬉しそうなのが不思議だった。
そしてそのことは電車に乗ると顕著になっていた。
「雨子さん?今日はやけにひっつきますよね?」
普通電車の長いシートに二人並んで座ったのだけれども、妙に雨子様がひっついて座ってくるのだ。
「そうなのかや?」
雨子様はそう言って普通を装うのだけれども、明らかに詰めて座っている。
そしてそれ以前にご機嫌でにこにこしまくっているのだ。
「何かありました?」
僕がそう聞くのだけれども、頭を横に振るばかりで何も言おうとはしない。でも微かに口角が上がっている、だがいくら追求しようとも、雨子様は何も言おうとはしなかった。
「そう言えば雨子さんのその服、初めて見ますね?スカート裾のレースとか何だか凄く可愛いですね?先達て母さんと買い物に行った時のですか?」
僕がそう言って今日の服装を褒めると、表情がぱあっと華やいでいく。
「う、うむ。そうなのじゃ」
そう言いつつ少し伏し目がちになる今日の雨子様は、何だかとても新鮮で可愛かった。
よく見るとうっすらとお化粧までしているじゃ無いか?この気合いの入れ様は一体何なんだろう?
「お化粧もよく似合っていますよ」
僕としては本当に普通に良く成ったところを褒めているだけなのだったが、雨子様としてはそれが嬉しかったらしい。これ以上無い位良い笑みを浮かべている。
だがそこで僕はどうも失策をしてしまったようだった。
「雨子さんがそれだけ綺麗に可愛くされているってことは、今日は何かあるんだろうなあ?」
僕だそう言った途端に雨子様の表情が暗く陰り、唇がへの字に曲げられてしまう。なして?
「雨子さん?」
何がなにやら良く分からずに、そう言って問うのだが雨子様は何も言わない。
心配になって顔をのぞき込むと、ぷいっと顔を背けながら言う。
「知らぬのじゃ…」
そんな雨子様の様子を見て本当に僕は困り切ってしまった。
家を出てからつい先ほどまで、この上無く機嫌が良かったのに一体どうして?
さっきからずっと一体自分が何をやったのかと自問自答しては見るものの、さっぱり訳が分からない。これは素直に謝った方が良いのかなあ?
残念ながら雨子様の機嫌を取り繕う前に、列車は目的の駅に到着し、僕達は徒歩で宇気田神社に向かうことになる。
距離的にはそんなに有るものでは無いので、普通に歩けば五分くらいで着くのだけれども、例の奇跡の龍?事件以来、異様に参拝者が増えているせいか、好みの速度で歩くことが適わなくなっているのには少し驚いてしまった。
余りの人混みに、下手をすると離ればなれにも成りかねなかったので、急ぎ手を伸ばして雨子様の手を掴むことにした。
すると雨子様が驚いたような顔をしてこちらを見たかと思うと、何だか途端にご機嫌な表情になっている。
これは一体何なんだろう?僕には訳が分からないなと思ったのだが、今はそのまま和香様の所に向かうことにした。
実にのろのろとではあるがなんとか最初の鳥居を通り、宇気田神社の領域に入った僕達は、途中で人の流れの本流から離れて、脇道へと入っていく。
ここの入り口部分には簡易ではあるがロープが張られていて、関係者以外立ち入り禁止との札が掛かっている。
そんな中へ僕達二人が入っていく者だから、幾人かの人には怪訝な表情で見られはしたのだが、実際僕達は大いに関係者でもあるので、若干の後ろめたさは感じつつも大手を振って中に入っていくのだった。
細い脇道を進み奥へ奥へと行くと、奥の院の裏手へとひょっこり出てくることになる。するとそこには小和香様がいて僕達を出迎えてくれた。
今日はいつもの小さい分霊姿ではなく、人の身の巫女姿だった。
「ようこそ、態々(わざわざ)のお出でありがとうございます。既に和香様がお待ちでございますので、どうぞこちらへ…」
そう言って頭を丁寧に下げると、先に立って僕達を案内してくれた。
何故だか時折振り返っては、僕と雨子様のことを交互に見ている。なんでだろう?
いつものように地下の屋敷のところに到着すると、入り口のところでなんと八重垣様と遭遇した。
「おう、坊主。元気にしていたか?」
何と言うか八重垣様は、そこに居るだけで覇気とでも言えば良いのだろうか、力のような物が伝わってくる凄い神様だ。
「おかげさまで元気にしています」
僕がそう言うと八重垣様の視線が雨子様へと向けられる。向けられるのだが何故だか妙に定まらない。
「雨子も無事元気なようだな?」
八重垣様のその台詞に雨子様はうむとばかりに頷いてみせる。
「八重垣よ、その節はそなたに助けられた。深く感謝する」
そう言うと雨子様はゆっくりと頭を下げた。八重垣様の視線がそんな雨子様と僕の間で行き来し、そして二人の間に目をやるとその視線が泳ぐ。
「なんだその、お前ら随分仲良くなったんだな?」
妙なことを言われるとふと雨子様の方を見ると、雨子様もまた同様に僕の方を見る。
そして二人同時に視線を下げると、あ!ずっと手を繋いだままだった。
慌ててどちらとも無くそっと手を振りほどくのだったが、真っ赤に染め上がる雨子様の顔。おそらく間違い無く僕の顔も真っ赤なことだろう。
「まあ、仲が良いって言うのは良いことなんだが、お前らちっと露骨なんじゃねえか?」
等と八重垣様がぼやくように言っていると、その頭から『スパンッ!』と小気味の良い音が響き渡った。
「こら八重垣!この子らをからこうたりしたらあかん!」
そう八重垣様のことを叱責しながら現れたのは和香様だった、なんとその手にはハリセンが握られている。
「いたたた、って、大して痛くないなそれ?一体どうなっているんだ?」
音の割に全く痛みを感じないことに興味津々となっている八重垣様。
その頓珍漢ぶりに天を仰ぎ見た和香様が言う。
「大事なのはそことちゃうやろ?」
「お、おう!」
更に和香様はこんこんと八重垣様を諭すように言う。
「昔から言うやんか?人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られてと…」
「おう!そうだったな。すまんすまん、雨子、坊主、この通りだ」
そう言うと八重垣様は雨子様と僕に向かって大きな身体を畳むようにして頭を下げた。
「む~~~~~~~」
見ると雨子様が顔を真っ赤にしたまま唸っている。
ここまで来るとさすがに黙っていても仕方が無いので、僕はお二方、いや小和香様も含めてお三方に頭を下げた後言った。
「暫く前より雨子様とお付き合いさせて頂いております」
そう言う僕にはっとした面持ちで視線を向け、その後僕の傍らに立つと腕を取りながら今一度共に頭を下げる雨子様。
そんな僕達のことを温かな視線で見守りながら和香様が言う。
「うんうん、ええことやなあ。むかぁ~しから偶に神と人の子が仲良うなることがあったんやけど、そうかあ、雨子ちゃんと祐二君がかぁ」
「おう、祐二。雨子のことはしっかりと頼んだぞ?」
そう言いながらばんばんと僕の肩を叩きまくる八重垣様。いや八重垣様、それはいくら何でもきつすぎますって。
僕の身体は前後左右にぐらぐらと揺れまくる、もう倒れる寸前だった。
「良い加減にせぬか?」
そう言いながらずいと僕の前に出る雨子様。そうしながら八重垣様を睨み付ける。
「しかしあの雨子ちゃんがなぁ~」
等と言いながら少し遠い目になる和香様。
「あの雨子ちゃんとはなんぞその言い方は?」
雨子様、今度は和香様のことを睨め付け始めた。
だが和香様はそんな雨子様にはお構いなしに喋り続ける。
「そやかて雨子ちゃんは、人間とのことだけならともかく、神様連中の間でもいっつも没交渉やったやん。まさかこんな形で好きな子が出来るやなんて、以前やったら考えられへんかってんで?」
なんとそう言いながら手の甲で涙を拭い始める和香様。すかさずそこでハンカチを渡す小和香様は素晴らしい。
だがそうやって喜んでくれる神様方を尻目に、雨子様と来たらもじもじしっぱなし。言って、僕も人のことは言えないのだけれども。
それでも僕達は皆に無事祝福されて、ほっと胸を撫で下ろすのだった。
なかなかにちゃんとしたデートには成らない雨子様。ちょっと可愛そう?




