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七瀬と母親

七瀬あゆみのおかあさんが登場します。キャリアウーマンで颯爽としているはず?その彼女と娘の日常生活を少し…


 学校からなんだかんだと雨子様と盛り上がって、楽しい思いで満たされながら家に帰った七瀬。

しんと静まりかえった家の中に一歩足を踏み入れると、瞬間にそれまでの高揚した気持ちが嘘のように冷え込んだ。


 思えばいつもそうだった。たった一人っきりで誰も待つことがない家の中。

もちろん仕方の無いことだとは分かっているし、それが分かるくらいには大人にもなれていると思う。


でもそうやって理解できていると言うことと、心と体が納得できていると言うことは別物だった。

普段ならこんな時は躊躇することなく祐二の家に向かうのだが、今はどうしてもその気にはなれなかった。


 あの自称神様の雨子様。もちろん彼女とて何となくではあるが、雨子様が神様であることはもう納得している。

そして未だ人の世に慣れていない?と思われる雨子様が、少しでもその生活に馴染む為には祐二や彼の母親の手助けが必要なんだって言うことは、ちゃんと理解できている。

 でもそのせいで何となくではあるが、彼らとの間が縁遠く感じでしまうのは何故なんだろう?あの人たちは諸手を挙げて歓迎してくれているはずなのにと、彼女は自分の心の動きをうまく理解できないで居た。


 玄関から廊下を抜け、自分の部屋に入ると鞄を床に放り出し、ベッドの上にどさりと身を横たえた。


「はぁ…」


 盛大にため息をつく。彼女は知っている、ため息をついても何も解決しないことを。

気を取り直して端に有った熊のぬいぐるみを抱きしめる。


 随分小さい頃に母に買ってもらった物だ。母が仕事で居ないときに寂しかろうと奮発して買ってくれた物らしい。

今ではもうすっかりと見る影もないが、さるメーカーのブランド品と言うことだ。

 当時は滑らかでふわふわだった毛皮も今ではほとんどはげ落ち、目の部分も片方無い。腕が取れかけていたのを自分で直したのだが、その出来の悪さが見るからに痛々しい。


 けれども彼はいつも彼女の横に居てくれたし、慰め、癒やしてくれていた。

ただ気がかりなのが、先達て彼のことを見た母が顔を顰めていたことだ。


「ユウ、私…どうしたいんだろう?」


 七瀬自身は気がついていないが、このユウという名は実は祐二の名前から取っている。無意識のうちの名付けだったので気がついていないのだけれども、だからこそ余計に大事な存在なのかもしれない。


 ぎゅうっと力を込めて抱きしめながら,そのぼろぼろの体に顔を埋める。

何を問うたとしてもユウは答えを返してはくれない。

しんと静まりかえった家の中、ますます寂しさが募り,その紛らせ方を見つけあぐねている内に、彼女はいつしか眠ってしまっていた。


 眠りに落ちて、身を苛む物から解放されたのか七瀬は穏やかな寝息を立てていた。日常の緊張から解放されたお陰か?屋外から聞こえてくる雑多な音も今の彼女の眠りを妨げることは無かった。


 さてそうやって彼女が寝付いてからどれだけの時間が経ったのだろう、おそらく夜半を少し過ぎていた頃だろう。

玄関の扉を開ける微かな音が静まりかえった家の中に響く。


 外から帰ってきたのは七瀬の母親だった。

女手一つでも娘をちゃんと育てきると言う強い決意によりついた職は、実入りこそ良かったものの、かなり厳しい仕事を彼女に強いることになっていた。

 当然のこととは言いたくは無いことなのだが、その仕事は彼女から実に多くの私の時間を奪ってしまう。

お陰で彼女は娘の最も可愛い時期に、満足出来るほど側に居ることが出来ないことになってしまった。


 娘が幼い頃は側に居られないことから湧き起こる罪悪感に苛まれて、心を壊しかけてしまったことも有った。

だが懸命に努力をし続けた彼女には、運命と言う女神がもしかすると微笑みかけてくれたのかも知れない。


 祐二を含む彼の家族と巡り会うという幸運に恵まれ、彼らに助けられつつも何とか無事乗り切ることが出来のだった。

そう言う意味では彼らに、とりわけ祐二に深い感謝の念を覚える彼女だった。


 その娘も既に高校生という年齢になり、まだまだ不十分なところはあるとは思うものの、半分大人の仲間入りをしつつあると考えると良くここまで頑張れたものだと、我ながら驚いてしまう。


 そしてその事実が彼女の心の重荷を随分軽くしてくれていた。

しかし、親の心は双は簡単に割り切れないもので、実に欲深くも有る。

 立てば歩めで、今まで苦労して居たことが出来るようになると、その瞬間は大喜びしながらも次の瞬間、その喜びが果てもしない内にまた新たなことを期待してしまう。  


 彼女自身がもう少し年を重ねれば、そうある自らのことも理解でき、若干ながらもうまく自制することも出来たことであろう。

 だが忙し過ぎる時間は彼女の心の成長をも阻害していた。


 子供から見た親というものは,ある意味絶対的な存在のように見えたりするものだが、実際は全然違う。

親自身子供の成長を見ながら、必死になって自己を成長させようとして藻掻いているのだ。偉そうに見せかけては居ても、親という存在の中にはただ時間だけを経てきた子供のような心の部分が、厳然と存在し続けているのだから。


 ただ、そう言った自分自身の事というのは,自分自身が一番見えないものだったりもする。そして経過した時間のみで計って、自分が立派な大人になっていると勘違いしてしまう。ある意味大人が陥りがちな思い込みといえるかもしれない。


 足音を押さえて娘の部屋に入った彼女は、すやすやと静かな寝息を立てて眠っている娘の有様を見て微笑んだ。

今の彼女の幸せが今そこにある。制服のまま眠ってしまっているその姿に、些かの苛立ちも感じてしまうが、そんなものを補ってあまりあるものがそこにはあった。


 窓の外から入ってくる淡い光に照らされている娘の寝顔を見ながら、彼女は今日一日の疲れから解きほぐされつつあった。


「あゆみったら、ちゃんと着替えてから寝なさいっていつも言っているのに…」


小さくそう囁くように呟くと娘の額の髪をかき上げた。


「?」


 その時になって初めて彼女は、娘の腕の中にある物に気がついた。それは娘が未だほんのいたいけな子供だった頃、家に一人で居るのは寂しかろうと買い与えた熊のぬいぐるみだった。


 それを見つけた母の心は一瞬喜びに満たされた。当時決して裕福ではなかった彼女の精一杯の思いやりでもあったから。

けれどもその思いは少しずつ萎み、別の思いへと変化していく。


『あゆみ、あなたはもう高校生なのよ,いつまでもそんな物に頼っていてはだめなの…』


 彼女は心の中でそう呟くと、熊のぬいぐるみをそっと娘の腕の中から抜き取り、彼女自身もお礼と感謝の思いを込めて抱きしめると、手にしていた自分の鞄の中にしまい込んだ。


 彼女にとって、何年も娘のことを見守ってくれたこの存在を無碍にゴミ箱へ捨てると言うことは、どう考えても出来ることでは無かった。だが彼女には一つの考えが有ったのだ。


 実は少し前にネットの記事で知ったのだが、こういった長年慈しまれた人形を受け取り供養してくれる寺があるというのだ。

彼女は機会を見て梱包し、その寺に送ろうと考えていたのだった。


 娘の成長を見守ってくれた人形への感謝を思いながらも、更にその先を目指すことを願う親としての区切り、彼女の心中はそんなところだろうか。


 窓の外から差し込む月の光だけが、母親の為したことを知っている。

夜は更け、優しい闇は人々を眠りの世界へと導いていく。さて明日はどんな日になるのだろう…。





 さて若者の例に漏れず、七瀬の目覚めるのは日が昇ってからかなりの時間が経ってからだった。


 昨日は晩ご飯も食べることなく眠ってしまったので、お腹がグーグーと鳴り続けている。


「うわっ、やっちゃった!」 


 何をやっちゃったかというと、制服のままで眠ってしまったって言うことだった。

当然のことながら制服は、目も当てられないくらいにしわくちゃになっている。

だが今はそんなことはどうでも良い、何よりも先に大声で叫んでいるお腹を何とかしなくてはならない。


 制服をその場で脱ぎ捨てると、大急ぎで風呂場に向かいシャワーを浴びる。この辺、女の子が女の子たる所以かもしれない。べたつく体で居る方が空腹で居ることより、もっともっと耐えられなかったのだろう…


 さっぱりとした面持ちで髪を拭きながらキッチンに向かうと、そこでは先に起きていた母親が朝食を作っていた。


「目玉焼きとトーストで良い?」


「ん…」


「ん、じゃないわよ、返事くらいちゃんとしなさい」


「ふぁーい」


何とも気の抜けた返事だったが、それ以上追求する気力が無かった母はそれで良しとした。


「お母さんも珈琲で良い?」


「ええ、お願い」


 七瀬、この場合は娘であるあゆみなのだが、彼女は実は珈琲を入れるのが好きだった。薬罐に水を満たし火にかける、湯が沸く迄の僅かな時間の間に、道具を用意し、豆を挽く。 ミルの中で豆がコリコリと軽快な音を立てながら挽かれていくその時間がたまらなく好きだった。


 シュンシュンと湯が沸く音がする。カップとジョグに湯を満たして暖め、その間に挽いた豆をフィルターの中に移す。更にジョグから専用ポットの湯を移し、湯が少し冷めた頃合いを見てフィルターの中の豆に糸のように湯を注ぐ。

もちろんポットの注ぎ口のお湯は少しだけ捨てて。


 必要最小限の湯を注ぎ、挽かれた豆がふっくらと膨らむのを見つめる。この湯を注がれた瞬間沸き立つ香りが何ともいえない。特に朝は目が覚める思いがする。


 少し間を置き、豆に十二分に湯が染み通った時分を見極めて,初めて抽出の為の湯を注ぎ始める。滴るは薫り高き至上の液体。

ふっくらと膨らむ泡を消さぬように、ヘコませぬように優しくゆっくりと幾度かに分けて湯を注ぎ込んでいく。


 やがて入れ終わった頃には母の方の準備も終わっていた。

薫り高い珈琲に、熱々のトーストに目玉焼き、取り立ててご馳走というわけでもないけれど、休日の朝を始めるにはもしかすると最高の物の一つかもしれない。


「何かけるの?」


とは母。 


「今日はとんかつソース」


「この間まで塩が最高って言ったのに宗旨替え?」


「別にそういうわけじゃないんだけど、気分…そう気分なの」


「気分ねえ」


 そう言いながら冷蔵庫の中からソースを出してきて手渡す。すると娘はそのソースをトーストに塗りたくり始めた。


「ええっ?」


呆れる母。だが娘はお構いなしだ。


「そんなことしたらせっかくかりかりにしたトーストが台無しじゃない?」


「良いの、だって裏側は未だかりかりじゃないの。それにこうしておくと食べるときソースが溢れないし、しっかりと味がするんだもの」


 母は半ば呆れ、半ば諦めるようにして自分の食事に取りかかった。

娘が大きな口を開けて目玉焼きを載せたトーストにかぶりつく様を見て、静かに首を横に振る。そして外でもこんなのかしらと思ったのは内緒の話。


 食事の後娘は用があるといって祐二君の家へと向かった。

そのあまりの慌ただしさにため息をつきつつ、今一度自分だけの為に食後の珈琲を入れる母。


 テーブルの上に残されたままになっている食器の類いを見てうんざりしつつ食洗機に運び入れる。

 この後はやっと自分だけの時間。今でこそこうやって週末に少しばかりのんびり出来るようになったが、かつてはそんな暇も無かった。


 必死になって働いてそれなりの地位も手に入れ、おかげで持つことが出来た余裕なのだが、せっかくの余裕なのに構いたい相手は直ぐにどこかに出かけてしまう。

ままならないものだわとほっとため息をついた。


 少しばかり手持ち無沙汰になった彼女は、昨夜のことを思い出して鞄の中からぼろぼろの熊の人形を取り出した。余りのボロボロさ加減に苦笑しつつ、出来るだけ綺麗な端布を探し出して包み、段ボールの箱の中に丁寧に詰めた。


 後はネットで記憶にあった寺を探して住所を確かめなくては。他にも持ち帰り仕事も若干有るし、日用品のまとめ買いの買い出しもある。

こうなるとさっさと居なくなってしまった娘のことが少し恨めしかった。


 パソコンのスイッチを押して画面が点るのを待つ間、ついでに仕事を片付けるつもりで資料を取り出す。あれやこれやと考えている内に、彼女の意識は次第に人形のことから離れていった。


 そして気がつくといつの間にか夕方になっている。慌てた彼女は急いで身支度をして買い物に出かける。


「さて、今日の晩ご飯何にしよう…?」


 買い物に急ぐ人々の喧噪が、彼女の姿をするっと飲み込んでいった。

年末年始、流石に忙しいかな?おまけにストックが尽きて今必死に書いているところです。次回は年始少し経ってからかな?出来ますればブックマークなどつけて、また読んでやって下さいませ。

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