幕間
お待たせしました。
昨日投稿した分についていくらか加筆しました。ご連絡致します
良く寝たと思って気持ちよく目を覚まし、そろそろお腹も空いたので朝ご飯にでもありつこうかな?
そんな事を思いながら部屋の扉を開けると、ばたばたともの凄い勢いで雨子様が階段を駆け上がってきたかと思うと、目の前を風を巻きながら走りすぎて、葉子ねえの部屋…今は雨子様の部屋なんだけれども…に入っていった。
あのように雨子様が慌てるなんて一体何事と思うのだけれども、今のところは何が何やら全く想像が付かなかった、
唯一思い付いたのはその原因が階下にあるであろうと言うことだった。
そこで僕は大きな欠伸をしながらのんびりとした足取りで一階に降りていったのだが、どうやらその原因になったと思しき人間が、なんとも気まずそうな表情で立ち尽くしていた。
「で?」
僕はそう言うと母さんが訳を話すのを待った。
「でって何よ、でって」
そう言うと母さんはぷくりと頬を膨らした。
「別に私が雨子さんのことを虐めたりとか何とかした訳では無いんだからね?」
母さんのその説明に苦笑しながら僕は言った。
「別に僕は母さんが雨子様を虐めたとか何とか言っている訳じゃあ無いよ、でも何かしらはしたのでしょう?何をしたの?」
僕がそう問い詰めると母さんはしゅんとした顔をしながら説明し始めた。
「今日ね、雨子さんに聞いたら午後から時間があるって言うから、なら一緒に服を買いに行きましょうって言ったの」
「うん、それで?」
「え~っと、それでね、雨子さんが、なんだか世話になってばかりで心苦しいから、自分に何か出来ることは無いかって言ってくれたのよね?」
何となく話が見えてきたような気がした。
「それで一体何を頼んだの?」
「え~~?大したことじゃ無いのよ?」
「大したことで無いのなら教えてよ」
「えっとね…」
母さんはそこまで言うとなにやら口籠もってもごもごと言っている。
「え?何?」
何を言っているのかまるっきり分からないので、そう聞くと、あ、口をへの字に曲げた。
「言わなきゃ駄目?」
「だってそれを聞いておかないと、僕としては取りなし役になれないでしょう?」
「むぅ~~~…」
母さんはそう言うと僕の顔と、雨子様の去った方の交互に視線を送る。
「……って言ったの…」
「え?何?聞こえなかった」
僕がそう問い返すと母さんは半ばやけになった感じで大きな声で言ってきた。
「だからお母さんと呼んでっていったの…」
「ふぇー…?」
思いも掛けない言葉を聞いて、なんだか妙な音が口から出てしまった。
「何でまたそんなことを言ったの?」
「だってその、最近私にとって雨子さんは娘的な位置に納まっているし、雨子さんとしても、私って一応お母さん的位置に居るでしょう?」
「まあそんな感じがしないでも無いけど…」
「それとね」
そこまで言うと母さんは急にまじめな顔をし始めた。
「これは私が感じているだけのことなのかも知れないけど、あの子って、どこか心の奥底に、物凄く孤独な部分を抱えていそうな感じがしない?」
母さんのその説明は何となくではあるが、以前から僕自身も感じていた何か、その何かに対して具体的に意味を与えたような、そんな説明のように感じてしまった。
「確かになあ、でもそれって神様だからって言うことは無いのかな?」
「それは私も考えたのよ、でも和香様や小和香様達と接している時と比べると、なんだか雨子様だけ違うような気がするの。それが単に性格的な差だけなのかなとも思うこともあったのだけれども、一緒にお料理とかしていると、何か伝わってくるのよね…」
「成る程母さんには突っ走ってみるだけの根拠がそこそこ有ったんだ…」
「突っ走るってあなた…、でも確かに突っ走っちゃったかも知れないわね。けどね、あの時はその方が良いって思ったのよ」
確かに母さんのその考えにも頷けるところがあった、しかしそうとも言い切れないところも有ったので聞いてみる。
「で、お母さんと呼ばせたって言うけど、ね?本当にそれだけ?」
「やあねこの子ったら、それだけよ…」
「本当に?母さん?」
静かに念押しをすると母さんはゲロりました。
「…ごめん、なんか雨子ちゃん物凄く可愛いから、そう呼ばれたいと思っちゃった…」
「や、止めてよ母さん、いい年してテヘペロなんてさ!」
僕がそう言うとむっとして黙り込んでしまった。
「ともあれ大凡の事情は分かったから、一度雨子様のところに行ってくるよ」
「うん、お願い」
さすがの母さんも今回の雨子様の反応は予期していなかったようで、素の顔はなんだか物凄く不安そうにしていた。
「それとね…」
母さんは言い忘れていたとばかりに言葉を繋いだ。
「いい年ってなあに?」
これは普段通りなのだけれども、顔が丸で笑っていない。
「うははははぁい、とにかく行って来ます」
僕はそれ以上その場に居ることの危険を察知して、大急ぎで雨子様の部屋に向かった。
階段を上り、自分の部屋の前を通り過ぎ、雨子様の部屋の前に立つとその扉をそっと叩いた。
直ぐに中からは声が帰ってきた。
「祐二かや?」
「うん、入っても良いですか?」
「……」
何か言っているようなのだけれども、何を言っているのか分からない、仕方無くもう一度問う。
「入っても良いですか?」
すると今度こそその返事が聞こえてきた。
「入るが良いぞ」
そこで僕が雨子様の部屋に入ると、彼女はベッドの中で頭から布団を被り、小さく丸まっていた。
その姿に少し僕は呆れながら言った。
「はてさて、雨子さんは一体何をやっているのでしょうかね?」
すると布団の中から少しくぐもった声で返事が返ってきた。
「祐二の事じゃ、既に節子から聞き及んでいるのであろ?」
「確かに母さんからは事の経緯は聞いてきました。けれどもそれって雨子さんが何故そんな風にしているのかって言うことの答えでは無いですよね?」
「うぐぅ!確かにそう言われてみればそうじゃの、祐二の言う通りじゃ」
そう言うと雨子様は布団の中からそっと顔を出してきた。
顔が真っ赤だったのだが、中が熱くてそうだったのか、それとも未だ照れていてそうなのかは定かでは無かった。
「まあ確かに、僕でもあんなことをいきなり言われたら恥ずかしくって、いたたまれなくなるのは分かるような気がします。でも雨子様の場合、それだけに留まらなかったのじゃ無いですか?」
僕がそう言うと雨子様は布団から上半身を出し、起き上がりながら言う。
「むぅ、正に祐二の言う通りなのでは有るがの、どう言えば良いのか我にも未だ上手く言語化が出来ぬのじゃ」
「つまりは雨子さんが初めて経験した感情…なのかなあ?」
「成る程それに近いかも知れぬの。なんと言うか我が我で無くなってしまうというか、全ての我を剥ぎ取られでもしたかのような…」
「思うのですけれども、雨子さんって人の身を得られてから、僕達当たり前の人間にどんどんと寄せられてきてから、かつての論理で全てを語るような感じから、随分感覚寄りに変化してきておられません?」
「うむ、言われてみればその通りじゃと思う」
「もしかするとこれまでずっと知的にって言うか、論理的に思考したり行動したりすることが多かった雨子さんにとって、もしかすると過剰なまでに感覚的って言うか、心の深層部分に語りかける何かがあったのかも知れませんね」
「……」
「母さんがね、こんなことを言っていましたよ」
「節子が何を言っていたのじゃ?」
「雨子様のね、心の奥底の方に何かしら良く分からないのだけれども、凄い孤独な何かがあるような気がするってね」
「そ、そうなのかえ?もしや祐二もそう思うのかの?」
「ええ、僕も何となくではあるのだけれども、そんな物があるかも知れないって、母さんには言いました」
「そうなのか…」
「それでね、母さんはそれをなんとかして上げたいなって思って、突っ走っちゃたって言っていましたよ」
「節子がそんなことを…」
「それ以外にもこんなことも言っていました」
「はて何を言って居ったのじゃ?」
「母さん曰く『なんか雨子ちゃん物凄く可愛いから、そう呼ばれたいと思っちゃった』だそうです」
雨子様の顔がまたみるみる上気する。
「もう節子め、なんでああも我を辱めるのじゃ?」
そう言いながら雨子様はぷんすかと怒っている。
「でも雨子さん、母さんは別に辱めようとかは思っていませんよ?」
「それ位分かっておる。あやつに我に対する悪意などこれっぱかしも無いわ。じゃが結果が我に対してそうなるのじゃ。もう!誰にこの怒りをぶつければ良いのじゃ?しかも誰も悪くないと来ておる。それにの、我は必至になって自身を抑え、それこそ本当に必死にじゃぞ?」
そう言いながら雨子様は僕の襟首を掴みつつ目を覗き込む。
「そしてあやつのことを『お母さん』と呼んだのじゃ、呼ばされたのじゃ。そしたらもう恥ずかしいやらなんやら、おまけに我が我で無くなるような、甘いようやら熱いようやら、なんかもう居ても立ってもおられんように成って逃げてしもうた」
そう言うとその場でなにやら身悶えしている。
「でも雨子さん、そう呼ぶことが嫌でした?」
僕がそう言うと
「むぅ、そう言った感情の混乱の部分を差し引いて考えると、それが不快では無く、寧ろ幸せすら感じる。じゃが何故なんじゃ?我は一体どうなってしもうたのじゃ?」
そこで僕は静かに言った。
「なら多分、多分なんですけれども、それって雨子さんにとって良いことで、案外必要なことだったかも知れませんね…」
「むぐぐぐぐ、どうしてか分からんのじゃが、祐二にそう言われるとそうなのかとも思ってしまう」
「それはそうと雨子さんて誰かに甘えたことはあります?」
「甘える?今思えばそなたと節子には、うむ、最近になってからではあるが、甘えてしまっておると思うの。じゃが元々余りそう言った経験は無いように思う。」
ならばと僕は提案した。
「雨子さんの中に何かしら埋めるべき孤独があるのかも知れないのなら、いっそのこと思いっきり甘えて、今の内に埋めちゃったらどうです?僕達子供が親に甘えられる期間なんてそう長くは無いのですから…」
僕のその言葉に雨子様は目を白黒させていた。
「なんと言うかこれまた偉いことを言いおるの?第一本来の年齢で言うならば、我は節子よりも遙かに年上でもあるのじゃぞ?」
「でもそれでも不思議と母さんには甘えられるのですよね?」
「むぐぅ、祐二の言う通りじゃの」
「それに年齢で言ったら僕なんかもっと年下ですしね?」
僕がそう言うと雨子様は降参と言った感じで両手を上に上げた。
「分かった分かった、そなたの言う通りじゃ。ただ言うに易し行うに難しであるが故、上手く甘えられるかどうかは分からぬぞ?」
そう言った後、雨子様は少し考え込み、その末にわざと上目遣いをすると言う。
「祐二…」
「うわっ!なんですかその表情は?」
「甘えておるのじゃが、駄目かの?」
そう言いながら雨子様はにやりと笑う。
「少しは我の気持ちが分かったかの?」
「分かりました。分かりましたからそれで何なんです?」
「あの、なんじゃ、甘えるのは良いのじゃが、そのな、これはそなたと節子の二人の間だけの秘密にしてはくれぬかの?そうでもせぬと、我はその、自己崩壊してしまいそうじゃ…」
そう言うと雨子様は物凄く情けなさそうに眉を下げた。
だがその気持ちは良く分かるような気もしたので速攻で頷いて見せた。
そんな僕の様子を見て雨子様自身もだいぶ落ち着いてきたようだ。
「じゃあそろそろ下に降りましょうか?」
僕がそう言うと素直に頷いて、僕の後を続いて階下に降りるのだった。
そこでは心配そうな顔をした母さんが待っていた。
それはもうこの短時間にここまで成るかと言った感じで憔悴しきっている。
その姿を見た雨子様は、おそらく居ても立っても居られなくなったのだろう。飛ぶように母さんの元に駆け寄った。
「ごめんなさいね雨子さん…」
そう言う母さんに雨子様は首を横に振る。
「そなたが我を孤独と言う殻から引き上げてくれようとしたこと、要に分かったのじゃ。じゃから謝るでない。ただ我が慣れなかっただけなのじゃ。我こそ済まぬことをした…」
互いにそうやって謝り合っている。これなら僕がこの先関与するまでも無いな等と思いながらほっとしていると…。
「ぐぅ~~~~~~っ」
先ほどからお腹が空いては居たのだけれども、ここに来て僕のお腹が猛烈なアピールをしてくれた。
二人の視線がなんだか物凄く冷たくなって僕に絡んでくる。
「祐ちゃんあなたって…」
「祐二そなたは…」
いやもう余りに居たたまれなくなって、僕は速攻で部屋に逃げ戻ったのだった。
何だか筆者も雨子様のことからかいたくなってしまいますね




