教室にて
いつも読んで下さっている皆様、本当にありがとうございます
大変お力を頂いております。
のんびりとした登校だったけれども、それでも随分余裕を持って教室に到着することが出来た。
そして教室に入った途端に雨子様は、群れなす女子達の洗礼を受けることになった。
「え?雨子ちゃん、もう良くなったの?」
「何々?雨子ちゃん出てこれたの、もう大丈夫なの?」
「お久雨子ちゃん」
「ちゃんと生きてたの?」
口々に雨子様のことを気遣って声を掛けてくれている。
雨子様はその一つ一つに嬉しそうな顔をして見せながら対応しているのだが、『生きていたの?』という台詞にはさすがに一瞬固まっていた。
勿論軽口というか、冗談なのであるが、本当の意味で死にかけていた雨子様としては、心中穏やかならぬものも有ったのだろう。
だがそんなことを知るよしも無い女子達は、雨子様を取り囲んでわいわいとやっている。そして男子達はと言うと、その周りの少し離れたところから、雨子様の様子をうかがい見ている。
「元気そうだな?」
「やっぱ、彼女がいないと寂しいな…」
「相変わらず可憐だ…」
等と言って?まあ、一応雨子様の無事な姿を喜んでくれているようだった。
僕としては自分の知る日常の中に、雨子様が無事戻ってきてくれて嬉しい限りである。
そんな思いで少し離れたところでにこにこと見守っていると、傍らに七瀬がやって来た。
「雨子さん元気になって本当に良かったわね?」
七瀬もまた目を細めて雨子様のことを見ながら言う。
「全くだよな…」
僕は心底しみじみとそう言葉を返した。
「私、雨子さんについての説明を祐二から聞いた時、気が動転して、何だかもうおかしくなりそうだったもん」
和香様から伺った雨子様のこと、全身丸焦げで髪の毛もなくなってしまっているという状態、そのことを七瀬に話して良いものか、当初僕は大いに悩んだものだった。
けれども人間にとって何が恐ろしいって、何も分からないと言うこと、何も知らされないと言うことが、何よりも恐ろしいと僕は気が付いてしまった。
何故って僕自身がそうだったから。
和香様に雨子様のことを聞いた時、最初何も話して貰うことが出来なかった。
おそらく話したくても話せなかったのだと思う。一つには余りにショッキングな状態であったこと。もう一つにはその話が僕に与える影響を和香様自身が恐れてしまったと言うこと。
多分和香様としてはそう言う話をすることで、僕の心に傷を付けてしまう位なら、例え暫し自分が悪者になってしまったとしても、雨子様がきちんと治るまで、何も言わないで置くつもりだったに違いない。
けれども何が何でもと、縋り付いてでも聞こうとする僕を見て居る内に、根負けするように話してしまったと後に和香様は言っていた。
確かに当初聞いた話の内容は、余りに過激な話で僕自身、どうにかなってしまいそうだった。だがその続きに和香様が言ってくれた、必ず治るという言葉が僕の壊れかけた心を癒やし、かつ未来への希望の灯を暖かく灯してくれた。
その時僕は思ったんだよ。あてどない闇をこそもっとも恐ろしいと。そして今目の前にある闇が、どんなに濃く暗く奥深いもので有ったとしても、その向こうに希望の光が有るのであれば、如何様にでも耐え忍ぶことが出来るものだと。
だからこそ僕は七瀬に全てを話そうと思ったんだ。
結果、七瀬のことは随分泣かせてしまったのだけれどもね。
「どうして、どうして雨子さんが、そんな目に会わなくては成らないの?」
勿論七瀬もあの場に居たから、あの時、上で何が起こっていたのか全て知っている。
そして雨子様の行動の全てが僕達人間の為だと言うことを、十二分に知っていた。
だがそのことと、自分の知っている一人の女の子が、その身を焦がし尽くすような目に会っていると言うことは、全く別のことなのである。
七瀬は雨子様の身を襲った非情な運命に怒り、歯がみし、叫び、泣きくれて、僕の胸板をどんどんと叩き尽くしたものだった。
けれども暫く経って泣きやんだ時には、照れ臭そうにしながら静かに言った。
「後は和香様達を信じるしか無いのね…」
僕はその言葉にただもう黙って頷いてみせるしか無いのだった、僕もまた同じ思いだったから。
そう言う経験をしてきているからこそ僕達にとって、今こうして教室の中で日常を暮らしている雨子様の姿を見ることには、万感の思いを感じるのだった。
楽しそうな表情で級友達と語らう雨子様のことを、穏やかな思いで見つめている僕。
その僕の耳元で七瀬が小さな声で言う。
「雨子さんに好きって言ったんだって?」
その言葉に僕は思わずぎょっとして七瀬のことを見る。
「何で?」
僕の慌てようが余程可笑しかったのだろう、七瀬は腹を抱えながら笑っていた。
どう反応したら良いのか分からずに、呆然としながら七瀬のことを見つめていると、傍目で見ても分かるほど苦労をしながら笑いを収めた七瀬が言う。
「和香様のところでね、雨子さんに誘われて、夜中に二人で温泉に入ったことがあったの。その時に彼女に教えて貰ったのよ。ううん、正確に言うなら私が聞き出しちゃったと言うべきかな?」
曰く言い難いものがあるのだけれども、雨子様が自分の口で七瀬に伝えたのなら、僕としてはもう何も言うまい、そう思った。
「それで?」
僕として言えることがあるとしたらそれくらいだった。
何となくと言うことで、確信は全く何も無かったのだけれども、七瀬も時折僕に好意を寄せてくれているような、そんな気がしないでも無かったので、思いは少し複雑だった。
だがそれに対して七瀬は、晴れやかな面持ちで言葉を返してくれた。
「それでって…私としてはおめでとうって、そう言いたいだけだよ」
そう言ってくれる七瀬に対して僕は小さく笑みを浮かべながら言った。
「ありがとう、七瀬…」
「雨子さん、良い子なんだから大事にしなくちゃ駄目よ?」
そういう七瀬の目からポロリと涙が一粒転げた。
「あれ?あれれれれ?」
そう言ってげしげしと手の甲で涙を拭き取るのだけれども、拭き取れども拭き取れどもまた溢れてくる。
「ごめん、ちょっとトイレ…」
七瀬はそう言うと後に風を残してその場を去って行った。
僕はその後ろ姿を見送りながらそっと頭を下げる。
級友達に囲まれ、談笑していた雨子様も目敏くそんな七瀬のことを捉えていた。
「済まぬの、少しトイレに行ってくる」
そう言うと席を外し、素早く七瀬の後を追っていく。
それから暫く経って、後もう少しでテストが始まるという頃になって二人は戻ってきた。
賑やかに楽しく何やら話しながら、教室の入り口から入ってきたのだが、その笑顔とは別に、二人の泣きはらした目が真っ赤だったのが印象的だった。
多分その場で彼女達のことを見た誰もが、何かあったのだろうかと考えたに違いない。けれども幸いにして、その問いを投げかける前にテストが始まった。
さらさらという字を書く音だけが辺りを支配していく。
思いは色々有るが、今目の前にある問題は、気を散らした状態で答えを求められるほど生易しいものじゃ無い。
何時しかそれを解くことだけに集中して、時は流れていくのだった。
いよいよまたテスト週間なんですが、テストはいやだなあ。
テストの夢を見ると汗びっしょりになります(^^ゞ




