復活
無事分霊達が復活します。
なんだかんだといじり倒されて、一頻りあたふたした雨子様だったが、何とか己を取り戻すことに成功すると改めて聞いてきた。
「それで祐二、何か聞きたいことがあったのではないのかえ?」
雨子様のその問いに僕は慌てて頭の中を切り替えた。
「それなんですが雨子さん」
僕が意識してさん付けを行うと雨子様がふと嬉しそうな顔になる。
「ユウや小雨やニーのことなんですよ」
「はて?あやつらがどうしたというのじゃ?」
成るほど雨子様はまだ彼らがどうなったかについて聞いていなかったのか。
そこで僕は部屋に戻ると、雨子様の治療の間に、和香様から受け取っていた小さな袋を持ってきた。
そしてその中から小さな玉を一つずつ雨子様の前に取り出して見せた。
それを見た途端目を見開く雨子様。
「もしやこれらはあやつらのなれの果てかえ?」
僕はゆっくりと頷きながら和香様から説明されていたことを話した。
「彼らはぎりぎりまで雨子様を守っていて、挙げ句力を使い果たしてこの様な形になったんだそうです。幸い他の分霊体とは異なり物質的な核を持っていたので、玉に成ることで崩壊を防ぐことが出来たのだとか」
「むぅ、こやつらなりに命をかけて我を支えてくれたのじゃな…」
そう言うと雨子様は愛おしむように一つずつの玉をそっと撫でた。
「しかしまだ壊れて居らぬと言うのなら、和香のところで復活されてくれても良かったのにの?」
訝しむようにそう言う雨子様。
「それが何ですが、何だか特別なロックがかかっているのだとかで、起動に必要な分の精は与えることは出来たんだそうですが、実際の起動そのものには手の付けようがなかったんだそうです」
どうやら雨子様は、僕の説明で合点がいったようだった。
「成るほどの、我が呪を組み上げその身体を作り精を与えた故、我を主として認識して居ると言うことなんじゃろうな…」
そう言いながら雨子様は一つずつ玉を手に取り、僕の目ではいずれの玉も差異が見られないのだが、きちんとそれぞれの名を呼び分けていた。
「これは早うに元の姿に戻してやらねばならぬの。そして美味いものの一つも喰わせてやらねばなるまいて」
僕は雨子様のその言葉を聞いて思い出してしまった、そうなんだよ、こいつら力を使った後はやたらめったら喰うんだよな。
幸いなことに?先にそのことに気が付いた僕はまだ近くに居た母さんに声を掛けた。
「ねえ母さん、家って今お米どれくらいある?」
他事をしていて僕達の会話を聞いていなかったらしい母さんは、顔にクエスチョンマークを貼り付けている。
「なあに?急に?」
そこで僕はユウ達分霊の起動のことを話した。そして目を覚ました彼らが多分、とんでもない量の食べ物を要求するだろうという予想を。
だが母さんはその話を聞いてもまるで動じる様子がない。
端で僕が母さんに向かって話す内容を聞いていた雨子様もまた、これから必要となるであろう食べ物の量を慮ってはらはらしていたのだが、それだけにこの母の落ち着きように驚いていた。
「節子よ、奴らのあの食いっぷりぞ?」
雨子様は出陣直前、彼らが一体どれだけの握り飯を平らげたかを思い出し、少しばかり身震いをしながらそう言った。
実際三体の分霊達は、あの時数十人分の飯を平らげ、まだ物欲しそうにしていた。
だが母さんは平然としながら言う。
「あらそれなら大丈夫よ」
そして笑いながらその裏付けになる情報を語ってくれたのだった。
「多分和香様達がこの状況になることを考えて下さっていたのね、祐ちゃんが雨子様の所に通っている間に、お米やら、お握りの具になりそうな物やら、山のように送って下さっていたのよ」
「へっ?いつの間に?」
僕も雨子様も、和香様の手際の良さには驚いてしまった。
「日常に戻ったら普段通りにご飯を食べさせて上げるつもりだけど、当面の空腹を満たすにはやっぱり申し訳ないのだけれども、お握りになっちゃうのよねえ」
分霊達大好きの母さんなだけに、何とかして上げたいという思いは一杯有るのである。
けれども彼らのあの食欲を満たしきろうと思ったら…、僕は想像しただけで青くなりそうだった。
「ただね、それでも問題があるのよね」
雨子様が複雑な顔をしながら母さんに問いかける。
「一体何が問題と言うのじゃ節子?」
雨子様のその問いに、母さんが暫し空を見上げて思案を重ねていた。
「う~~~ん、さすがに今回ばかりは私独りでは何ともなら無いのよねえー、量が量なだけに」
そこで僕は挙手しながら言う。
「勿論僕も手伝うよ」
「当然我もじゃ」
雨子様も僕の言葉が終わらぬ何時に手伝いを申し出た。
けれども母さんは雨子様の手伝いについては断ることにしていたようだ。
「雨子ちゃんはだめ!何言っているの?まだ病み上がりだって言うのに。和香様に聞いているわよ?今回は相当無理したせいで、時間を掛けて丁寧に治していかないと、後々に響くって!」
「むぐぅ…」
思うのだけれども、最近の雨子様、母さんとの議論に勝てた例しがないように思うのだけれども、いかに?
「さりとて手伝いが祐ちゃんだけじゃねぇ…」
するといつからやって来てどこまで話を聞いていたのか分からないのだが、突如拓也が声を上げて手伝いを申し出た。
「あ~~~、何だったら僕も手伝うよ?」
父さんの申し出が余程嬉しかったのか、母さんは特上の笑みを浮かべていた。
「後七瀬も呼ぶよ、ユウの復活ってことならあいつも二つ返事で来ると思うから」
僕がそう言うと母さんはぽんと手を打って納得していた。
「そうね、あゆみちゃんが来てくれるなら心強いかも?」
母さんのその台詞を聞いていた雨子様が溜まらず再び思いを口にする。
「のう節子、我もその…」
だがその思いは論ずるまでもなく拒絶されてしまう。
「だぁ~め!」
「むぅぅ…」
雨子様は何とも悔しそうな表情をするのだが、これについては母さんも梃子でも動かなそうだった。
結局父さんに母さん、それに僕と七瀬という布陣で、実際に分霊達を覚醒させるのは明朝からと言うことで大筋が決まった。
善は急げという事で僕は早速七瀬にレインを入れた。
すると速攻で返事が返ってくる。丸でもう待っていましたとばかりの速さだった。
何でも夜眠る時にユウがいないと上手く眠れないんだとか。あいつまだユウのこと抱きしめながら寝ているのか…。
そんな事を思っていたら直ぐに追加のメッセージが来た。先ほどのメッセージは何が何でも直ぐに忘れろと。期せずして恥ずかしいメッセージを送ってしまったことに気が付いた、七瀬の慌てっぷりが思わず目に浮かんでしまう。
翌朝、まだ夜も明けきらぬうちに、予定していたご飯要員が全員うち揃った。
そして母さんの指図の下、庭に設置してある物置のところまで来て驚いた。
「何これ?」
七瀬が驚くのも無理はない。見たこともないような大きな羽釜が二つ、もしかしてこれ二升炊き?それに大量の米袋に、海苔やら梅干しやら、鰹節まである?
「もしかしてこれ使ってお米炊くの?」
僕が聞くと母さんはうんうんと頷いてみせる。
「これプラス後、我が家の一升炊きの炊飯器に土鍋でも炊くのよ?」
「どんだけぇ~~~~」
七瀬が呆れかえってどこかの芸人みたいなことを言っている。
「でしょう?もうお米を研ぐだけでも大変なのよ」
そう言うと母さんはげんなりとしているのだが、僕は米袋に書いてある文字を読んでぼそりと言う。
「母さん、これ無洗米…」
「え?ほんと?やったぁー!」
余程嬉しかったのか小躍りしている。
その後僕達は、母さんの指示に従ってそれらの物をキッチンに運び、軽く水洗いした後、次々と炊飯に掛かる。
だが量が量なのだ、男二人がそれぞれ米袋を抱えて羽釜に定量の米を入れ、水を加えて一洗いの後、決められたところまで水を注ぎ、それをコンロのところまで運ぶ。
この時の釜の重さが十五キロ以上有るのかな?女性にはちと大変だと思う。そして点火、始めチョロチョロナカパッパと言うやつである。
凡そ三十分もすれば炊き上がるはずだが、それまでの間に更にお握りに入れる具材なんかを用意しておかなくてはならない。
もっともこちらは特に力も必要になら無いので僕はお役御免になり、雨子様と二人で分霊達の復活の作業に掛かることになった。
少しだけ父さんの手も借りてリビングの家具を部屋の隅に寄せ、中央に三つの玉を安置する。
後は起動させるだけなのだが、これは実に簡単なことだった。
「我天露の社の祭神雨子成り、我が名に於いて命ず、ユウ、小雨、ニー、目覚めるが良い」
たったそれだけのことだった。だが雨子様曰く、見かけはこれだけのことに過ぎないのだが、雨子様という神様の固有波長に基づいて行わなくてはならないので、余人には簡単に出来ることでは無いとのこと。
雨子様が言葉を言い終えるなり俄に玉は光り始め、玉より発する白い霧に包まれていく。
三つの玉から発した霧はぐるぐると渦巻くように寄り集まったかと思うと、やがてに少しずつ晴れていく。
時が経ちその霧が綺麗に無くなり、その後に三体の分霊達が姿を現した。
どうしても気になっていたのか様子を見に来ていた七瀬が思わず思いを口にする。
「ちっちゃ?」
正に全く七瀬の言う通りなのだ。ユウや小雨は元々小さいのだが、それでも元の大きさの半分位?ニーに至っては一体何分の一なんだ?ユウ達と変わらない大きさになっているのだ。
「可愛い!…のは良いのだけれども、大丈夫なのこれって?」
不安になったのか七瀬は雨子様にそう質問する。
対して雨子様はこれが当然のこととあっさりと返答する。
「これからちゃんと飯を食わせれば直ぐにでも元に戻ろうぞ」
そんなことを言っている間にも、三体の分霊達はもぞもぞと身動きを始めている。
まずユウが目を覚まし、その後小雨、ニーの順で覚醒していく。
何だか寝惚けているのかまだぼうっとした感じだ。
それでも時が経つ内にきちんと目を覚ますことが出来るようになってきたのだろう。
雨子様のことを見つけた小雨が嬉しそうに声を上げる。
「雨子しゃま~~!」
続いてニーが雨子様に言う。
「ご無事でございましたか雨子様」
そして最後にユウ…。
「お腹空いたぁ~~~~~!」
いの一番がそれである、七瀬は盛大にずっこけていた。
「ユウ…お前第一声がそれなの?」
ちょっとご機嫌斜め?でも結局ユウが無事だったことが嬉しかったのか、即座に抱き上げると頬ずりを始めた。
だがユウはひたすらお腹が空いたを連発、感動の復活シーンが台無しである。
そこに彼らにとっての朗報がやってくる。
「あゆみちゃん、お米炊けたわよ!」
それを聞いた分霊達は三様に色めき立つ。
「「「ご飯!」」」
そしていよいよ戦端が開かれることになる。
僕と父さんで熱々の羽釜をコンロから降ろし、普段酢飯を作る時に使っている大きな桶に中味をぶちまける。それを軽く団扇で冷やすと、そこから先はいよいよ女性達の戦となった。
まだ熱々のご飯に具を入れては握り、海苔を巻いては皿に置いていく。一皿一杯になればそれを僕達が分霊達の元へ。
合間に僕と父さんは空いた釜を洗って次の炊飯を仕掛ける。空になった桶にまた次のご飯をぶちまけ、皿を運ぶ運ぶ運ぶ。
それを分霊達がもの凄い速度で平らげていって居るのだった。
握り飯だけではいくら何でも気の毒と、予め母さんが大量に作っていた具だくさんの味噌汁も大量にあるのだが、それももの凄い勢いで減っていく。
それはもういずこの大食い選手権もかくやという勢いなのだった。
最初の内はその速度に何とも小気味よさも感じていたのだが、数をこなす内にまだ喰うのかと、だんだんと怖くすら成ってきた。
そして彼らが何とかご馳走様を言ったのは、もう日が暮れようかとしていた頃、都合約十一時間の戦いだった。
ご飯の供給側は既に全員討ち死に状態。七瀬に至ってはさっきからしきりとお握り怖いと譫言のように言っている。
途中僕と父さんもお握りを作る側に参戦していたのだけれども、もう手に力が入らない、握力が無くなってしまっていた。
戦い疲れた面々の間を労いながら雨子様がお茶を配っている。
窓の外では日も暮れきって真っ暗になってきた。
分霊達のお握りを作ることに夢中になっていたのだが、気が付いたら僕たち自身のお腹の中味がすっからかん。それを聞いた母さんがさてどうしたものかと算段していると、小雨が口を開く。
「雨子しゃま、今は何時なんでしゅか?」
無事元気に、元の大きさになってくれた小雨に、目を細めながら雨子様が言う。
「そうじゃな、そろそろ六時頃かの?」
すると小雨は嬉しそうに言う。
「そうでしゅか?そろそろ晩ご飯の時間でしゅね?」
一瞬その場に居た者全員(分霊達を除く)が、驚きの余り口をぽかんと開けて小雨のことを見つめる。
だが小雨はそんなことはまるっきり気にしない。
「今日のご飯は何でしょうね?楽しみでしゅねえ」
全員倒れ伏したのは言うまでも無いことだった。
書いていて筆者もお握りに食傷気味になりました。渋いお茶が怖い




