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天露の神  作者: ライトさん
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雨子様の不安

本当に人間になってしまった?雨子様。これからどうなっていくんだろう?


※呼びの修正をしました

 それから泥のように眠った僕は、それでも翌朝いつもの時間に目を覚ました。

寝ぼけ眼にベッドサイドに手を伸ばし、目覚ましをとって時間をみるとほとんどオンタイムで目覚ましがなるところだった。


「ブル…」


 目覚ましの起動の瞬間にそのスイッチを切る。それが出来た時は体の調子が良い時だ。ちなみに今日もまたその良い時に当たっているようだ。


「うぅっ…」


っと言いながらベッドの中で思いっ切り体を伸ばす。いや伸ばそうとした。


「?」


腕に人の感触、一体?見るまでも無いことだったがそれでもまじまじと見てしまった。


「雨子様?」


 いささか素っ頓狂な声で、僕の隣で寝ている人物に声を掛けてしまった。

うつ伏せになって寝ていた?雨子様は僕のその声で気がついたのか、顔を上げて僕をみた。なんと目が真っ赤だ。


「あ、雨子様?一体どうされたのです?」


すると雨子様はまるで子犬みたいな目をして僕を見上げながら言った。


「むぅ」


その声もいつになく弱々しく、鼻を詰まらせているような声だった。


「我は…我は…」


「我は何です?」


僕は出来るだけ優しく雨子様に問いかけた。


「はふぅ」


雨子様は一端大きく深呼吸をすると、やがて言葉を繋げた。


「我はそなたら人間がこうも心細い状態で日々を孤独に生きているとは知らなんだ」


「?」


 僕はどう答えて良いのか分からず、ただもう目顔で問い返した。雨子様にはそれで十分だったようだ。


「我は昨夜そなたらの考えを参考にして、我のほとんどの能力を封印し、そなたら人とほとんど同じ存在になることが出来た。じゃがそうなったとたんに感じるこの心細さはどうじゃ?孤独感はどうじゃ?そなたらは良くこんな状態で生きていけるものじゃの?」


 おしまいの方はもうまさに唇を振るわせんばかりだ。僕は体を起こすとベッドの上で座りながら雨子間様に言った。


「そうは言われても、僕たちは生まれてからこの方ずっとそれが当たり前でしたから」


 雨子様もまたベッドの上で体を起こした。そして自身の腕で自らを抱きしめるようにしながら言った。


「こんな有様で良く神などと言えたものじゃ。我はもう恥ずかしゅうてならん」


「もしかしてその、余り良く眠れなかったのですか?」


「むぅ、実を言うとそうなのじゃ。この身を削る孤独感、不安感にさいなまれて、なんと言えば良いのじゃろう?怖い…そう、怖くてたまらなかったのじゃ」


 そう言うと雨子様はその身を震わせた。僕はそんな雨子様に一体どうして上げればいいのだろう?また、何をして上げられるのだろう?


 だが僕の体は考えるよりも先に事を為していた。

すっと伸びた手が優しく雨子様の頭を撫でる。

が、その時点で自分のしていることに気がついた僕は、思わず手を引っ込めようとした。無意識とはいえ神様の頭を撫でるのはいくら何でも畏れ多すぎだろう。


 だが引っ込められようとした僕の手は意外な抵抗にあった。

僕の手が雨子様の頭から取り除けられようとした瞬間、雨子様自身の手に捕らえられてしまったのだ。


「お願いじゃ祐二、しばしこうしていてもらえぬか」


「でも…」


 やっぱりどこか畏れ多くて何か言おうとした僕だった。だが雨子様は縋るような表情で首を横に振っていた。そんな雨子様の意志に逆らってまで、僕は手を除くことは出来なかった。


「すまぬ、こうしていてもらうと安心するのじゃ」


 そんな風に言われてしまっては致し方無かった。僕は雨子様の力にあらがう事無く、そのまま頭の上に手を載せ、出来るだけ優しく撫で続けた。

 すると心細くて消え入りそうになっていた雨子様の表情が次第に落ち着き、見る見る安らいでいくのが分かった。


 きっと昨夜は全く眠ることが出来なかったのだろう。しばらくするとうつらうつらと舟を漕ぎ始め、やがてことんと崩れ折れるように眠りに落ちていった。

 だがあろうことか、雨子様はいつの間にかまた僕の手を握りしめていた。息をしている様を見ているとまだ眠りは浅いみたいで、ちょっとでも動こうとすると目覚め兼ねなかった。


 こうなるともう仕方がない、雨子様がもう少し深く眠りに落ちるまで付き合うしかなかった。幸いなことに今日は土曜日だ。お陰でこんな雨子様を抱えたまま登校する事態には至らなかった。せめてもありがたいことだ。


 当面僕は自らの自由を諦めて、しばしの間ベッドの上で大人しくしていることにした。有り難いことに寝る前に聴いていた音楽プレイヤーが身近にある。音楽さえ有ればしばらくは大丈夫だろう。


 ただそれはあくまでしばらくの話だった。一時間が過ぎ、二時間が過ぎるとさすがに無理がある。トイレにも行きたくなってきたし、一体どうすれば良いのだろう?

時々もう大丈夫かと思って雨子様の手を振りほどこうとはしているのだ。だがそうしようとしているうちに、雨子様の手はますますしっかりと僕の手を握りしめてしまう。


 そうこうする内に僕自身の生理的なタイムリミットはどんどん近づいて来つつあった。

もう限界と言う時救いの主は部屋の外からやってきた。


「祐ちゃん?まだ寝ているの?」


 普段から休みの日でもそそくさと起き、お腹が空いたの大合唱をするのが幸いして?朝食を用意した母がどうやら様子を見に来たようだった。


「起きてはいるんだけれど…」


僕は幾分情けなさそうな口調で母に答えた。


「開けるわよ?」


 何事か有るのだと母なりに勘が働いたのだろう。母はそう声を掛けると部屋のドアを開けた。

入るなり状態を見て取った母の眉がくいっと上がった。どうやら説明を求めているようだった。だが僕にはその余裕がなかった。


「とにかくここに来て雨子様の頭を撫でていてくれる?」


 その言葉がいかにも切迫していると言った感じだったので、とりあえず母は僕の言う通りにしてくれた。


 母が優しく頭を撫でていると、雨子様の手は抗う事無く僕の腕を放した。

僕は雨子様から解き放たれると、それこそトップスピードでトイレに向かった。用を足し終えると、それこそ体中の圧力が抜けたような感じになってしまった。


しかしそれも束の間、僕は母の待っている部屋へと戻った。


「それで一体どうしたの?」


とは母。そこで僕は昨日から今朝に掛けての話をかいつまんで話した。僕がそうやって話している間もずっと、母は優しく雨子様を撫で続けていた。


 何度かその手を止め、そこから離そうとした。しかしどこでどうやってその気配を察知するのか分からないが、必ず行動に移す前に手を掴まれてしまう。

思わず本当に眠っているのかとも思ってしまうのだが、その様を見る限りでは眠っていることを疑う余地はなかった。


一通りのことを話し終えると母は一塩愛おしそうに雨子様の頭を撫でた。


「雨子さんはどうして私達みたいな不完全なものにそこまで憧れたのかしらねえ?私達からしたらずっと自由に色々なことが出来るでしょうに…」


 それは正に母の言うとおりだった。だが僕は雨子様の縋るような目を見ていただけにその気持ちが分かるような気がしていた。神様の能力が封じられたからこそ、その思いが極端に出たのかも知れないけれど、きっと雨子様は全くの神様であった時もきっと何らかの形で孤独を感じていたのではないだろうか?


 僕には神様としての能力を失ったからと言って、雨子様がにわかにあのように心細さを感じたとは考えられなかった。もっともそれはあくまで僕自身の想像でしかなかったけれども。


「まあ良いわ、しばらくは私が見ていて上げるからご飯を食べていらっしゃい」


 母のその提案は実に有り難いものだった。トイレに行きたいという生理的欲求を果たし終えた後、今度は猛烈な空腹が僕を襲っていたのだった。


「ん、分かった。行ってくるよ」


 多分その時の僕はきっと相当うれしそうだったに違いない。母は思わず苦笑しながら僕を見送った。


「冷蔵庫の中にサラダも入れてあるからちゃんと食べなさい」


母の言葉が後ろから追いかけてくる。だが僕は一目さんでダイニングへ向かった。


 テーブルに座るなり僕は飢えた獣のように用意されたものを食べた。およそ八割方も食べた頃になって何となく一心地ついた。

 残りのヨーグルトやらサラダやらを食べながら色々考える。さりとて何の妙案が浮かぶ訳でも無く、当面なるようにしかならないなと諦めた。

多分僕でなくたってそうなるのじゃないかな?なんたって相手は神様だ、僕たち人間の埒外にあったって不思議はないだろう。


 食べ終えた食器を食洗機に詰め込み、足取りも軽く部屋に戻った。一応気を使ってそっとドアを開けた。

 中では母が小さな声で子守歌を歌いながら雨子様の頭を撫で続けていた。

雨子様はと言うと、横向きに体を横たえながらほんの少し笑みを浮かべ、実に幸せそうな表情で眠りについていた。


 母の子守歌がほんの少しずつ小さくなっていく。そして撫でるその手もゆっくりと羽が触れるようにソフトになっていった。

そしていつしかくる静寂の時。雨子様はもうむずかるでもなくただ穏やかに眠り続けていた。


 母はそっとベッドから離れると部屋から出、そっと僕を手招きした。言われるがまま僕は外に出る。


「何か用?」


母はゆっくりとドアを閉めながら言った。


「別に用って言う訳じゃないけれども、有る意味雨子さんは今一度この世に生まれ変わったような気分だと思うの。だからその不安感もきっと尋常じゃないのだと思うの」


母のその言葉に僕は一も二も無く賛成だった。


「うん、本当にそんな感じなんだと思う」


母はそんな僕の言葉に満面の笑みを浮かべた。


「ならちゃんとついていて上げなさい。不安なんて感じる暇がないようにね」


 元よりそのつもりだったけれども、より一層意識に染み込んだ。ともあれ僕はしっかりと頷いて見せた。


 それを見た母は僕の肩をポンと叩くと足取りも軽く階下に降りていった。

後に残された僕は再びそっと部屋に戻った。中では雨子様が静かに寝息を立てている。その眠りをじゃましないように僕は本を読むことにした。ベッドの横に椅子を持ってくる。これなら雨子様のことを見守りながら本を読むことが出来る。


 さて一体雨子様はどれくらい眠り続けるのだろう?それこそ神のみぞ知る?自身のくだらないしゃれに危うく吹き出し掛けるが、かろうじてその衝動は抑えることが出来た。


 ともあれ雨子様の人間生活は始まったばかり。僕としては当面彼女の新たなる人生が快適なものになることを願うばかりだった。


 さてそれから昏々と眠り続けた雨子様だったけれども、幸いなことに僕が二度目の空腹にあえぐ前に目を覚ましてくれた。


「むぅ」


 声ならぬ声に気がついた僕は本をそっと閉じた。見ると雨子様が目を覚まし、その身を起こそうとしているところだった。


「よく眠れました?」


馬鹿だなと思いながら今更月並みなことを聞いてしまう。


「うむ」


雨子様はまだ眠そうに目をこすりながら小さくうなずいた。


「ずっとそこに居てくれたのかえ?」


正確に言うと必ずしもそうなのではないけれども、この場合はまあ良いだろう。


「ええ、なんて言えばいいのかな?離れさせてくれませんでしたから」


 すると雨子様はいきなり顔を真っ赤にした。だがそうでありながらなんだか呆然としている。


「さて?これは一体どうした訳じゃろうか?」


 顔を赤くした本人がその現象を不思議がっている、何とも珍妙な状態だった。まだまだ雨子様は人間見習い中と言ったところか?


「人が顔を赤くするのはお酒を飲んだときか、怒った時、それに恥ずかしい時や熱を出した時かな?」


雨子様は物思う表情をした後口を開いた。


「我が今酒なる物を飲んでおらぬ事は確かじゃ。熱もなければ怒ってもおらぬ。するとこれは恥ずかしいと言うことかや?」


僕はもう少しで吹き出しそうになった。だが吹き出してしまえるだけの勇気はまだない。


「多分そうだと思いますよ」


雨子様が微かに身じろぎをする。


「この恥ずかしいと言う物は、なんともその、居心地の悪いものじゃな?もちろん今までだって我にある物じゃったが、人間の物は何というか、格別に生々しくその…」


「穴があったら入りたい?」


僕がそう言うと雨子様はきょとんとした。


「なんじゃそれは?」


「恥ずかしいと言う感情の極みで、もし近くに穴があったらその身を隠してしまいたいという意味の言葉です」


 それを聞いた雨子様は、しばしの間をおいた後盛大に吹き出し、お腹を抱えて大笑いを始めた。

その余りに楽しそうな様にいつの間にか僕も釣られ、すっかり笑いの渦に巻き込まれてしまった。


 大笑いの声が辺りに響き、いい加減苦情でもくるのではないかと思い始めた頃、何とか収束してくれた。

きっとそんな爆発するような笑いなど初めてのことだったろう。雨子様はこぼれ出た涙を手の甲で拭いながら、はあはあと息を切らしていた。


「しかし…」


まだ息が荒く一息では喋れないようだ。


「この笑うという物も、これだけやるとずいぶん体力を使うものじゃな」


僕は苦笑した。


「それにしたっていくら何でも今のは笑いすぎです」


「そうなのか?」


「はい、あんなにいつも笑っていたらいくら何でも死んじゃいます」


雨子様は急に深刻な顔になった。


「人は笑うと死ぬのかえ?」


僕は呆れ顔にならないように自分の感情を抑えながら雨子様に説明した。


「死んでしまうと言うのはこの場合比喩で、それくらい大変なことだという意味です」


「むぅ、人間という物は知れば知るほど面白いものじゃな。じゃがお陰でその、なんと言えばいいのじゃろうな?心の中にぽっかりと空いたような穴というか、頼りなさというか、それがだいぶ薄らいだようじゃ」


 そう言うと雨子様は安堵したように笑みを浮かべた。

神様の雨子様が人型を取り、更に今度は本当の人として歩み始める、今がその瞬間だった。果たして雨子様は一体どんな風にその人生を歩まれるのだろう?

もちろんそれは限定的なものだ、でも、だとしてもかなうなら目一杯雨子様には楽しんで欲しい。僕はそんなことを考えていた。


「祐二…祐二?」


ふと気がつくと雨子様が何度か僕に話しかけていたようだ。


「何です雨子様?」


「心の穴はどうやら少し埋まったようなのじゃが、今度はな…」


「今度は何です?」


僕は思わず心の中で身構えた。


「どうもこの辺に穴があいたみたいで」


そう言うと雨子様は自分のお腹を指さした。


「はあ?」


 今度は一体何が起こったんだ?長く人型を取ると言うのは本来肉体を持たない雨子様たち神様にとって何か良くない影響でもあるのだろうか?

そんなこんなと僕が真剣な顔をしてあれこれ考えていると、雨子様が呆れ顔で見ていた。


「へ?」


この間の抜けた声は僕。


「祐二、そなた一体何を考えておるのかや?我はお腹が空いたと言っておるのじゃ。まったく、使えぬ奴じゃな?」


「はぁ」


 有ろうことか一番単純なことに気がつかなかった僕はどうやら間が抜けっぱなしのようだ。きっとそんな僕の有様がおかしかったのだろう。雨子様はまたころころ笑い始めた。そしてその笑いはなかなか収まりそうがなかった。


するとそこへ微かなノックの音。僕がドアを開けるとそれは母だった。


「どうしたの一体?」


 そこで僕があらましをかいつまんで説明した。

その間も雨子様は笑い続けている。本人も苦しいらしく、何とか止めようとしているのだけれどもどうにも止まらないらしい。


母はそんな雨子様を見つめながら言った。


「今まさに雨子さんは人間になることが出来た。そう言うことなのかも知れないわね」


 そう言うとは母にこにこしながら雨子様を助けお越しに行った。そこにはついに力つきた雨子様の姿があった。


母に助け起こされた雨子様は荒い息の中から僕に向かって言った。


「祐二よ…我は学んだぞ、人はやはり笑うことでも命を危うくすることがありそうじゃ…」


 その台詞に今度は僕と母が笑い死ぬところだった。

ともあれ今日という日が雨子様の真の人間としてのデビューの日、その日に間違いないだろう。


 人間の一生は短いものだって言うけれども、それでも今の僕にはまだまだ沢山ある。僕はその時間を使ってこれからかなう限り、雨子様と言うこの不思議な存在を見守っていきたい。そんなことを考えていた。



次から新章っぽいことになっていく?のかな?

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