下げられた頭(こうべ)
XDAYまでもう後僅かですねえ
緑深い森を通り抜け、一連の建物が建てられているところまで来て驚いた。
以前来た時には一続きの建物が在るきりだったのに、今は神社の奥の院に相似した建物の外に幾棟もの建築物が散在している。
「小和香様、あれは?」
僕が問うと小和香様はにっこりと笑みながら答えてくれた。
「前回の襲撃を糧に、結界が破られるなどして地上の神社の部分が敵の手に落ちたとしても、この神社としての機能そのものまでは奪われることの無いように致しました。そして緊急避難用の岩戸という役割も持たせております」
「岩戸?」
僕が首を傾げていると、雨子様が笑いながら教えてくれた。
「現代人流に言うならばシェルターのことであろうよ」
「成る程シェルターですか」
確かにこう言う場所があるのであれば、敵の襲撃があったとしても秘密裏にやり過ごすことも出来るだろう。
「特に前回の隗のような強者の襲撃を考えると、直ぐに対応することが難しいことも考えられる故、斯様な方法を用意しておくのは賢策じゃと思うの」
雨子様のその言葉に小和香様は強く頷きながら言葉を発した。
「雨子様の仰る通りでございます。先達ての場合も八重垣様の到着が間に合えば、なんの苦労もすることが無かったと思われます故」
そんなことをお喋りしているうちに、僕達はいつもの建物へと案内された。
そして中の一番広い広間に行くと、既に父さん達や、葉子ねえ一家が到着していた。
「葉子!」
「葉子さん!」
葉子ねえと仲の良い雨子様と七瀨は、その姿を見るや否や、すっ飛んでいって挨拶を交わしている。
僕はその様を見ながら誠司さんと言葉を交わした。
「お久しぶりです誠司さん」
僕がそう言うと誠司さんは嬉しそうに顔を綻ばせながら言う。
「元気そうだね?」
そう言いながら誠司さんは腕の中に居る美代のことをあやし続けている。
その美代はと言うと、誠司さんの監視をくぐり抜けるようにして、手に入るもの全てを口に持って行こうとしている。これは少々気をつけておかないと駄目そうだなあ。
「おかげさまでなんとか…」
さすがに誠司さんに僕は一度死んでましたなど言えるはずも無い。
「一応今回のこと、到着時に節子さんや小和香様の方からあらまし聞いたよ。何でもとんでもない奴があの国を動かしているんだって?」
その言葉に僕は苦笑しながら応える。
「みたいです、雨子様曰く、あの規模となると邪神とか、悪神とか言われるレベルなんだそうですよ。放っておくとそれこそ人類の存亡にも関わってくるとのことで、今回のような対応になったそうです」
「それにしても神の杖か?凄いものを使うもんだな?」
「え?誠司さんご存じなんですか?」
僕は思わぬ言葉が誠司さんの口から漏れたことに驚いてしまった。
すると誠司さんはにやりとしながら言う。
「祐二君は僕が生粋のSFマニアだって言うこと、未だ知らなかったっけ?」
「え?それは初耳でした。一体いつ頃からなんです?」
「創元や早川の初期作品を親父から貰ったのが始まりなんだけど、一時はもうバイトしまくってそれを全部本の購入につぎ込んでしまったくらいさ」
「うわぁっ!」
僕は思わず奇声とも取れそうな歓声を上げてしまった。何事と一瞬雨子様の視線が飛んでくる。しかし僕がもの凄く嬉しそうにしているのを見ると安心したのか、自身の会話に戻っていった。
「もしかしてスカイラークシリーズとか、宇宙船ビーグル号の冒険とかお持ちですか?」
僕は嬉しくなってしまって目を輝かせながら誠司さんに聞いた。
「持っているかも何も、僕にとってそのスカイラークシリーズが全ての始まりになったんだよ。あれを親父から貰わなかったら、僕はSF好きになんか成っていなかっただろうね」
「何時か読みたいなあ」
僕が興奮してそう言うと、誠司さんは破顔しながら言ってくれた。
「君ならいつでも歓迎だよ、ただしスカイラークシリーズは気をつけて読まないと本が粉になりそうだけれどもね」
そう言うと大いに困惑した表情をしながら言う。
「そうで無くともSFって奴は再販されることが少ないんだから、もう少し紙質を考えて出して欲しいものだよ全く…」
僕が誠司さんのその主張に激しく同意して頷いていると、小和香様の声が聞こえてきた。
「こちらにお茶を用意しております故、暫し寛いでお待ち下さいませ」
見ると例によって小物達が、三々五々テーブルにお茶を運んできたり、茶菓子を持ってきたりしていた。
そしてその采配を終えた小和香様は、優雅にお辞儀をなさると部屋から去って行かれた。
一時静まった場がまた喧噪に包まれる。
気の置けないものが集まったこう言う場の雰囲気は本当に良いものだ。
片や雨子様達三人、何事か話したかと思うとそれら全てが笑いに繋がる、もしかして箸でも転んだのか?そしてそれは母さんと聡美さんの所でも同様だった。
更に傍らにはユウと小雨がふざけて転がり、きゃあきゃあと大笑いしている。
全くなにげの無い光景なんだけれども、こう言うものをこそ護らなくてはなと、ふと僕は思ってしまうのだった。
そして僕と誠司さんの間ではレンズマンの話になったり、フューチャーメンの話になったりと大盛り上がりしていたのだが、そこに再び小和香様が戻ってきた。
そして静かに僕達に願いを発した。
「楽しくご歓談中の所申し訳ございませんが、祐二殿のご両親と祐二殿、更には雨子様の四名の方々におかれましては、和香様からのお願いと言うことで暫しこちらにおいで頂けますでしょうか?」
そう言う小和香様の言葉に何ら異議の無い僕達は、素直に引き連れられて別室へと向かった。
するとそこには何度か見たことのある十二単の正装に身を固めた和香様が、部屋の中央で伏して待って居られたのだった。
「わ?和香様?」
真っ先にその異常な様に気がついた母さんが、和香様の前に飛んでいくと跪いて言葉を発した。
「日の本の最高神である和香様に、何故この様に頭を下げられるのか…どうか頭をお上げ下さい」
けれども和香様の口から漏れた言葉はそれを拒絶するものだった。
「出来ませぬ」
そしてあろう事かその両側に、雨子様と小和香様が正座し、和香様と同様に床に頭を擦りつけていた。
それを見た母さんは泣きそうになりながら振り返って僕を見ると、何も言葉を紡ぐことが出来無いままに半分パニクっていた。
その母さんの横に僕と父さんもまた正座で座る。そして僕はゆっくりと口を開いた。
「もしかして僕に起こったことに対してなんでしょうか?」
僕がそう言うと和香様は一言言葉を述べられた。
「是」
僕は大きく溜息をつくと言葉を繋げた。
「僕が、僕が雨子様のことを助けようとして、この身を費やしたのはあくまで僕自身の判断です。こちらに居られる神様方に一切に責めは無いと考えて居ります」
僕がそう言うと和香様が頭を持ち上げ、目を真っ向から見ながら言った。
「確かに君の行動は君自身の責任に帰趨するものだ。だがしかし、我ら神々は君を、君たちを護ると言ったのだ。我らの言ったことはこれ即ち誓願に等しい。しかも他事であるならともかく、今回のことは生死に関わる。付いてはご両親に先ず何を置いても謝らねばならぬ」
いつもの肩の凝らない和香様の姿は欠片も無かった。それだけ僕に起こったことを大事として捉えてくれているのだろう。
とその時、神様方を前にしては余り口を開くことの無い父が言葉を語り始めた。
「ご用件は承りました神様方。しかしまずは頭をお上げ下さいませんか?」
神様達は父さんの願いを聞き入れ、揃ってその頭を持ち上げた。
「まずは愚息祐二に対しての過分なまでのお気遣い感謝申し上げます」
その言葉に和香様が何事か言葉を吐こうとするのだが、雨子様にその手を捕まれてぐっと飲み込んでしまう。
それを見届けた父さんは再び口を開いた。
「私達人間には『人間万事塞翁が馬』と言う諺がございます。これは途中経過はどうあれ、その結果が良きことに繋がればそれはそれで良いものだという意味なのですが、まあ、こんなこと神様方に説くことでは無いのでしょうな。しかし伺うに今回のこと、捨て置けば私たち人類全てに最悪の凶事をもたらしうることだったとのこと。そのこと、妻節子を通じ雨子様から重々お話伺っております」
そこまで言うと父さんは居住まいを正し、厳かに頭を下げながら言う。
「もしその凶事を祓う為に、一時愚息の命が必要で有ったというのなら、私達夫婦はその薬が如何様に苦いものでも甘んじて飲み下しましょう。何故なら一時口を曲げ、腹を焼くような苦しみがあったとしても、その末にこうして愚息の命が我らの元に戻り、再びまた一家の団欒を楽しむことが出来て居るのですから…。むしろ我らこそ神様方のご尽力に厚く御礼申し上げねば成りません」
父さんの言葉を聞いた和香様は口を真一文字に結ぶと、ぽたりと一粒涙を流した。
「うむ、感謝する」
和香様はそう言うと、小和香様が懐紙を出そうとする前に手の甲でげしげしと涙を擦り、晴れやかに笑った。
「善哉」
和香様のその一言をきっかけに、ぴんと張り詰めたその場の空気が一気に和やかに緩んでいく。
「父さん、おおきにな。うち謝っても許してもらえんかったら、首くくらなあかんかったとこやで…」
「和香様っ!」
一気に崩れ行く和香様の有り様に思わず叫ぶように言う小和香様
傍らでは雨子様がやれやれとばかりに頭を振っている。
「そやかて小和香、うちらもそうやけど、祐二君とこかてもう肩凝るのは十分なんやと思うで?」
そんな和香様の様子に、思わず苦笑してしまう我が家の面々。でも適うなら和香様にはこんな風にほんわかして貰った方が良い、多分そう思ったのは僕だけでは無いのだろう。
未だ少しの間、小さな声でお小言を口にしている小和香様だったが、和香様によしよしと頭を撫でられると顔を赤くして黙ってしまった。
「ともあれもうお昼や、あっちの部屋に居る人らももうお腹空いとるやろし、お昼にしよう?」
そう賑やかに言う和香様の言葉に、小和香様はうんうんと頷くしか無いのだった。
そしてそこへ母さんの一言。
「小和香様、今日はたぁーくさん唐揚げを作ってきましたから、どうぞ存分にお召し上がり下さいね」
ところがその一言を言い終えるや否や、部屋の外から大勢の声が聞こえてくる。
「何?唐揚げ?」
「唐揚げと言ったぞ!」
「八重垣の言って居った奴じゃ」
「先ほどから匂って居るこの匂いの元か?」
これは一体と思っていると、雨子様がつかつかと隣の部屋へと通じる襖へ歩み寄り、一気に引き開ける。
するとそこには十数人を超えるかと思う、多分神様方?
「主らそこで何をして居る?」
彼らの姿を見つけた雨子様が、怒る怒る。と、それを宥めに掛かる小和香様。
「あの方達は、和香様が頭を下げると聞いて、けしからん人間が居るものじゃと、何か有った際には和香様に成り代わって文句を言うと息巻いて居った方達なのですが…」
僕達にそう言って説明してくれる小和香様なのだけれども、その神々の様子を見て呆れ返っている。
「なのに唐揚げの匂いに負けるとはの…」
情けなさそうにそう言い捨てる雨子様に、神々の内の一人が頭を掻きながら言う。
「そう言うな雨子、そなた八重垣が我らの前で、いかに唐揚げの美味きことを自慢しおったか知るまい?それはもう皆地団駄踏んで悔しがったものぞ?それが目の前に有るというのじゃ、目を瞑られよ」
そんな台詞を聞いてしまった僕達家族は、思わず顔を合わせると吹き出してしまった。
ともあれ信じられないほどの量の唐揚げを揚げて、雨子様をして愚痴らせまくったのだが、これぞ先見の明と言えるのかも知れない。
そんな場の様子を見ていた和香様が言う。
「これはあれやな、うちらだけで唐揚げ食べたりなんかしたら、今度は内輪で戦争でも起こりかねへんな。しゃあない、昼食会は大広間に変更やな。祐二くんとこらには申し訳ないけど、一緒してくれるか?」
和香様のその願いに否応は無い。僕達はにこやかに笑ってその願いを了承したのだった。
それを見た和香様は声を張り上げる、
「と言うことじゃ、異論はあらへんね?」
すると部屋の外から更に幾十もの声が返事してくる。
「応!」
「やったね?」
「楽しみ!」
「万歳!」
「ゲットだぜ!」
ちょっと神様方?少し緩すぎやしません?
僕がそんなことを思っていたら、雨子様も同じことを考えていた様だ。
「和香よ、一体全体あやつらは何なんじゃ?いくら何でもこれでは神々の沽券にも関わろうぞ?」
そう言う雨子様に和香様が苦笑しながら言う。
「そしたら雨子ちゃん、自分、あの連中説得する?」
そう言われた雨子様は喜び騒ぐ神様連中を見てほうっと溜息を吐き、頭を振りながら言う。
「勘弁じゃの…」
そう言う雨子様に和香様は大笑いしながら言う。
「そんなんうちかて同じやで?」
「しかしあやつら、皆人の身に転じて居るのかや?」
呆れるようにそう言う雨子様に和香様が答えた。
「そうなんよ、八重垣に口止めするの忘れとったせいで、偉いことになっとる。あやつそこいら中で、人の身に転ずると人の作った料理が美味しゅうなると、吹聴して回っとるんやで?」
そう言うとこめかみを揉み始める和香様。
「そうなると内の神社も表向きは和食に徹するとしても、内輪では唐揚げ出して貰えるよう板長に頼んでおかんとあかんなあ…」
そう言いながら遠い目をされる和香様。
やがてもう諦めたというように頭を振ると小和香様に声を掛ける。
「小和香?」
直ぐに小和香様が返事を返してくる。
「何でございますでしょうか和香様?」
そんな小和香様の肩に手を掛けながら和香様が言う。
「気張って唐揚げ食べるんやで?うかうかしとったら折角祐二君の母さんが作ってくれた唐揚げ、喰い逃しかねへんからな?」
そう言ってくれる和香様の言葉に、恥ずかしそうに口元を隠しながら、でも本当に嬉しくてたまらないと言った感じでうんうんと頷く小和香様なのだった。
書いていて何だか唐揚げが食べたくなりました。筆者も好物ですw




