「分霊召喚」
大変なこともありましたが、物語は先へと進んでいきます
「和香、我は和香を助けに行かなくてはならぬ。爺様、あそこに送ってはくれぬか?」
焦りの色を浮かべた雨子様は、今も繰り広げられている戦いから、目を離せないまま爺に言った。
だが爺は肯きはしてくれるのだがただそれだけで、何もしてくれようとはしなかった。
「何故なのじゃ爺様、我はあそこに行かねばならぬのじゃぞ?」
爺は穏やかな声で返事を返してきた。
「それでさしたる時間も経たぬうちに、また此所へ戻ってくると言うのか?」
確かにそれは爺の言う通りだった。今の雨子様があの場に言っても瞬く間の内に隗によって討ち取られてしまうだろう。
雨子様は自らの非力に、思わず唇を噛みしめた。
「だがそれでも何とかせねば、何とかせねばならんのじゃ」
雨子様は自分に言い聞かせるようにそう言うが、しかしだからと言って何の案が浮かぶでも無い。
その間にも少しずつ追い詰められていく和香様達。
その先のことを考えるともう見ていられないのだが、それでもその動きを追い続ける雨子様。
「爺様、後生じゃ、何とかしてくれはせぬか?お願いじゃ、我に出来ることであれば如何様なことでもするが故」
そう言いながら雨子様は泣きそうな顔で爺に懇願を繰り返した。
その様を見て気の毒に思い、暫し思案に及ぶ爺。そして、つと雨子様を招き寄せる。
「雨子、少しこちらに来るが良い」
何かことが進みうるのかと雨子様は急ぎ爺の元へと駆け寄る。
「汝が宝珠はおろか、宝珠の製作方法まで失ってしまったというのが非常に気になる。ちと探ってみたいから、そこへ座れ」
気は焦りはするものの、今は爺に任せるしかないのだと考えた雨子様は、焦る気持ちを無理矢理抑えつけながら爺の前へと膝をついた。
「うむ」
爺はそう言うと両の手を伸ばし、優しく雨子様の頭を包み込んだ。
何とも言えない心地の良い暖かさが雨子様を包み込んでいく。不思議とその温もりの中に、懐かしさのようなものを感じるのだが、はたして何故なんだろう?
雨子様はそんなことを考えながら、爺に為されるがままその場を任せるのだった。
さて、いかほどの時間が流れたというのだろう。雨子様にとっては例えようも無く長い時間に感じられていたのだが、実のところ実際に流れた時間はほんの一瞬であった。
爺も意地悪がしたいわけではなかったので、その辺のことは心得ていたようだ。
爺は何やらうんうんと頷きを繰り返した後、雨子様の頭から手を解き放った。
「雨子、汝宇宙を旅する内に、何やら相当な突発事に巻き込まれたようじゃの。それが何だったのかは分からんのだが、お前がほとんど忘れてしまって居る部分の記憶を探ると、その突発事の影響を免れる為に、瞬間的に宝珠が燃え尽き居ったようじゃ。そしてその時のことがトラウマとなって、宝珠の製作方法を失念した、と言ったところかの」
その話を聞いた雨子様は大いに動揺しながら、爺に聞く。
「宝珠が燃え尽きるような突発事とは何なのじゃ?」
「さてな、色々有りすぎて逆に直ぐには思いつかぬな。元より汝に与えておった宝珠は然程出力の大きなものでは無かった故、かなり距離のあるところからの、中性子星パルス放出程度でも十分影響を受けたじゃろうな。が、そのようなことは今はどうでも良い」
そう言うと爺は雨子様の顔を覗き込んだ。
「雨子よ、先ほどは宝珠の製作法を失念して居ると言ったが、それはどうやら完全にと言うことでは無いようじゃぞ?」
その言葉に雨子様は口がぱっかりと開くほど驚いてしまった。
しかし、そう思いながら自らの記憶を探って見るも、残念ながらその痕跡はどこにも見られない、しかし爺が嘘を言うとも思えないし。ただ困惑し続ける雨子様なのだった。
「その顔を見るに汝の記憶にその製法は無いと思って居るのじゃな?」
爺にそう言われると頷くしかない雨子様だった。
「雨子がそう思うのも無理からぬことよ。何故なら汝はそれを宝珠の製法として覚えて居るわけではないのじゃからな」
「何と?」
驚き呆れ、それ以上の言葉を発することが出来ない雨子様だった。
「雨子は最近、ちょっと変わった分霊のような存在を幾体か作らなんだか?」
爺のその質問に胸の内を探る雨子様、そして直ぐに頷いてみせる。
「やはりの、してそのものどもは通常の分霊とは異なりはせなんだか?」
爺の言葉に雨子様は勢いづいて応える。
「確かに、あやつらは腹が減ったと言い、やたらと飯を食いおったの」
それを聞くと爺は、手を打ち燥ぐようにしながら笑った。
「それじゃそれじゃ、そやつらはものを喰うことでエネルギーを拵え、主の為に溜めて居るのじゃよ」
「あやつらは食べたものを精に変化させて居ると?」
「まさにそうじゃ、彼方にある星のエネルギーそのものを精に変える宝珠とは異なるが、ある意味十分に近い役割を果たして居る、行ってみれば疑似宝珠とでも言うかの」
「しかし一体どうやってそれを使えば良いのじゃ?あやつらはそう言ったものが扱えるなど、そぶりにも出して居らぬぞ?」
それを聞いて爺は笑う。
「当然じゃ、宝珠と言えば特級の機密事項じゃ。その製法自体に秘匿の為の式が仕込まれて居る。主である汝がきちんと理解して命令せぬことには、それが表に出ることはないのじゃ」
「ではどうやってそれを使うのじゃ?」
「それぞれの分霊に名を付けて居るじゃろうから、その名を呼んだ後、来たれと言うが良い」
「それだけで良いのかえ?」
そう問い返す雨子様の容には喜色が満ちていた。
「慌てるな」
爺はそう言うと雨子様のことを窘めた。
「それでは汝の分霊がその下に来るだけでしか無い」
そう言われた雨子様はしゅんと静まりかえる。
「要はここからなのじゃ。これよりは秘技に属すること故、安易には口に出来ぬ、耳を貸せ」
そう言うと爺は寄せてきた雨子様の耳に向けてとある言葉を囁く。
「覚えたか?」
爺が問うと雨子様はしっかと頷く。
「それは門外不出の宝珠起動の式ぞ。但し汝が使う宝珠は真の宝珠そのものではないから、身体に纏うことによってのみその力を発揮する。おそらく汝の戦装束が変化の先と成ることじゃろう」
話をそこまで聞いた時点で雨子様は改めて爺に問うた。
「それはこの場でも出来ることなのですか?」
雨子様のその問いに爺は怪訝な表情で返す。
「む?何か不安に思うことがあるのか?」
思うにさすがの雨子様でも、今聞いたことを実戦に於いていきなり、ぶっつけ本番でやってみるのは不安だったようだ。
「出来ればこの地にて纏うてみたいのじゃが…」
「なるほどの」
爺は雨子様の不安をきちんと理解したようだった。
「では此方と彼方を隔てて居る境界に間隙を設けてやろう。で有れば今こそ呼ぶが良い」
そう言われた雨子様はすっくと立ち上がると、天にも届けと声を張り上げて、彼女がこれまで作り上げてきた分霊達の名を呼ぶ。
「来たれ我が分霊その名はユウ、小雨、ニー!」
すると目の前の空間が布を引き裂いたかのように縦に割れ、中から三つの光りの塊が飛び出してくる。
それらの光りの塊は直ぐに霧散したかと思うと、後に雨子様の与えた形の物と成って現れた。
ユウはドロイドの熊人形、小雨は小さなジンニヤー、そしてニーは大きな黒豹である。
「あれ?ここはどこ?」
「雨子しゃまだー」
「雨子様、此所は?」
それぞれにそれぞれの思いを口にするが、今はそれを悠長に聞いている暇はないのだった。雨子様は一言「済まぬそなたら」と声を掛けると、そのままの息で、爺に教えられた宝珠起動の式を唱えた。
すると三体の分霊達は再び光りの塊へとその姿を変え、ユウは緋袴の巫女装束へ、小雨は勾玉となってその首元へ、ニーは刃に霧を吹いたかのように水滴を纏った薙刀となってその手に収まった。
そしてそれら姿を変えた三体の分霊達からは、凄まじいばかりの精のエネルギーが奔流となって雨子様の身体へと流れ込んでくるのであった。
その輪郭が微かに光を帯びる雨子様の姿を見て爺が言う。
「ふむ、儂の見立てでは、その衣装は身を守り、玉は身体の速度を上げ力を強くし、獲物は攻撃力を底上げするものじゃな。あくまでいずれも今はまだ基本の形故、これから使い慣れていく内にその有り様も変化して行きおるじゃろう」
そう言うと爺は雨子様の勇ましい姿にうんうんと頷いてみせる。
「さて雨子、準備は良いか?汝をあの場へと送ってやろう」
爺のその言葉に雨子様は嬉しそうに首肯する、そして言う。
「爺様、またお会い出来ますか?」
しかし爺様は首をゆっくりと横に振りながら言う。
「いいや、儂は表に出ぬ方が良いだろう。雨子が良いと思うものにはその正体を伝えることを許すが、ように考えることじゃ。後こやつについては…」
そう言うと祐二の身体を指し示した。
「完全に常態に復したところで、家の方に送っておこう」
そういう爺に雨子様は深く深く頭を下げて辞儀をした。
「ありがとうございます爺様。このご恩は忘れませぬ」
それを聞いた爺は呵々と笑う。
「そう思うならもう死なんでくれ。面倒で適わぬ。今のこの敵どもを討ち果たしたその時には、こやつの子でも産んで幸せに暮らせ」
「爺様っ!!!」
雨子様が叫ぶように言うと、爺はにっと笑うなり軽く手を振る。
すると顔を真っ赤にしたまま特上の笑顔を浮かべる雨子様の周囲に、渦巻くような光りの霧が現れ、その身を包んでいく。
再度頭を下げる雨子様に爺様はにこやかに笑みを送り、そして
「さらば」と送り出したのだった。
雨子様嬉しいだろうなあ




