「転」
遅くなって申し訳ありません
お察し下さいませ
近くに在りそうで近くに無く、かと言って遠くに在るので有るかと言えばそうでも無い。
光りが無いので真っ暗闇かと思えば、そんな暗闇でも無く、音が無いので静かなのかと思えば、これまたやっぱりそうでも無い。
もしかしてこれをこそ混沌というのか?或いは原初であるのか?全ての物や価値が一切合切入り混じったような、そんな不思議なところ。
そんな訳の分からない場所で、ぽんと光りの塊が一つ現れた。
ただそれが何なのかは分からない、周りの闇と比較することでそれが光りと分かるだけで、ただそれだけのこと。
暫く経って、いや暫く経ったのかどうかも分からないが、もう一つ光りが現れる。
最初の光りと似たような物で、何か違うところがあるとすれば、どちらか一方が少しばかり大きくなったり小さくなったりしている。だがどちらが大きくなり、どちらが小さくなっているのかは、まだ今のところは分からない。
しかしこうして二つあることで、全てが始まっていくのだった。
「生まれた!」
「生まれた?」
「そう生まれた」
「なんで生まれた?」
「なんでだろう?」
「分かる?」
「分かんない」
「調べる?」
「調べよう」
「そうしよう」
「そうしよう」
「見える?」
「見えた」
「同じく見えた」
「これ何?」
「これ何?」
「聞いたの私」
「聞かれても分からない」
「調べる?」
「当然調べる」
「何かの残骸」
「何の残骸?」
「もっと調べる?」
「もっともっと沢山調べる」
「これは壊れた何か?停止した何か」
「同意する、壊れた何か、停止してはいけない何か」
「どうする?」
「どうしよう?」
「「私達の手に負えない」」
「「どうしよう?」」
「「………」」
「爺起こす?」
「起こして良いの?」
「分かんない…」
「でも起こさないと何も分かんない」
「なら起こす?」
「起こさないとしかた無い」
「「では起こそう」」
「「爺、起きろ!」」
何の反応も無い
「「爺、起きろ!」」
すると何かが変わった。何も無いところに闇が生まれ、そして光りが生まれたように、様々な物に色がつき始め、大気が循環し、温度が上昇し始める。
ぱっと見どこかの惑星の草原にも見える。
だが物事をちゃんと観察出来る者には、此所がそんなところでは無いことが直ぐに分かる。
何故なら彼方まで眺め見ても大地が湾曲して居らず、ただひたすら見えうる限り、ずっと平らかに草原が続いているばかりなのだ。
当初冷涼だったその地は、ゆっくりとでは有るが、だが着実にその温度を上昇させつつあった。
少しずつ大気が湿り気を帯び始め、靄のようなものが漂い始めてきた。
靄はやがて霧となり、大地に茂る草々の葉にゆっくりと水滴を結露させていく。やがてそれは滴り、大地を湿らし、微かで有るが土の香りが漂い始める。
まるでそれが合図であったかのように、繁茂する草の葉の間から茎が立ち上がり、その先に蕾をつけ、やがて鮮やかに咲き乱れていく。
優しい風が吹き、穏やかな温もりの中、目覚めた大地は一面花に埋め尽くされていった。
その彼方までおそらく無限に真っ平らで、全てが花に覆い尽くされているかと思われた中に、ただ一カ所だけ小さく盛り上がっている場所があった。
そしてその場所に、先ほどの光りの塊達はやって来ていた。
それらは口々に(いや、正確に言うと口と思しきものは存在しないのだが)
「爺、起きろ!」と騒ぎ立てているのだった。
しかしその爺と言われる存在は一体どこに居るのだろうか?
どこにもそれらしきものは見受けられないのだが、それでもなお光り達が騒ぎ立てていると、その盛り上がった部分に繁茂している草や花たちが、有る時を境に意識を持ったかのように寄り集まり、組み合わさり始めた。
だが別に草や花が別の存在になったわけでは無い。
草の葉の輪郭が、美しく咲く花弁の輪郭が少しずつ少しずつ繋がり、それらの集合体が意味有るものの輪郭を形作っていって居るのだ。
かぐわしい花の香りの中、それは現れた。
ゆっくりとその身を起こすのは、穏やかな笑みを浮かべた禿頭の好々爺。
「爺!起きたか?」
「爺!起きたか?」
爺と呼ばれたその存在は大きく伸びをしながらゆっくりと口を開いた。
「起きたとも…よう寝たものだの。一体どれだけ寝たものやら…」
「寝た期間?それならくるりの十分の一くらい」
「そう、十分の一くらい」
「成る程結構寝たのじゃな」
そう言うと爺は停止していた知覚を動かし始め、光り達の言っていることを確認した。
「それで、お前達は何故今に成って儂を起こしたのじゃ?」
そう爺が言うと、光り達が一斉に口々に事情を説明し始めるが、同じことを言いながらも表現を違えて各々言うので、余計に分かりにくい。
だがその入り乱れる情報の中からでも分かったことが有った。
彼らが言うに、何やら止まってはいけないものが止まったというのだ。
放っておくと、その内喧嘩が始まりそうな光り達を制して爺が言った。
「良い、分かった。ともあれその残骸とやらを此所に持ってくるのじゃ」
途端に大人しくなる光り達。
自分達の言っていたことが伝わったのが、もしかすると嬉しかったのか?微かに笑い声のようなものが漏れてくる。
「…了…」
そう言うと光り達は重なって一つとなり、一瞬フラッシュのように強い力を放った。
そしてその激しい光の矢が収まると、目の前の大地に何かの塊が現れたのだった。
「ほうほう、これは止まっては成らぬものじゃの。確かに止まってしまうと困るのう」
「そう、止まると困る」
「止まると困る、困ると止まる?」
「何故困る?」
光り達のその会話に爺は苦笑してしまう。
「お前達は本当にこれのことを理解して居るのかのう?」
「分からない」
「困るとしか分からない」
「なんで困る?」
「これは何?」
爺はゆっくりと頭を振った。そして独り言のように言う。
「やれやれ、ちと時間が経ちすぎてしまったのかの?まさかお前達がここまで退行してしまうとは、さすがの儂でも考え及ばなかったわ。もちっとシステムを改めねばならぬのう」
そして爺は一端光り達にその場から下がるように言う。
「もう良い、持ち場に戻れ」
言われるがままにその場から消え去る光り達。だがほんの僅かだが不満げであったのは爺を以てしても知ることは無かった。
さて、光り達を退けた爺は、改めて彼らが持ってきたものを眺め見た。
「これは機構全てを保護維持する為、儂自ら設定した下位人格じゃな。肉の身をもっていた頃の儂らによく似た形を取って居るが、これは一体?まずは一端調べてみるか…」
そう言うと爺は意識を集中させて、目の前に置かれている残骸と呼ばれている物を隅から隅まで走査するのだった。
「ふむふむ…成る程のう。こやつなりによう頑張りおったようじゃ。別にまた新たにシステムを立ち上げても良いが、しかし…このままこやつを捨て置くのは何とも気の毒にも思える。ちと助けてやるか…」
そう言うと爺は身近の葉の上に小さな光りの粒を乗せ、それを順送りに葉から葉へと運んだ。やがて粒がその残骸の頭部に載ると、時間を掛けてゆっくりと同化させた。
「目覚めよ」
爺のその一言と共に、静かにつぶらな目を開きそっと瞬きをする何か。
周りの花々の香り高い匂いが柔らかに鼻腔をくすぐる。
そのせいか失われていた目の光りがゆっくりと戻り、意識がしっかりとし始める。
辺りを見回すが、目に入るのは美しく咲き乱れる花ばかり。
「はて面妖な…此所は一体いずこなのじゃ?人間達の言う極楽浄土とやらなのか?」
そうやってこてんと僅かに首を傾げるのは、誰在ろう雨子様なのだった。
「目覚め居ったか?」
そう声がするので振り返ると、それは草とも花とも見分けが付かぬが、少し目を細めて見ると、頭の禿げた穏やかな顔をした爺様の姿に見える。
「何者なのじゃ?」
雨子様はただ純粋な好奇心でそう問いかける。
「儂かの?儂は言うて見ればお前の親のようなものじゃ」
驚き目を見開く雨子様。
「親?我に親など在ったのかえ?和香によると我は、虚空にただ一人漂って居ったと言う話なのじゃが、生憎と我にはその頃以降の記憶しか無い。本当に我の親なのか?」
爺は穏やかに笑いながら言う。
「まあ正確に言うと、親では無いの、じゃから親のようなものと言ったでは無いか?」
その答えに雨子様が首を傾げる。
「余計に訳が分からぬの、親のようなものとは一体何なのじゃ?」
爺は一時雨子様の目を見据え、やがて仕方無いというように首を振ると話し始めた。
「正確に言うとお主は儂に作られたというのが正しい」
「我が爺に作られたというのか?」
「うむ、だが作られたとは言っても、事実上産みだしたと言って差し支えないじゃろう」
「良く分からぬが我を生み出した目的は何なのじゃ?」
「お主はかつて属して居った者達の間で、大きな争いがあったことを知って居るか?」
雨子様はそこで和香達近しい者達に教えて貰った、一族の大昔の記憶を探った。
「確かこの宇宙を統べる法の有り様を巡って対立し、大きな争いと成った挙げ句に、宝珠を失ったとか言うあの戦いか?」
「おおっ!記憶が無いとか言っておった割には左様なことを知って居ったか」
「うむ、良くに面倒を見てくれたものが教えてくれたのじゃ」
「そうかそうかそれは重畳、ならば話は早いの。儂はあの戦いに呆れ果てて仲間から離れ、この世界に閉じ籠もってしまった世捨て人じゃよ。そしてお主はこの世界を内包し保護する為の存在として生み出されて居る」
雨子様は驚いた顔をしながら周囲を見回し、そして言う。
「我がこの世界を内包?しかも保護しているとな?知らぬな、そのようなこと全く知らぬぞ?」
それを聞くと爺はぐははと笑い、そして語を継いだ。
「当然じゃ、儂はそのことをお主に一切伝えておらんからな」
「それで何故保護して居ると?」
「特に目的を持たせて保護させて居るわけでは無い。お主がその生存本能に従い、ただ生きてくれ居ったらそれで良かったのじゃ。じゃが呆れたことにお主は一度は死にかけ、二度目は本当に死んでしまい居った。一体何をして居るというのじゃ?」
そこまで言われて初めて雨子様は、自分が死ぬに至った理由を思い出すのだった。
「我は、我は愛するものを救えなかったのじゃ。我以上に大切に思える存在を守れなかったのじゃ… 生きて居っても仕方なかろ?」
「はぁ~~~~~~~~」
爺は大きく長い長いため息をつくと、ひょいと手招きをしてみせる。
すると目の前に祐二の息絶えた身体がぱっと現れ出た。
「こやつがその原因か…」
そうぼやく爺。
それを尻目に祐二の身体に飛びついていく雨子様。再び両の目から大粒の涙が大挙して溢れ出していく。
「しかしお主ほどの力を持つものが何故、人一人守れん?解せん、全く不可解じゃ」
そう言うと爺は手を伸ばし、祐二の遺骸にしがみ付いている雨子様の頭をしっかりと掴んだ。
「おや?これは何と言う事じゃ、お主、宝珠の製作についての知識を失って居るのか?と言うか、宝珠も所持して居らぬでは無いか?」
爺は全く呆れ果てたかのように言う。
それに対して思わぬ言葉に驚いた雨子様が、泣いてしゃくり上げながらも振り返って聞く。
「宝珠じゃと?爺は、爺は一体何者なのじゃ?」
「儂か?儂の名は文殊という。宝珠の制作者じゃよ」
驚いた雨子様はそれまで流していた涙も途切れてしまう。
「なんじゃと?あの行方不明になって居った稀代の天才科学者文殊じゃと?」
雨子様は口をぱくぱくさせながら言う。
「おお?それもまた知って居るのか?」
「知って居るというか何と言うか、種族共通の記憶として伝えてもろうた」
「なるほどと言えばなるほどじゃな。しかし一体何があってお主ほどのものが宝珠を無くすのか?謎じゃなあ」
そう言ってしきりと首を傾げている爺に雨子様が聞く。
「それで爺、爺の維持管理しておった宝珠はいかがしたのじゃ?」
「お主が言うのが唯一にして無二の、巨大宝珠のことを言うて居るのじゃとしたら、今お主が居るこれこの世界、この世界そのものがその宝珠の末じゃ」
「何と!それでその宝珠は今後また使うことは出来るのか?」
雨子様は今の自分たち地球の神族の苦境を思うと、そう聞かずにはいられなかった。
だがその期待はあっさりと爺によって否定されてしまった。
「無理じゃな、宝珠は既に完全にこの世界に同化してしまって居る。そして雨子、正しくは思兼神と言うのがええのかな?お主は宝珠と外界を繋ぐ接点であったのじゃ。であるからお主が滅んでしまっては、星々の力を宝珠に取り込むことが出来ぬでは無いか?」
そう言いながらぶつぶつと文句を言う爺。雨子様にその言葉を聞かせるつもりは無いのが声の大きさから推し量ることが出来るのだが、苛立ちの思いは伝わってくる。
「我は生きる目的を失のうてしもうたのじゃ、そのように我を責めるな…」
悲痛な思いを込めてそう言いながら、祐二の身体をなおもしっかりと抱きしめる雨子様。
その余りに悲嘆に暮れた姿に、爺もさすがに哀れに思ったのであろう。
小さく優しいため息をふっと漏らすと言った。
「全くもってしょうの無い娘じゃな」
爺はそう言うと腕を伸ばし、雨子様の抱きとめている祐二の額をとんと指で突いた。
すると見る見る内に傷が治り、顔に赤みが差し、呼吸を復活させ始める。
「ほれ、これでまもなく目を覚ますじゃろう?」
これにはさすがの雨子様も驚きのけぞるのだった。
「ななななな、何をしたのじゃ?」
だが爺はその問いかけに苦笑する。
「いやその説明は難しいの、治療術であり、時間の巻き戻しであり、魂の修復であり、それら全てを足して三で割るようなものじゃからなぁ」
「で、では、祐二が生き返るのは間違い無いのじゃな?」
「間違いも何も、既に生き返って居るであろう?後は魂の定着と記憶の整合が残って居るから今暫し時間が掛かるがな」
爺にそう言われた雨子様は、傍らにそっと祐二の身体を横たえると、丁寧な所作で正座し、三つ指をつき、大地に額を擦り付けると言う。
「爺様、我が片羽根を蘇らせしこと、この雨子、心底より深く感謝申し上げまする」
すると爺は笑いながらそれに答えた。
「善哉善哉、娘の惚れた相手のことじゃ、これ位は容易いものよ」
何とも気持ちの良い爺の返事であったが、それを聞いていた雨子様は、額を大地に擦りつけたまま、恥ずかしさに身悶えしているのだった。
「ところで雨子よ」
何事か在るのか、それまでとは口調を一新した爺が言う。
恥ずかしさが残り、真っ赤なままの顔を雨子様が上げる。
「お主がこうして居る間にも、お主の居った世界は大変なことになりそうじゃぞ?」
そう言いながら爺は宙に指先で円を描く。
そこには雨子様の居なくなった後、その場に戻ってきた隗を相手に、和香様と小和香様が力を合わせ、それこそ息をもつかせぬ激しい死闘を繰り広げているのだった。
さてこれからですね




