「それぞれの戦い」
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祐二サイド
雨子様を送り出した僕は、SNSに次々と上がってくる、街中で発生する異常音についての情報を追いかけていた。
その音の内容からして、何かが戦っているのではと言う考察が成されているのだが、それを証明する物が一切無い為、あくまで仮定として流布される定説となっている。
さすがにこれだけ多くの報告があると、政府の方でも黙っている訳にも行かず、警察や消防を出して色々調べて回っているのだが、何らかの音はするもののそれ以外の一切の現象が見受けられないと有って、頭を抱えてしまっている状況だ。
もっともそれで国民に何らかの被害が出ている訳では無いので、当面静観するようであるが、近々学者達による調査組織を立ち上げるとか言っている。
かなうならそれ程までに戦いが続くことが無いようにと願ってしまう。雨子様達にその様の苦しい目には遭って欲しくない、そう思うのだった。
時を追うにつれ、おおざっぱではあるが激しく音を響かせている音源は、どうやら思った通り、我が家から宇気田神社に向かう道程にありそうだ。
ネットに上がってくる情報を地図と見合わせていると、なんとは無しに線として繋がりそうに思えるのだ。
やがてその音源が宇気田神社までもうあと少しの所まで来ているのを知った僕は、それが雨子様の無事を示すものだと考えて、いらつく自分の心を無理矢理抑えている。
が、しかし。その時点から音源の移動がぴたりと無くなってしまう。約数十メートル四方の地域で、今までどころで無い重い打撃音が響き始めていると言うのだ。
「雨子様…」
僕の心の中はもう居ても立っても居られない思いで一杯になっていく。
時刻は既に五時を回り、辺りはどんどん闇の濃さを増して行っている。雨子様が出て行ってからもう何時間か経つのだけれども、その間彼女はずっと戦い続けているのだろうか?
雨子様の薙刀を持つ慣れた手つきを見れば、多分彼女はそれなりの腕を持っているのだろう。それでもこんなにぶっ続けで戦い続けられるものなんだろうか?
僕が近くに居ないのに精が尽きたりしやしないのだろうか?
そう考え始めると不安でもう何も手に着かないようになってきた。
だから僕はこの非常時にとは思いつつも、和香様の持っておられるレインへの通話を繋げるべく携帯を操作した。
数回の呼び出しの後直ぐに和香様が出た。
「祐二君やね?」
電話口の向こうの声がとても固い。
「はい、お忙しいところに電話してしまってすみません」
「かまへんよ、雨子ちゃんのことやろ?祐二君が知りたい思うの当たり前や」
それで僕は今まで自分がやって来たことを和香様に説明した。ネットでの戦闘音の話を拾い、そこから場所を推測して、地図上にプロットしていったこと。
そして今その地点が固定されて動かなくなったこと。更にその地点というのが宇気田神社までもう少しの地点で有ると言うこと等々。
「呆れた子やな?自分もうそんなことまで掴んどんの?半端や無いな?」
何となくではあるが電話口の向こうから、和香様の驚き呆れている雰囲気が伝わってくるような気がする。
「まあええわ、それなら説明すんのも早いな。実際君の推測通りや。雨子ちゃんはうちの社の近所まで来とる。そして其処には小和香も行っとるんやけど、なんや強敵が現れたらしゅうて、手をこまねいとるらしいで。なんか小和香では少し手に余るらしいから、この後準備してから、うちが向こうに行って小和香と交代してこようかと思ってるねん」
其処まではいつものほんわかした話し口調だった和香様が、急に腹に力を入れたような喋り方になった。
「そやからもうまもなく出掛けるんやけど、心配せんでええよ祐二君。うちが行ってちゃんと雨子ちゃん連れ帰ってくるから、大船乗った気持ちで任しとき」
和香様の口調から、僕に少しでも心配させまいと思ってくれているのが、ひしひしと伝わってくる。
でなかったらあの和香様が、態々口調を変えて大丈夫だなんて言うことは無いだろう。
だからその言葉を聞いて尚心配しているなどと言うことは、とてもじゃないが和香様に言うことは出来なかった。なので僕は一言、
「よろしくお願い致します」とだけ言った。
返す和香様の言葉は
「お願いされました!」の一言。
あの方は本当に優しい神様だ。僕のことを心から気遣ってわざと軽い口調でそう言ってくれている。でも和香様、僕は泣きそうになりながら思った。語尾が微かに震えていますよ?
ともあれ僕達は其処までで会話を終了することにした。
そして僕は思った、人づての話で雨子様の安否を知るなんてもう絶対に嫌だと。
幸いなことに暫くの間戦いは続いているが、その周囲にて物的被害、人的被害が出ているという話は一切聞かない。ならばこそ、僕にももしかすると出来ることもあるのでは無いだろうか?
そこで思いを固めた僕は、出来るだけ身軽且つ保温性の良い衣服で身を固め、某かの現金と共に、ライトや携帯、予備バッテリーにタオルなんかを詰め込んだ小さなリュックを背負った。
そして可能な限り静かに息を詰めて階下に降りる。見るとキッチンでは母さんが忙しそうに夕食の支度をしているところだった。
『母さんごめん』
心の中で僕は母さんに自分の我を貫くことを謝ると、そっと靴を履き静かに玄関を出た。
そこから先は自転車の出番だ。家から宇気田神社まで電車で数駅程度の距離、都市部の駅の距離であるから、必死になって自転車を漕げば三十分と掛からないだろう。
僕は今一度携帯の地図アプリを立ち上げると、目的地と目的地までの大凡の道を頭にたたき込んだ。
そして自転車に跨がると力を込め、一気に加速した。
身体がぐんぐんと加速され、吹きすさぶ風が氷のように冷たい。けれども胸の中に燃える思いは、余り有る熱量を体中に供給してくれる。
「雨子様」
僕はそう呟くと、夜の闇に包まれる街をひたすら雨子様を求めて突っ走るのだった。
雨子様サイド
「我は龍様が腹心の一体、隗なり。汝らは何故龍様の御心を妨げるか?」
身体が龍体の巨大な敵ががなるような大音声でそう呼ばわった。
手にする青竜刀は一際巨大で、隗と称するその者が軽く大地に切っ先を置くと、それだけで地響きがする。
雨子様が悟られぬよう口を動かさずに小和香様に囁く。
「さすがにあれを凌ぐのは相当に大変なことじゃの。小和香、すまぬが今のうち出来るだけ精を補充しておいてはくれぬかの?」
小和香様は雨子様の後ろに隠れるようにしながら背に手を押し当て、必死になって精を送り込みながら早口に言う。
「今ほど和香様に連絡を取りましてございます」
「してあやつはなんと?」
「直ぐにこちらに向かうとのことでございます」
「ふむ、それならばあやつがこちらに着くまでの間、何が何でも持ちこたえねばならぬの」
そう言いながら雨子様は不敵な笑いを顔に浮かべる。
だがそれはあくまで小和香様にまだまだ勝機はあると信じさせる為のもので、自身はこの勝ち目のなさそうな戦いをどうしたものかと苦悩しつつあった。
凌ぐだけなら、耐えるだけならなんとかなるかも知れない。だがそれも精が尽きるまでのこと。そこから先の見通しが立たないのである。
再び隗なる者が怒鳴る。
「汝ら臆したのか?返事やいかに?」
そこで雨子様は時間を稼ぐことも策と考え、自らの薙刀を天に向かって立て、石突きで軽く大地を突いた。
「我は天露の社を司る神、天露の雨子と言う。異国の地の異形の主よ、そなた何故この地に参った?」
雨子様がそうやって静かに問いかけると、隗はかんらからと笑った後、言う。
「汝が神を称すると言うのか?これは片腹痛い。汝が神というなら我こそは大神よ、我らの長たる龍様は至高神であるぞ!」
そう言うと身を揺すって大笑いし、雨子様達二柱のことを睥睨して見せた。
それを聞いていた小和香様は歯がみして悔しがり、ともすれば前に飛び出ていきそうになるのだが、雨子様の制止によりかろうじてその場に止まった。
「そちらの長が至高神であろうと無かろうと、我にはどうでも良いことじゃ。じゃがそなたらの土地は海を越えたところであろう?何故この地に参ったのじゃ?」
雨子様は、何が何でも時間を稼ぐべく、ひたすら会話を行うことに力を入れた。
「愚か者め、我らの龍様はあの程度の土地に収まる器では無いわ。この世の全ての土地と人を治めても未だ足らぬ、そんな器の尊いお方よ。だがそれを目指すに当たって、この地の何者かが我らの動きを妨げんとしている。故にその痴れ者を討つべく参った次第じゃ、悪いことは言わぬ、直ちに其処を退き、大地にひれ伏すのよ」
隗が大音声でそう呼ばわる背後で、小和香様が小さな声で雨子様に言う。
「雨子様、私の精の全てを雨子様にお渡し致しました」
そう言うと背後でぱたりと倒れ伏す音がするので見ると、真っ青な顔をした小和香様が地に横たわっていた。息が荒く、ようやっとにして頭を持ち上げている様な、そんな状況であった。
「すまぬの小和香…」
小さな声で小和香様に謝る雨子様。これ以上の精は望むべくもないのだが、この難敵を相手としてはそれでも心許ない。雨子様はこれ以上無いくらいに慎重に事を構えようと期するのだった。
相手の言葉に雨子様はわざと惚けて言う。
「待て、我らが何を妨げたというのじゃ?我らはこの地を治むるが仕事、そなたらの土地のことなぞ与り知らぬことぞ」
だが隗はその言葉に騙されることは無かった。それだけ核心に迫りうる情報を渡されているに違いない。即ちそれはこの隗という龍体が、彼の国に於いてより高い地位に居ると言うことに他ならなかった。
「戯言を言う出ない!汝らの地より…」
そう言うと隗は宇気田神社の在る方角を指し示した。
「我らの探索を阻む者が居るのは明白よ。我らが主の覇道を阻むとはけしからん。打ち据えるのでこの地に連れ来るが良い!」
「探索?阻む?一体何を言うて居るのじゃ?」
雨子様はまじめな顔で惚けてみせる。しかし相手の様子を見るに、時間切れはもうすぐ其処にやってきていた。
「未だに我を謀るか?良い、もう其処を退け!」
そう言うと隗は地に置いていた青竜刀をぐいとばかりに持ち上げた。
それに対する雨子様は、やれやれと言った感じで頭を振るとぼやくように言葉を吐く。
「まっことそなたらは気が短いの?そのように気が短うては国など治めるのは無理と言うものぞ」
どうやら隗にはその一言が気に障ったらしい。
「汝のようなへたれ神が、龍様の一体何を知るというのだ?その首消し飛ばしてくれる、大人しゅう待って居るが良い」
そう言うとずいずいと前に出てきだした。
それを見た雨子様はほっと小さく溜息を吐くと小和香様に言う。
「そこで大人しゅうしておれの。後は我が始末を付けるでな」
そう言うと得物を手にしてぶんと振り回し、その後体を低くして隗の来るのを待ち構えた。
「おおっ!そのか弱き身体で我に立ち向かうというのか?これは恐れ入る。手加減無しで参るが悪く思わぬことよ」
そう言うと隗は大上段に構えた青竜刀をゴォッという音共に雨子様めがけて振り下ろしてきた。
その余りの凄まじい勢いに小和香様は思わず目を瞑りそうになる。だが今目を瞑る訳には行かない、この戦いの行く末を見ておかずして、後で和香様になんと言えば良いのだろう。
雨子様はその唸りを立てて襲い来る巨大な刃を、得物の石突きを地に付けたまま斜めに構えて受け、大地の力を利用しながら上手く逸らす。
ガキンと凄まじい音を立てて青竜刀が大地にめり込む。ことここに来て初めて現世への影響が出始めることになった。
「おおっ!非力な癖して良くやり居るの?」
隗が感嘆の言葉を吐く。だが雨子様はそれどころでは無い。大地の力を使って逸らしていて尚、手に加わる衝撃は凄まじいものがあり、両の手がじんじんと痺れている。
「ならばこれならどうよ」
隗はそう言うと二、三歩踏み込んで間を詰めてくると、横薙ぎに疾風のごとく振り抜いた。
雨子様はその刃の軌道を見極め、その少し上に自らの重心が行くように飛び跳ね、得物を使って相手の刃を滑らしつつくるりと反転して地に降り立つ。
「これは凄いの、我が所にこれほどの凄まじい使い手は居らぬぞ!今一度問う、名はなんと言う?」
その言葉に雨子様は苦笑しながら言う。
「先ほども言うたでは無いか?我は天露の社を司る神、天露の雨子よ。まあ人は雨子と呼ぶがの」
それに対して隗は雨子様に軽く一礼した。
「先ほどはただの木っ端かと思い、名を覚えることも無く失礼した。だが今はその名、しっかと我の胸に刻んだぞ」
そう言うと隗は嬉しそうに青竜刀を幾度も鮮やかに舞わせてみせる。
雨子様はそれを見ながら相手に知られぬようにそっと息を整える。これまでのように力を抜いて戦えるような、そんな生やさしい相手ではないが故のことだった。
せめてこの地に八重垣が居ればと、思わないでも無かったが、神の杖の着弾を前にして、故有って富士の地に居るのが何とも口惜しい。
果たして雨子様の息が整うのを待っていたのだろうか?
「いざ参る」
そう言うと隗はすっくと背筋を伸ばしたかと思うと、雨子様めがけて一気に迫り、袈裟懸けに刃を振るってくる
雨子様は隗の動きに合わせて二歩三歩と後ろに下がり、更に足りぬとふっと目の前から消えるかのように退いた。
「なんと汝、縮地の使い手であったか?」
驚く隗。しかしその一方で雨子様は、かなりの精を使い荒い息を吐いている。
「ならばこれならどうよ!」
そう言いながら隗は大地を削り。膨大な量の土塊ごと雨子様を吹き飛ばしてしまった。
和香様サイド
和香様は焦っていた。此度の敵に相対する為に弓選択したのだが、肝心の弓の弦が見当たらない。
社中の小物達を総動員して探し出し、ようようにしてなんとか弓に張り終えるも、今度は座乗する神鶏が何故か機嫌を損ね、なかなか飛ぼうとしないのだ。
それでもなんとか宥め賺して飛ばそうとしていて、和香様ははっと気がつく、今が夜であると言うことを。
「ごめんしてや、自分鳥目やって言うことすっかり忘れとったわ。直ぐに明るうなるから、ごめんやけど急ぎ飛んでくれへんか?」
言葉尻を捉えればなんだかのんびりしていそうだが、和香様はもうなんだか地に足が着かない思いで慌てていた。
元より常に控えめな小和香様のあの言いよう。更には現状雨子様に頼るより他無いとの言。あちらの状況はもう推して知るべしだった。
「お願いや飛んでくれへんか?」
もう和香様は泣かんばかりであった。
だが神鶏の飛ばないにはちゃんと理由があるのだった。彼は感じていた。社の外を支配するとんでもないような化け物の龍気を。
だからこそ彼は主を護らんが為に、飛ぼうとしないのであった。
だがその一方。主の悲壮なまでの願いがひしひしと胸を打つ。主は今、長年来の友を失おうとし、その焦りにもう気が狂わんばかりになっているのだった。
やむなく神鶏は翼を大きく広げ、身をぐっと縮めると一気に虚空へと舞い上がった。
その背の上で和香様は、言葉を違うこと無く煌々と光を放っている。
お陰で人間界では太陽がもう一つ現れたと、それはもう上を下への大騒ぎになっていた。而して、いかなる方法で観測しようとも、その姿はあくまで光りの塊としてしか捉えられず、すわ一体何事かと世間で大きな話題を生むが、誰もその答えを知ることは無かった。
空を飛ぶ和香様は瞬く間に雨子様の戦う地の上空に辿り着く。
そしてその場を目に収めた和香様は驚愕に身体を打ち震えさせた。
その目は折しも隗の一振りによって大量の土砂と共に、雨子様の身体が彼方まで吹き飛ばされているところを見たのだった。
「雨子ちゃん…」
そう叫んだ後、神鶏に指図して地上に降りるように言うが、これまた一向に言うことを聞こうとしない。おそらく神鶏にしても主を護ろうと必死なのだろう。
もちろん日の本の大神である和香様も他に比べうべくも無き強大な神力を持っている。だがそれでいて尚、神鶏に心配をさせるほどの力を隗が持っていたと言うことなのだろう。
仕方なしに和香様は空を飛ぶ神鶏上にて矢を番える。そして狙いを定め、隗めがけて神力を込めた必殺の一撃を放つ。
それは目映いばかりの光を放つ、流れ星のごとき強大な一撃。
だが隗は、太陽のごとき輝きを空に認めた時点で、既に身構え、抜かることは無かった。
隗もまた目映いばかりに光りを帯びた青竜刀を構えると、天より飛来する天つ矢に対し、大地に踏みしめる足が沈むほど強く構え、その力の全てを以てギンとばかりに弾き返すのだった。
跳ね返されてきた矢が神鶏の直ぐ脇を過ぎていき、主共々振る上がってしまう。
なんと言う相手だろう?この者を向こうにして雨子は耐え凌いでいたのか? 和香様は改めて雨子様の尽力に胸の痛くなる思いをした。
しかしそうしている間にも、大量の土の間からふらふらになって立ち上がる雨子様の元に、隗が歩を進めていく。
そして、未だ意識が定かになっていない雨子様の前に立つと、一言呟く。
「良き敵であった」
その言葉が宙に消えるか消えないかの内に、ついにその強大な青竜刀が雨子様目がけて振り抜かれようとする。
「雨子ちゃ~~ん!」
和香様が叫ぶも既に打つ手無し。そのまま雨子様は討たれてしまうのか、そう思った時である。
ふらふらになった雨子様の身体を突き飛ばす影一つ。
それは汗みどろになって必死になって駆けつけてきた祐二だった。
彼は自転車と共にその身共々雨子様に体当たりをして、数歩離れたところにその身を突き飛ばしたのだった。
そして雨子様の身体と入れ替わるようにして存在する彼の身を、怒濤のように隗の青竜刀が振り抜けていく。
「ゆ、祐二君?」
驚いた和香様の口から漏れ出た言葉はその一言のみ。
未だその場に立っていることから無事だったのかと安堵しかけるが、次の瞬間、背中から大量の血を流して頽れていく祐二。
祐二に突き飛ばされたその先で頭を振りながら意識を取り戻す雨子様。
そして、そして目の前に有る、決して有っては成らないものを目にしてしまう。
血を流しながら崩れ行く祐二、その姿…。
わなわなと震える雨子様、言葉を発しようとするが声に、音にすら成らない。
再び青竜刀を構える隗のことも目に入らずに、両の目から涙を流しながら、言葉にならぬ叫びを口にしつつ、這いずるようにして駆け寄っていく雨子様。
倒れた祐二の元にやってきた雨子様目がけて今一度刃を振るう隗。
しかし残された全ての精を一点に込めた雨子様の、神速の指の一突きでもって、遠く彼方まで吹き飛ばされてしまう。
だがそんなこと、今の雨子様にとってはどうでも良いことだった。
必死になって祐二の身を起こし、かき抱く。
「祐二、祐二…」
必死に成って呼びかける雨子様。その声は叫びで有り、懇願で有り、祈りでも有った。
その甲斐あったのか祐二がうっすらと目を開く。
「雨子様…無事だった…」
弱々しく掠れた声でようやっとそう言う祐二。
「愚か者、愚か者、どうして斯様なところまで出て参った?」
祐二は漏れ出るような息の中、言葉をそっと漏らした。
「だって…雨子様のことが…心配だったから…」
そう言いつつ口元から血を流す。
「もう良い、もう良い黙るのじゃ。我が治してやる、なんとしても治してやる」
だがそう言いつつ、神力にて祐二のことを治療しようとするも、隗への最後の一撃を放ったせいで、その神力自体が底を突いていた。
徐々に冷たくなっていく祐二の身体、既に生きているのが不思議なくらいだった。
「雨子様…いえ…僕の大好きな雨子さん…無事でよ…」
そう言いながら最後の力を振り絞ってそっと雨子様の頬に触れると、がくりと項垂れる祐二。
大きく目を見開き、必死になってその身体を抱きしめ、癒やそうと試みる雨子様。だが甲斐無く、その身はどんどん冷たくなっていく。
「ゆ、祐二ぃ~~~~~」
夜陰の中に身を引き裂かれる様な声でただ、ただ愛するものの名を呼ぶ雨子様。その悲痛な叫びはいつまでもいつまでも繰り返され続けるのだった。
はぁ~~雨子様・・・




