「接敵」
いよいよ本格的な戦いとなります
さて、うまく書けている物やら(^^ゞ
和香様の下知により宇気田神社を後にした小和香様は、空より地上の様子を監視している配下の小物達から、こちらに向かっている雨子様の所在地を知った。
更に続く小者からの情報によると、雨子様は既に敵と接触、現在のところは優勢を保っているが、次第に敵密度が増してきており、この先どう言う展開になるのか読めない状況だというのだ。
それを聞いた小和香様は急ぎ天歩の術により、地上の障害物を避けて一気に雨子様の戦って居るところへ向かった。
まだかなり距離が有ると言うのに剣戟の音や打撃音が聞こえてくる。
激しい気合いの声はどうやら雨子様の発する物のようだ。
街中のこと故、辺りにはちらほらと人が居るのだが、何も無いような所から鬼気迫るような物音が、いずことも無く聞こえてくるものだから、皆気味悪がって蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
時に警察官などが来て辺りを見て行くも、雨子様達の姿が見える訳でも無く、音が発せられる以外何がある訳でも無いので、首を傾げながら去って行く。
とまれ人々に被害が無いのはせめてもの救い、小和香様はそう思いながら胸を撫で下ろしていた。
更に近寄ると雨子様は四体の敵に囲まれ、丁々発止と敵とやり合っているところだった。
「ほう…」
小和香様の口から感歎の声が漏れ出る。
力の程度から言えば、和香様の第一分霊である小和香様の方が、雨子様よりも遙かに強く大きな物を持っている。しかしこと武技に関してみれば、雨子様の方が圧倒的に巧者であった。
往なし、反らし、躱し、誘い、逃げ、打ち、切り、突き、叩き。まさに変幻自在、小和香様をして雨子様がこれほどの使い手とは思いもしなかった。
近場の二階屋根の上から最後の跳躍で雨子様の背後に降り立った小和香様。
「雨子様、和香様の命によりお迎えに上がりました」
小和香様の姿を認め、その言葉を聞いた雨子様はにっと笑いながら、一体の敵を切り飛ばした。
「おお、小和香、手間を掛けるな?」
一人で四体の敵の相手をしていた雨子様だったが、小和香様という存在が背を守る位置についてくれたお陰で、戦いが一気に楽になったのを感じていた
そして二人はなんの言葉も発すること無く、互いに背中を護り合いながら、行雲流水、流れるように動き、時に蝶のように舞い、互いに補い合っては敵を討ち取っていくのだった。
その余りに自然な流れに小和香様は舌を巻く。戦いやすいのだ、実に戦いやすいのだ。
欲しいところに攻めが入り、引きたいところに必ず守りを入れてくれる。
時に間に合わぬと思うようなことがあっても、間髪入れずにそっと得物を差し入れると、ほんの軽い一当てで相手の力を逸らしてくれる。
その神技、正に神技を見る度に小和香様は大きく目を見開くのだった。
『これは私の援護などいらなかったのか?』
そんなことをすら思ってしまった小和香様だったが、時折精を分けて上げなくては成らないことがある辺り、やはり来て良かったようだ。
「助かる小和香、我一人では直ぐにスタミナ切れになってしまうでの」
そう言いながら雨子様は晴れやかに笑う。
「いえ、とんでもございません雨子様、私こそお迎えに来ているところを、逆に助けられてばかり居る始末」
そう言って申し訳無がる小和香様に、雨子様は明るい声で言う。
「なんの小和香、そなたは些か力みすぎて居るだけじゃ。もそっと肩の力を抜いて、相手の力の流れを見、その流れを自らのものとしながら動いてみるのじゃ。さすれば我程度の動き、直ぐに出来ようぞ」
もとより雨子様は非常に非力な神であったが故、真っ向から力で以て戦うことをとても苦手としていた。その為その少ない力で如何様に易く戦うか、そのことを考え抜いた末が、今のこの戦い方であった。
小和香様は雨子様と言うこのほっそりとした神が、そこいらの並の神々より遙かに戦場にて役に立つ存在で有ることを身を以て感じるのだった。
そんなことを思いながら実に効率の良い戦いを繰り広げていたのだが、やはり目立ってしまったのだろう。
次から次へと新たな敵が押し寄せるようになっていく。
しかも彼女らにとって都合の悪いことに、数を増やすだけでは無く、仲間内での同調を取りながら戦うようになってきたのだ。
「これはちとまずいの」
雨子様がそう口にする。戦巧者の雨子様の口からそのような言葉が吐かれたせいか、小和香様が思わず動揺する、そしてその動揺が得物の運用に現れてしまう。
「小和香、そのように焦らずとも良い。こやつらのような敵は、待ってやるからこそ同調出来るのじゃ。ならばこちらから攻めて、彼奴等が揃わぬようにしてやれば良いだけのことよ」
そう言うと雨子様はすすすっと前に出る。慌てて小和香様はその後ろに追随し、雨子様の背中を護ることに徹する。
「む、それで良い」
雨子様の褒めの言葉に嬉しくなってしまい、思わず笑みを零してしまう小和香様。
その瞬間、殺伐としたその空間が花びらが舞い散っているかのように華やいでしまう。
半歩前に出た雨子様は、敵の僅かな乱れを見逃さず、刃の流れに沿うようにして動き、右へ左へと敵を討ち、彼らの乱れを引き出したかと思うと、いつの間にか引いて小和香様の力強い武器裁きに一任するのだった。
本来であれば衆寡敵せずと言うものなのだが、今の雨子様にとって敵はあくまで個々であり、衆寡成る敵とはなり得ていないのだった。
そうやって無理ない動きであればこそ、戦いも長く続けられるというもの。
雨子様と小和香様の二神は、(正確に言えば小和香様は未だ分霊であるのだが、その力の格から見て既に神としての風格は十二分だった)次から次へと押し寄せる敵の数をものともせず、片っ端から切り伏せて行くのだった。
更に数刻戦い続け、小和香様が迎えに来た時点では宇気田神社まで未だかなりの距離があったのだが、もうあと少しの距離までやってくることが出来た。
「雨子様、もう後半時ほどの道のりでございますよ」
ここまで順調に戦えたことから、この先問題無く神社まで戻れると考えていた小和香様は、少し安心しながらそう雨子様に声を掛けた。
だが雨子様から帰ってきた言葉は、そんな小和香様の思いを打ち砕くようなものとなっていた。
「残念ながら小和香、そうは簡単には行かぬようじゃ」
厳しい目をした雨子様の視線の向こうには、これまでとは異なった見かけの敵が数体現れ出でつつあった。
これまで彼女らが切り伏せてきた敵は、普通の人間の身体の頭部に、もやもやとした闇のようなものを載せた連中で、扱う得物も比較的軽い直剣で、受けるにしても、往なすにしてもタイミングさえ合えば、さして力の要らないものだった。
だが今度現れた敵は更に輪を掛けて異様な形態を持つ偉丈夫だった。
その体格は二メートルを超え筋骨隆々とし、頭部には龍の頭が載っている。そして手に持つ得物はその体躯に見合った長大な、これは青竜刀なのか?を持っている。
「これはどうにも厄介そうじゃの」
そう呟いた雨子様は先ず前に出て、先頭に立つ竜頭の者に先ず一当て行った。
暫し軽く打ち合った後、一旦下がってきた雨子様が小和香様に言う。
「こやつらなかなかに堅いぞ。気を抜いて戦えば危ういものがある」
そう言いながら暫し敵の様子を眺むる雨子様の背中に、そっと手を当て精を分け与える小和香様。
「すまぬの小和香」
申し訳なさそうに言う雨子様。
これだけの腕を持ちながら、一切奢らぬ雨子様の有り様に、思わず小和香様は見惚れてしまいそうになった。だが今はそのように惚けている場合では無い。ぐっと気を引き締めると雨子様に問うた。
「して雨子様、如何様に対すれば宜しいでしょうか?」
すると雨子様は、心配させまいと思ったのか、出会った時のようににっと笑ってみせると平らかに言う。
「何、変わらぬよ。ただより精密に、より正確に、これに尽きるの。相手の得物の重心を頭に置き、常にその軌跡を予想しつつ、あちらの動作の初動を突くことを基本とするのじゃ。なのでこれからは力もさることながら、速きことを重要視せよ。そしてそれ以上に正確を期するのじゃ。さすれば危うからずじゃ」
だがそうは言いはしたものの、敵の重さ、堅さに相対するには並の技術では難しいものがある。
常に先手を取れれば良いのだが、相手の数が増え、手数が増えていくとそうとばかりも行かないことが増えてくる。
凄まじい速度で繰り出される敵の一撃。並のもので有れば刃の反りを利用して軽く一当てすれば軌道を逸らせるものを、こちらもそれなりの速度と力を込めた一撃を当てなくては、相手の攻撃を回避しきれない。
お陰でこれまでのように、群れなす敵を次々と切り捨てていくような訳には行かなくなっていた。躱し、逸らし、往なし、敵の体勢を崩した上で無ければ、有効な一撃を相手に加えることが出来なくなっていた。
それでもなんとか持ちこたえはしているのだが、いかんせん雨子様の消耗が激しい。
予めたっぷりと精を分け与えることが出来ていれば良かったのだが、残念ながら戦の最中である。精を分け与えるその時間が取れないのだ。
小和香様は必死になって、隙を見ては精を分け与えているのだが、徐々に消耗率の方が上回りつつある。果たしてこの状況をいつまで維持出来るのだろうか?このままではじり貧になってしまって、何時か精が足らぬことになってしまう。
だがそのようなことは何があっても避けなくては成らない。しかし一体どうすれば良いのか?小和香様は苦悩した。
と、その時偶然が作用したのか、はたまた雨子様の巧さ故なのか、敵を続けて二体切り伏せることが出来た。
さすがに敵もショックを受けたのだろうか、一旦後ろに退いて様子見の体である。
小和香様はすかさず雨子様の背中に手を添え精を送る。その一方で懐を探って目的のものを手にする。
それは小型の通信機だった。敵に一帯の場を乱されている為、念による会話が難しくなりつつ有ったことから、念のため榊から借り受けていたものだった。
「和香様、和香様、聞こえますか?」
必死になって話しかける小和香様。
「うむ、聞こえて居るぞ小和香、いったいそちらはどうなって居るのじゃ?小物を差し向けて様子を見ようにもことごとく討たれてさっぱりなのじゃ」
そう言う和香様に現状を説明する小和香様。雨子様に出会ったこと、二人で並み居る敵を掃討しつつあったこと、新たに竜頭の敵が現れたことなど。
「竜頭の敵じゃと?」和香様の驚いた声が響く。
「はい、この者達はかなりの手練れでございます。雨子様のお陰をもちまして僅かに勝ちが取れる状況ではありますが、何分にも精の消耗が激しく、戦いの合間ではなかなか雨子様に供給出来無いのが現状でございます」
「そ、それは困った…」
そこで小和香様は和香様に願いを語った。
「なので出来ますれば腕は立たなくとも良いので、雨子様に精の供給が出来るものをお寄越し下さいませ。さすれば私も今少し戦いに集中出来、雨子様のお役に経つこともかないましょう」
「あい分かった。しかし小和香にそのように言わせるとは、その敵相当のものじゃの?」
「はい、恥ずかしながら雨子様が居られねば、私一人ではあっという間に討ち取られてしまったことでしょう」
「それほどか?」
和香様はそう言うと気色ばんだ。
「しかし雨子は、昔から目の届かぬところで動いては戦いの趨勢を変えてくれおったが、左様に戦巧者であったか」
「はい、驚くべきお方です。ただいかんせん精をほとんどお持ちではありません」
「そこよのう」
そういうと和香様は暫し思案した、と言っても神の思考に於いてである。実際には数瞬ですら無い。
「やむを得ぬの、我が出る」
小和香様が驚き慌てる。
「わ、和香様御自らでございますか?」
だが返ってきた言葉の口調は平静そのものだった。
「うむ、近郊より集うて来た有象の神どもに暫しの間この場を任せ、我がその場に向かうものとする。して、そちらに着いた時点で小和香、そなたがこの地に戻って守りを固めるが良い。既に守りの結界を起動させてあるが故、そなたが居ればそう簡単には墜ちぬであろう」
小和香様は先に希望を得たことによって表情を明るくしながら言う。
「分かりました和香様。御身がおいでになるまで、なんとしてもこの場を持たせておりましょう」
「うむ、では以上じゃ」
そう言うと和香様は通信を終了した。小和香様としては後は石に食らい付いてでもこの場を持たせる、それしか無かった。
さてそうやって小和香様が和香様と対応策を協議している間に、現場では新たな驚異が現れつつあった。
数人の龍体の奥から更に巨大な龍体の者が現れる。
これまで居た者達は人間の身体に龍の頭という者で有ったが、新たに現れたのは頭も身体も龍そのものが人間に転じたかのような、そのような体を成していた。
「こ、これは…」
さすがの雨子様も口籠もる。かつて居た最悪の付喪神転じた悪神、それをも上回るような、そんな存在感を醸し出す者だった。
「我は龍様が腹心の一体、隗なり。汝らは何故龍様の御心を妨げるか?」
とどろくは龍声、響き渡る口上は雨子様達を威嚇する。
身構える雨子様の背筋を初めて冷たいものが流れていくのだった。
いよいよ難敵登場でありますね
和香様間に合うのかな?




