切り火『鑽火』
物語りは次第に佳境に入っていきます
昼食を食べ終えた後僕達は部屋に戻ると顔を見合わせた。
暫く前まで何とも辛そうにしていた雨子様の表情が、今は少し緩んでいる。
しかしそうは言っても宇気田神社を取り巻く状況のこともあり、ただ我がことばかりを喜んでいるという訳には行かないようだった。
「雨子様、やっぱり行かれるのですか?」
沈んだ声で僕がそう聞くと、雨子様は切なそうな顔をしながら答えた。
「うむ、我もこの地を守る神の端くれなのじゃ。かつてのように孤立したままの神であったならともかく、今はまた和香との繋がりも出来てしもうたし、何よりもそなたの居るこの地を守りたいと思うておるのじゃ」
「何か僕に手伝えることは無いのですか?」
何も出来ないで居ることが嫌で僕がそう言うと、雨子様は笑みを零した。
「祐二。我はの、そなたに愛されて居ることを知って居る。それは何物にも代えがたい宝で有り、我にとっての力なのじゃ。我はこれ以上一体何を望めば良いというのじゃ?」
そう言うと雨子様は僕の腕の中に自ら収まり、その手で僕を抱きしめた。
そして僕もまた雨子様の身体を優しく、でもしっかりと抱きしめた。
互いの鼓動が共鳴し、互いの熱が交わり一つとなっていく。
そうやって寄り添いながら、相手を思う心を深め合い、溶かし合っていく。
雨子様は僕を見上げにっこりと笑いながら言う。
「なに、直ぐに雑魚など片付けて参る。祐二は家にてゆうるりと待って居るが良い」
「女の子に戦わせて、僕は家でのんびりですか?」
些かの不満を胸に僕が少しふざけてそう言うと、雨子様は笑いながら言った。
「かかあ天下は嫌かの?」
「雨子さんがかかあですか?」
僕は雨子様のその言いようがおかしくて吹き出してしまった。
「今から僕のことをお尻に敷いてしまわれるのですね?」
僕がそう言うと、雨子様は言葉に詰まって目を白黒させている。
「む~~、祐二は意地悪じゃの?」
雨子様が口を尖らせて文句を言うのだが、その様すら可愛いと思ってしまう。
「雨子さんになら敷かれても良いかも?」
僕がそう言うと、雨子様は顔を赤くしながら一言言う。
「馬鹿…」
そう言うと雨子様は僕の唇に軽く口づけし、その身を引き離した。
「まずは社に行ってくる」
雨子様がそう言うので僕は気になって居たことを聞いた。
「その、社には何があると言うのですか?」
「それほど興味があるというのなら持ち帰る故、暫し待つが良い」
僕は不安になってつい口に出してしまう。
「そのまま出かけてしまうとか言うのは無しですからね?」
すると雨子様はくすくすと笑いながら言う。
「当たり前じゃ、約束は違えぬ」
そう言うと雨子様は部屋を出、とんとんとんと軽やかな足音で階段を降り、扉の開く音と共に家から出て行った。
言っても天露の神社までほんの僅かな距離である、あっと言う間に雨子様は戻ってきた。
「雨子様…」
そう言いかけたところで雨子様に膨れられる。
「本当にしょうの無いやつじゃのそなたは?もう様付けかや?」
雨子様にそう言われて悄げていると、そんな僕を見ながら苦笑しつつ雨子様が言う。
「冗談じゃよ、そなたが如何様に我のことを呼ぼうとも、根っこのところがもう変わらんことは十分に分かって居る。好きに呼ぶが良いぞ、全く…」
そう言いながら雨子様は社から取ってきた物を僕に見せてくれた。
全長としては二メートルに満たないくらいか?先の方約六十センチばかりのところに湾曲した刃がついている、言うなれば薙刀というやつなんだろうか?
「これって薙刀なのですか?」
僕が聞くと雨子様は頷きながら説明してくれた。
「うむ、そうじゃ。祐二も知って居ったか?」
「ええ、実際に目にするのは初めてなのですが、薙刀というと女性が扱うイメージがありますね。テレビの時代劇の見すぎかな?」
それを聞いた雨子様は笑いながら言う。
「まああながち間違いでは無いと思うぞえ?何でも昔、刀は男の使う物とされて居ったようじゃしの、そのせいか女が使う武器としてなずんでおったと聞いたことがある」
そう言う雨子様から少し借り受けると結構ずしっとくる。
「これを振り回されるのですか?」
「うむ、重く感じるのかえ?」
「ええ」
「これは神具故、神力を込めると重さは自在なのじゃ。長さも若干ではあるが変化させることが出来る」
そう言いながら僕から薙刀を受け取った雨子様は、実際に二、三十センチばかり伸び縮みさせてくれた。
「さすがに型は家の中では無理故、勘弁するのじゃぞ?」
そう言いながら雨子様はふと思案顔になる。
「どうかされたのですか?」
気になって僕が聞くと、雨子様は葉子ねえの部屋に戻っていった。さて、これは一体?
だがそう時間が経たないうちに雨子様は戻ってきた。
「なんで雨子様、制服姿なんですか?」
そこには何故か高校の制服姿になった雨子様がいる。
「いやの、我らは普通、そなたらの知る巫女衣装で戦をすることが常になって居るのじゃが、社に戻ったところ、今のこの身に見合うものが無かったのよ。それで何か似たような物が無いかと考えて居ったのじゃが、どうやら制服なら何とか馴染めそうでな?」
僕は思わず頭をがしがしと掻き毟りながら言う。
「まさかそのスカート姿で大立ち回りをされると?」
僕がそう言うと雨子様はきょとんとしている。だめだこりゃ。
「ねえ雨子様」
そういう僕の言葉に目顔で問いかける雨子様。
「袴って奴は言ってみればズボンのような構造ですよね?」
「じゃな」
「でもスカートはあくまでスカートなんですよね?」
「当然のことじゃな」
「だとしたらそのスカートで大立ち回りでもした日にはその…。ちょっと大変なことになりはしないですか?」
「あ…」
そう言うと雨子様は、恥ずかしそうに朱に染まる顔を手で隠してしまった。
そしてその手の下から言い訳するようにもそもそと言う。
「う、動きやすくて良いかと思ったのじゃが…」
そこで僕は解決案?なるものを提案した。
「いっそスカートの下に体育のズボンを履いたらどうです?」
「むぅ」
そう言いながら雨子様はその姿を想像しているようだ。
「成るほどの、その案採用じゃ祐二」
そう言うと雨子様はもう一度葉子ねえの部屋に姿を消し、直ぐに戻ってきた。
「これでどうじゃ?」
そう言いながら雨子様はひょいとスカートをめくってみせる。
僕は慌てて手で自分の目を隠し、そっぽを向いた。
「い、いくら何でもそれは不味いです」
僕が驚き慌てているのを尻目に雨子様は、またきょとんとしている。
本当にこの人、元へ神様は。まるっきり女の子のように思えることもあれば、そんなことを何も知らない別の何かのようなこともある。
もっともそれがどう有ろうとも、今この雨子様のことが好きなのだが。
「まあその、なんじゃ…」
そう言いつつ少しずつ理解が行き始めたのか、そろそろとスカートの裾を卸し始める雨子様。
「とまれこれで準備は整ったの」
そう言うと雨子様は薙刀を手に部屋から出て行こうとする。
「ちょ、ちょっと待って下さい雨子様。そんな物を持って街中に繰り出すのですか?」
いくら日本の警察が海外に比べて穏やかだと言っても、刃渡り六十センチもあろうかという薙刀を持って彷徨こうものなら、いくら品行方正そうに見える雨子様でも一発アウトである。
「なんじゃ、何か問題があるのかえ?」
雨子様はすました顔でそう言う。
「いくら何でも警察に捕まっちゃいますよ?」
僕は薙刀を指差すとそう言った。
だが雨子様は平然とした顔で言った。
「案ずることは無い、この家を一歩出れば即、付喪神どもの闊歩する領域に入るが故」
僕は幸さんに届けた傘の付喪神のことを思い出しながら言った。
「見える人にしか見えなかったり、関知出来ないって言うあれですか?」
「まあ概ねそうじゃの、隠世と表現した者も居ったように思うの」
「隠世ですか…」
「そうじゃ、連中も常世でこのまま戦えば現実界の政府が動くなどして面倒とも考えて居るのじゃろう。お陰で一般の者どもに被害が出ることが無い故、我らとしても非常に有り難いの。ただ打ち合った瞬間に漏れる打撃音や、金属音だけは時折漏れ出て居るようじゃの」
僕は世間を騒がせている謎の音というのが、一時SNSで盛り上がっていたのを知っていたので、何となくではあるが納得した。
「さて、そろそろ我も出掛けて行くとする」
きっとこれが雨子様にとって大切な仕事であり、必要なことなのだろう。
僕はそう心の中で割り切ろうとするのだが、何とも胸が重苦しく、何度も手を伸ばしては引き留めようとしてしまう。
部屋を出、階段を降りていく雨子様の後を、僕もまた無言で追った。
「雨子さん?一体どうしたのその姿?」
廊下を通って外に向かおうとしていたところを母さんに見とがめられてしまった。
多分これはきちんと説明しないことには、雨子様のことを行かせてくれないだろう。
立ち止まり、振り返って僕のことを見る雨子様の眉がへの字になる。
仕方が無いので僕がその説明を買って出ることにした。
そして今、彼の国がどのようになっているのか、何故ニーが黒豹の姿にならなければならなかったのか、神の杖とは何なのか、そして今僕達の周りや和香様の居られる宇気田神社の周りがどんな状況になっているのか、掻い摘まんでは居るが出来るだけ丁寧に説明して見せた。
「それで、それで雨子さんは、皆を守る為に戦いに出るというのね?」
母さんは泣きそうになるのを必死に堪えるように顔を歪ませ、掠れる声で言う。
そして薙刀を見た後、雨子様の目を捉える。
「まさか、まさかこの日本でそんなことが起こっているなんて…。そしてこんな女の子が戦いに行かなくては成らないなんて」
そう言って苦しそうに息を吐く母さんに雨子様が優しく微笑んで言う。
「節子よ、我は神じゃ。神がそなたら人の子を護らんでどうする?」
そう言う雨子様の言葉にとうとう母さんが涙を零す。
「それでも、それでもなのよ。雨子さん、あなたようやっと恋を知って、これからと言うのに…」
そう言うと母さんは雨子様のことを抱きしめると、その耳元で語気強く言う。
「良い?雨子ちゃん!必ず無事に帰ってくるのよ?これは絶対に違えられぬ約束よ?あなたはもう私の娘でもあるんだからね?」
母さんの言葉に嬉しそうな、そして申し訳のなさそうな顔をした雨子様は、一際力を込めて母さんの身体を抱きしめた。
「大丈夫じゃ、必ず帰ってくるのじゃ」
そう言うと雨子様は身を離し、僕と母さんの頬に軽く口づけをすると靴を履き、玄関の扉を抜けていく。
見送る僕と母さん。
「消えた?」
驚き慌てたように言う母さん。
僕の目には小走りで駆けていく雨子様の姿が見えているのだが、きっと隠世成るところに入られたのだろう。
「大丈夫なのかしら? 大丈夫よね?」
僕にそう問いかける母さん。
僕としてはただそう有れかしと心の中で願いながら、黙って母の言葉に頷くしか無いのだった。
この物語りには色々なキャラが出て来ますが、皆さんは一体どのキャラがお好きですか?
私ですか?私は雨子様です。私に物語りの全てのインスピレーションを下さった神様なので。




