「忍び寄るもの」
何となくきな臭くなってきました・・・
「さてそれでなのじゃが」
そう言うと雨子様は周りを見回した。
ニーに飛びついた節子の周りに人間達が群がってああでも無い、こうでも無いと言っては時折大きな笑いの波が起こっている。
今や七瀬まで参戦してのニー吸いと言うことで、まさに大騒ぎだ。
お陰で彼らのうちの誰も神々の動向を気にする者は居なかった。
そしてそのことを見透かしての雨子様の質問だった。
「例の杖はどのような感じなのじゃ?」
そう語る雨子様の表情はこの部屋の中に居るものに似つかわしくないような、至極真剣なものだった。
「そうやね…」
それに答える和香様の表情も硬く、息苦しいほどの真剣さを帯びていた。
「一応は順調と言えるのやけれども…」
「けれども?」
そう言うと雨子様は眉根を上げた。
「もったいぶるでない和香、早う言わぬか?」
そうせっつかれた和香様は、もの凄く言いづらそうにしながら雨子様に打ち明ける。
「神の杖の方については順調そのものと言えるんよ。けどな、彼の国からどうにも挙動の怪しいものが結構な数、この国に入ってきて居るらしいねん」
「成るほどの、それは看過出来ん問題じゃの」
渋い顔をしてそう言う雨子様の口調に、何か気が付いたのか和香様が問う。
「なあ雨子ちゃん?もしかして何か気が付いていることでもあるんか?」
「うむ」
そう言うと雨子様は手近にあった湯飲み茶碗を手に取ると、ゆうるりゆうるりと淡い緑の液体を回しながら言う。
「その数はいかほどのものかは分からんが、この街の周囲から徐々に接近するものの気配を感じて居る。何者であるかと考えて居ったのじゃが…」
それを聞いた和香様は血相を変えていった。
「小和香」
つい先ほどまでにこやかに吉村家の者達の騒ぐのを眺めていた小和香様だったが、直ちに気持ちを切り替えて和香様の下知に耳を傾ける。
「なんでございますでしょうか和香様」
「手下の全ての分霊だけで無く、小者達も出して直ちに社の周辺域の調査をせよ。全国の配下より彼の国よりの侵入者の有るを知らされて居ったが、斯様に迅速にこちらに向かうとはの、些か敵を甘く見て居ったかもしれん」
そうやって話す和香様の言葉には甘さの欠片も残っていなかった。いつものにこやかでぽやんとした和香様の面影は無く、今そこに有るのはこの国の大神そのもので有った。
「承りました和香様、直ちに手配に向かいます」
そう言うと小和香様は風のように素早くその場を辞した。
その後ろ姿を見送る和香様と雨子様。
固い眼差しを送る和香様の脇腹をそっと雨子様が突く。
「いかがした雨子?」
「そろそろ戻らぬか?直あやつらの注意がこちらに向くぞ?」
雨子様の指摘を受けてはっとする和香様。
「ほ、ほんまやね、ほんに助かるは雨子ちゃん。お陰であないに怖い顔祐二君らに見られんで済んだわ」
「何とかぎりぎり間に合ったようじゃの」
見ると笑い疲れたのか各自が自分の席に戻り始めて、飲み物で喉を潤しているのであった。
まだ彼女らの所に誰も来る気配が無いのを良いことに和香様は雨子様に問うた。
「それで雨子ちゃん、杖の落下当日はどないしよう思てるの?」
すると雨子様は何とも物思わしげな表情をしながら言った。
「それよの、望ましいのは我が一人でこの社に参ることなのであろう。じゃがな…」
「祐二君やね?」
「そうじゃ、あの者が彼の日に我を一人でどこかに行かせるとは思えぬのじゃ」
和香様はその言葉を聞くと成る程と深く頷いた。
「あの祐二君やものな、それはありえへんと思うで」
「であろ?」
そう言う雨子様は困り切ったような表情でありながらも、どこか少し嬉しそうでもあった。
「ところで雨子ちゃん、自分、祐二君と何かあってへんか?」
思いも掛けぬことを和香様に聞かれた雨子様は、きょとんとしながら首を傾げた。
「和香よ、そなたは一体何を言っておるのじゃ?」
和香様はその雨子様の様子に不思議そうな顔をして問い返した。
「そやかて雨子ちゃん、あの祐二君が内輪しか居らへんこの場で雨子ちゃんのことを『さん』付けで呼んどったの聞いたし…」
それを聞いた途端に雨子様は顔を真っ赤にした。
「ん?雨子ちゃん?どないしたんその顔色?まさか…自分祐二君に何かしたんちゃうやろな?」
「な、何を言うて居る和香、我は祐二には何もして居らぬぞ?」
それを聞いた和香様は首を傾げる。
「ふむ、直接には何もしてへん訳やな?ほしたら何か頼みでもしたんかね?」
「むぐぅ」
雨子様は喉に何か詰まらせでもしたかの様に言葉を口に留め、じっと下を向いてしまった。
「しゃあ無いな、武士の情けや。今回ばかりは何も聞かんといて上げるわ。そやけどうちら友達やろ?」
そう言う和香様に雨子様は黙って頷いた。
「そやから本当に何か困ったりする前に、ちゃんと相談に来るんやで?行き詰まってから来ても何にもでけへんことも有るんやからな?」
雨子様にそう言う和香様の顔には、真に友のことを思う気持ちが溢れていた。
「恩に着る和香よ。その、我自身もまだ自分の中に有るものが整理出来ておらぬのじゃ。故に上手く言葉に出来ぬと言うのも有るのじゃ、済まぬ」
「かまへんかまへん、そやけどな雨子ちゃん、『塞翁が馬』って言う言葉があるんやけど、あんまり結果を恐れてばかりおったらあかんで?時になるようになるもんや」
「和香…」
雨子様はそう言うと黙って彼女に頭を下げた。
彼女自身この先どうなるか分からぬ祐二への恋心、その思いをほんの少し後押しするような、そんな和香の言葉だった。
色々な事で思い悩むことが多い今日この頃の雨子様。
ちょっと心配になってきてしまいます




