食事時のこと
相変わらずの展開ですが、徐々にその時が近づいています
風呂を終えて出てくるといつもの座敷には、既に昼食の支度がしてあった。
さすがにここまでと思って母さんが気にして和香様に問うている。
だが和香様はただ笑うばかり、また我が家に行った時に唐揚げをご馳走してくれと言うのだ。どうやら大のお気に入りになっているようだった。
そんな和香様と母さんの会話を見ていた小和香様、なにやら微妙な顔つきをしているのだが、さて?
「どうした小和香?和香があのように褒めて居る唐揚げなる物、食してみたくなったかや?」
雨子様がそう指摘すると、すっかりと顔を朱に染めている。指摘はどうやら正しかったようだ。
「なあ雨子ちゃん、うちの小和香を虐めるのは止してくれへん?」
雨子様は和香様の言葉に苦笑しながら言う。
「別に責めている訳では無いぞ?ただの、小和香は自分を抑えすぎなのじゃ。故に好きな物も好きとは言えんように見受ける。じゃからきちんと言うことを勧めておったのじゃ」
その話を聞いて和香様は小和香様のことをじっと見つめた。
そのせいか小和香様は首をすくめて縮こまっている。
「これ、和香。そのように縮こまらせてしまってどうする?」
それを聞いた和香様が慌てる。
「え?え?そうなん?何で小和香縮こまるん?」
すると雨子様は涙目になっている小和香様を背に庇いながら和香様に言う。
「小和香はの、それだけ生真面目にそなたを主と敬って居るのじゃ。故にそなたに責めるつもりはのうても自然非を責められていると感じてしもうたのじゃろう。和香、そなた一度小和香と二人っきりでようよう話おうてみるが良いぞ」
その話を聞いた和香様はそっと小和香様の下に行き、その手を優しく握りしめて言う。
「うちは小和香のこと大事には思うても、責めたり虐めたりするつもりはさらさら有らへん、けど今ここで言うても伝わらへんやろうから、後でうちらだけでじっくり話そうな」
主の優しい言葉を聞いて納得した小和香様は、なんとか自分を取り戻したようだった。
「すみません和香様、どうも人の身で居りますと、普段の有り様で居る時よりも多分に心が揺れるように思います。故に和香様のお言葉に動揺すると言うより、自らの心の動きに動揺している方が大きいのです。どうか暫くは大目に見て頂けますでしょうか?」
和香様は小和香様のその言葉を聞くと黙って静かに頷いて見せ、穏やかな笑みを浮かべて見せたのだった。
さて、神様達の繊細な思いのやりとりを見て見ぬ振り、聞かぬ振りをしていた僕達だったが、膳が揃ったのを見ていると、その美味しそうな様子にお腹をぐうぐうと鳴らしていた。
こと、いつもお腹を減らしているユウが、転げ回りながら小さな声でぼやいている。
「お腹空いたぁあ~~あ~~」
七瀨がなんとか宥めようとするが、どうにも止まらない。
みなこの場の空気を読んで笑わないようにしていたのだが、とうとう誰かが吹き出してしまった。
「ぷふぅ!」
誰有ろうそれまで渦中に居た小和香様だった。
「こ、小和香?」
驚き呆れた和香様がただそう言う。
すると恐縮しきった小和香様が赤くなりながら言う。
「申し訳ありません和香様、どうにも抑えきれなかったのです」
だが和香様はその答えを聞くとどこか安心したように笑いながら言った。
「別に責めた訳やあらへん、それでええんやと思うで小和香。笑いたい時に笑うたらええねん 、その時々に合わせたらええ」
そこへまたユウの一言。
「お腹空いたぁあ~」
それを聞いた雨子様が溜息を吐きながら言う。
「ユウ、そなたは少しばかり我慢することを覚えねばならぬの?」
「ともあれそろたようやし、皆で食べようか?」
和香様の音頭でようやく食事に手を付けることになった。
その為各自席に着く時、雨子様は手招きをすると小和香様を隣に座らせた。
その様子を見ていた和香様が僅かに物思わしげな表情ををしたのだが、直ぐに隣に座った父さんと会話を始めていた。
雨子様が小和香様に優しい口調で話している。
「言うても小和香は、日の本一の大神である和香に仕えて居るのじゃから、それはもう固うなるのも仕方ないじゃろう。そう言う立場を長う続けて居ると人の言葉で言う、コミュニケーションという奴がなかなか上手くとれなくなるのも仕方無きことよ」
そう話しながら小和香様のことを見ると、正座したまま畏まっている。
「小和香、今は無礼講ぞ。左様に畏まらずとも適当に足を崩し、食べながら聞くが良い」
そう言うと雨子様は小和香様に食事を始めることを勧めた。
最初のうちは少しおどおどしていた小和香様だったが、勧められるがままに少しずつそれらの料理を口に入れ、咀嚼するとその度に目を細めて堪能するのだった。
もしかすると小和香様は、これまで人の姿になっての飲み食いというものをしたことがなかったのかも知れない。
「我も小さき社にて孤立した存在であったが故に、そなたと同じようにコミュニケーションとやらに疎く、人の有りの儘の姿に接する機会も少なかったが故に、自らの心すら上手く動かせておらなんだと思うて居る。じゃから人の身を以て知る様々な感覚には驚きばかりじゃった」
そう言うと、雨子様は幾ばくかの物を口に運び、暫しゆっくりと味わうことに専念していた。
「じゃから今のそなたの思いとか戸惑いなどもように分かるつもりじゃ。我ら神々はそこにある情報をそのまま情報として取り入れてしまうからの。じゃが人は違う、肌身で情報を感じ取り居る。それが生身で心に入って来おる、この差は大きい。その分余計に心を動かしてしまう。」
雨子様のその言葉に小和香様はうんうんと頷いていた。
「じゃから当分の間戸惑うことも多いじゃろう。じゃが慌てずとも良いし恐れずとも良い、順々に馴らしていくことじゃ」
そうやって少しずつ小和香様のことを諭している雨子様の目は限りなく優しい。
「雨子様も同様の経験を成されていたのですね?」
静かに小和香様がそう問う。
「うむ、今もその最中に居る、色々なことに振り回されっぱなしじゃ。時に苦しいこともあり居るが、楽しいこと嬉しいことも補って余り有る。そなたも早う慣れて、やがてには今よりもより深う人のことを理解して、良き願いの叶え手と成るが良い」
雨子様のその言葉に小和香様は深く頭を下げて肝に銘ずるのだった。
トトトトト…。廊下の方から小さなそんな音が聞こえてくる。
見ると襖の影からニーの黒い姿が現れた。
そのニーの目と僕の目が合うと、ニーは相変わらずチェシャ猫のようににっと笑ってみせるのだった。
「母さん、ニーが来てくれたよ?」
和香様となにやら夢中になって話をしていた母さんにそう声を掛けると、くぃっと頭を回した後その姿を見て大きく目を見開いた。
「え~~~?こんなに大きいの?」
本当に驚いたのだろう、目をまん丸にしている。
前の猫の身体の時もさして小さい方ではなかった、そう、言ってみたらメイクーンと同等くらいの大きさだった。
それが黒豹の身体になってからは、実物の豹よりは多分大きい、体長二メートルくらいだから、多分虎と良い勝負なのではないだろうか?
その大きな黒豹が優美に身体をうねらせながら部屋の中に入ってくる。
「本当にニーちゃんなの?」
母さんが問いかけると、すとんとお座りしたニーがうんうんと頷いてみせる。
すると母さんは「うわ~!」と言う声を残してニーに飛びついていった。
「母さん?」
僕達が止める暇あらばこそだった。
いきなり母さんに飛びつかれたニーは、仰向けにひっくり返ってしまい、丸で母さんに組み敷かれたようになっている。
その様子を生暖かい目で見るうちの家族と雨子様、そして七瀨。
一方目を点にして凝視しているのは和香様と小和香様。
そんな皆の視線を尻目に、ニーにしがみついた母さんは猫吸い成らぬ、ニー吸いをしまくっている。
「スーハースーハー…」
和香様が震える声で僕に聞いてくる。
「祐二君、あれ、お母さん、大丈夫なん?」
僕は苦笑しながらその問いに答えた。
「あのう、大丈夫です。母さんの唯一と言った感じの弱点なんです。どうか見なかったことにして下さい…」
「前も、前も似たようなことしてたけど、こんなに激しい無かったで?」
「本来は母は物凄い猫好きなんです。なのにその本人が結構重篤な猫アレルギーになってしまって、普段はまったく猫に触れることが出来ないで居るんです。其処へ猫アレルギーが発症することのない特大の猫、猫もどきの黒豹が現れた物ですから、あの通りという訳で…」
「そやな、前もお母さんが自分で言うてはったと思う。そやけどあんなに激しいとは…」
そう言って絶句する和香様。
確かに今日の母さんはいつにもまして激しい、思うにあの大きさの猫!と言うことできっと箍が飛んじゃったんじゃないだろうか?僕自身が初めて見るくらいの猫吸いなのだから。
「のう和香や」
そう話しかける雨子様の方へ和香様が振り返る。
「我らはまだまだ学ばねばならぬことが多いの?」
そう言われた和香様は、尚も母さんに視線を据えながら、うんうんと頷くこと頻りなのだった。
ちなみに猫のいない我が家では。うさ吸いが横行しています




