湯(桃)源郷
以前にも書いたことが有るかと思うのですが、雨子様のことを書き始めるときに、
何かイメージになるものは無いかとネットであちこち探したことがありました。
結果ピクシブなるところのとある方のところで見つけ、その絵を脳内雨子さんとして使うことにしw
絵を描かれた方にも了解を得たのですが、はたして皆さんの脳裏に浮かぶ雨子さんは、
どんな姿なのでしょうねえ?
洗い場にて身体を綺麗に洗った僕達は早速露天風呂の方へと向かった。
もっとも露天風呂とは言っても、実際には露天に見えるだけなのだが、その臨場感というか現実感は、ここが地下であることをまったく感じさせないものだった。
「何とも凄いもんだな…」
父さんが感心してそう呟くと、そろりと湯に身体を沈めた。
さやと香しい風が吹き、鳥たちの声なんかもする。綺麗に腫れ上がった青空の下、彼方まで美しい緑の森が続き、その向こうには峻険な山々、頂きには雪も見える。
「これは癒やされるなあ」
父さんはそれこそぽやんと溶けそうな顔をしながら大きく伸びをした。
「おまたせ」
そうやってやって来たのは母さん達。
ここは混浴なので基本、皆湯着を着ている。そのお陰で気の置けない者同士、男女の性を気にせずのんびりと湯に浸かることが出来る。
「なんだか物凄いところね?」
母さんが彼方まで続いている美しい風景を目にしてぼうっと見とれている。
「家の母さんもいつか連れてきて上げたいのだけれども、無理なのかなぁ…」
そういうのは七瀨だった。
現状、七瀨のお母さんにはこう言った神様関連のことは一切伝えていないばかりか、ユウの存在さえ明らかにしていない。
僕は七瀨の思いが分からないでもなかったので、雨子様の方を見た。
「むぅ、無制限に知り合いにと広げる訳には行かぬが、他ならぬあゆみの母御のこと故、我の方で和香に掛け合ってみるかの」
そう言う雨子様に七瀨が嬉しそうに飛びついていった。
「ありがとう雨子さん!」
飛びついたのは良かったのだが、バランスを崩してしまった二人は、もつれ合ったまま湯の中にどぼん。
「これあゆみ、げふげふ…無茶をするでは無いぞえ?」
雨子様に遅れて湯の中から浮き上がってきた七瀨は、ひーひー言いながら息を吸い込んでいた。
「うううう、ごめん雨子さん」
来た早々水面を乱す一波乱があったものの、直ぐに落ち着き辺りは葉擦れの音と、小鳥の鳴く声が聞こえる静かな露天風呂となった。
「都会の雑踏の中に鬱蒼とした森があるここの神社も凄いけれども、この温泉と来たらもう隔絶しているわね」
そう言いながら指の間から湯を滑らせている母さん。いつの間にか父さんと並んで入って寛いでいる。
そこへここの主の賑やかな声が聞こえてきた。
「遅うなってしもた、ごめんしてや~~」
そう言いながら女性の洗い場の方からぺたぺたと足音をさせてやってくる。
と、その後ろからもう一人の人影が。
なんとそれは人の姿になった小和香様だった。
小和香様は和香様の影に隠れるようにして、少しおどおどしながら皆の方にやってきた。
「こら小和香、そんなに隠れてばっかりいてどないすんねん?ちゃんと今一度皆さんに挨拶しーや」
そういうと和香様は小和香様の背を手でとんと押して前に行かせた。
「あの…改めまして、その、小和香です」
そうやって並ぶと小和香様の方が幾分和香様より背が小さいか?
別々に居るととてもよく似ていると思うのだが、こうして比べてみると小和香様の方が幼さが残っている様な、そんな気がした。
「小和香のその人姿は今で二度目じゃの。これからはずっとその姿で居れば良いのじゃ」
雨子様が目を細めながら小和香様にそう言う。
すると小和香様は恥ずかしそうに顔を伏せながら言う。
「そんな、恐れ多いことでございます。私はあくまで和香様の一分霊に過ぎませぬ故」
それを聞いた雨子様は苦笑しながら和香様に問うた。
「あのように言うて居るが和香はどうなのじゃ?」
答える和香様は何だかにこにこしてとても嬉しそうだ。
「そやなあ、普段のちっこい小和香もとっても可愛いけど、この姿の小和香の方がええなあ。娘…ううん、なんや妹が出来たみたいでこそばい言うか、めっちゃ嬉しいで?」
和香様にかくのごとく言われた小和香様は嬉しいやら恥ずかしいやら、もうこれ以上ないくらいに真っ赤になったかと思うとその場にうずくまってしまった。
「お二方ともそれ位にしておいて上げなさいな」
窘めるとまでは行かないが、柔らかに二柱の神々に声を掛けるのは母さんだった。
「さ、小和香様。皆で楽しくお風呂に浸かりましょ?」
そう言って小和香様の手を取ってしずしずと湯に向かう母さん。
「あああ~~~」
等と声を上げる和香様。
訝しげな顔をしてその和香様を睨む雨子様。
「どうしたというのじゃ和香?妙な声を出すのではないぞ?」
すると幾分涙目になった和香様が言う。
「そやかて~、生まれて初めて小和香は湯に浸かるんやで?その案内役祐二君のお母さんにとられてしもたぁ…」
そう言うと和香様は眉をへの字に曲げてしょんぼり顔。
そんな和香様のことを呆れた感じで見つめながら雨子様が言う。
「和香、もしかしてそなた、小和香に産湯を使わすような、そんなつもりでおったのかえ?」
黙ったままこくりと頷く和香様。
「まったくしょうのない奴じゃのう」
そう言うとその和香様の頭をよしよしと撫でて上げる雨子様。
それを見て七瀨がぽつり。
「平和だなぁ」
まったく以て平和な光景である。
そうやって落ち付いて来だしたところへ、小物達が三々五々冷たい飲み物など持ってやって来た。
「やっ?これは至れり尽くせりだな?」
父さんは傍らで繰り広げられていたことには我関せずで貫き通していたのだが、ここに来てこのサービスで満面えびす顔と言った感じになっていた。
温泉にそのまま浸かると溺れてしまうユウは、洗面器に湯を入れて貰ってそれに浸かっているのだが、そのユウにまでちゃんとサービスがある。
オレンジジュースなのかな?一口々にすると美味い美味いとはしゃいでいる。
たぷんと音がするので振り返ると、傍らに雨子様がやって来ていた。
「この湯の楽しみも人の身故じゃの。しかしそう考えるとそなたら人はなんとその身を楽しませることに巧みなのじゃ?」
そう言いながら雨子様は少し膨れっ面になっている。
「あの?雨子さん?何か怒っておられるのですか?」
おそるおそる僕が聞くと、雨子様は一応膨らんだ頬を凹ませはしたものの、未だ少し拗ねた感じがしている。
「こうして居ると人の身でなかった頃のことが阿呆らしゅう思えるのじゃ。まるっきり大損じゃ」
そう言う雨子様に僕は苦笑しながら言った。
「雨子様、それは僕達人間のことを一側面からしか見てないですよ?」
そう言われた雨子様は途端にしゅんとした顔になって言う。
「それは確かにそなたの言う通りじゃの。禍福は糾える縄のごとしと言うが、そなたら人には様々な苦もまた寄り添うて居るでな」
と、そこに楽しそうな笑い声が響く。
母さんと七瀨と小和香様が輪になって談笑し、何か笑えるようなことがあったようだ。
一方少し離れたところでのんびり飲み物を飲んでいる父さんの所へは、和香様が行って静かに何事か言葉を交わしている。
「じゃが願わくは皆、少しでも楽しく豊かな生を謳歌して欲しいものじゃの?我ら神は常にそう願うておる。人の子らの笑いが何よりの褒美になるからのう」
そう言いながら僕に寄り添うようにする雨子様は、嬉しそうに微笑むのだった。
ちなみに皆さんには、贔屓になるようなキャラは居りますか?
筆者は当然のことながら雨子様なのですが・・・




