人の思い、神様の思い
のんびりのんびりで有りますね
身支度を終えた僕は、先に車のところに行って乗り込むことにした。
予想通り父さんが先に居て運転席に鎮座ましましている。
「父さん今日は大変だね?」
労うべくそう声を掛けると笑いながら返事を返してきた。
「いやぁ、ここんとこずっと母さんに迷惑掛けていたからなあ。そのことを考えたらこれくらい易いもんだよ。それに行き先は和香様の所なんだろう?直ぐそこじゃ無いか、運転するにしても大したことじゃあ無い」
そう言いながらにこにこしている。
僕が言うのも何なんだけれども、家の両親は本当に仲が良いと思う。
何々して上げたから何々して貰うじゃ無くて、常に相手の為に何かして上げたいと思うことを優先させている。だからこそ今回の我が儘も、実は本当に希なんだけれども、受け入れて当然という感じで適えて上げられるのだろう。
こう言うところは見習わなくてはと思ってしまう。
そうこうする内に女性三人がわいわいと楽しく会話をしながら家から出てきた。
一等最後に出た母さんが、しっかりと戸締まりを確認している。
あれ?ユウが居ない?と一瞬思ったのだが、ちゃんと七瀨の肩に乗っかっていた。
いくら何でもあいつ一人家に残していくのは可哀想なのでほっとしてしまった。
「お待たせ~」
そう言いながら乗ってくる三人と一匹?
「念のため和香にレインで連絡しておいたのじゃが、向こうは大歓迎だそうじゃ」
「和香様がレイン?」
神様がレインをやっているねえ。何とも不思議な感覚がしてそう呟いてしまった。
でも考えてみたら我が家の神様も年がら年中ネットをいじり回しているし、当然と言えば当然なのか?
もっとも雨子様は僕が小さく呟いた言葉の意味を推察してか、俯いてくすくすと笑いを漏らしていた。
最近の雨子様は本当に良く笑う。年頃の女の子は箸が転げても笑うという話を聞いたことがあるが、もしかしてあれなのか?
三々五々乗り込んだ面々が、皆ちゃんとシートベルトをしたのを確認した父さんは、静かに滑るように車を走らせ始めた。
父さんのモットーで、急加速急ブレーキはしない。凡そ事故が起こる時ってアクセルに足を置いていることが多いもんだと良く言っている。
そのせいか父さんは免許を取ってからこっちずっと無事故無違反を貫いている。
母さん曰く、乗せて貰う側としてはそれが一番嬉しいんだそうだ。
走り出して落ち着いてきた頃に雨子様が口を開き、先ほどの話の補完をする。
「和香がの、前回は父御と母御に温泉に入って貰うことが出来なかった故、今度こそとのことじゃった。まあそうでもせんと和香も八重垣も、当家の世話になりっぱなしじゃからな?」
「そんなことを言われるようななにかお世話をしたかしら?」
そう言いながら母さんが前の席でこてんと首を傾げる。
「何を言うて居るのじゃ、あやつらさんざん食い散らかして居るじゃろうが?」
「え?それなの?でも神様がいらしたら歓待するのは当たり前のことでは無いのかしら?]
「はぁ、これじゃからのう」
そう言うと雨子様はやれやれと頭を振った。
「え?何?雨子さん?今の会話で何かおかしいところ有るの?」
七瀨も不思議がって問う。
「普通そなたら人間は、神に対して何かと願うものであろ?神が来たから歓待が当たり前?なんぞ御利益なぞ望まぬのかえ?」
雨子様は呆れ果てたようにそう言う。
するとそれまで沈黙を守って運転に集中していた父さんが口を開いた。
「雨子様、確かに世間はギブアンドテイクって奴が当たり前になっていますね」
「うむ」
そう言いながら雨子様は頷く。
「成る程それを基本ルールとしておけば、見知らぬ者同士でも安心してやりとりを行うことが出来ます。でもそれが余りにも当たり前になると、常に自分が行ったことに対して結果を求めてしまう…ことに繋がりやすいのですよね」
「むう、それは当然のことよの」
「けど何かの加減でその結果を得ることが出来なかったらどうなるのか?まあそう言うこともあるさと諦めることが出来れば良いのですが、結果のあることを当然としすぎるとそれが出来なくなる。すると人間関係がぎすぎすしたり、恨み辛みが生じたりもする。そう言うことがあると思うんです」
「なるほどの」
「僕も節子も、余りそうやってぎすぎすするのが嫌いで、出来たらもうちょっとだけ優しい気持ちになれたらねって、常々言っているんですが、その思いの結果とでも言うのでしょうかね?喜んで欲しいから歓待したのであって、御利益が欲しいからなんて成っちゃうと、なんだかね?」
「確かにそう言う考えも無いでは無いが、そなたらそれで損したりすることは無いのかえ?」
「損ですか?」
そう言うと父さんは楽しそうに笑った。
「確かに損していることもあるかも知れませんね。でも僕にとって家族や家族と親しい者達が笑顔で居る限りは、そう大したことじゃ無いかも知れない」
「成るほどの、こう言う両親が居るからこそ、この様に損得も考えずに誰も彼も助けようと思う息子が育つのじゃな?」
そう言いながら雨子様は僕の鼻の頭をぷにっと人差し指で押した。
「え?何でそこに僕が?それに僕だって誰でもなんか助けたりしないですよ?」
僕がそういうと雨子様の隣で七瀨が首を横に振る。
「ううん、祐二にはそういうところ有ると思う」
「そうなのかなあ?」
そう口にはしたものの僕に思い当たる節は無い。
「僕自身の価値基準としては、きちんと関係性を作れた人に対してしか、そんな風に思うことは無いって思うのだけれどもなあ」
「きちんと関係性が作れたって言うのはどう言う基準なの?」
七瀨が不思議そうな顔をして聞いてくる、その隣では雨子様がうんうんと頷いている。
「なんだろう?大切に思えるってこと?」
僕がそう言うと、途端に二人は顔を赤くしている。
前の助手席では母さんが妙にうんうんと頷いている。何これ?
今しばしのんびりです




