雨子様と父
ついにお父さん登場。似たもの親子なんだなあ
※神様が地球にやって来た時間を修正
「ただいま」
家に帰るとリビングで父と雨子様がしきりに何か喋っている。一体何を話しているのだろうと、黙って部屋に入りソファに腰掛けていると、何やら聞き覚えのある単語がいくつも聞こえてきた。
どうやら彼らが話しているのはエジプトのピラミッドのことについてらしい。きっと父のことだ、雨子様にどうやってピラミッドが造られたのか聞いているのだろう、と思ったら案の定だった。
ただその答えは父の予想から大きくはずれてしまったようだ。珍しく表情を表に出してがっかりとした顔をしている。
どうしたのかと僕が訪ねるまでもなく父は僕に話しかけてきた。
「百万年も前から地球におられると言うから、てっきりピラミッドがどうやって建造されたのかもご存じかと思って聞いたんだが、知らないのだそうだ」
その答えがある意味僕の予想していた答えとも大幅に異なっていたので思わず僕は雨子様に聞いてしまった。
「雨子様、それは神様たちの間での決まり事とかで話せないとか、そう言うことではなくて、実際に知らないと言うことなのですか?」
「むぅ」
雨子様はそう言うと笑った。
「そなたらは親子して同じような聞き方をするのじゃな?」
僕は思わず父を見た。父は頭を掻きながら苦笑いをしていた。
「我は人そのものには興味を持っておるが、人が何かを作ろうともあまり興味を持つことはないのじゃ。もちろんそれが直接我に関わることで有れば話は別じゃがの」
「父さん…」
そう言うと僕は父を見た。父もまた僕と同じように気がついたようだ。
「と言うことは、エジプトの人たちは雨子様の属する神様一族とは余り関わりがなかったことになるな」
とは父。
「確かにそんな風に考えることも出来るかもしれないね。でも父さん、あそこって多神教だよね?」
「そうだな、代表的な神様はいるけれどもその通りだな」
「だとしたら日本の神様の有り様に似ていていない?」
雨子様はそんな僕達の会話を興味津々で聞いている。
しかし二人でわいわいと話をしていたらそのうち我慢できなくなったらしい。
「二人に聞くが、どうしてそのことを直接我に聞かぬのじゃ?」
「だってピラミッドのことは知らないって言うから…」
「確かにピラミッドの建造法については知らぬ」
そう話す雨子様は何となく不服そうだった。
「じゃがそれを知らぬからと言って何も知らないと言うことにはなるまい?」
それはまさにその通りだった。いま興味を持っている最大の謎を知らないが故に他のことも知らないと、勝手に思いこんでいるのだった。
雨子様は苦笑していた。
「先ほど我が述べた言い方を思い出してみるが良い。我とは言ったが我らとは言っておらなんだと思うがいかに?」
「あ…」
父と僕は同時にそう言って同時に頭を掻いた。すると雨子様は急に口を手で押さえながら笑い転げ始めた。
「クククク…ほれ、言うた通りじゃ。そなたらはまさに親子じゃの」
なんと言われようともその通りなので、反論の使用がなかった。僕は父と顔を見合わせるとそのまま雨子様に釣られて笑い始めた。父もまた同様。
「あらあら、ずいぶんと楽しそうね」
人数分のお茶を盆に乗せた母登場。三人が笑い転げているのを見ながら何となく悔しそうな顔をしている。
その母に説明するために、雨子様は見るから苦労しながら笑いを抑えていた。
「母殿、そなたの連れ合いと御子の仕草が余りに似ておっての、思わず笑ってしまった次第じゃ」
「あらそうなんだ」
とは母。でもその一言で十分に納得したようだ。が、問題はそこから先だった。いたずらっぽそうな光を目に浮かべるとやにわに僕たちの秘密を暴露し始めたのだ。
「実はね雨子様、この二人ったら寝相もそっくりなんですよ」
「かあさん…」
とは父。何とも情けなさそうな顔をしている。
「いくら何でもそれは…」
一方雨子様は僕と父の顔を交互にまじまじと見つめている。その後宙の一点を見つめ、吹き出した。
もちろん父の寝相を知るわけはないから、僕の寝相を思い出してのことなのだろう。
昔から色々なことで女性が徒党を組むことが多いのは知っていたけれども、それは神様と人の間でも同じなのだと僕は認識を新たにしてしまった。
そんなこんなで結局エジプトの話はうやむやになってしまったのだけれど、夜が更けるまでわいわいと楽しい時間を過ごした。
そして就寝時、例によって雨子様は僕の部屋に布団を敷いて眠ることになっている。風呂上がりで髪を解いている雨子様は、ブラシでのんびり髪を梳きながら僕に話しかけた。
「祐二…」
ベッドに転がって本を読んでいた僕は体を起こすと応えた。
「何でしょうか雨子様?」
物憂げに髪を梳いている雨子様はなんだかおぼろで、まるで何かの絵のような美しい佇まいだった。
「人というのは皆このように楽しい語らいをしておるのか?」
きっとさっきのことや日中のことを思い出しているのだろう。
「ええ、そりゃあまあ人にも色々ありますから皆が皆というわけではないと思います。でもかなうならかくありたいって言うのが僕たちの思いかもしれません」
そう話しながら僕の心はなぜか七瀬のことを思いだしていた。
彼女のお母さんは、女手一つで彼女を育てた立派な方だ。でもそうやって肩肘張れば自然かかる負担も多くなってくる。くたくたになって帰ってくるお母さんとはほとんど会話らしいものはないと七瀬は言っていた。
今の僕には何とも仕様のないことなのだけれども、胸の奥がくんとする切ない思いがした。
「我ら神の間でもかつては色々な会話があった。しかしそなたらの間の会話のように楽しいものだったかどうか…」
「雨子様?」
僕は雨子様が一体何を言いたいのか分からず、ただそう問い返した。
「むぅ、そなたらの言葉で言う喜びとかやりがいとか、とかとか…」
そう言うと雨子様はつと立ち上がり、ブラシを僕の机の上にコトリと置いた。机の上に出したままになっている参考書を物憂げにぱらぱらとめくっている。
「我らは…我らは生き延びることに躍起になっておる間に、生きること本来に最も大切なものを見失っておるのかもしれぬ」
僕は何か話しかけたくて一瞬口を開いた。しかし僕たちからみれば無限の存在ともいえるような雨子様に、一体何を言えばいいのだろう。何を言えると言うのだろう。
そんな僕に向かって雨子様は満面の笑みを浮かべて話しかけた。
「祐二よ、感謝する、ありがとう」
「え?ありがとうって一体?何で感謝なんです?ありがとうなんですか?」
面食らった僕はそう応えた。
それに対する雨子様のすべてを包み込むような暖かな笑顔を僕は多分、一生忘れることはないだろう。
「なぜならそなたが我を見いだし、そなたが我にこうして生きる楽しさを与えてくれたからじゃ、そして生きるための力も…」
「そんな…」
僕には返す言葉もなかった。僕がとった言葉にも行動にも、何一つ愛他的なものは無く、ほとんど皆有る意味自分の為みたいなものだった。そんな僕に対して雨子様は、神様である雨子様が礼を言う。
思わずベッドの上で正座をして、居心地が悪くてもじもじしてしまった。
「クスクス…」
雨子様はそんな僕の有り様を見て笑っている。何もそんなことで笑わなくてもいいのだろうに。
そう思わないでもなかったけれども、雨子様の笑いは目に見えぬ波動となって部屋を包み込んでいった。その心地よさは未だかつて僕が知らないものだったように思う。
その後ベッドに潜り込んだ僕は、早くもすやすやと寝息をたてている雨子様を見ながら思った。
雨子様のような神様も人間も随分似たようなところが有るものだなと。それも束の間、僕もあっと言う間に眠りに落ちていく。流石にとても忙しい一日だった。
もう後少し生活編のようなものが続きます。その後よりいよいよ奇異なる者達が登場…することになるのかな?




