初詣へ
今日は少し短めかな?いやそんなことは無い?
前日バタバタしたので少し睡眠不足になっているのですが、
物語を書くのにこいつが一番悪そうな気がしている今日この頃です
朝ご飯を食べ終えてから暫く、ざっと一時間半ほどの時間が経っただろうか?母さんの頑張りの甲斐も有って、無事和装成った雨子様が出来上がった。
着物の方は葉子ねえのお下がりだって言うことらしいけれども、着る人間、元へ神様なんだけれども、中身が違うと同じ着物でも全然印象が異なってくるから不思議だ。
艶やかな着物姿であることももちろん大きく寄与している、加えて普段は長く下ろしている髪の毛を綺麗に結い上げたことで、印象を大きく変化させていた。
「どうよ!」
葉子ねえが嫁いでから少し時間が経っているのだけれども、母さんの腕は衰えていなかったようだ。幾分、いや、かなり鼻高々の感じで見せつけてくる。でもその気持ちは分かるような気もする。
なんたって雨子様という素材が本当に着物で生きているのだから。
「おお、なんだか凄い綺麗だね雨子様」
とは父さん。普段は何着ても女性のことを褒めることが無くて、母さんや葉子ねえにさんざん駄目出しを食らって居るというのに、今日は一体どうしたというのだろう?
当の雨子様はと言うと、父さんのその褒め言葉にしっかりと照れてしまって、俯いてしまった。
先に父さんに言われてしまったけれども、僕も今の雨子様のこと最高に綺麗だと思う。
ただ二番煎じで言うのもなんだかなって思ってしまうし、語彙不足の僕には上手い言葉がどうにも浮かんでこなかった。
そんな僕の脇腹を母さんがぐいぐい突き上げてくる。
「ほらなんとか言って上げなさいよ、雨子さんもあなたが何か言ってくれるのを待っているんだからね?」
いやちょっと母さん、その言い方は少し無神経だってば。ほら言わんこっちゃない、雨子様真っ赤になって顔を隠してしまったじゃ無いか?
だが母さんはそんな僕の思いなんてほっぽっといて、更に追撃を掛けてくる。
「何をやっているのかしらねこの子は?そんなに悠長にしているから、父さんなんかに先に言われちゃうのよ」
その台詞に少しむっとした父さんが言う。
「ねえ母さん、父さんなんかって言う言い方は酷くないかい?」
そう言う父さんのことを母さんは横に引っ張っていくと、なにやら話して聞かしている。
そしてちらちらこちらを見ながら、あーでも無いこーでも無いと更になにやら説明している。
やがて何かの合意を得ることが出来たらしい、その結果がどうしてこうなるのかは分からなかったのだが、父さんは初詣の為の軍資金として、雨子様と僕に幾ばくかのお小遣いをくれた、
お年玉も貰っているので良いよと遠慮はしたのだけれども、貰ってくれないと困るとかなんとか、意味不明なことを言っているのだが、その熱意にほだされる形で有りがたく頂戴することにした。
それからただ初詣に出かけるだけにもかかわらず、両親二人揃っての見送りという、少し違和感のある中僕達は出かけたのだった。
着物自体は以前も着こなしていた雨子様なので、今回も実に綺麗な所作をしている。
一歩二歩と、歩き始めるその流麗な姿に、思わず目が離せないで居ると、苦笑した雨子様から声が掛かった。
「どうしたのじゃ祐二、余りそのように見られて居ると、恥ずかしゅうなってしまうぞえ?」
そう言うと雨子様は袖で口元を隠しながらくくくと笑った。そして先に立つと、すすすと歩いて行くのだった。
慌てて後を追う僕。僕は初めて逢った頃の雨子様の姿を思い出しながら言った。
「雨子さん、久々の着物を着る感覚はいかがですか?」
外での会話の時は雨子さんと言うことに慣れていたので、割と違和感なく言葉を発することが出来ている。だが二人だけで居る時にはどうしても様付けに成ってしまうし、さん付けをしようとするとなんだか妙に照れくさくって戸惑うことが多い。
「うむ、やはり我の場合着物が性におうて居るようじゃの」
雨子様はそう言うと優雅に微笑んだ。
我が家から駅までそう長くは掛からない、人通りもちらほら有り、皆初詣に出かけていこうかという風情だ。
そんな中僕達も出かけて居る訳なのだが、なんと言うか、雨子様が衆目を引く引く。
道行く人が皆一度は雨子様の姿を見て目を見開き、行き過ぎては振り返るので有る。
雨子様はそれを当然かのようにして、凜と澄ましているのだが、隣を歩いている僕は居心地が悪いことこの上も無かった。
だが、居心地云々くらいの問題で側を離れる訳には行かないので、甘んじて我慢して一緒に駅まで向かうのだった。
やがて駅前に行き着くと、そこには七瀨を始めとして幾人かのクラスメイト達が、楽しそうに談笑している最中だった。
「おめっとさん」
「お~っす、おめでとう」
「おめでとうございます」
「おめでとうじゃの」
顔を合わせると皆口々に新年を言祝ぎ合った。
「なあおい祐二、なんか雨子さん迫力だな?」
肩を組みながらそう言ってきたのは、幼なじみの樫村だった。
「お前、迫力って何なんだよ?褒め言葉として通用する言葉じゃ無いって思うんだけれどもな?」
僕がそうやって諫めるも、周りからはいやいや樫村の言う通りとの声ばかり聞こえてくる。
男子達がそんなことを言いながらわいわいやっている中、女子は女子で数人が固まって仲睦まじく互いの近況を話し合っていた。
内容的に少しばかり体重に関する話題が多かったので、ここでは何も述べないこととする。
が、それを除けばやはり雨子様の着物姿に関することが多かったようだ。
そもそも、今日の一般家庭では先ず以て着物を機会が無くなり、着物の着付け自体自分達で行うことが無くなったことから、余計に着られる機会が無くなったと言えよう。
逆を言えばそれだけインパクトを与える物でもあるのかも知れない。
とにかく賑やかなことこの上無い集団は三々五々で駅の改札を抜け、電車のホームへと向かっていった。
そうやってクラスの親睦を深め合っていたのだが、時が経つうちに次第に普段特に仲が良い者同士に固まっていく。
そして祐二にとってそれが雨子様と七瀨だった。見ようによっては、いや見ようにかかわらず両手に花だ。
男子のうち一部の物が、あいつだけ何であんな良い目に遭っているんだと抗議を口に仕掛けたが、周りの者の諦めきった口調によって窘められた。
「なあおい、あれがを祐二がなにか企てた結果だと思うのか?」
不意にそんなことを言われた者は首を横に振る。
「いや、どちらかというとお人好しの類いの祐二には無理な話だな…」
「だろ?」
抗議者を取り囲む数人の男子達が、悲しそうな顔をしながら密かに頷く。
「あれは彼女らの選択なんだよ、そこに俺らが茶々入れて見ろ?雨子さんはともかく、七瀨が何言うか…くわばらくわばら」
馬鹿ばかりを言っていると呆れていたその他の女子達も、そんな有様に少し同情気味だ。
そこでまた、今度は男女交えて色々と話が盛り上がるのはさておき、七瀨が雨子様の着物姿を見てほっとため息を小さく漏らす。
「普段の制服姿も決まっているって思っていたんだけど、着物姿も凄いわね?」
彼女のその言葉は雨子様に対する妬みややっかみなど一切に含まず、ただもう感心の思いを表現している。
それに対して雨子様も一言。
「何を言う、七瀨こそ今日のその出で立ち、とても可愛らしいと思うぞ?」
にっこり笑って見せながらそう言う雨子様の耳元に、七瀨がそっと口を寄せて言う。
「ありがとう雨子さん、でもその台詞、本当なら誰かさんの口から聞きたいものだったなあ」
その誰かさんは今他のクラスメイト達とわいわい話に興じている。
それを見た雨子様は苦笑しながら七瀨に言う。
「七瀨よ、そればっかりは無理な相談じゃ」
七瀨はくいっと片眉を上げて雨子様に問うた。
「それはまたどうして?」
雨子様も声を潜めて言う。
「この出で立ち、母御に整えて貰ったのじゃが、我ながらなかなかに美しく上がったものじゃと実は喜んで居った。して、まず最初に褒める言葉を貰ったのは誰じゃと思う?」
「え?祐二じゃ無かったの?」
雨子様は苦笑して言う。
「残念ながら違うの。一等最初に言うてくれたのは父御じゃ」
その言葉に七瀨が眉を顰めて言う。
「酷い…」
「じゃろ?その後見とれてくれたようではあるがの、未だ褒めの言葉は一言も貰うてはおらぬぞ?」
驚いた七瀨がきっと、祐二の方を見る。だが祐二はどこ吹く風といった感じで談笑している。
「だめだこりゃ」
そう言う七瀨に強く同意して首肯する雨子様。
渦中の祐二は正に知らぬが花、そんな状況に置かれているのだった。
男の子は元より、誰かの変化に気がつくことが苦手、ましてや褒めるなんてことを上手く出来ない場合が多いですね




