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天露の神  作者: ライトさん
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大晦日三

 お節作りって言うのは本当に大変な事だと思います。

作って下さる方に心よりの感謝を

 冬の短い日が落ち、辺りに闇の帳がり始めた頃、今年一年の全ての仕事を終えた…つもりの僕はやれやれとばかりにリビングで伸びきっていた。


 隣のダイニングでは母さん達がお節の仕上げに余念が無い。


 葉子ねえが嫁いでからこちら、母さんの頑張りによって、味はいつも最高だったのだが、料理を詰める係が僕と来た日には、センスがさっぱりで母さんの小さなため息を誘っていた。だが今年は違っていた。


「雨子さん素敵!」


 今日は初めて雨子様がお節の飾り付けを行っているのだが、そのセンスは僕とは段違いらしい。

 母さんが小躍りしながらその出来映えを喜んでいる。


「祐ちゃんもね、一生懸命に綺麗になるように詰めてはくれたのよ?でもね、詰め込むのよ、あの子は」


 うん、別にけなしはしてないよ、母さんは。でも何だか涙が出そうなのは何故なんだろう?


 僕としては複雑な形をしたお節料理を少しでも合理的に、より多く入るように上手く詰め込んでいたつもりだったのだけれども、母さんに言わせるとどうもそれが宜しくないらしい。


 僕としては色々言いたくもなるところだったが、ここは自分を抑えて何も言わないのが花と考えて居た。

ぽんと肩を叩く者が居るので振り返ると父さんだった。


「うん、祐二…それで良いんだよ」


 何が良いのかもう一つ良く分からないのだけれども、他ならぬ父さんの言うことでも有るので、それ以上深くは考えずに置くことにした。


 やがて女性二人の歓声が上がる。どうやら全ての飾り付けが終わったようだ。

僕や父さんにも早速お呼びが掛かる。今期のお節の披露と言うことなのだ。


「どう?今年のお節、凄いでしょう?」


 母さんは鼻高々である。いや確かに実に綺麗な飾り付けなんだけれども、ちょっとこれ普段の物より豪華なんじゃ無い?

 僕が特大と思われる海老を見つめていると母さんが笑った。


「奮発しました…」


「やっぱり…」


「しかしこれは素晴らしいな!」


 父さんはちゃんとタイミングを見透かして母さんの望んでいる言葉を贈る。


 それから暫くは携帯での撮影会となる。美しく飾り付けられたお節って言うのは、ある意味美術品的なところもあるし、はたまた、またお節を作る時の参考資料にもなると言うことで、この撮影は恒例行事となっていた。


「しかし斯様な料理をお正月の為に作るとは、なかなかに大変なことじゃの」


 雨子様は自分で手伝って、その大変さが良く分かっているだけにしみじみと言う。


「雨子様、昨今はデパートなんかで出来合いのお節を買うことも多いのですよ。見かけとても豪華な物を作っているからその方が多いかも知れない。でも節子は作るのが好きなだけで無く、それを食べて幸せそうにする家族を見るのが好きと言って、毎年頑張って作ってくれるんですよ」


 父さんが普段に無く饒舌に母さんのことを褒めあげた。


「そのうちいずれ作れなくなる時も来るでしょうから、作れる内は作っていきたい、そう思うんですよ」


 母さんが思いを込めてそう語る。


 正月は冥土の旅の一里塚、めでたくもありめでたくもなしなんて言う言葉があるのだけれども、人生を刻んでいく物の一つに正月があるとしたら、母さんのこの言葉は何とも含蓄があるような気がする。


「でもね雨子さん、この料理ってお正月に皆でのんびりする為の料理でもあるのだけれども、根本は神様をお迎えする為の料理なんですよ?」


 そう母さんが言うと、雨子様はきょとんとしながら自らを指差しつつ言った。


われを迎えるのか?」


 雨子様のその表情が余りにも素だったので、皆思わず笑いそうになったのだが、もちろん笑う訳には行かない。必死になってその笑いは飲み込んで、神妙な顔をして頷いてみせるのだった。


 もっとも雨子様には全てお見通しのようだった。


「まあ確かに、迎える神が最初から居って、一緒にその料理を作って居ったら傑作じゃわな」


 そう言うと雨子様はくすくすと笑った。


 と言うことで全てのお正月料理が完成したのを一区切りとして、一旦母さん達には退いて休んで貰うことにする。


 そうやって主の居なくなったキッチンに、今度は僕が入ると、料理に使われた様々な道具を洗い始めた。


 昔から我が家の習慣なんだけれども、家を切り盛りしていく上で、誰か特定の人間だけが苦労するとか、大変であるとか言うことが無いようにしよう、と言うのが有って、皆が出来る仕事をやるようにしている。


 僕も簡単な料理くらいは出来るのだけれど、ことお節料理のような物になるとなかなか手を出しがたい、ならばと言うことである。


 中学生になる前からやっていたこともあって、手際よくどんどん洗い終えていくと、気がついたら横に父さんがすっとやって来て、道具を水切りし、さっと拭き上げて所定の場所にしまい込んで行く。


 一人でやったら大変なことでも、二人でやればあっという間だった。


「終了!」


 そう言い終えると皆でダイニングに集まり、蒲鉾なんかの端切れを摘まみながらお茶を飲んで寛ぐ。


「これでまた良いお正月を迎えられそうだな?」


 父さんが嬉しそうに言う。こう言った様々な支度をするお正月前は、色々と大変なんだけれども、皆で頑張って乗り越えてほっとしつつ、気持ちを新たに出来て良いのかも知れない。


 寛いだ時間になると、それまで頑張っていた反動が出て、そろそろ身体がだら~っとしてくる。見ると雨子様もくてっとしながら椅子に座っている。


「雨子さん、良かったらそろそろお風呂に入ってらっしゃいな」


 母さんがそう言って雨子様に風呂を勧める。

当の雨子様は、皆の様子を見回して言う。


「我なぞが先に貰って良いのかえ?」


 こういうところ雨子様も本当に家族として馴染みきっているなと感じてしまう。

そんな雨子様に母さんが優しい言葉で言う。


「どうぞどうぞ。今日は雨子さんに一杯頑張って頂いたんですもの、その疲れを癒やす為にものんびり寛いで入ってきて下さいね」


 そう言いつつ母さんは雨子様の背を優しく押して風呂をへと向かわせた。


 雨子様を送り出した後、母さんは嬉しそうに言う。


「今日のお節作りは本当に楽しかったわ。葉子が居た時も楽しかったのだけれども、雨子様とだとなんて言うのかしら、打てば響くとでも言うのかしらね?何かして欲しいことがあるとすっとそこに雨子さんが現れるの。丸で魔法を見て居るみたいだったわよ?」


 雨子様はなんと言っても神様である。そう考えたら、ある意味魔法使い以上の存在なんだから、さもありなんとも思うのだった。


「今の母さんを見ていたら、もう雨子様のこと手放せそうに無いな?」


 父さんはそう言うとがははと笑った。その後両親揃って僕の方をじっと見てくる。え?何それ?何で僕のことを見てくるの?


 何が何やらだったのだが、そんな僕の有様を見て母さんがほっとため息をつく。

父さんがそんな母さんのことを見ながら苦笑しつつ言う。


「母さん、まだまだ、まだまだこれからだよ」


 一体何がまだまだなんだろう?そんなことを思っている間に、何時しか僕はダイニングテーブルの上に突っ伏して寝てしまっていた。


 次に目を覚ましたのは皆がお風呂に入ってしまった後だった。


「祐二、祐二」


 雨子様がしきりに僕を揺さぶって起こしてくる。


「風呂はもうそなたが最後じゃぞ、早う入ってくるが良い」


 僕が寝ぼけ眼をこすりながら目を覚ますと、雨子様がくすりと笑う。


「なんじゃその顔は、手の跡がくっきりとついて居るぞ?」


 いやそう言われてもこういうことは不可抗力じゃ無いのかな?涎を垂らしていなかっただけでも幸いだ。


「ほれ早く行け、湯から上がれば夕飯じゃと言うておるぞ」


 促された僕は慌てて風呂に向かったのだった。

そして急いで風呂から上がってくると既にダイニングでは鍋の用意が成されていた。


 ところで大晦日の夕飯には寄せ鍋を食べるのは我が家の習慣だ。

これなら手間も掛からず、後で残った汁に蕎麦を入れれば年越蕎麦にも出来る。しかもこれが美味いと来るから色々な意味でお得なメニューだ。


 因みに雨子様は鍋が好きだ。味のこともさることながら、皆で一つの料理を囲むというのがとても嬉しいらしい。


「我はもう一人では社に居られんのう…」


 そう雨子様がぽつり言う。それを聞いて僕達家族は顔を見合わせた。そして母さんが言う。


「どうしてまた?ずっと我が家に居られたら良いのですから、そんなお寂しいことは言わないで下さいな」


 母さんのその言葉に雨子様が嬉しそうに頷く。


 神様と言う、人と比べて無限とも思える命を持つ存在なだけに、未来永劫とは行かないのだろうけれども、それでも僕は、かなう限り雨子様と共に入れたら良いな、そんなことを思っていた。


「さあさ、お鍋も煮えてきましたよ、早速頂きましょう」


 鍋の蓋を開けるとふわっと湯気が立ち上り、その向こうに家族の笑顔が見える。

特にだからと言ってどうと言うことも無いのだが、ただその一時、もしかするとこういうのが幸せなのかも知れない、なんてことを思ってしまった。


 皆でわいわい鍋とつつき、バックグラウンドで流れるテレビの歌謡番組に偶に目を向け、他愛の無い話をしながら、この一年の皆の無事を喜び合う。


 食休めに菓子を摘まんだり、蜜柑を食べたりしながらまたお喋りに興じ、余り未だお腹が空かないな等とぼやきながら、形だけでもと、取り敢えず年越蕎麦を腹に収める。


 そうこうするうちに時が経ちもうあと少しで新年を迎える。

なんだろうこのわくわく感、別に年が改まったからと言って、何か良いことがある訳でも無く、その予定も無い。


 それでも未来に対して何かの期待を持っていられるというのは、とっても良いことなのでは無いだろうか?願わくは自分達だけで無く、皆がそうあれかしと思ってしまう。


 そうこうする内に除夜の鐘を鳴らす番組が始まり出す。今年は北の方の地域でも雪が少ないみたい。番組を通じてそんなことを知ったりする。


 そして迎える新年、家族揃って互いに向かい合い口々に言い合う。


「「「「明けましておめでとうございます」」」」


 この瞬間に、生まれて初めて誰かとそう言い合ったであろう雨子様の笑顔を、僕はきっと忘れないと思う。






 さて年が明けました。

これからの展開ははたしてどうなるんだろう?

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