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天露の神  作者: ライトさん
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午後のご馳走、そして…

 初めの頃はどちらかというと、木で鼻をくくったようなところが有った雨子様ですが、

最近は優しい人々のお陰ですっかりと丸くなりましたね

 社の修繕を無事確認した雨子様は、ご機嫌で家に帰ってきた。

雨子様曰く、長年慣れ親しんできた物が元有った形に、きちんと直されるのは嬉しいものなんだそうな。


 今日は十二月二十四日、別にキリスト教徒という訳ではないけれどもクリスマスイブである。


 もう高校生と言うことで、大人の領域に半分足を突っ込んだせいか、クリスマスプレゼントなる物は無くなっているのだが、皆で集まって美味しい物を食べるという習慣だけは続いている。


 万が一でも異論があってはいけないと、今回については両親からの要請で雨子様に是非を聞いていたのだが、幸いなことに雨子様からは何の異議も出ることはなかった。


 さてその美味しい物を食べると言うことなのだが、母さんばかりに負担を掛けるのはどうかと言うことで、毎年父さんが外食を提案する。しかしこの時期の外食の余りに非現実的な価格設定に、当の母さん自身がノーを主張している。


 もっともそれは理由の一部でしかなく、実は料理好きの母さんが、こう言う機会でしか作れない特別を作ってみたくて、と言うのが大きいそうだ。


 何故伝聞の形になっているかというと、さすがにこう言うセンシティブな話題は夫婦間で話し合われて、結論が出されているからに過ぎない。


 今年も昼過ぎ辺りから鼻歌交じりに、下拵えを始めているところを見ると、何やらこの日とばかりに手の込んだ料理を作っているようだ。

 そこへ神社から帰ってきた雨子様も応援に入る。

 

 以前ならその役割は葉子ねえに任されていたのだけれども、今年からは自薦によって雨子様自身が参入するようだ。


 僕自身も野菜の皮を剥いたり、火加減を見たりぐらいは出来るので、手伝いを申し出ていたのだが、図体の大きい僕が入ると狭いの一言で却下された。


 但し、調理後の鍋釜の洗いはしっかりと任された。美味しいご馳走を頂けるのだ、否の答えはない。


 キッチンの中に入ってくるくるとコマネズミのように動き回る女性二人。余程息が合っているのか互いに身体のぶつかることもなく、巧みに行き来している。


 もしかするとその息のあいかた自体までも楽しいのかも知れない。どちらも楽しそうに笑みを浮かべながら、雨子様は母さんからの指図を聞いては、新たな仕事をどんどんと熟して行っている。

 端で見ていてこれはちょっと凄いなって思う。プロのシェフ達が行き交う料理場の光景を彷彿させてくれるのだった。


 母さんは葉子ねえが嫁に行って暫くの間、口には出さないのだけれども、こう言った料理の機会があるごとに、どことなく寂しそうにしていたのだけれども、今日はそんな様子は欠片も見えない。

 楽しそうにくるくる、くるくると動いている。張り切っているのが目に見える気がする。


 それ以上女性達の活躍を見ていても仕方が無いので、僕は一旦部屋に戻ることにした。

扉を閉めると僕は机の引き出しの奥から赤いリボンのついた包みを出してきた。


 何が何でもプレゼントしなくてはならないと言う、半ば強制的習慣のようなものは一応無い。しかしその時々のニーズに寄って、誰かが誰かに贈り物をすると言うこと自体は、否定されていない。

 だが大抵この時期は見送り、それぞれの誕生日に何か送ると言うことが多いのだ。


 ただ今回、雨子様に限って言うと話は別だ。何せ神様という性質上、通常の意味での誕生日というものがないのだ。

 無ければその日に誕生プレゼントは贈れない。ならばと言うことで、キリストさんには申し訳ないのだが、今日を一つの機会として何か贈ろうと思ったのだ。


 と言うことで今目の前にあるのが、後ほど渡そうと思っているプレゼントなのだが、勘の良い雨子様に悟られてはと危惧して、随分前の内に買っておいたものだ。


 おそらく雨子様にとっては生まれて初めてのことだろうから、かなうなら出来るだけサプライズにしたいと思ったのだ。

 もっとも、すねかじりの身分だからそんなに大仰な物は用意出来ない。でもきっと喜んでもらえる、もらえることを願っている。

 そんな事を思いながらプレゼントを見ているんだけれども、やっぱり不安だなあ。


 だが何時までもそんな事ばかり思っては居られないので、元通りにしまい込むとベッドの上に寝転んで音楽を聴き始めた。

そしていつの間にかすっかり眠ってしまっていた。




 真っ暗な部屋の中、僕は誰かに揺すぶられているのを感じて目を覚ました。


「祐二、祐二」


 それは雨子様だった。


「そろそろ起きるのじゃ、父御ももう帰ってこられて、まもなく風呂から上がられるぞ」


 僕はまだ覚めきっていない目を擦りながら、ようようにして身体を起こした。

おかしな時間に寝てしまったものだから、どうにも目覚めが悪い。


「何とも締まりの無い顔をしておるの?」


 そんなことを雨子様に指摘されるが、普段から寝起き顔を見られていることを思えば今更だ。でもちょっぴり腹が立ったので


「雨子様だってたまに涎垂らしてますよ…」


 等と冗談を言ったら、嘘じゃ嘘じゃと言われながら、散々頭を揺すぶられて、しっかりと目が覚めた。


「うぇ~~」


 あんまり激しく頭を動かされたせいで何だか気持ち悪くなってしまった。


「そなたが悪いのじゃぞ?」


 暗くてあまり良く見えないのだが、プリプリ怒っている気配だけはよく伝わってくる。


「はい、すみませんでした…」


 それ以上何か言い返す元気もなかったので、僕はあっさりと白旗を揚げた。

すると何だか知らないが余計にほっぺたをつねられる。


「何じゃもう仕舞いかの?つまらんの」


 つまらないって雨子様、ならば僕は一体どうすれば良いのだと?僕はそう言いたいのを我慢して一端顔を洗いに行くことにした。


「先にダイニングに行っておるぞ」


 そう言って部屋を出る雨子様を追う様にして階下に行き、洗面所にて冷たい水でシャキッとした。

 鏡を覗いたら寝癖が酷い、これは雨子様にああ言われても仕方が無い、僕自身納得してしまった。とにかく整髪剤やらなんやらで取り敢えず事態を収集、そしてダイニングに向かう。

 

 扉を開けて入るともう皆揃っていた。


「あら祐ちゃんどうしたのその頭?」


 早速母さんから突っ込みが入る。そして慌てて頭を触ると、直したはずの寝癖がすっかりと復活している。

 

「母御よ、我が言ったであろ?締まらぬ顔で寝ておったと」


「そうねえ、これならそう言われても仕方無いわねえ」


 母さん、いくら何でもその言い方は酷いのじゃない?そう思って文句の一つも言いたくなったのだが、お腹の虫が激しく自己主張したので諦めた。

 この自己主張、相当大きかったのか雨子様が目を丸くして見ている。


「祐二、今のは本当にそなたかや?」


 僕は顔が赤くなるのを感じながら返事をした。


「…はい」


 僕がそう言うと雨子様は母さんと顔を見合わせ、その後一拍おいてから大笑いを始めた。いや、母さん。いくら何でもそこまで涙流して笑うのは酷すぎるのじゃない?雨子様も。

 そう思いはしたのだが、一向に収まりそうもない。

後からダイニングに入ってきた父さんは、何が何やらできょとんとしている。


 まあ良いさ、今日のご馳走を作って貰った返礼だと思えば十分だ。そんな事を思いながら改めてダイニングテーブルの上を見る。凄いご馳走だ。

ブッシュドノエルって言うのかな?クリスマスケーキまで作ってあるのには全く驚いてしまう。


「これは凄いな…」


 父さんが絶句している。

一方母さんは鼻高々だ。雨子様もまた僕の方を見てどうよと言う感じで胸を張っている。

 元々料理すること自体が趣味だという母さんの本領発揮と言えるだろう。そして雨子様もまた、満足がいくほどに母さんのことを手伝えたのが嬉しかったようで、満面の笑みが零れんばかりだ。


「熱いうちに頂きましょ」


 一番の立役者の音頭で本日のメインイベントが幕を上げることになった。

コース料理みたいにしてしまうと、皆で一緒に食べることが出来ないから、何もかもが最良と言う訳では無いけれども、それでも数々の工夫でそれぞれの料理がもっとも美味しく食べられるように工夫されている。

 この才は思うに特筆すべきことなんじゃないかな?僕はそんな事を思った。


 さて、これだけのご馳走があれば、後はもう何も言うことは無い。ただ皆で舌鼓を打ちながらわいわい喋って騒いで、楽しい時間を過ごすだけだった。


 そんな最高の一時もやがてには終わりの時がやってくる。

最後にノエルを切り分けて皆で食べたのだが、いくら甘い物は別腹という女性陣でも、もう沢山という状態になっていた。


「美味しかった、母さんありがとう」


「ごちそうさま」


「うむ、最高の馳走じゃったと思う」


「どういたしまして」


 皆がそれぞれに今の気持ちを述べ合った。そして述べ合いながらお腹を摩っていた。

そんな幸せに満ちた時の中、隣に座っていた雨子様が立ち上がると、僕の袖口をそっと引っ張ってきた。


「雨子様?」


 僕がそう言いながら問うと、雨子様が手を後ろに回して何かを取りだしてきた。

そして僕に言う、今持っている物をそっと手渡してきながら…。


「メリークリスマスなのじゃ」


「?」


 僕が目顔で問うと、雨子様が照れ臭そうに笑いながら言った。

座ったままでは受け取れないので、僕も立ち上がって包みを受け取る。


「最近は祐二に色々と世話になって居る。そのお礼じゃ」


 手渡された包みを見ると緑の包装紙に包まれ、リボンを掛けてあるのだけれども、ちょっと歪んでいる。もしかしてこれは雨子様自ら?


「開けても良いですか?」


「無論じゃ」


 リボンを解き、包装紙を破らないように丁寧に開けると、そこからは綺麗に折りたたまれたベージュのほっこりとしたマフラーが出てきた。


「これってまさか?」


驚いた僕がそう口にすると、母から説明の言葉が聞こえてきた。


「それって雨子さんのお手製よ、大切にするのよ?」


 余りの驚きに僕が目を丸くし、何も言えないで居ると、雨子様がそっとマフラーを手に取り、首元に掛けてくれた。

 その雨子様の目が嬉しそうにきらきらしている。


 そんな雨子様のことを見ていると、僕は何だか感極まってしまって思わずハグしてしまった。そんな僕達に両親からやいのやいのと喝采が飛ぶ。なんて親たち…。。


 で、肝心の雨子様はと言うと、なんと直立不動で真っ赤な顔になりながら、涙目になっている。これは一体大丈夫なのかと思ってそっと身体を離すと、そのまま母さんのところに飛んでいった。


「節子ぉ~」


 そう言いながら雨子様は母さんにしがみ付いている。母さんはそんな雨子様のことをきゅっと抱きしめて頭をよしよしと撫でている。何だか本当に親子みたく見える。


 ふと肩を誰かが叩くのを見ると、それは父さんだった。


「余り雨子様を泣かせるんじゃないよ」


…って、それなんか違わない?僕はともすればほっぺたが膨れてしまいそうになるのをこらえて、自分のやるべきことを思い出した。それはもう大急ぎである。


 最高速で階段を駆け上がり、そして駆け下りて息を切らしながら、今度は僕から雨子様に手渡す。


「雨子様これは僕からです」


 そう言うと僕は赤いリボンの掛けられた包みを雨子様に手渡した。


「我にかの?」


「もちろんですよ」


 そういうと雨子様は嬉しそうに胸元に包みを抱きしめた。


 そこへ父さんの声が降ってくる。何だって?


「これは祐二に負けてられないな」


「ええ、勿論よ、負けていられないですものね」とは母さん。


 そして二人して大きな包みを雨子様に渡してくる。


 驚いた僕が母さんを見るとにやっと笑ってくる。もしかしてこれって、負けないわよって言う宣戦布告?まさかね?いくら何でもそこまで大人げなくはないよね?…僕は少し不安になってしまった。


 一方雨子様は感極まったのか、両方からのプレゼントに顔を埋めてしゃくり上げている。


「雨子様」

「雨子ちゃん」


 母さんと僕が慌てて近づくと、雨子様はしゃくり上げながら小さな声で泣いていた。


「大丈夫雨子ちゃん?」


 母さんがそう言いながら、子供に言い聞かせるように慰め労っていると、雨子様が囁くような声で言った。


「す、すまぬの、せっかくこうしてそなたらに心配こころくばって貰いながら…。じゃがの、どうしてか涙が止まらぬのじゃ、何故か嗚咽が止まらぬのじゃ…。どういうわけか内に湧き上がる物を押さえられんのじゃ、すまぬ」


 母さんはそんな雨子様のことを再びそっと抱きしめながら、優しくその背を撫でさすっていた。


 やがて幾分か経っただろうか?落ち着いた雨子様が母さんから身を離した。

照れ臭そうに僕達に笑ってみせるが、目が真っ赤だった。


「せっかく頂いた物じゃ、開けてみるの」


 雨子様はそう言うとまず大きい方の包みから開け始めた。

中から出てきたのは淡いブラウンカラーのカシミアのセーターだった。


 余程手触りが良いのだろう、雨子様はうっとりしながら頬ずりしてる。

そしてお次は僕のだ。


 がさがさと包みを解くと、中からは少し濃い茶の手袋が出てきた。


「これは?」


 雨子様が聞くので、手短に答える。


「見た通りなんだけれども、ゴート皮の手袋。この間手が冷たかったから…」


 すると雨子様はそれを胸元でぎゅうっと抱きしめた、そして大粒の涙がハタハタと落ちる。


「もう、祐二は!また我を泣かせおって!」


 そう言う雨子様に僕は苦笑する。どうやら今日という日は雨子様にとって涙腺崩壊の日のようだった。でも、でも、こう言う涙なら悪くはないよね?

物語の中では、今年ももうあと僅かですねえ

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