午前中
大木から落ちた枝によって壊れてしまった雨子様の社。
それを巡って怒る穏やかな諸々の話です
翌日朝から工事の音がするので天露神社へ行ってみると、そこでは既に簡易な足場が組まれていて、工事の真っ最中だった。
近づいてみると、破損部分を次々と鋸で切断して取り外し、あっと言う間に骨組みだけにしている。プロの手際とその速さは驚くばかりだ。
「大したもんじゃの」
と、傍らから声が掛かったので振り向くと、雨子様だった。
「雨子様も見に来られたんですね」
今日は昨日の作業服姿とは異なっていて、オフベージュのほっこりとしたフリースを着込んでいて、何だかちょっと可愛らしい。
「さすがに本宅の…」
そういうと雨子様はにっと笑って見せた。
「…工事のことじゃからの。気になるのも当然じゃろ?」
そう言いながら雨子様は工事の様子を見ているのだけれども、何だか嬉しそうに見える。壊れた社を見た時の悲しそうな顔を見ていれば、今の表情も納得がいこうというものだ。
「しかしさすがに本職と言うべきかの?一々やることに無駄がないというか、時に目見当を使うことがあっても狂いがない」
そう言いながら感心することしきり。
「良かったですね、雨子様。この調子ならあっと言う間に修理は終わりそうですよ」
「むう、ここ暫くこちらには戻っておらなんだのじゃが、やはり社に何かあると不安になるものじゃ」
そこで僕は雨子様に一つ提案をした。
「毎日というとさすがに無理があるので、日曜日ごとくらいには成りますが、手の空いている日の朝にこちらに掃除に来ようと思うんですが、雨子様の方から何かありますか?」
僕のその話を聞くと雨子様は実に晴れやかな笑みを浮かべて頷いた。
「祐二がそうとり計ろうてくれるのなら、我にとっては何よりも嬉しい事じゃ」
「なら今度の日曜辺りから始めますね。間もなく年も改まることでもありますし」
「うむ、大感謝じゃ。じゃがの、その時は我も一緒に励むぞ?」
「え?雨子様もですか?」
「むう、どう言えば良いのかの?そうじゃ、例えばの話なんじゃが、そなた自身とて自らの部屋を掃除するとしたら、全て人任せという訳にも行くまい?」
「ええ?そりゃ確かに自分の部屋でしたらそうですが、神社って言うことを考えたらそこに祀っている神様を敬うって事も有るから少し意味が違うような…」
「じゃがの、他の人間、例えば町内会の人間がそうしてくれると言うのならともかく、家族の一員でもあるそなたに左様に改まれると、ほれ、先日も言ったであろ?むずむずすると言うか、くすぐったくて堪らぬのよ。せめて少しでも緩和する為にじゃな」
僕は苦笑しながら雨子様のお喋りを手で制した。だって放っておくと何時までも続きそうだったから。もしかすると雨子様って無上の照れ屋なのかも知れないなあ。
ただそうやって僕にお喋りを止められた雨子様は、ちみっと唇を尖らせて膨れている。
ありゃ、怒らせちゃったかな?
「むう、分かって居るのじゃ、分かって居るのじゃが、言いたくなることもあるであろう?」
そう喋る雨子様を見ていると、膨れては居ても怒っている訳では無いことが直ぐ分かる。
神様って言うことを考えたら、わざわざ僕なんかに言い訳てくれなくても良いだろうに、ある意味それだけ身近に思ってくれているのだろう。
そんなことを考えながら僕は雨子様のことを見つめ、にこにこしていた。
そしたら、あ、今度は怒った、でもまあちょっぴりだけかな?
「祐二よ、そなた我の言うことを真面目に聞いて居るのかえ?」
このままにこにこしていると多分本格的に機嫌を損ねてしまいそうなので、居住まいを正して言う。
「勿論ちゃんと聞いていますよ、ところでもう屋根の板貼り終わったみたいですよ?」
そう言って僕が指さした先では、早くも職人さん達が大工道具を片付け始めている。
そしてそこへ間髪入れずに別の人がやってくる。
職人同士、おうとか何とか挨拶しながら、さっさと場所を入れ替わっていく。
早速メジャーを出してあれやこれやと計り出すのだが、はてこれは何をするのだろう?
一端屋根から下に降りてきた職人が、くるりと巻いてあった物を解くと、疑問はたちまち雲散した。そこに広げられたのは錆び一つ無い大きくて綺麗な銅板だった。
彼は広げた銅板に印を付けるとあっと言う間に必要な形状の板を切り出し、それを抱えて再び屋根の上の人となった。
そして現場で少しばかりの修正を加えると、元から有る板に重ね、繋ぎこみ、固定した。既にある板は緑青を吹いていて、新たに取り付けた物とは大きな差異を見せていたが、こればっかりは仕方無い。
「全くもって凄い物じゃの?」
職人の手際に感心しながら雨子様が言う。
「我らがあのような作業を行うというのなら分かる。じゃが人が自らの手でもって、あのように正確に事を成すというのは、目の前で見ていても信じられんくらいじゃ」
そう言う雨子様の話を聞きながら僕は思った。色々なことを自家薬籠中のことのように為す雨子様にしてみたら、何をするにも試行錯誤の塊みたいな僕達人間が、ピタリピタリと丸でジグソーパズルのピースを填めるように仕事を行うのが、堪らなく不思議に見えるのだろう。
「ともかくまだ今暫し掛かりそうですから、少し遅くなりましたが朝ご飯を食べに戻りましょうか?」
僕がそういうと雨子様は、後ろ髪を引かれるように後ろを振り返りながら、家への道を歩み始めた。
家に戻ると母さんが用意してくれていた朝食が既に並んでいる。それを食べながら見ると雨子様はどうにも気がそぞろだった。
やっぱりきちんと完成したところが見たいのだろう。
「食べ終わったらまた見に行きます?」
そう水を向けると、サンドウィッチを頬張ったところだった雨子様が、満面の笑みを浮かべる。何これ?めっちゃ可愛いんですけど?
思えば我が家に来た当初の頃の雨子様は、いつも強ばったような顔をしていて、そんなに表情も豊かではなかった。
でも最近の雨子様はどうだろう?これが同じ人、元へ、同じ神様とは思えないくらいに表情豊かだった。
「そうじゃの。やっぱりきちんと出来上がったところは見たいものじゃ。出来れば職人にも礼を言いたいところなのじゃが…」
そういうと雨子様は少し悩んだ顔をする。
「まさかさすがに、そこにお住まいの神様として礼を言う訳にも行かないでしょうからね」
「むう、そこなのじゃよ。いかがしたものじゃろうな?」
「そこはもう普通に、お疲れ様です、ありがとうございましたって言えば良いのじゃないかな?」
「それで良いのかえ?」
「十分だと思いますよ?そっから先は町内会の方にお任せしても良いのじゃないのかな?」
「なるほどの、しかしいつかの日のように雪や雨の日でなくて良かったの」
「本当ですね、雨ならまだともかく、雪なんか降ってでもしていたら危なくて屋根の上に上がれませんよ」
そう言いながら僕は、食べ終えた自分の食器を食洗機の中へセットした。
見ると雨子様も丁度食べ終えたようなのでその分の食器も運び、きちんと洗い良いように並べた。
雨子様はそんな僕に目顔で礼を言ってくる。僕も黙って笑んでみせる。
「じゃあそろそろ出かけますか?」
「そうじゃな」
僕達は母さんに出て行く旨を伝えると、二人揃ってまた神社に向かった。
暫く寒い日々が続いていた中の今日のこの暖かな日差し、小春日和と言うには少し時期が遅いのだけれども、まさにこの言葉を想起させるような日和だった。
道行き、雨子様が太陽に顔を向け大きく伸びをする。その恵みを全身に浴びつつ温もりを満喫しているのだろう。
名前に雨がつく神様なのに、お日様がお好きなんだな。僕はそんな事を思ってしまった。
まもなく神社の社に着く。新たになった屋根が日の光を返し、目映いばかりに光っている。
側に職人達が立って自分たちの仕事の出来映えを見ている。満足してとてもいい顔をしている。
うん、これで良い正月を迎えられるね、雨子様。
作中で小春日和って言う言葉を使いたくて調べたら、どうにも時期が違うらしい。(使っても良いという説もありますが…)
かと言って丁度当てはまる言葉が無いものかと調べたのだけれども、これがまた無い。困り果てたものでした。因みに小春日和に当たる言葉が他にも色々有ります。「インディアンサマー」とか「老婦人の夏」とか。言葉って本当に面白いですね




