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天露の神  作者: ライトさん
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天露神社

 もういくつ寝ると…

 長い校長先生の訓話を凌ぎ、担任の先生のやる気の無い生活指導の話も何とか終わった。ようやっとの事で無事学校から解放された僕達は小さな歓声を上げた。


 いよいよ冬休みである。冬休みと言うととても短い休みという印象があるが、クリスマスを始めとして、大掃除やら大晦日、新年お正月と言った具合に、様々な行事やら手伝い仕事がある、とても盛り沢山な休みだ。


 一斉に帰宅し始める高校生の群れが、それぞれの方向に分かれながら拡散していく。

端から見ているとなんだか粘菌が動いて居るようにも見える。もっともそんなことを皆に言ったら怒られちゃうけれどもね。


 僕と雨子様、それに七瀨は帰り方向が一緒なので、のんびりお喋りをしながら帰ってきた。

 しかしそれは途中まで、とある街角で方向が分かれてしまう。離れていく七瀨にまたな、またねと挨拶を交わして別れると、そこから先は雨子様と二人きりの帰路だった。


「そう言えば雨子様、もうすぐお正月なんだけれども…」


 僕がそう言うと雨子様が、はて何のことやらと言った表情でこっちを見ている。


「確かに正月は分かるが、それを話題にするには少しばかり早いのでは無いか?」


「まあそう言われたらそうかも知れないんだけど、一つ気になっていることが有るんですよ」


「さての、何があるというのじゃ?」


 そこで僕は今気になっていることについて言及した。


「何って、雨子様の本宅のことです」


「本宅?」


 だめだこりゃ、まったく何のことやら分からないと言った顔をしている。


「雨子様の居られた天露の神社のことですよ。ずっと行っていないじゃないですか、どうなっているのか気になって居るんです」


「あ!」


「あ!じゃないですよ…」


「済まぬ、確かにそうじゃったな。何せここ暫くずっと帰って居らぬし、気持ちよくそなたの家に住まって居るものじゃから、もうすっかり吉村家こそが本宅と思い込んで居ったわ」


 雨子様はそう言うと、かははと笑った。


「まあ、雨子様がそう仰るんでしたらそれはそれで良いのですが、ただお正月でしょう?」


「うむ」


「やっぱり綺麗にしておきたいというか、今まではどうされて居たのですか?」


「そう言えばそうじゃの。思い起こしてみるに、ここ数年くらいは近所の田中というご老人が時折綺麗にしてくれていたな」


「田中さん?…ああ、田中のおじいちゃんか。でも確か亡くなったんじゃなかったかな?」


「そう言えば亡くなったようじゃの」


「じゃあここ最近は誰も掃除してないというの?」


「かの?」


 それを聞いた僕は大急ぎで家に帰った。そして作業が出来る服に着替えると掃除道具を抱えて急ぎ足で天露神社に向かう、案の定かなりの雑草天国になりつつあった。


「あっちゃ~、さすがにこれはまずいなあ」


 石畳を敷かれている参道は良かったのだけれども、その周りは夏場に生えたかと思われる草が倒伏していて大変なことになっている。これで何かの火種でもあったら火事になるのは間違いない。


 そこで今一度家に帰って庭の手入れ道具なんかも併せて持ってきた。

そして鎌を使って草を刈り取り、適当にまとめ上げてはゴミ袋に入れるを繰り返す。たちまちの内に積み上がっていくゴミ袋の数々。

 これはもう偉いことだと思っていたら、雨子様がやって来て手伝ってくれ始めた。


 こういった作業に使える衣類が見つからなかったと言うことで、母さんに借りてきたらしい。


「あの、なんと言うかその、すまぬ」


 何とも申し訳なさそうに言いながら手伝いに励む雨子様。


「別に雨子様が悪い訳じゃ無いですよ。言ってみたら僕ら氏子?がさぼってしまっていた訳で…」


「氏子になってくれるのかや?」


「え?僕は氏子じゃ無いのですか?」


「はて?」


「はてって…」


 何でも管理してくれる人が居なくなってからこっち、そう言ったシステムが崩壊してしまって、何が何やらの状態だったらしい。

 当たり前の事ながらこういうのは人が行うことで、神様である雨子様に何が出来る訳でも無いのだから、何ともしょうが無いことだ。


 寒風吹きすさぶ中、それでも二人で頑張っていたら、母さんと隣の年配のご夫婦が来た。


「あらあら、これは大変なことになっているのね」


とは母さん。どうやら手伝いに来てくれたらしいのだが、ついでにとお隣を誘ってきてくれたらしい。


「ここは田中さんが手入れしていてくれたんだけど、先般亡くなっておられるからなあ」


そう話されたのはご主人の方だった。


「町内会で引き続き手入れをするのに、どうするかと話し合わないとと言っていたみたいなんですけど、どうにもうっかりしていたみたいね」


 そう穏やかに話されるのは奥さんの方だった。


「しかし若いのが率先して掃除してくれているとは、見上げたもんだ。将来が楽しみだね」


 そんなことを言いながらご主人が僕の背中をばんばんと叩く。あの、痛いんですけど?


 ともあれ人手が五人もあれば作業もあっという間に進んでいく。瞬く間に参道沿いの枯れ草は片付けられたし、溝に落ちていた落ち葉なんかも掃除された。


 だが問題は肝心の社にあった。


「あら~~」


「これは酷い」


「いくら何でもこれは神様が可哀想ですね」


 見ると小さな社の上に大木から枝が落ちて、屋根が酷く破損してしまっている。うわ、っと思って雨子様の方を振り返ると、なんだかべそをかきそうになっている。

これはお正月とか言う前に至急なんとかしないとなあ。


「これはさすがに放置出来んな、お正月を迎えるにも迎えられん。すまんが田崎工務店の大将呼んできてくれんか?」


 ご主人がそう言うと奥さんはおっとりと頷きながら言う。


「田崎さんですね?はい、行ってきます」


 そう言うと奥さんはその場を去って行った。


 中を覗くと屋根の傷んだ部分は幸いご神体からは離れていたので、そのものが傷んでいると言うことは無かった。まったく以て幸いなことだった。


 だが屋根の破片や、舞い込んだ枯れ葉などがあったので丁寧に掃除し、散らかった物を片付けた。


 それ以上はどうしようも無いので皆で雑談などをしながら待っていると、田崎さんを引き連れた奥さんが戻ってきた。


「おう、田崎さん、忙しいところすまんな」


「いやいやもう俺なんざ隠居よ、それでどう…って。こいつあ酷いなあ」


「だろう?もうすぐ正月ってのも有るけど、なんとかなるかい?」


 そう言われた田崎さんは、社の内外を回って色々確認をする。

皆はその動きをじっと黙って見守っていた。


「まあ、やられているのは板の部分だけだし、それについては造作ないだろう。問題は屋根に掛かってる銅板なんだが、さて在庫があったかなあ?滅多に使わんもんだし…」


 そう言いながらおとがいに指を当ててぶつぶつとなにやら呟いている。


「ともあれ費用の方は町内会で工面するように働きかけるから、なるべく早急に直してもらえんかな?」


 そう言うご主人に田崎さんがにっと笑う。


「地元の天露様のことなんだから、野暮なことは言わんよ。材料費だけ請求させてくれたら十分だよ。ともあれ善は急げだな、ひとっ走り行ってくら」


 そう言うと田崎さんは早速その場を去って行った。


「やれやれ、あいつに頼んどきゃもう大丈夫だろう」


 そう呟くように言っていたご主人がつと雨子様を見て言う。


「しかし随分綺麗なお嬢さんが、そんな作業服姿で掃除とか偉いもんだな。って、どうした涙ぐんで?」


「いやこれはの…」


 何となくだが雨子様がうっかり妙なことを言いそうな気がしたので、慌ててカバーに入る。


「さっき掃除している時に目にほこりが入ったらしいんです」


「なんだそう言うことか。もう大丈夫なのかい?」


 どうやら雨子様は僕の気遣いを分かってくれたらしい。ご主人の問いに黙って頷くだけにとどめていた。


 屋根の修理の算段がついたことにほっとした僕達は、引き続き社の周りを掃き清めたり、内部のぞうきん掛けをしたりと今暫し働き続けた。


 そして辺りが暗くなり始めた頃には全て片付け、皆でその場を後にすることにした。


「あなたたちお若いのにありがとうね、率先して掃除して下さって」


 そう言って奥さんに褒められるのが何ともくすぐったい。


「本当だな、今時の若いもんがこういうのに気を遣うなんて珍しいって思うよ。きっと良いことあるぞ。俺からも神さんにお願いしとくからきっとな」


 ご主人がそんなことを言いながらまたばんばんと僕の背中を叩く。やっぱり痛いんですけど?


 自宅前まで戻ってくると、それぞれ家と隣家に別れて入っていく。


「お疲れ様です」


「おう、ご苦労さん」


「奥さんそれじゃあね」


「お疲れ様でした」


 三々五々挨拶を交わしそれぞれの玄関をくぐる。

家の扉を閉めたところで母さんが雨子様に言う。


「ねえねえ雨子さん、隣のご主人が神様にお願い事するって言っておられたわよ?」


 確かにそう言えばそうだ。神様にお願いしとくって言ってたけど、あ?それって雨子様のことじゃないか?


 見ると雨子様が苦笑している。


「これは大盤振る舞いをせんとな?」


 その言葉を聞くや否や、僕と母さんは大笑いした。

笑いの波が終わったところで僕が言う。


「来年は家族揃って天露神社に初詣に行こうか?」


 僕のその言葉を聞いた雨子様が焦って目を白黒させながら言う。


「いやその、なんじゃ、家族揃ってとな?むぅ、頼む、勘弁してくれぬか?」


 そう言いながら雨子様は身をよじってもぞもぞしている。


「あらあら雨子さん、私達が参るのはお嫌ですか?」


 母さんは至ってまじめで、別に追撃を掛けているつもりは無いのだろうけど、そのまじめさが余計に雨子様に打撃を加えていた。


「節子殿ぉ…」


 おや驚いた。雨子様が母さんのことを節子と呼ぶのは初めて聞いた。何か二人の間にあったのだろうか?

半分涙目に成りながら雨子様が語を次ぐ。


「か、家族の者から拝まれるのは勘弁なのじゃ、想像するだけでもう体中がこそぼうて仕方ない」


 と言うことで残念ながら、家族揃って天露神社へ初詣に行くという行事は無くなってしまった。

 もっとも僕は内緒でこっそり拝みに行くつもりだった。ばれないようにこっそりとね。



 神社に良くある鎮守の森で巨大なご神木なんか見つけると、思わずしがみつきたくなるのは筆者くらいなもんなのかなあ?

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