和香様の寝所
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相も変わらず賑やかなことになっております。
八重垣様に引きずられる形で温泉にのんびり入ってしまったのだけれども、本来は僕と雨子様は神の杖の材料が揃ったと言うことでここに来ていた。
風呂上がりにくてっとして、大の字になって寝ている八重垣様を尻目に、僕達は小和香様に案内されるまま、ニーと共に別宅と言うか道場のようなところに連れて行かれた。
そこには小ぶりなプラスチックのコンテナが幾つも積み上げられている。
「和香よ、これの中に目的のものが入って居るのかや?」
先にこの部屋に来てコンテナの中を一つ一つ確かめていた和香様に雨子様が問う。
「うん、そうや、ニーが言うには200グラムのと一キロの二種類らしいんよ」
そこでニーが言う。
「誠に申し訳ありませんが、時間内に手に入れることが出来たのは先に申し上げていた六百キロには800グラムほど足りませんでした」
その話を聞いてほんの少し思案した雨子様は言った。
「まあその程度であるならば問題ないであろうよ、して和香よ、いつから作り出すのかえ?」
「それはなるべく早いほうがええとは思うんやけど…」
「そう言うならば直ぐにでも取りかかろう。だがここではちと手狭じゃの、しかも重量に耐えるのかえ?」
見た感じ床は丈夫そうな板が張ってあるが、これから作る物が物だけに耐荷重については良く考えた方が良いのはその通りである。
「そうやねん、その辺のこと考えたらなあ…」
そう言いながら和香様がちらちらと僕のことを見る。
「今からこれの為だけにまた、位相空間広げるのも難儀というか、勿体無い話やしなあ…」
何とも歯切れの悪い和香様の言いように痺れを切らした雨子様が言う。
「ええい、持って回ったような言い方をしおって、早う要点を言わんか?」
「そんなん言うたかてぇ」
そう言いながらもじもじし始める和香様。さて一体何があって和香様をそうさせているのだろう?
その時である。
「あ?」
と言う声を漏らす雨子様。
「何かありました?」
僕がそう問うと、にんまりと笑いながら雨子様が言う。
「もしかして和香、そなたの寝所に通ずる空間を考えて居ったのでは無いのかえ?」
その言葉を聞いた和香様の顔に僅かに朱が差し、その口元が尖る。
「そ、そうやねんけど…」
それを聞いた雨子様がはぁーと深いため息をつく。
「のう和香や、岩戸の中の惨状を思い出すの?」
「雨子ちゃん、それは言わんといてぇ~~」
そう言うと和香様は顔を手で覆いながら俯いてしまった。
二柱の神々には意味のあることなのかも知れないが、端で聞いている人の身で有る僕には全くもって何が何やらである。
「雨子様、その惨状って言うのは何なんですか?」
僕はもうただ素直にその意味を問うただけのつもりだった。
だがそれの及ぼした結果は全くの別物だった。
「きゃ~~、あかんあかん雨子ちゃん、言うたらあかんで!」
はたして僕は神様のきゃ~~なんて言う声を聞くことになるとは露とも思わなかった。
だが雨子様はどうやら容赦を知らないようだ。
「祐二よ、岩戸の中にこやつが閉じ籠もった話は知って居ろう?」
「だめやって雨子ちゃん、神様の権威が地に落ちてしまうでぇ~」
そんなことを言いながら雨子様に縋り付く和香様。
そんな和香様の頭をよしよしと撫でながら雨子様は更に言葉を繋ぐ。
「のう和香、そなたがきゃ~~等と叫んで居る時点で、もうそんな権威なぞ地に落ちてしまっているとは思わぬか?」
「そないなこと言うたかてぇ…」
「諦めろ。そうじゃ和香、良いことを教えてやろう。祐二の得意技なのじゃが、こやつ、部屋の片付けは男の癖に感心するほど上手いぞ」
え~~、ここに来てなんで部屋の片付けの話が出てくるんですか、雨子様?それに男の癖にってそれ、セクハラですよ~~~。
お腹の中ではそんなことを考えて居たのだけれども、だがそんなことよりも、ことの成り行きの方に興味津々で有る。
「そうなん祐二君…?」
そうやって問い返してくる和香様半べそ状態で有る。人の身で神様のこんな顔を見てもいいんだろうか?後で目が潰れたり寿命が短くなってしまったりしないのだろうか?
そんなことを考えて居たら、当の和香様につんつんと服を引っ張られた。
上目遣いに僕を見上げる和香様。これ雨子様の時もそうだけれども、神様方がこの仕草をするととんでもない破壊力がある。
「うははい、どちらかというと得意な方かも知れません」
一応そう答えたのだけれども、こう答える以外にどう答えろと?
「あんな、祐二君、うちの寝所の空間、少ぉーしだけ散らかってんねん」
その隣で雨子様がぼそりと小声で言う。
「…少しじゃと?」
「雨子ちゃんは黙ってて!」
和香様はぷんすか膨れながらそう言うと、更に言葉を続けた。
「今考えてる作業場は、そこ通らへんと行かれへんねんけど、そんな散らかっとるとこ見るの祐二君も嫌やろ?そや、祐二君だけここで待っててもろたらええやん。なんやったらまた温泉行ってきてくれてもええねんで」
名案見つけたとばかりに喜ぶ和香様、一方それとは反対に仏頂面になる雨子様。
「なら祐二よ、我らは帰るぞ」
態度を急変させる雨子様に慌てる和香様。
「え?何でそないなこと言うん?うちだけで式組め言うの?そんなん殺生や~」
雨子様にしがみ付いて嫌々する和香様。はて?僕は一体何を見てしまっているんだろうか?
「我は祐二と一緒で無いと嫌じゃ。」
何だか顔を赤くしながらそう言う雨子様。
「なんでそないに祐二君のこと…」
和香様が不思議そうにそう雨子様に問う。
「和香よ、そなた我が死にかけていたと言うことを冗談じゃと思うて居るじゃろう?」
そう静かに言う雨子様の言葉に和香様が顔色を変えた。
「ま、まさか…それって冗談と違うて、ほんまの話やったん?」
和香様は雨子様の手をぎゅうっと握るとその目を真剣に見つめながら言った。
「何の嘘誤魔化しも無く全きの真実ぞ。我はその時、全ての力を使い果たしつつあって、退行し始めているところじゃった」
「た、退行って?もう後には消滅しか無いやん。雨子ちゃん、何で、何でそないなる前に、うちんとこ来ーひんかったん?」
そう言う和香様の表情は次第に怒りに満たされつつあった。しかしはたしてそれは雨子様に対する怒りなのか?或いはそのことに気が付かなかった自分自身に対する怒りだったのか、定かでは無い。
雨子様はそうやって問い詰める和香様の手をそっと振りほどくと、ゆっくりと自らの胸に当てた。
「元より我が吹けば飛ぶような小さな神社のしがない神であることは知って居ろう?」
「しがないやなんて…」
その言葉を口にする和香様の悲しそうな表情は、端で見ている僕ですら涙しそうになる。
「幾十年、幾百年経つうちに我が社を訪れる人は減り、祈りを捧げる者も絶えた。それでも我は街を行き、日々を暮らす人々の有り様を糧に、その命を永らえて居った。だがそれとても何時しか飽いてしまう、厭いて内に閉じ籠もってしまう。倦いて目耳を閉じてしまう。さすれば我がその命を失うのにそう暇は掛からぬよ。」
そんなことを自虐的な口調でぽつりぽつりと話す雨子様。そのまま放って置いたら失ってしまうのでは無いか、そんな恐れを抱いたのか、和香様は雨子様のことをぎゅうっと、強く強く抱きしめる。
「そんなん言わんといて、うちがこうやって日々を楽しゅう生きていけるのは、雨子ちゃんが居てくれたこそやねんで?雨子ちゃんが居のうなったら、うちはどうしたらええんや?また閉じ籠もってしまうで?」
そう言いながらぽろぽろと涙を流す和香様。
「それは困ったの、我らが神の長のそなたがそのようなことになっては、誰も人の願いを叶える者が居らなくなってしまうの…」
そう言いながら雨子様は優しく和香様の頭を何度も撫でる。
「のう和香や、そんな我に頼って助けてくれと祈ったのが頑是無い幼き頃の祐二じゃ。その時我はこの世にもう未練は無いと思うて居った。じゃがこの子の行く末がどうにも気になってのう」
雨子様のその言葉を聞きながら和香様が僕のことを見る。そして手招きをし、僕が側に寄るとその手をそっと僕の頭に置いた。
雨子様が更に言葉を紡ぐ、そして彼女もまた僕の頭に手を置いた。
「暫く後、こやつは消える直前の我の元に現れ居った。もう幼き童では無く、既に大人びた表情をし始めて居る優しげな少年の姿での。そしての、我がもうすぐ消えることを伝えると、何か自分に出来ることは無いのかと問うてくれるのよ。既に退行し始めていた我はもう不安で不安で、潰れそうになっていた。それでも意地で何とか最後を締めようと思うて居ったのじゃが、こやつの言葉にもう無我夢中で縋り付いてしもうたのよ」
つと暖かいものが触れたので下を見ると、ニーが側に来て雨子様のことを包むかのように横たわっている。ニーにももしかすると雨子様の苦しみの、幾ばくかでも伝わったのかも知れない。
「その時、期せずして触れたこやつの心のなんと瑞々しいこと。何時しか枯れ果ててしもうた我の心を瞬く間に融かし飲み込んでしもうた。この時の我の思いを何と表現すれば良いのじゃろうな?歓喜?そんなちっぽけなものでは表現しきれん。以来こやつは我の最愛の愛し子なのじゃ。我がこの子と離れることは無い。絶対にじゃ。特に異空間に行くともなれば、こやつとの繋がりがともすれば切れてしまう…それは嫌なのじゃ」
改めて聞いた雨子様の思い、一緒に暮らす中で折に触れ解する機会はあったのだけれども、こうして聞くと、どれほど愛されているのかと思ってしまう。
その時突如として頭の中に言葉が響く。
『祐二君、雨子ちゃんのこと本当にありがとう。大したことでけへんけど、君にうちの出来る最大限の加護を与えるな。本当におおきにな』
はたしてそれは和香様からの念話だった。そしてその言葉が終わるやいなや、僕の身体は暖かな光りに包まれていった。
「祐二よ、今更ではあるが、我からも心よりの感謝を」
そう言うと雨子様は僕のことをきゅうっと抱きしめてくれた。
そしてその雨子様のことを守ろうとするかのように横に居るニーの頭をそっと撫でた。
「ニーよ、そなたにも感謝を…」
そうやって特別な思いが明かされ、特別な時間が流れて皆がしんみりとした最中、雨子様の次の言葉が紡がれた。
「さて和香よ、ではそろそろそなたの寝所に向かおうか?」
一瞬きょとんとする和香様。すぐにえーなんでと大きな口を開けるのだが、ぱくぱくと開いたり閉じたりするばかりで言葉にならない。
結局そんな和香様を宥めて寝所に向かったのは、暫く経ってからのことだった。
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