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天露の神  作者: ライトさん
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八重垣様と温泉

 神様方のこと、少し変化はさせていますが、元々の有り様も出来るだけ取り入れるようにと思いつつ

物語を書くようにしています

 一頻り触り倒して堪能されたのか、三柱の神様方は満足しきった顔で椋爺の茶を啜っている。


 神の杖を落とすことの件はどうなったと言いたい所なんだけれども、八重垣様の表情を見るにそれは既に終わったことのようだった。


 もしかしていちゃもんつけたいだけだった?そんなことをふと考えはしたのだけれども、絶対に口に出来ない類いの言葉で有ることは間違いなかった。


 一方ニーはと言うと大きな身体を頽れさせて、床に張り付くようにして伸びている。

心配になって側に行き、


「大丈夫?ニー?」


と声を掛けると、髭を微かに動かし、目だけこちらに向けてくぐもった声で返事してきた。


「何とか…。しかしまさかこの身でこれほど疲れることがあるとは信じられません」


 確かにニーの出生を考えるとそう言った疲労というのもなんだか変な話だ。おそらくは僕達のような通常の生き物とはまた異なったメカニズムがあるのだろう。


 ニーのことが可哀想になってそっと頭を撫でるのだが、はっと気がついて手を引っ込める。神様方にいじられ倒されて、それで疲れているのにここでまた僕が触れたりすると、それがまた負担になるのでは無いか?そんな風に考えたのだった。


 だが幸いなことに僕のその手はニーの負担には成らなかったようだ。


「大丈夫だよ…君がそうしてくれる分には私の負担には成らないから。むしろ心地よくて安心する。良かったらそのまま続けてくれ」


 ニーにそんな風に言われてしまったものだから、僕はその暖かでビロードのような毛皮をいたわるように出来るだけ優しく撫で続けていた。


 さて神様方はそんな僕達を尻目に、既に次へと話題を振っていた。


「ところで和香、温泉はどこなんだ?」


 温泉好きと言うことで飛んできた八重垣様だったが、曲がりなりに仕事を終わらせてからその話題に進む辺りなかなかにきっちり?としているところがあるようだ。

もしかして和香様よりきちんとしている?


 そんな八重垣様の問いに和香様が温泉のある方向に目を向けながら応えてみせる。

そちらの方向には廊下があり、その向こうに左右に二垂れの暖簾。片や紺に白地の男の文字、片や臙脂に白地の女の文字。銭湯などでも見慣れた光景である。


「おう、あの向こうか?」


 早速向かうべく腰を浮かせる八重垣様に和香様から少し強めの言葉が飛ぶ。


「暖簾の向こうには脱衣籠が有る。その中には湯着がきちんと用意してあるから必ずそれを着るんやで?以前どこやらの温泉でやったみたいに、すっぱで入ったらあかんで?そんなことしたらもう二度と入れたらへんからね?」


 そう苦言を呈された八重垣様は笑いながら言う。


「分かった分かった!着れば良いのだな?」


 その後もう待ちきれないと言った風情で、どすどすと足音を響かせながら暖簾へと向かって行く八重垣様。

それを見送る和香様は何とも心配そうに眉が下がりきっている。


「未だ酒が入って居らぬ分ましでは無いか?」


 そんなことを言って和香様を慰める雨子様。

余りに不安そうな和香様の表情が気になった僕は、思わず止せば良いのに自らとんでもないことを口走ってしまった。


「あのう?良かったら僕も行ってきましょうか?」


 僕がそう言った途端に飛びついてきた和香様。僕に思いっきりしがみつくと涙を零さんばかりに言う。


「頼むは祐二君、君だけが頼りや。あいつが中で阿呆なことせえへんかしっかりと見てきてくれるか?」


 うへぇ、少しばかり早まったかな?そんなことを思ったりもしたが、一度口に出してしまったこと、実行しない訳には行かなかった。

とにかくこうなったら八重垣様が何か事を起こしたりしないうちに追いつく必要がある。

 早速僕は早足で八重垣様の後を追うことにした。


 そこへ後ろから椋爺の声。


「祐二殿、お供しましょうぞ」


 僕は椋爺のその言葉を聞いて心の底からほっとした。


 さて暖簾を潜るとそこにはまっぱの八重垣様が居た。何をしているのかと思うと湯着を睨んでうんうんと言っている。


「八重垣様、どうかされましたか?」


 おそるおそる僕が声を掛けると、きっと僕の方を向く八重垣様。向いた瞬間に突風でも吹いたかのような圧がやってくる、怖い!


「おう、祐二か、いやな、和香の奴湯着を着ろ。着なかったら二度と温泉に入れぬとか言って居ったが、ここにある奴は皆小さすぎる。それでどうしたものかと悩んで居ったのよ」


 成る程確かに、用意してある湯着では八重垣様には小さそうだ。 

仕方なしに見回してみると、入り口際に戸開きらしきものがある。早速言って確かめてみると有った有った。

 大中小という三種類以外に特大というサイズの湯着が置いてある。多分この特大という湯着を用意しておくはずだったのに違いない。そのつもりが、いきなり八重垣様が湯に行くと言い出した為におそらく間に合わなかったのだろう。


 ふと見ると隅っこの方で小物達がこちらを伺っている。あ~~、納得。だいぶ神様の圧になれてきつつある僕でも、気を抜くと逃げ出したくなる八重垣様の存在感。

小物立ちにしたら怖くて近寄りようが無かったのじゃ無いかな?

僕が彼らの方を向いて小さく頷いてみせると、見るからにほっとしている様が見て取れた。


「八重垣様、有りましたよ!」


 僕は神様の方を向くとそう言いながら、その特大の湯着を持って行って手渡した。


「おう、祐二。済まんな、助かる!」


 そう言うと八重垣様は、嵐のような風を巻き起こしながら湯着の袖に手を通し、がはがはと笑いながら洗い場の方に向かって行った。


 その姿を見てほっと胸を撫で下ろす僕。


「なかなかでございますな祐二殿」


 僕にそう言って声を掛けてくれるのは椋爺。既に見合った湯着に着替えて僕のことを待っていたようだ。


「あの、ありがとうございます、椋様?」


 僕が呼び方に悩んでそう言うと椋爺はこっこっこっと笑いながら言う。え?もしかしてご老公?


「私はあの方の従者のただの爺です、椋爺で構いませんよ」


「では椋爺様で…」


 僕がそう言うと椋爺は何も言わず、ただ笑うばかりだった。

ともあれ僕は、話はそこまでとして急いで自分も湯着に着替え、八重垣様の後を追うこととした。


 その八重垣様はと言うと、洗い場の椅子にどっかと腰を下ろして、シャワーの水栓やら、ポンプ式のボディーシャンプーやらを睨んでいる。


「おう、来たか祐二。石けんが無いんだがどうすれば良い?それにこの如雨露みたいなのは何なんだ?」


 思うにこの神様が以前訪れたことがあるという温泉は、余程ひなびたところにある温泉に違いない。或いは神々だけが訪れる秘湯なのかも知れない。そんなことを思いつつ、僕は目の前に有るものを説明した。


 幸いなことにシャワーは温調付きの水栓で、捻ればそれだけで湯が出てくる。だからそう困ることは無かった。だがボディーシャンプーやらシャンプーにコンディショナーとなると、話は別だった。


「身体を洗うだけなんだろう?どうして三種類も必要なんだ?」


 そこで僕は説明する。温泉だと泉質によっては泡が立たないのでボディーシャンプーをメインにすることがあると言うこと。髪を洗うのは身体を洗うものと別にしないと傷める恐れがあること。最後のものはその髪を保護して質を高めるもので有ると言うこと。


 僕がこんこんとする説明を八重垣様は仏頂面をして聞いている。


「そんな七面倒くさいことをお前ら人間はいつもやっているのか?」


 僕は苦笑しつつその問いに答える。


「そうですね、それが当たり前になっているようです。因みに和香様方もそれを当然としておられるようです」


 もっとも、話がややこしくなるので、雨子様が我が家に来た当初の風呂の話は忘れることとする。


「むう、あやつらも使っているのか?ならやむを得んな」


 お?他の神様方が使っていると言うと意外に素直な八重垣様だった。

そこで僕は更に話を続ける。


「順序としてはシャンプー、コンディショナー、ボディーシャンプーの順に使います」


「何?順番まであるのか?」


 うんざりとした顔をする八重垣様。

そう言えば普段から不浄を嫌う神様方は、特に身体を変化させていたりしなかったら、汚れがつく事なんて無かったのだっけ?でもここまで説明してしまっているのだし、きっと和香様達は使うことを期待しているはず。

 僕は黙って頷いてみせることにした。


「面倒だ、お前がやれ!」


 ついに八重垣様は究極の奥の手を出した。子供かよって思ったのだけれどももちろん口には出さない。でも八重垣様がにっと笑って見せているのを見ると、もしかして十二分に悟られている?


 仕方なしに僕は一旦八重垣様をひん剥いてまっぱにする。

いきなり着ていたものを剥ぎ取る僕に、八重垣様が目を丸くしながら言う。


「せ、折角着たのに脱ぐのか?」


「でないと身体を洗えないでしょう?」


「む、むう?」


 もうここまで来れば毒を食らわば皿までもである、後はもう勢いに任す。


「八重垣様、目を瞑っていて下さい」


「おう!」


 それから僕は大きな子供よろしく、八重垣様をぴっかぴかに洗い上げ、また湯着を着付けた後、温泉の方へと送り出すことに成功した。


 その八重垣様、自らの髪の匂いを嗅いで妙な顔をしている。


「どうかなさいました?」


 聞くと、何でも髪に甘い香りがするとのこと。そこでこれはそう言うもんだと言うことで落ち着いて頂き、問題を深化させないようにした。

 だが香りについては気にされていたが、柔らかくさらさらになった髪については妙に感心されていた。


 すっかりへろへろに疲れ切った僕は、自らも身体を綺麗にすると、急ぎ風呂の方に向かった。


 そこには湯に浸かってご機嫌の八重垣様が居る。なにやら鼻歌を歌っておられるがなんの歌だろう?とても懐かしいものの気がする。


「これは良い、良いものだなあ!」


 嬉しそうな八重垣様は腕で水面を叩きザブザブと湯しぶきを上げている。

そこへ鋭い叱責の声が飛ぶ。


「湯に入る時くらい静かにせぬか!」


 見るとそこには雨子様と和香様が湯着を着て訪れていた。

雨子様の影に隠れて幾分和香様が不安そうだったけれども、多分大丈夫だろう。

 波を立てないようにしずしずと湯に浸かり始める。


「おお、和香。一緒に入ってくれるのか?」


 ん、なんだか八重垣様の様子が少し変だ。


「お前が俺と温泉に入ってくれるなぞ、もうどれだけぶりよ。姉弟だというのになかなか逢うてもくれぬし、すっかり嫌われてしまったかと思っていたぞ…」


 そう言うと涙を溢れさせ始め、おいおいと泣き出す八重垣様。

これにはもうびっくりだった。もしかして八重垣様って実はお姉ちゃん子だったのか?


 そんなことを思っていたら雨子様にそっと指で口を押さえられてしまった。


「放って置いてやれ…」


 僕は黙って頷いた。


 最初の内はおっかなびっくりだった和香様が、そっと八重垣様の肩を抱き静かに言う。


「阿呆やなあ、うちが嫌う訳あらへんやんか。ほんま泣き虫なんは昔から変わらへん」


 僕はとんでもなく怖い神様の、普段は絶対に見られぬであろう心の奥底を見た気になりながら、姉弟という神様方の優しい心情に心打たれているのだった。




ちなみに八重垣様は二メートル超のマッチョマンです

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