八重垣様の苦手
連休中と言うことで、普段無いようなお仕事が色々と生じてくる。
お陰で連続更新がとっても危ういことに。これではいかんと書くのはいいのだけれども、
逆に普段より長いものになってしまい。大汗をかくことになりました。
ともあれやれやれ・・・
八重垣様が宣したことで始まった会議、だがその多くは雨子様と和香様の間で話し合われて居たようなことばかりで、余り新規性の有ることは無い。
多くはその手順の追認と言ったようなことに留まった。
だが神の杖を宇宙に持ち上げる話になると、八重垣様の独壇場みたいな感じになった。
元より八重垣様はこう言った力業的なことが得意なようだった。和香様も雨子様もそう言った部分では不安を感じていたようなので、実際に八重垣様を目の前に打ち合わせ出来ると言うことは、とてもありがたいようだった。
会議の途中、椋爺が小和香様に何か囁くと、小者達が茶器のセットを持ってきた。
椋爺がそれを使って、自ら供出した茶の葉でお茶を淹れる。
その茶碗を小者達が会議の面々に配っていく。末席に居る僕のところにも配られたのだけれども、このお茶がまた異様と言えるほど美味しい。
甘く芳醇で香り高く旨みがある。後にも先にもこんなに美味しいお茶を飲んだのは初めてのことだった。
僕がびっくり眼で茶碗の茶を見つめていると、雨子様が頷きながら言う。
「さすが椋爺じゃな、これほどの茶を淹れられる者は他に知らぬの」
「ほんまやねえ、うちもこればっかりは八重垣のこと羨ましい思うわ」
等と最上級の褒め言葉が並べ立てられる。椋爺はと言うと目を細めて嬉しそうにその褒め言葉を受け取っていた。
一方会議は八重垣様を囲んで佳境に入りつつあった。
「それで俺は神の杖とか言う代物をどこいら辺りまで運べば良いのだ?」
頬杖をつきながら八重垣様が雨子様にそう問うと、雨子様は暫し宙の一点を見つめた後答えた。
「凡そであるが人間の単位を使うならば、十五億キロメートルほど彼方かの」
「そりゃまた偉い遠くなんだな?で、重さは?」
「六百キロくらいになるかの」
「まあそれは大したことはねえが、何せ距離が距離だからなあ。ぶん投げても届きゃしねえ」
僕としては何よりもその投げるという発想が出てくること自体が驚きだった。
「そこで位相空間を連続して繋げて、無理くり起点となるところまで運ぼうと思ったのじゃが、生憎と我も和香もそう言った力仕事は苦手での、そこでそなたに頼むかと言うことになったのじゃ。もっともまだ今のところ神の杖自体は作ることが出来ておらぬ」
その言葉に八重垣様が呆れた表情になる。
「何だ、肝心の物が出来て居なくっちゃあどうしようも無いじゃないか?」
「どうしようも無いも何も、本来は物が出来てからそなたを呼ぼうと思って居ったのじゃ、それがこんな時期にこちらに来おって。全くしょうの無い奴じゃの」
さっきからずっと思っていたのだけれども、雨子様はこのおっかない八重垣様に対してこれだけずけずけと物を言い続けて、大丈夫なんだろうか?
ここのところもうずっと内心はらはらしっぱなしなのである。
「そうは言っても温泉と聞けば来たくなるのも仕方無いという物だぜ?」
そう言う八重垣様の言葉に雨子様は苦笑した。
「なるほどの、昔から八重垣は大の温泉好きじゃったからな」
和香様があれだけおっかなびっくり接している八重垣様に対して、本当に気軽に言葉を紡いでいる雨子様のことを感心しながら見ていたら、それがどうも目に留まったらしい。
「何じゃ祐二?何か言いたそうじゃな?」
雨子様に急にそう聞かれて、僕はどう返事したら良いのか悩んでしまった。
するとそんな僕に対して思わぬところから叱責が飛んだ。
「こら!男が何をぐじぐじしとる。言いたいことがあったらさっさと言わんか?」
そうで無くとも生来の質で周りの者を威圧しがちの八重垣様から、こらとばかりに言われたら何も考える間もなく言葉が口から飛び出してしまった。
「うはい!とんでもなくおっかない八重垣様に、そんなに色々言ってしまわれる雨子様が大丈夫なのかと心配になったのです」
その言葉にきょとんとして黙りこくる八重垣様。互いに目を合わせて吹き出しそうになっている和香様と雨子様。
「こら和香!お前が俺のことを怖がってばかりいるもんだから、お陰でとんでもない思われようになっとるぞ?祐二!」
「うははい」
「そんなに俺のことが怖いか?」
「怖いというか常に威嚇されているような気がしています」
「な、祐二君、うちが苦手なのよう分かるやろ?」
とは和香様。そしてその言葉を聞いてがっくりと肩を落とす八重垣様。
「なあ雨子、俺ってそんなに怖いのか?」
雨子様は思いっきり苦笑している。
「まあ怖いと言えば怖いじゃろうな。何せそなたは常に力が有り余っているせいか、そこから漏れ出る物を始終辺りに垂れ流して居る。これでは力無き者は堪らんぞ。特に繊細な感覚を持つ者にとってそなたはそこに居るだけで苦痛の塊ぞ」
そこに椋爺が言葉を差し挟んできた。
「ですから八重垣様、いつも申し上げていたでしょう、力を押さえることの大切さを」
八重垣様は思わぬところからの追撃の言葉に目を白黒させながら頭を抱えた。
「そ、そうは言われても苦手なものは苦手なのだ。そうだ、此度のこと、神の杖なるものを彼方に持ち上げるよりも、いっそ俺がぶん投げて目的の場所にぶつけるというのはどうだ?」
良いことを思いついたとばかりに嬉しそうに言う八重垣様。
「馬鹿者!そなたが力任せにそのようなことをすれば、それこそ彼の国が危うなるわ」
そう言って大きな声で八重垣様を罵倒する雨子様。うわこれ大丈夫なの?
「あ、雨子様…」
そう言うと僕は雨子様の袖をそっと引っ張った。
「何じゃ祐二?」
「ほ、本当に大丈夫なのですか?」
そんな僕の様子を見て吹き出したのは、事も有ろうにその八重垣様本人だった。
「おい祐二」
「はい…」
「そんなに心配しなくても良いぞ、雨子は俺がこいつと」
そう言いながら八重垣様は和香様のことを指さした。
「喧嘩する度にいつも仲裁してくれている、大恩有る奴だ。場合によっては椋爺以上に俺の頭が上がらん存在なんだぞ?」
八重垣様の説明している最中にも和香様を筆頭に、椋爺や小和香様までもが頷いている。
それを見て僕は畏敬の念を持って雨子様のことを見てしまった。
その僕の視線を浴びて急に顔を赤くする雨子様。
「八重垣、要らぬことを言うでは無い。元よりそなた、小さな社で息絶えかけるような神なぞに何故そのように意見されるのじゃ?前から聞こうと思って居ったのじゃ」
すると八重垣様は不思議そうな顔をすると言った。
「分からん、だが何故か雨子の言葉にはいつも説得力があるのだ。そうは思わぬか和香?」
そう矛先を振られた和香様も頷きながら言う。
「言われてみたらそうやね、うちも雨子ちゃんに言われたらそうなんかなって直ぐに納得してしまうわ」
和香様がそう言い終えると皆の視線が雨子様に集まる。
「ええい、止め止め。何か知らぬがとんでもないとばっちりじゃ」
そう言うと雨子様はぷっくりと頬を膨らませると後ろを向いてしまった。
それを見てどうしたものかなどと考えて居たら、今度はそんな僕のことを皆が生暖かい目で見つめてくる。え?一体何で?
「茶番はさておき、上げる方はあいわかった。だが落とす方はどうなっているんだ?」
八重垣様が急に真面目になって場を仕切り始める。この方こう言う具体的なことになるとどんどん先に進められる、ある意味とてもリーダー気質な方だった。
それを受けて大分元気になった?和香様が説明を引き受ける。
「それでなんやけれども、小和香、ニー呼んできてくれる?」
小和香様は丁寧にお辞儀をするとすっとその場を去って行った。
小和香様が戻ってくるまでの一時の間、神様方は藹々と雑談に興じていたのだったが、小和香様が戻ってくると雰囲気が一変した。
その原因はニーの姿に合った。
「うわ!大きくなってる!」
かつての数倍以上に大きくなったニーの姿を見た僕は思わずそう声を上げてしまった。
「ニーよ、その姿は一体どうしたというのじゃ?和香、これは一体?」
どうやら雨子様も知らなかったらしい。
「えへへへ、びっくりした?」
してやったりと言う表情になる和香様。
「えへへでは無いは、いかにしてこのような事態になったのじゃ?」
「それがやね、ニーが今回のことについて本格的に計算し始めたら、暑い言うねん」
「暑いとな?」
「そやねん、内部抵抗なんかは殆ど無いように拵えたはず何やけどな、そやけどニーが本気になって計算したら、それでもあかんかったみたいやねん」
「それが何故大きくなることになるのじゃ?」
「あ~~~」
その訳が分かったような気がした僕は思わず声を上げてしまった。
「何じゃ祐二、言うてみよ」
「要するに熱を外に出す為には前の大きさでは、表面積が足りなかったって言うことなんですね?」
「祐二君当たりや、一応当人は毛の熱伝導率なんかも変化させてみたんやけど、それやと熱うなりすぎて、人に火傷させかねへん言うてな。それで少しずつ大きさ変えて、結局あの大きさで落ちついてん」
しかし、あの大きさなんて言う一言では言い表せられ無いほどの姿で、一言で言うなら威風堂々と言った感があった。
そしてそのニーのことを大きな口を開けて見つめている神様が一柱、誰有ろうそれは八重垣様だった。
「なんと美しくも雄々しい生き物なんだ!和香、こやつ、俺にくれないか?」
そう言う八重垣様の言葉に普段押し負けている和香様が、頭から湯気を出すように怒りながら言う。
「ぜっ~~~たい、あかん!大体誰やねん、この子のこと借りてきた猫とか言うとったんは?」
僕はかつてのことを思い出して納得した。あの時和香様が怒っていた件はこれだったのか、すっかりと得心がいった。
「いや、それは俺が悪かった。だが欲しい!」
「絶対にあかん!こればっかりはいくら八重垣でも譲らへんで?それにこの子は雨子ちゃんとの合作でもあるんやからな?」
「そうなのか雨子?」
その問いに雨子様は真剣な顔をして頷いてみせる。
「うむ、そうじゃ」
一気に肩を落とししょげ返る八重垣様。何だか僕にも少しずつこの神様のことが分かってきたような気がする。本当にこの方は真っ直ぐなんだ、そして勢いがついたら止まらない。
なんだかんだと考えながら、一人うんうんと頷いていると雨子様にそっと肩を叩かれた。
「頼むから祐二よ、今そなたが腹の底で思うて居ることは一言たりとも口にしてくれるなよ?」
「…はい」
八重垣様の性格を思うと、雨子様の言うことも何となく分かる気がする。
「まあ良いは、ニー、八重垣に挨拶しーや」
和香様がそうニーに促すと、ニーは悠然とした歩調で八重垣の前に進む、ふわりと座ると頭を下げた。
「ニーと申します。お初にお目に掛かります八重垣様。今後ともよろしくお願い致します」
「うむ」
八重垣様はそう言うとニーの挨拶を受け取った。
「和香、こやつに触れても良いか?」
振り返って和香様にそう聞く八重垣様。
「ニーがええ言うんやったらええんと違う?」
そこで改めてニーに問う八重垣様。
「ニーよ、俺がお前に触れても良いか?」
そう聞くとニーは畏まりながら返事をする。
「もちろんでございます。むしろ神様方に触れられること、この身に余る光栄でございます」
それを聞いて何だかとっても嬉しそうな八重垣様。だが嬉しそうにしているのは八重垣様だけでは無かった。和香様や雨子様もまた手をわきわきさせながら嬉しそうにしている。
これは?まさか?
その後のことをどう語れば良いのやら。八重垣様がニーに近づいてその毛皮に触れるや否や、和香様と雨子様も飛びついていってモフモフし始めた。
いきなりのことに目を白黒させるニー。その様子を見て慌てたように言う小和香様。
「祐二様、あれは良いのでしょうか?」
僕は呆れ果てつつも正直に今の思いを小和香様に伝える。
「どうにかしなくてはならないとして、小和香様にあの状況をどうにか出来ます?」
僕がそういうと小和香様は、ニーを中心にモフモフしまくっている三柱の神々の様子を眺め、ふーっとため息をつくと一言言った。
「無理でございます」
そしてそんな僕達全員を一目に収める位置に居た椋爺はと言うと、やれやれという感じで肩をすくめ、また自ら茶を淹れて、呆れかえっている僕達に勧めるのだった。
やはり男神様というのは豪快感がありますねえ




