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天露の神  作者: ライトさん
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荒ぶる神

 またちょこっと登場人物が増えます。それがまた珍しい男性二人。

さてどうなることやら…

 テストが終了して二回目の日曜がやって来た。

和香様の方から連絡が入り、例の神の杖に使用するタングステンが全量揃ったそうだ。


 その知らせを聞いた僕達は早速和香様の元へと向かったのだった。

まだ九時にもならない時間だったので列車の混み用はそう酷いものでは無い、僕達は並んでシートに腰掛け、日常の他愛も無い話に花を咲かせていた。


 人であることにすっかりと慣れた雨子様と僕の組み合わせは、端から見てもごく普通の高校生カップル程度に見えているだろう。

もっとも、その雨子様から発せられる言葉を耳にすると、大抵の人はぎょっとするのだが、これについては雨子様は直す気が無いらしい。


 雨子様曰く、これがいわゆる個性なんだそうだ。

僕としてはとっくの昔に周りの人間の反応に慣れていたし、雨子様の言葉遣いに至っては今更だった。


 駅で降りてのんびりとした歩調で宇気田神社に向かう。中に入って社務所辺りまで行くと、小和香様が迎えに来てくれていた。


「いらっしゃいませ、いつものところで和香様がお待ちでございます」


 そう言っていつものように丁寧に頭を下げてくれるので、僕も同様に頭を下げてしまう。

雨子様はと言うと黙って頷くだけだった。


「ありがとうございます。またお世話になります」


 そんな僕の低頭する様を見た小和香様は、袖を口元に当てるとにっこり笑んだ。


「本当に貴方様はいつも丁寧に優しいお言葉を返して下さるのですね…」


 そう言ってくれる小和香様のことを見ながらふと思った。

何だか今日の小和香様、表情がどことなく冴え無いのではないか?


「あの…」


「何でございますでしょうか?」


そう言いながら小和香様がこてんと首を傾げる。


「失礼を承知で申し上げるのですが、何かあったのでしょうか?何だか少し塞いで居られるようなので…」


 僕がそう言うと小和香様は愁眉を開いた。そして雨子様の方を向いて目顔で問う。


「むう、我は何も知らぬぞ?ただの小和香、こやつはこう言う奴じゃ。遠慮は要らぬ、話してすっきりするのも手じゃぞ?」


 そう言うと雨子様は呵々(かか)と笑った。


 小和香様はそんな雨子様と、僕のことを暫し見比べた後、僕に向かってゆっくりとこうべを下げた。


「お気遣いありがとうございます。残念ながらこれについては私の口からは何も申し上げられませぬ。どうかこのまま主の元へお行き下さいませ。子細はそこにて…」


 そう言うと小和香様はしずしずと先に立って歩き始めた。

案内されるままに僕達は勝手知ったる道を辿る。


 さしたる時も経たないままにいつもの部屋に行き着くのだが、そこには既に和香様以外に先客がいた。


「おう!来たか!」


 そこに居た大柄の男性からいきなりそう声を掛けられた。

雨子様がその声を聞くなり顔を顰める。 


「先ほどから荒々しい気配がしておるかと思ったら、八重垣かえ?」


「おうよ、目付殿、久しいな?」


 そんな風に言ってくるのは、麻と思しき貫頭衣に荒縄の腰紐、背中までのざんばら髪と言った風情の上背のあるマッチョだった。


「相も変わらず騒々しいの?」


 そう言う雨子様は丸で苦虫をかみつぶしたような顔をしている。


「主が誠に申し訳ありませぬ」


 そう言いながら八重垣と言う男の背後から現れたのは、禿頭とくとうで髭をたっぷり蓄えた老人。背筋がピンと通っていてとても老人の佇まいに見えない。

 ほとんど黒に近い臙脂の燕尾服のような物を着ているのだが、この人は一体?


りょう爺かや、相変わらず八重垣には手を焼かされておりそうじゃな?」


 そう言う雨子様に、椋爺と呼ばれた老人は、何事も無かったかのように静かに答える。


「いえいえ、さしたることは何も無かったかと…。悪戯小僧のやることなどたかが知れております故」


「爺さんに掛かっちゃ、俺なんざいつまで経っても悪戯小僧よなあ」


 八重垣はそう言うと呵々大笑していた。


「粋なりこんなことになっていてごめんしてや雨子ちゃん、祐二君もな」


 そう言いながらすっかりしょげかえった感じの和香様が言う。

小和香様が側に寄って一生懸命に慰めようとしているのが痛々しい。


「色々打ち合わせの話しとった合間に、うっかり温泉の話をしてしもうてん。そしたらいきなりやって来てこのざまやねん」


 そう言いながら縋り付く和香様のことをさすがに見かねたのか、よしよしとして上げる雨子様。


 この時点では僕は全く何が何やらで、ただもう八重垣という男の圧倒的な気配に、尻込みしているところだった。


「お前が和香の言っておった祐二とやらか?」


 いきなり矛先が僕の方へ向き始める。

ともあれ挨拶だけはきちんとしておかなくてはね、相手は間違い無く神様だから。


「初めまして、吉村祐二と申します」


 そう言うと僕は丁寧に頭を下げた。


「うむ、良い。しかしもう少し食え、食って身体を大きくしろ」


 いきなり身体を大きくしろ等と言われて目を白黒させている僕。

そんな僕と八重垣…様の間にぐいっと身体を割り込ませてくる雨子様。


「余計なことを言う出ない八重垣。こやつはこれで良いのじゃ!」


「おう、そうなのか目付どの?」


「雨子じゃ、それにもう目付などでは無い、とっくに返上して居るわ」


「そうか、それで雨子、そいつはお前のこれなのか?」


 そんなことを言いながら八重垣様は親指を立ててみせる。え?これって…。


「バシィッ!」


 猛烈な勢いの平手打ちが八重垣様の頬を打つ。勿論打ったのは雨子様だ。


「戯けたことを言う出ない、こやつは我の愛し子じゃ!」


 時折雨子様に愛し子と呼ばれることがあったが、公でのこの呼ばれ方を見てみるに、この言葉には何か意味があるのだろうか?


 そんな事を思いながら首を傾げていると、小和香様がそっと耳元で囁いてくれた。


「私どもの間での愛し子というのは保護している者を指す言葉でございます」


「なるほどそうでしたか、ご教授ありがとうございます」


 僕は改めて小和香様に頭を下げてみせる、小和香様はそんな僕にそっと微笑んで見せてくれた。


「おう、雨子。目付を頼んだだけのことはあるの?」


 八重垣様は顔にしっかりと紅葉の後を付けながらも、まるで何も無かったかのように喋り続けていた。


「全くこれじゃからそなたの力なぞ、借りとう無かったのじゃ」


 そう言いながら頬を膨らませる雨子様。どちらかというとダメージの大きいのは雨子様の方だった。


「ワッハッハッハ、そう言うな雨子。俺も温泉が在ると聞かねばこのようなところには来ん。第一酒の一つも出てこんのだぞ?全くつまらん…」


 それに雨子様が頭を抱えるようにして言う。


「酒が無いのは我がそうした方が良いと、和香に進言したからじゃ」


「何だと、それはまたいったいどう言うことだ?」


 そう言いながら八重垣様は眉をひそめる。


「何を言う、酒が無ければそなたがやって来ぬじゃろうが?」


「ああっ?違いねぇ、確かにそうだったな」


 八重垣様はそう言うと腹を抱えて笑い始めた。肩や頭を抱えて打ち萎れる和香様。

雨子様はと言うと腰に手を当てて憮然としているし、小和香様と椋爺は表情が無い。

多分双方の無表情は中味が違うのだろうな、僕はそんな事を思った。


 だがこの事態を八重垣様のことを小僧と言い切った椋爺が見事に収集する。


「八重垣様、そこまででございます。貴方様は一体何の為にこちらに来られたのですか?」


「温泉…」


「真でございますか?」


 その言葉を吐いた瞬間に椋爺の目がぎろりと光る。そして気配がただならぬものへと変化していく。まるで空気が凍り付いていくかのような印象を受ける。

僕は思わず身体が固まってしまうのを感じていた。


「すまん、巫山戯すぎた」


 そう言うと皆の前で伏して頭を下げる八重垣様。


「温泉というのは本当に理由の一つなんだが…」


「八重垣様!」


 再び椋爺から叱責の声が飛ぶ。

それを聞いた八重垣様は頭を掻きながら言う。


「そう急くな椋爺。確かにそれも理由の一つではあるが、一番は事の次第の重大さを知って居ても立っても居られずに飛んできたというのが本心だ」


 そう言うと八重垣様は、小和香様に慰められている和香様に向かうと今一度頭を下げていった。


「すまぬ姉貴、この通りだ」


 僕はその言葉を聞き愕然とした。姉貴だって?と言うことは和香様の弟君?そりゃあ迫力有る訳だよ。何せこの国を代表する荒ぶる神の一柱なんだから。


「さて、それでは落ち着いたところでそろそろ話し合いを始めるかの?」


 何とか落ち着き始めたその場の中で、雨子様は指導権を握ると事態を動かし始めた。


 その一声に従い神々とその腹心達は和香様を起点として円座となって座り始めた。

和香様の左には八重垣様に椋爺、右側には小和香様が座り、その隣には雨子様が座っている。

 まあこの人数だから円座とは言っても小さなものだ。だが、場を占める雰囲気は何と言えば良いのだろう。生身で海の底深くに潜ればもしかするとこのように感じるやも知れない。


 部屋の隅に居ながらそう言った皆の様子を見つめていると、まずは八重垣様から、次に雨子様から手招きをされる。


 はたしてそれが僕を指すものだとは、目の前でその所作を受けても信じがたく、思わず自分を指さして目顔で問うてしまう。


 そんな僕の有様に雨子様が笑いながら言う。


「何をそのように腰が引けて居る、手招いて居るのはそなた以外に居らぬであろうが?」


 なるほどとは納得してみるものの、それでもこの場に混じるのはいくら何でも畏れ多い。

和香様や雨子様達だけならこうも感じることは無かった。


 しかしそこに八重垣様と椋爺が加わることで、その場の雰囲気が圧倒的に変質してしまったのを感じていた。


 と、痺れが切れたのか矢庭に立ち上がった八重垣様がずかずかとこちらにやってくる。


「おら、何をいい男が腰抜かしているんだ?とっとと来い」


 そう言うと八重垣様は僕の首元を掴むとそのまま雨子様の隣まで引きずってきた。


「これ八重垣、乱暴にする出ない!」


 そう言うと雨子様が八重垣様の手から無理矢理主導権を奪い取る。

そして自分の横に座らせると、怪我は無いかとチェックし始める。


 それを見ていた八重垣様が情けなさそうな顔をして言う。


「おいおい、俺のことを一体どんな乱暴者だと思っているんだよ?」 

 

「そなた、力の強さを試すと言って、佐奈を呼びつけ投げて、佐渡の地までやったことを忘れたか?」


 それを聞いた僕は小和香様の側に行くとそっと囁き声で聞いた。


「佐渡まで投げたと仰って居られますが、一体どの地で投げられたのですか?」


 すると小和香様も声を潜めて僕の耳元で囁く。


「出雲です」


「げげげっ!」


 僕はそう驚く声を抑えることが出来なかった。それと同時に今自分が無事で有ることにも感謝せざるを得なかった。

これ以上何かされてはたまらない。僕は思わず雨子様の背後に回って小さくなった。


 するとその背中にしがみ付く者が居る。見るとそれは和香様だった。


「堪忍してや、うちはどうにもこうにもこいつだけはあかんねん」


…って、だからって僕なんかの後ろに隠れないで下さいよ。そう思いはしたのだけれども、誰しも苦手な存在の一つや二つ有るものだ。


 だがそんな僕らの様子を見て呆れかえる雨子様に椋爺。


「ほれ八重垣よ、そなたこれをどう致す?」


「どうって言われてもなあ…」


「全ては八重垣様の身から出た錆でございまするな」


 椋爺は冷たくそう言い放つ。


「分かった分かった、俺も男だ。この場で誓おう、この地において俺は一切乱暴なことはせぬと」


 そう誓言する八重垣様の姿に幾分場の空気がとけ始める。


「しかしこの場という制限を付けるかのう…」


 雨子様がそうぼやくが、皆はどうやら聞かなかったことにするようだ。

余り深く追求しすぎると、折角収まった場がまた紛糾しかねない、おそらく皆そう考えたのだろう。


「よし、改めて会議だ!」


 皆が着座するのを見届けた荒ぶる神は、そう宣して会議の進展を促すのだった。


 今回もまた書き終えるのぎりぎりでした

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