閑話「月光浴」
筆者は真冬の月が好きだったりします。寒くないようにまん丸になるほど着込んで、
冬の海辺で煌々と照る月を見上げたりするのが結構好きです。
流れるモノトーンの雲の飛びゆく様を見るのも好きですねえ
全てのテストが終わったその日、精も根も尽き果てていた僕は、夕食を食べて少し経つと眠気に耐えられずに寝てしまった。
それからどれくらいの時間眠っていたことだろう、ふと気配を感じて目を覚ますと、雨子様が布団の上で身体を起こし、窓の外を見ているのを見つけた。
夢うつつにだったのだけれども、何しているのかなと思っていたら、雨子様がパジャマを脱ぎ始めてので慌てて目を瞑った。
まあ、僕も男の子なので、しかもとっても美しい女性の着替えとあっては、見たい気持ちも無いでは無い。
でも相手は神様なんだよ?何だかそう思っただけで冒しがたい神性を感じて、とてもじゃないが目を開けられなかった。
でもお陰ですっかり目が覚めてしまったのだけれども、雨子様は何をするつもりなのだろう?
目を瞑ったままじっとしていると、雨子様が部屋から出て行く気配がする。何かあったのだろうか?とても気になってしまう。こう気になってはそのまま寝てしまう訳には行かなかった。
だから些か後ろめたさは感じてしまうのだが、そっと雨子様の後を付けてみることにした。
静かに足音もさせずに階下に降りていき、丸で影のように玄関から外に出て行く雨子様。
僕もその後から出来るだけ気配を消して追いかけていく。
空を見上げると今日は満月らしく、中天を少し過ぎたくらいのところに居る。時折雲が過ぎるが、煌々とした月の光が照らす下界は、冴え冴えとして全ての者の正体が明らかにされるかのようだった。
そんな街中の道を雨子様が一人ゆうるりゆうるり歩いていく。はてさて一体どこに行かれるのだろうか?
しかしそんな疑問が解かれるのにそうは時間は掛からなかった。
そこは学校に行く途中にある河川敷の公園だった。
さして遊具が有る訳では無いのだが、綺麗に整備された遊歩道に、ポツポツとベンチが置いてある。
雨子様はその内の一つにそっと腰を下ろすと膝を抱え、空を見上げて月を眺めていた。
真白く照らす月明かりに照らされて、川の水面が銀の筋になる。何もかもが白黒になるモノトーンの世界。
まだ幾ばくかの虫の声がするが、そんなに多くは無い。夜の静寂の中に響くのは町の暗騒音か。
僕はゆっくりと雨子様の座るベンチに近づいていった。
「祐二かや?」
雨子様が後ろを振り返ることも無く、そう声を飛ばしてきた。
「はい…」
何をどう言葉にしても余分かなと思い、僕はただその一言だけで答えた。
「どうした?起こしてしもうたかや?」
僕はそっと雨子様の横に腰を下ろすと答えた。
「まあ、そう言えるとしたらそうかも知れないのですが、雨子様がお一人でどこかに出かけられるようなのを見て…」
「そうか…すまぬの、心配を掛けてしもうて」
「いえそんな、それで雨子様はどうして?」
「むう、我もそなたと変わらぬ頃に一端は寝たのじゃが、何故かふと目が覚めてしもうてな。して、窓の外を見ればなんとも月が美しいでは無いか」
「月明かりに誘われたという訳ですか?」
「そうじゃな、暫し月の光を浴びとうなった」
「何かあったのですか雨子様?」
何かの本で読んだことがあるのだが、月の光には人の心を惑わすものが有るとか無いとか。もっとも雨子様がそんなものに左右されるとは思えないのだが。
そんな事を思いながらふと横を見ると、雨子様は膝を抱えながら、その膝の上に頭を載せていた。
「テストはどうじゃった?」
「お陰様でなんとか…」
「くっくっく、ちゃんと何とかなったのか」
「そう言う雨子様は…って、問う迄も無いか…」
「むぅ、まあ成績のことはともかく、皆の思いを一つにしてのあの一時は、我にとって本当に何と言うか、楽しい時間でも有ったの」
「そうなのですか?」
「うむ、そなたら人の子らの思いや心が一心に我に向けられるというのは、神たるこの身には何とも言えぬものが有ったのよ、善き哉」
そう言う雨子様の表情はちょっと恥ずかしげで、かつ満たされた思いを静かに表していた。
僕はそんな雨子様の表情が不思議で、その背後に有るものって何なんだろう、なんてことを考えながら、知らずに暫く見つめてしまった。
そんな僕の視線に目を瞬かせる雨子様。少し居心地悪そうに身じろぎすると言う。
「祐二よ、何を見透かそうとして居るのじゃ?」
僕はそんな雨子様の台詞に頭を掻きながら答える。
「いや別にそんな、見透かすなんてことしませんよ」
「そうなのかの、そなたならそうなのじゃろうが…。まあ良いわ。有り体に言うとな、我は皆の思いが嬉しかったのよ。全き祈りとは異なってはいたのじゃが、限りなく近いものじゃった。何と言うかの、我は一時その思いにまみれて少し酔うたのかも知れぬ」
「酔った…?」
「うむ…」
「そっかあ、そしてこの月の光を浴びて、その時の酔いを少し思い起こしていたのでしょうかね?」
「なるほどの、そうかも知れぬ。我は気分が良うて、その時を思い起こしつつ月の光を浴びたかったのじゃと思う」
雨子様は思いがすとんと居心地の良いところに落ちたのか、満面の笑みを浮かべながら、腕を月に向けつつ大きく伸びをした。
「本当に凄く気持ちよさそうですね?」
「そう見えるかや?」
「ええ、見えますよ」
「まあさも有りなむの、あれほど人の思いを浴びたのは一体どれだけぶりか…」
「神様にとってそれだけ気持ちの良いことなんですね。いっそ和香様のところみたいに今一度神社を盛り立ててみます?今回みたいに学業に御利益があると言うことで?」
僕がそう言うと、雨子様は一瞬きょとんとした後吹き出していた。
「無い無い、今更そのように取って付けたようなことまでして皆の思いを集めとうは無いの。今回は偶々(たまたま)じゃ、偶々。普段のことならばそなたの思いだけで十分じゃ」
「でもそれだと雨子様にそんなに多くの力を上げられませんよ?」
「何も無ければ今の我にはそれで十分じゃ。此度のことのように大きな力を使わねばならぬこと、そうそう有ることでは無いものよ」
「早く彼の国の件終わると良いですね」
「うむ、そうじゃの。我ももうあのようなことに振り回されとうは無いものじゃ。かなうならこうやって」
そう言うと雨子様はこてんと頭を僕の胸に凭れかけた。
「そなたの横でのんびりしていたいもんじゃ」
雨子様のそんな動きに僕がドギマギする暇あらばこそ、大きな欠伸を一つすると眠そうに目を擦った。
「もう眠うなって来おった…」
「そろそろ帰りますか?」
「うむ、祐二よ…」
「何でしょう?」
「ありがとう、そなたに感謝じゃ」
僕がその言葉を雨子様から受け取ると、冴えた月の光を浴びながら、二人並んで帰途についた。月の光と影が織りなす、モノトーンの夢の中、どちらとも無く僕達は手を繋ぎ、のんびりと家に向かうのだった。
何となくでは有りますが、またほんの少しですが近づいた?祐二と雨子様です




