テスト前ラプソディ
テストと言うのは本当に嫌なもので有ります。
学校を出てからいく年も年月が過ぎようというのに、未だに苦手教科のテストの夢を見ることがあります。
そんな時は汗びっしょりで目が覚めます。
そろそろ勘弁して欲しいなあ…
神様の所の温泉に行ったり、葉子ねえの帰宅を見送ったり、なんだかんだ色々あったのだけれども、結局僕自身はただの平凡な高校生と言うことで、やって来ましたよ中間テストの季節が。
教室の自分の席でテストの日程をノートにメモしていると、樫村がやって来て頭をヘッドロックする。
「なあ祐二、今回もまた優秀な誰かさんに教えて貰って、自分達だけ良い点取るつもりか?」
誰かさんというのは言うまでも無く雨子様のことである。全開のテストの時に七瀨がいきなりとんでもなく良い点になった物だから、何でそうなったとしっかり追及を受け、その結果がこれだ。
「僕にそれを言いに来るのはお門違いだろ?」
そう言いながら僕は樫村の腕を外す。だがまあ、彼の言いたい思いも分かる。
もう既にだいぶ時間が経つのだけれども、未だ雨子様に男子が何かを頼むには敷居が高い。そう言う雰囲気を知ってか知らずか自然に出している雨子さんにも問題があるのだが…。
多分本人は多くの人に一度に関わるのは面倒だと思っているのだろう。
別に悪気は無いのだけれども、思うに多分雨子様はこう言う部分、面倒くさがりなのだ。
見渡してみると、七瀨の所にも同様に数人の女子が集っている。多分僕の所と同じ用件なんだろう。
雨子様はと見ると、にこにこしながら図書館から借りてきた本を読んでいる。
雨子様ならあんな本など一瞬の内に読めてしまうかと思うのだけれども、雨子様曰く、じっくりと時間をかけて読むのが良いそうだ。
何でもそうしないとその本を書いている筆者の時間感覚とかけ離れてしまって、感情などについての記述が上手く伝わらないのだそうだ。
その話を聞いて僕は、昔父さんが見せてくれた古いテープレコーダーのことを思い出した。
そのレコーダーはリールという大きな巻き取り機に磁気テープを巻き取りながら、磁気を使ってアナログ音声信号を記録する物なのだが、色々な速度に変えることが出来るのだった。
そして通常速度で録音した音声をそれより早くしたり、遅くしたりして再生することによって出てくる妙ちくりんな音を聞いて、それこそお腹がよじれるかと思うほど笑ったものだった。
因みに速度を速くすると語られる言葉は早口になるだけで無く、言ってみればドップラー効果のように成って波長が圧縮され、かん高くなる。逆に遅くすると間延びして低音になる。
確かにあれを見れば速読をやっちゃうと感情の機微など上手く読み取れないだろうなあ。思わず僕は成る程とと思いながら一人感心していた。
「お門違いと言われても、なんと言われても良い。俺たちの成績向上に力を貸してくれるよう頼んでくれよ?」
おっと、先ほどの話は未だ続いていた。樫村が拝み手をしながら僕にそう言うと、周りに居た幾人かの男子達もうんうんと頷きながら、同様に拝んでくる。
おいおい、拝む神様ならあっちだろうがと腹の中では思うが、雨子様の正体を知らない彼らには分かりようのないことだった。
どうしたものかなと弱り切っていると、その雨子様の方から声が掛かった。
「七瀨に祐二よ、何をそのように困って居るのじゃ?」
その声を聞いた七瀨がほっとした顔をしながら、雨子様の所にやってくる。
七瀨も雨子様が神様だと言うことを知っているのだが、彼女もまたその正体を周りに知らせようとはしない。雨子様に余分な苦労をさせまいと言う彼女なりの配慮からだった。
だが現状の彼女自身の苦労は、やはり雨子様に頼らざるを得ないだろう。
「あのね雨子さん…」
普段は厚かましいほどに突っ込んでくる七瀨だったが、さすがに今回のことのようなことばかりはそうも行かないらしい、おずおずと言った感じで雨子様に話し始める。
「前回のテストの時に、私が雨子様にテスト勉強を教えて貰って、それで良い点数を取ったでしょう?その話を聞いた皆が、出来たら今回のテストの勉強を雨子さんに見て欲しいって言うのだけれども…」
そう話している七瀨の周りには、クラス中の男女が集まってきて、期待に満ちた目をしながら二人の会話の行方を見守っている。
雨子様はそんな彼らのことを一瞥しながら一時考え込む、そして大きなため息をつきながら言った。
「はぁ~、仕方ないのう。このクラスの者には普段から何かと世話になって居る義理も有ることじゃし、ちと力になるかの」
「「「「「うぉ~~~!!!」」」」」
その答えを聞いた周りの者たちは皆色めきだった。その騒ぎはたまたま廊下を通りがかった者たちが教室の中を覗いていくほどだった。
雨子様はその騒ぐ者達のことを制止しながら言う。
「教えるのは良いかなとは思う、じゃが一体どこで教えれば良いというのじゃ?祐二や七瀨と言った個人宅ではこの人数がとてもじゃないが入らぬぞ?」
「図書室は?」
誰かが声を上げる。だが直ぐに否定される。
「無理だよ、これだけの人間が押しかけることだけは可能だとしても、雨子さんがそこであちこち教えて回ったりとかしたら、うるさいって直ぐに追い出されちゃうよ?」
正にその者の言う通りだ。その場に居合わせた者達も皆一様に頷きながら他に場所は無いかと頭を悩まし始める。
しかしクラスの人数三十七名が一堂に会して騒がしくして良い場所などそうそう有るものでは無い。なら人数を分けるのか?いやいやそんな負荷を雨子様一人にかける訳には行かないだろう。
皆が思い悩んでいるとその雨子様から提案が有った。
「むう、それならいっそこの教室でやれば良いのでは無いか?」
確かに言われる通りだった。教室で有れば黒板も有れば皆の筆記を行う場所もある、まあ、当然と言えば当然なのだが。
でもなあ、ここでそんなことをするくらいなら、普段から授業をもう少しまじめに聞いておけよ、そんな繰り言の一つも言いたくなってしまう。
もっともその辺りのこととなると、各人の理解力の差と言うことも有れば、教える側の教師の技量や相性なんて言うものがあるから、一概には何とも言えないところがある。
「それが良いね!」
「おう、それが良い」
「皆で一片に出来るって言うのが良いかもね」
「早速先生に許可貰ってこようか?」
「そうだね、私も行くよ」
わいわいがやがや言いながら、瞬く間に方向が定まり、その為の許可などを取りに行くことが決まっていく。
うん、これはこれで良いクラスなのかも知れない、そんなことを僕は心の中で思った。
数名の女子達が固まって教室から出て行く。早速先生の許可を取りに行ったようだ。
後に残された者達が期待に胸を膨らませながら、彼らの帰ってくるのを待つ。
ばたばたという足音と共に帰ってきた彼女らが手にするはVサイン。
「おおおっ!」
「やった~!」
等ともう敵の首でも取ったような騒ぎである。
その皆の喜び様を見渡しながら苦笑する雨子様、そして小さな声でぽつり言う。
「その喜びはちゃんとテストの点を上げてから上げるのが本筋じゃと思うがのう…」
でもまあ雨子様、人というのは希望に満ちることが出来ると言うことも、とっても大切なことでもあるのだから、それはそれで良いんですよ。
僕はそんなことを思いながら、ハイタッチを求めてくるクラスメート達に、次から次へと応えてみせるのだった。
色々と学校外のことばかり書かれていますが、祐二も七瀬も雨子様も、皆高校生です。
なのでしっかり学生生活を楽しんでいます、うん、楽しんでいるはずです?w




