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天露の神  作者: ライトさん
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閑話「雨子様の…二」

 立場が異なれば、同じ事柄を見ていても、また違っている風に見えたりもする物ですよねえ

 始まったことはいつか終わる物だ。普段はそんなに飲む方で無い父さんと誠司さんなのだが、余程楽しかったのだろう、少しばかり飲み過ぎてしまったらしく、リビングでひっくり返っている。


 それを尻目に雨子様と母さんが洗い物にかかっており、僕は食器を運ぶ係だ。

葉子ねえはもう明日帰ると言うことなので、全ての作業から免除されている。


 もっとも元来身軽な方なので、僕がおたおたしているのを見ると、何度も腰を浮かしたりもしているのだが、美代が居るのだから簡単に手伝うと言う訳にはいかない。


 まあどんなに汚れた食器なんかがあったとしても、この人数でかかればあっという間だ。

見る見るうちに片付けられていく。


「そろそろお風呂に入れなきゃだねえ」


 そんなことを呟きながら、小さな紅葉のような美代の手をそっと握っている葉子ねえ。

すると手を拭き拭きやって来た雨子様が葉子ねえにとあるお願いした。


「その、なんじゃ、美代をの、風呂に入れてみたいと思うのじゃが、無理かの?」


 何でも雨子様、これまでもずっと風呂に入れてみたいと思っていたらしい。

だが美代の余りの小ささに腰が引けて思いを口に出来ないで居たらしい。しかし今日を逃すともう何時出来るか分からないと言うことで、思い切ったようだ。


 さすがの雨子様もこれに関しては何とも自信なげな様子だ。もちろん雨子様のことだから知識としては十分過ぎるくらいに知っていることだろう。

だがこういうのは机上で知っていると言うことと、実際に事を成すと言うことの間には大きなギャップがあったりする物だ。


 だがその許可はなんの躊躇も無く葉子ねえから下された。


「何事も経験よね雨子さん、折角なんだし是非ともお願いするわ」


と言うことで早速沐浴の準備をすることになった。


 もちろん美代はまだ小さいので大人と一緒に入れるには少し早い。浴室に別にベビーバスを用意してその中にお湯を貯める。

手をつけ温度を確認するも、雨子様は念のため温度計でも湯温を測っていた。


 その慎重さを見ていた母さんはうんうんと頷いている。


「雨子さんはいつでもお母さんに成れそうね」


等と言っているが一体誰が旦那さんになるんだ?

 その台詞が聞こえているのか、それとも浴室が暖かいせいなのか、雨子様の顔が赤い。


 そうやって雨子様がバスを用意している間に、葉子ねえが美代の衣類を脱がせ、そっと雨子様に手渡した。


 優しく受け取った雨子様はゆっくりと頭を手で支えながら耳を塞ぎ、静かに湯に漬けていく。温かな湯に浸かったのが気持ち良いのか、美代がふにゃっとした表情になる。


 その様を見つめている女性三人、プラス小雨がもう蕩けそうな表情をしている。


「はい、雨子しゃま」


 小雨がそう言うのでなんだと思ったら、雨子様にガーゼを手渡している。

どうやら葉子ねえの手によって小雨も教育が開始されているようだった。


「偉いの小雨、もう手伝いが出来るのかや?」


「だって雨子しゃま、あちらへ帰ったら小雨ぇがお手伝いをしなかったら、主が困ってしまいましゅ。小雨ぇは出来ることは何でもするでしゅよ?」


 小雨は小雨で小さいなりに、自分の役割を果たそうとしっかりと決意しているのだった。


 そうやって皆の心を静かに潤びさせながら、ゆうるりゆうるり沐浴を終え、美代は葉子ねえの手の中へと戻された。


 雨子様の額にはうっすらと汗が浮かんでいる。それを手の甲で拭いながら見せる雨子様の笑みはとても満足げなものだった。


 水分を拭われ、衣に包まれた美代はリビングに連れてこられると、少しの間母乳を貰う。


「昔は白湯を上げていたこともあったのだけれども、今は違うのね」


 そんなことを言いながら葉子ねえの肩越しに覗き込む母さん。


「雨子さんもお疲れ様」


 母さんはそう言うと雨子様に手に持っていた冷たいお茶を渡した。


「のう、母御よ、そなたに初めて会った頃から思うのじゃが、どうしてかくも相手の望む時を見計らって茶を出せるのじゃ?」


 すると母は果てと言った表情をしながら一頻り考えて応えた。


「どうしてと言われたらどうしてなのかしらね?でも見ていたら自然と喉が渇いていそうって感じるのよね」


「まっことそなたのその勘だけは不思議な物があるのう」


 雨子様はそうお喋りをしながらも目はじっと乳を飲む美代のことを見つめていた。

時々どんなに美代のことが好きなんだよと思うのだけれども、これって過去のあの出来事があるのかなあ?


 その後再び葉子ねえから美代を預かり、彼女が風呂に入る間のんびりあやし続ける雨子様。そうこうするうちにお風呂で疲れたのか、すやすやと眠りについてしまった美代。


 見ると雨子様の肩にはちゃっかり小雨が乗っかっている。

雨子様が静かな声で言う。


「小雨よ暫しそなたとは別れることになるが、あちらに行っても葉子の言うことをように聞いて、葉子ら家族をしっかりと守るのじゃぞ?」


「合点でしゅ、雨子しゃま」


 そう応える小雨の頭をくしゃくしゃになるまで撫でて上げる雨子様だった。


 暫くすると風呂から上がってきた葉子ねえが、美代を受け取り自室へと引き上げていった。後は手の空いた者順に三々五々にと風呂に入り、それぞれの部屋に戻って就寝時までの時間をのんびりと過ごす。


 例によって僕の部屋の床に布団を敷いた雨子様は、ころりと転がりながら仰向けになると天井に向かって手を伸ばした。


「もうあのふにっとしたのに触れられなくなるかと思うと、寂しいのう」


 雨子様はそうしみじみ言うとふうっとため息を漏らした。


「我はの、もとより神々の中では子供がとても好きな方の神じゃった」


 そう言うと雨子様は手近にあった自分の枕をきゅっと抱きしめた。


「じゃがの、こうやって人の身を持ってみると、かつての自分でも信じられぬほど子供が愛おしいものじゃと思うようになったの」


「神様方の間で子供が生まれると言うことは無いのですか?」


 僕は昔からの神話なんかを思い起こしながら雨子様にそう聞いた。


「そうじゃの、無いでは無い」


「なんと、そうなんだ!」


 ちょっと驚きを感じた僕は思わず目を丸くした。だが雨子様の次の言葉にもっと驚くこととなった。


「じゃがの、そうやって生まれる我らの子供は、言ってみれば植物の脇芽を土に差して増やすようなものでの」


「わ、脇芽?」


 思いもかけぬ言葉を聞いて僕は本当に心底驚いた。


「なんと言えば良いかの、親になる者たちがそれぞれの持つ情報形質を持ち寄っての、それらを組み合わせて自我を作り、それを子として成長させるのじゃ」


「なんだか僕達人間とは全然異なるのですね?」


そう思った僕は素直にその気持ちを口にした。


「そうじゃの、かつて我らが肉体を持っていた頃にはまた異なって居ったのかも知れぬが、それを捨ててから以降、子が生まれること自体が非常に珍しいこととなって居る。そして生まれたとは言っても子は、力こそ弱いものの能力の全てを持って生まれ居る」


「だから脇芽みたいなものだと?」


「まあそうじゃの、実際に親となる個体の一部位に生じた変質から成長し、やがて分離すると言うことも有るから、そう表現したのじゃがな」


「だとしたら雨子様の子供に対する感覚って、僕達人間とはまったく違ったものがベースになっていたって感じですね」


「うむ、正におぬしの推察通りじゃの。じゃが我は永らく親密に人と接するうちに少しずつ人の思いを解するようになっていった。が、それでもどこか異とする部分があったのじゃろう。じゃがその部分もこうして生の身体を持つに至って、齟齬となっている部分が修正されたというか、補われたの方が正しいかも知れぬの?そなたら人間が子を愛する思いをようようにして理解出来るようになったという訳じゃ」


「神様は自分に似せて人を作られたなんて言う話がありますが、雨子様の今の状態はそれを逆さまにした感じですね?」


僕がそう言うと雨子様は苦笑した。


「まったくじゃの。有り体に言うと、我らの目から見たそなたら人間はまったく以て不自由じゃ。不自由だらけと言っても良いかもしれぬの。じゃがその不自由なそなたらの日々のなんと輝かしきこと。こうやって内に入って接すれば接するほどに、我はそなたら人間達を羨ましゅう思って居る所じゃよ」


「羨ましいかぁ…。僕なんかからしたら何でも出来たり、時間が無限にあるような神様達の方が余程羨ましいのだけれどもなあ」


そう言う僕の言葉に雨子様は吹き出していた。


「なんと祐二はそんなことを思うて居ったのか?何でも出来ていくらでも時間があるとはの。祐二よ、実際にはそれは逆でいくらでも時間があるからこそ、何でも出来る癖に何にもやらない、それがもしかすると我ら神の実態かも知れぬの」


「むう?何でそんなことになるんだろう?好奇心がなくなっちゃうのかな?面白いって思えなくなっちゃうのかな?」


「まあ、当たらずとは言え遠からじじゃの。物事を全て自らの思考の中で行ってしまっているのかも知れぬの。酷い言い方をしてしまうと全てが机上の空論のようになってしまうと言うか」


「そうなんだ。でも、そんな風にしちゃうとイレギュラ要素が入る余地が無くなる?ある意味答えがいつも目の前にぶら下がっている?だとしたらつまらなくなるのは当然のような気がするけれども、さてなあ?」


そんな風に独り言ちする僕のことを雨子様は興味深そうに見つめる。


「今もそうなのじゃが、そうやって独特の視点を見せてくれるそなたは、本当に面白いの?」


「え?そうなの?」


「むう、我にとってはそうなのじゃ。まったく飽きることが無いの。ともあれもう遅い、そろそろ寝るが良い。我も何故か今日は眠気が強い」


そう言いながら雨子様は大きく欠伸をした。


「お休みなさい雨子様」


 僕はそう言うと部屋の明かりを落とした。



 こうやって物語を書いていると、書いている本人自身も好奇心を保って、色々な事を楽しめるようで無いと、いけないかなあって思います

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