はたして食べたその先は?
もし、もしです、本物の神様がこの作品を読まれていたらごめんなさい(^^ゞ
「しかし何でほんまに物を食べるんやろね?」
和香様は相変わらず首を捻っている。
「ニーよ、その姿になってから何故ものを食べたくなるのか分かるかえ?」
雨子様が和香様に成り代わってニーに問う。
ニーはと言うと、猫類の例に漏れずハグハグとご飯を食べつつ、さてこれで一体何杯目の猫まんまになるのだろう?
雨子様の問いに応えるべくニーは顔を上げるのだが、その顔!
もっとも本人も直ぐに気が付いたらしく、早速顔を洗い始める。無事綺麗になったのかニーは雨子様を見据えて話し始める。
「残念ながら雨子様、何故そう成るのかと言われても私には分からないです。ただ自然とその衝動が湧き、こうやって美味美味きものを食することによってのみ、それが収められるのを感じます」
「なるほどの、本来そう言った衝動は生きることに根ざす物なのじゃが、それが何故お前やユウに現れ居るのか、まっこと不思議な物じゃの。仮にそれが何かの役に立って居るとでも言うのなら、我らも理解しやすいのじゃが、ただ腹が減り、ただそれを満たす為のみ食らう?ほんに不可思議じゃの」
そう言いながら雨子様は、ニーの横に居るユウの頭を撫でる。
先ほど腹が減ったと言っていたユウ、彼もまたそのお相伴にあずかっている最中だった。
「こやつもじゃ、小さな体の癖に、その体の大きさに見合わぬ量の物を飲み食いし居る。その喰うた物の行き先は一体どこだというのじゃ?」
それを聞いていた僕は驚いた。
「え?もしかしてユウは食べたら食べるだけで、その…こんなところで申し訳ないのですが、排泄したりしないのですか?」
僕がそう言うと雨子様は呆れたという顔をしながら言った。
「何じゃ祐二、知って居らなかったのかえ?」
「ええ、変な話なんですが、気にする機会も無かった物ですから…」
そう言うと僕は七瀬の方を向いて聞いた。
「七瀬は気が付いていた?」
そう問われた七瀬は幾分顔を赤らめながら返事をする。
「知っていたと言えば知っていたのだけれども、神様が作られた存在なのだし、そんな物なんだって思っていたわ」
「あ、なるね。うん、僕もおそらくそう言う部分があったからこそ気にしなかったし気が付かなかったのだと思うなあ」
「むう、それは確かに祐二の言うことにも一理あるかも知れぬの」
その時僕はふと疑問に思うことが出来た、けれどもいくら何でも憚られるので口にすることは無かった。だがおそらく七瀬にはそんな遠慮という物は存在しなかったに違い無い。
「ところで雨子さんや和香様はどうなの?」
「む?」
今度は雨子様が顔を赤らめる番だった。
「な、何を言っているのじゃ七瀬は?我が時折花を摘むに行くことは知っておろうが?」
期せずにして雨子様の恥じらいの表情を目にしてしまった僕は、明後日の方向に目を向けながら、どんな言葉も耳には入ってこないこととした。
だが七瀬はそんな雨子様の様子を気にもせず更に追撃を掛けていく。さすが七瀬と言うべきなのか?やはり七瀬と言うべきなのだろうか?
「うん、学校なんかでも一緒に行くものね。でもそれって周りに怪しまれないようにする為のフリだと思っていたかも…」
七瀬にそう突っ込まれた雨子様は苦笑しながら言った。
「何と言うか七瀬は鋭いの?全く呆れるほどじゃ。確かに我は最初の頃はそなたの言う通りじゃった。じゃが時間を掛けゆっくりとこの身を慣らし、人の体に近づけていった結果、今は七瀬の身とそう変わらぬ」
「なんとそうなんや?」とは和香様、びっくり眼になっている。
「何となく雰囲気がうちより七瀬ちゃんに近いようになっとるから、なんでかしらんって思うとったんやけど、そう言うことやったんか。でも何でそこまでしとるん雨子ちゃん?」
「それはのう和香よ、こやつらに交じって人として暮らしておると、神としてたまさか人の間に入っていくよりも遙かに楽しいからじゃ。余りの楽しさにいっそ人の身としてこやつらの間に交じってみとうなったのよ」
そう言うと雨子様は僕や七瀬のことを見ながら例えようも無く優しい笑顔を浮かべた。
和香様はそんな雨子様のことを何だか羨ましそうに見つめる。
「なんやそないに言われたら、めっちゃ羨ましいなるな?なあ、うちもそうしたらあかん?」
和香様のその言葉に雨子様が柳眉を上げて言う。
「だめじゃだめじゃ、そなたはこの国を代表する神の一人ぞ。そのそなたが人になってそこいらをうろうろじゃと?無理じゃな…第一これだけ人が祈りに来るこの社をいかがすると言うのじゃ?我の社なぞ参る人とて居らぬ、ただの形骸であればこそ我も離れることに躊躇しなんだ。じゃがそなたがもし離れるようなことあらば、小和香が泣くぞ?」
「むぅぅぅ、なんかそんなん雨子ちゃんだけずるいやんか?」
そう言いながら膨れる和香様。
「こればっかりは仕方の無いことよの。せいぜい祐二のお宅へ邪魔することで紛らわせるのじゃな。榊の家はどうかとも考えたが、あやつは既にそなたのことを尊き神という意味で固まりきっておるからの、今更どう話そうとも変わることはあるまいの」
そう言いながら雨子様はよしよしと和香様のことを労って上げる。
「しかし雨子様がそんな風に変わって居られたなんて、僕は全く知りませんでした」
僕がそう言うと雨子様はむふんと少し鼻を高くして言った。
「それはそうじゃろう、変化させたのは毎日本当に僅かずつじゃったからな」
「でもどうしてそこまでして僕達人の間に、入っていこうと思われたのですか?」
雨子様の動機を不思議に思った僕は聞いた。
「大分以前に人の有り様みたいな話になって、それを切っ掛けにミサンガを作ったことを覚え取るかの?」
「ええ、そんな事も有りましたね。そんなに前のことでも無いのにもう随分昔のことのように感じてしまう」
それを聞いた雨子様は笑いながら言う。
「それだけ色々とあったと言うことであろ?」
「確かに」
僕は思わず起こったことを指折り数えていた。
雨子様の言われるように、ここ暫くの間に一人の人間の人生にあることとは思えないくらい、様々なことがあったようにも思える。だが、僕は思った。その最たるものは雨子様との出会いだなと。
「あのミサンガを着けたり外したりして居る過程で、人について考えることも多かった上、そなたの家庭に入って暮らすと言うことがどれだけ我にとって刺激的だったことか。その中で我は真に人の身として楽しみたいと思ったのじゃ。何よりもそれが一番の理由じゃな」
「なるほどそうだったんだ」
「ところでもっとも大事な話を聞くのを失念するところじゃった」
そう言うと雨子様はニーに向かって手招きをするのだった。
短いようで長い、長いようで短いという言葉がありますが、生きているとそんなことが沢山有りますよねえ




