ニーの初めて
やっとこさっとこニーのバージョンアップがここで終了します
「ところで和香様、例の神の杖の方は上手く用意出来そうなんですか?」
僕は気に掛かっていたことを和香様に聞いた。
すると和香様は些か渋い顔をしながら返答してきた。
「それがやね祐二君、物を拵える方はニーが頑張ってくれたから問題あらへんねん。そやけどそれ以外のことを詰めとったら、必要なだけ遠くへ杖を送ろう思たら、少しばかりうちらだけでは力が足らへんことが分かったんよ」
「だとしたらどうなさるんです?」
僕はそう問いながら雨子様のことを見ている。
雨子様は七瀬に励まされて何とか無事復活したようだ。そして七瀬と一緒になって新たに黒豹となったニーの首っ玉に抱きついている。
可哀想にニーは、大恩有る相手のことと思って何をされても大人しく耐えている。
「仕方が無いから知り合いの神様、何人かに当たってみたんよ。ところがほとんどの者達が、先達てのうちと同じようにずぼらしとって、返事も返ってきーへん。でも何とか一柱からだけは返ってきたんやけど…あー思い出しても腹が立つ」
何だか若様が歯がみでもするかのようにして怒っている。
元々は大神と言うことで畏れ多い存在としてしか見れなかった頃も会ったが、今は時折本当に隣のお姉さんとでも言うように感じることも有るから不思議だ。
もっともそうは言っても神力を使ってみせるときなどは、その背後にある凄まじいばかりの力の気配を感じさせることも有るから、つくづく神様なんだなって思うのだけれどもね。
「けど足らんもんは足らん。しゃあないから協力を頼むことにしたんよ。そやから杖を宇宙に上げる時にはこっちに来てくれって頼まなあかん。あーああ、憂鬱やなあ」
和香様はブツブツと一人言を言うようにそう語っている。おそらくは僕に聞かせる為では無く、本当に自然に心の中の文句が溢れているのだろう。
と、そんな和香様のところへニーがやって来た。どうやら雨子様達のモフモフ攻撃に耐えることが出来なくなったのだろう。
雨子様達の方を見ると二人が(正確には一人と一柱なんだけれども)口惜しそうにこちらを見ている。
「雨子ちゃんも七瀬ちゃんも大概にして上げなあかんで?そや無いとニーに嫌われてしまうで?」
するとその言葉に顔色を変える人間約一人。
「え~~?ニー?嫌だった?ごめんね?」
慌てて謝り始める七瀬の様を見て和香様が吹き出す。
「七瀬ちゃん、そんな慌てんでもニーに嫌われたりなんかせえへんで。そやろニー?」
そう問われたニーは、それが当たり前と言った感じで体の毛繕いをしながら言う。
「私は七瀬さんのことや雨子様のことを嫌ったりはしない。だが現在とある問題が発生したので、それを解消させるべくこちらに来たのだ」
「なんやて?問題?なんかあったんかいな?」
ニーの口から不調という言葉が漏れた途端に、和香様の表情が険しい物となった。
「現在行っている様々な作業に対して不具合が出ているという訳では無い」
「そしたらどないしたって言うんや?」
見ると心配そうな顔をした七瀬と、深刻そうに唇を真一文字に結んでいる雨子様が側にやって来た。
「元より私が体を得てからそう時間が経った訳では無い。故に実を伴ったこの体には未だ良く分からないところもあるのだが、部位的に言うとこの部分だ」
そう言うとニーは鼻先で自らのお腹の部分をつんと突いた。
「腹部か?してどんな異常なのじゃ?」
雨子様が側に寄ってニーのその部分に手を当てる。そして目を瞑る。きっと中を探査しているのだろう。
「はて?何がおかしいのじゃろう?我には理解出来ぬの?」
そう言うとくいっと首を傾げる雨子様。
「何!雨子ちゃんにも分からんやて?」
と、気色ばむ和香様。
「そないな阿呆な話が有るはず無いで。うちだけやったらともかく、うちら二人がかりで隅から隅まで精査しながら組んだんやで?」
和香様は信じられないと言った感じで頭をふりふり言う。
「なあニー、それでその腹部って言うかお腹、どんな感じなんだい?」
ふと思い当たることがあって僕はニーに問うた。
「どう表現すれば良いのだろう?ぽっかりと穴の空いたような?寂しいとでも言えば良いのだろうか?」
「へ?なんやそれ?」
ニーの言葉に呆れかえる和香様。
「和香様、僕には何だか分かったような気がします」
すると傍らで七瀬も頷きながら言う。
「うんうん、そうね。私も何だか分かった気がする」
剰え今度はユウまでも。
「ん~~僕も~~~~」
「何やて?」
「何じゃと?」
和香様と雨子様が同時に口にする。
「「それで?」」
やだなあ、二柱でハモりながら突っかかってこられると怖いんですけど?しかしそうも言って居られないのでその問いに答える。
「多分ニーはお腹が空いたんだと思いますよ?」
「ふぇ?」
和香様が目を剥く。そして雨子様の方を見た。
「またや!なんで自分の拵えたもんは皆ご飯を食べたがるん?どないなっとるんや全く?」
和香様は頭をふりふり天を仰いだ。果て?和香様が天を仰いだとして、その先に誰がいるんだろう?
「まあええは、そない言うんやったらともかく食べさせてみるは」
そう言うと和香様はポンポンと手を打った。
するとそう間を置かずに現れたのは小和香様だった。
小和香様は入ってくるなりおやっという感じでニーのことを見たのだが、直ぐに居住まいを正し、ゆっくりと頭を下げると和香様に問うた。
「いかが致しましたでしょうか和香様?」
そう言う小和香様に相好を崩した和香様が話しかける。
「小和香、忙しいとこすまんな。こいつ」
そう言うと和香様はニーのことを指さした。
「ニーが腹空いた言うとんねん、なんか見繕うて食べさせてんか?」
「は?」
と言うとニーのことを二度見する小和香様。
「それで和香様、如何様な食物をお持ちすれば良いので?」
小和香様が困ったような顔をして和香様に問いかける。
すると和香様は、小和香様の困り顔をそのまま写し取ったような顔をしながら僕の方を向く。
「そこんとこどうなん?」
そこんとこって…。ともあれ僕なりに考えてみることにした。
「ユウは人間に交じって普通のご飯。小雨も同様に普通のご飯。そう成るとやはり普通に人間のご飯を上げるのが良いのでは無いでしょうか?逆に変えると何と言うか、今上げた、者達との間に差異を設けるみたいでなんか嫌らしいというか…」
「まあ、そう言うたらそうやなあ。そしたら小和香…」
と、和香様が結論を出して小和香様に命じようとしたところで、思わぬところから異議が入った。
「済みません、お待ち頂けるでしょうか?」
それは誰有ろうかニー本人だった。
「人の食べ物を頂くとなると、箸やその他食器を使わなくてはならないかと思います。更には口に入れた物を咀嚼しなくては飲み込めないことを考えると、今の私のこの口には合わないかと思うのです」
そう言うとニーは口を大きくあんぐりと開けた。確かにその口はまさに豹と言った形で、人間よろしく食物を食べるのには無理があるだろう、ましてや手などどこにも無い。
そんなことを色々見て考えながらふとユウのことを見る。
そうか、こいつはドロイドなんだ。ここまで擬人化されていると人間と変わらない動きが出来る訳なのか。妙なことに合点がいってしまった。
「そない言うてもなあ、ニーに犬猫の飼料を与えるのもなんやかなあ」
和香様はそんなことを言いながら首を捻っている。
「確かにの、我らと同じ知性を持つ存在に、下位に属する者達の飼料を与えるというのは些か抵抗があるの」
全く以て妙な問題で揉めている。多分神様方と同じで、食べないでもそれはそれで居られるのだろうけれども、だからと言って何も食べさせないというのも気の毒だった。
「あのう?」
そこで恐る恐ると言った感じで小和香様が手を上げられた。
「何じゃ小和香、言うて見るが良い」
困り果てていた和香様が鷹揚に言う。
「はい、問題はそのお口の形に有りと言うことでございますね?」
「そやね。何かええ案有るの?」
小和香様はゆっくりと辞儀をするとその問いに答えた。
「その形状のお口で人の料理が食べにくいと仰るのであれば、こちらで食べやすい形に加工して参ります」
「それや!って、そないな面倒なことしてくれるんかいな」
すると小和香様は優雅に袖で口元を隠しながらころころと笑った。
「普通に人の料理を作る手間を考えれば何と言うこともございません。暫くお時間を頂戴出来ますでしょうか?」
そう言うと小和香様は今一度優雅に辞儀をした後、部屋から下がっていった。
余りに優美なその所作に、そっくりさんである和香様と見比べていると、ていっとばかりに頭をはたかれた。
「祐二君、何も言わんでええ。言わんでも分かっとるさかい」
その傍らで雨子様と七瀬が下を向いて笑っている。ニーとユウは何が何やらと言った感じでぽかんとしている。知性があるとは言うものの、まだまだこう言った機微は分からないようだった。
そうこうしている内に四半時が経ち、しずしずと小和香様が何かを掲げて帰ってきた。その手に持つ盆の上には何やら大きな器が載っている。
小和香様はその器を盆ごとそっとニーの前に置いた。
中に何が入っているのかと皆で覗き込む。微かに湯気が立っているところを見ると暖かいようなのだが…。
「なんと猫まんまか?」
そう声を上げたのは雨子様だった。
「猫まんま?なんやそれ?」
和香様が尚もその器の中味に注目しながらそう雨子様に問う。
「猫まんまとはの、昔、いや今でもする人が居るかも知れぬが、飯の上に鰹節などのおかずを載せ、その上から味噌汁などの汁物をぶっかけて食べるものじゃ。本当に猫に与えるのかどうかは知らぬが、猫に与えるご飯のようだと言うことで猫まんまと言われておる」
「猫まんまかあ…」
思わず独り言ちする。
「うむ、もっとも相手が本当の猫で有るなら、人の物をそのまま与えるのは体に悪いのであろうな。じゃが相手はニーじゃ、何ら不都合も無かろうて」
僕達はそんなことを言いながらニーの方を見る。
ニーは与えられた物の匂いをふんふんと嗅いでいる。かと思ったらやがてそっと口を付け中味を頬張ってみた。
「…」
そこにはかつてのチェシャ猫だった時のニーそのものの笑みがあった。気に入ったようだ。
その後引き続き美味そうに食べるニーの様子を見ながら、ほっこりとしてしまう二柱と二人。あれ?もう一人は?
「僕もお腹空いたなあ…」
ユウ…。多分君はそう言うと思ったよ。
既に大昔となりますが、かつての犬猫太刀は人間のお下がりを餌として飼われていたことがありました。
今それやっちゃうと下手したら怒られちゃうのかなあ?




