和香様の内緒事
何とか無事に書き上げた時にはほっとしてしまいます。
「ところで和香、先ほど言っていたニーの為に使う形代なのじゃが、何か良いものは有りそうかの?」
雨子様がそう問いかけるのだが、何故だか和香様からの返事が無い。どうしたのかなと思って見ると、何やら少し顔を赤くしたまま唇をへの字に曲げている。
「どうしたのじゃ和香?その様子から見るに何かありそうじゃな?」
と、雨子様は更に追撃を掛ける。見ていると和香様はその言葉で更にダメージを受けている。って、一体何事が起こっているのだろう?
「のう和香、そなた何を隠し取る?」
雨子様が訝しげな表情で和香様のことを見る。
「な、何も隠してへんよ?」
和香様、声が裏返っているよ?ますます何だか怪しい。でも和香様に対してそんな追求を出来るのは雨子様を置いて他は無い。
「ふむ、宮司殿においで頂くかの?」
雨子様がそう言うといきなり和香様が慌て出す。
「あわわわ、いきなり何ゆうてんの雨子ちゃん?榊さんかて暇人ちゃうねんで?それになんで榊さんを呼ばなあかんの?」
被告和香様は尚も白を切り通すらしい。
「何故じゃと?簡単じゃ…」
そう言うと雨子様は蕩々と推理の説明を始めた。これは一体どこぞの推理番組か?
「和香、そなたが何か外で物を購入する時には、凡そ常に宮司殿を通じて居るじゃろう?」
「え?まあ、そうなんやけど?」
「なら宮司殿であれば、そなたが常とは異なるものを購入して居るとあれば、その内容もことごとく知って居るであろう。で有ればあの几帳面な宮司のこと、もしかするとリストすら持って居るかもしれん。ならばそれを見せて貰うだけで済む話じゃの?」
「はい、済みません、もう勘弁して下さい。自分から持ってくるからこれ以上は追求せんといて?」
話の流れから推測するに、和香様は結構なんだかんだと色々なものを買っていそうだった。そしておそらくその中には、ちょっと知られたくない趣味のようなものも有るのかもしれない。もしかしてオタク?なんてことをふと考えもしたのだが、この件については追求しない方が良いだろう。
「まあ良いは、これ以上は追求せずにしておいてやるから、とっとと形代に使えそうなものを持ってくるのじゃ」
「もう、雨子ちゃんは最近人使い荒いんとちゃう?」
和香様はそんなことをブツブツ言いながらバタバタと部屋から出て行った。
そして待つこと数分、和香様が両手一杯に何やら抱えて部屋に戻ってきた。
「はい…これでもう全部や。後はどう追求されても鼻血も出えへんで」
そんな和香様のことを、雨子様がぎょろりと睨め付けるが、それ以上は何も聞こうとはしなかった。おそらくこれ以上本筋から離れたことを訊くのは、時間の無駄と考えてのことでは無いだろうか?
さて、和香様が両手一杯に抱えて皆の前まで持ってきたのは、数々のぬいぐるみの類いだった。
猫もいれば犬もいるしウサギも居た、一番大きいこれは黒豹か?どれも皆とっても可愛い。
「和香様、皆凄く可愛いですね」
そんなことを言いながら七瀬は一つ一つ手に取っては吟味していた。
その横ではユウが自分に構えとばかりに七瀬の裾を引っ張っている。何とも賑やかなものだ。
と、突然雨子様がしんみりと言う。
「和香よ、良かったの」
すると和香様は薄く笑いながら同様にしんみりと返す。
「うん、ほんまやね。おおきにありがとう雨子ちゃん」
僕と七瀬、それにニーは何のことやら分からず、二柱の神々のことを見つめた。
「和香よ、もう寂しゅうはないか?」
「そうやね、お陰様で今はほんまに賑やかで、満たされとるは」
相変わらずよく見えてこない神様達の会話だったが、僕も七瀬も何も言わずにじっとどちらかが言葉を継ぐのを待っていた。
「和香はの、そなた等も知って居る通りに神々の筆頭の一人ぞ。かつて遠い昔に和香はその地位を指名されたのじゃが、その頃の和香は真に真面目を絵に描いたような神での、本当にどんなことでもただひたすら、全うに熟そうとして居った」
ふと気が付くと、いつの間にか幾人もの小者達が入ってきて、皆に冷えたお茶を渡していた。
雨子様がゴクリと喉を鳴らして飲む。
「美味いのう」
その満足そうな様は本当に幸せを感じていると実感出来るものだった。
「ただその当時の和香は孤高での、そうであるが為に常に心を苛んで居った。その孤独が及ぼす辛さはおそらく何物にも勝るものじゃったと思う。それでも和香は耐えた、耐えに耐え居った」
そこまで言うと雨子様はすっと席を立ち、和香様の側に行って座った。そして和香様の手を優しく取ってゆうるりと握りしめて上げる。
「じゃが有る時、その和香をして限界を超えてしもうたのじゃ。そう成った和香は奇行に走った。それが例の日隠れの珍事じゃ」
七瀬が小さな声で僕に聞いてくる。
「日隠れの珍事って?」
そこで僕は七瀬だけに聞こえるような小さな声で説明して上げた。
「今言われているのはおそらく天岩戸伝説のことだと思うよ」
「あれって確か太陽の神様が天岩戸の向こうに隠れられて、それで世界中が真っ暗になってしまうと言うお話よね?」
「うん、その通りだよ。ただ実際は和香様が太陽の光に何かして、地球を暗くしたって言うことらしいけど…」
雨子様は僕達が何を話し合っているのか、例えその内容は聞こえなくともお見通しなのだろう。じっと僕達が話し終えるのを待ってくれた。すると今度は和香様が話し始めたのだった。
「あの時は多分、神様達のほとんどが、うちのことを壊れてしもうたと考えたんやろね。神は無謬であるべきなんて考えとるもんも結構居ったから、うちのことはもう廃するべきやって言う取ったよ。そんな中やねん、雨子ちゃんが万難を排してうちんとこに来て、うちに語りかけて、うちを闇の世界から光りの中へと引っ張り出してくれたんは」
「あの当時の和香は生真面目に過ぎたのよの。じゃから我はそのように全てに完璧であらずとも、もう少しボチボチで良いのじゃぞと、ゆうるりゆうるり説いたのじゃ。そうしたら何とか和香は己を取り戻して心の奥津城から出て来おった」
「うちら神様は、それこそとんでもないくらい色々なことが出来る、まあそれだけ有能やって言うことなんやと思うのやけど、けど、そやからこそ一端何かに躓くと脆いのかもしれへんな。そやけどそのことが自分ではなかなか分からへんねん。長い時間掛けて雨子ちゃんに諭されてようやっとや」
「そうやって和香のことを取り戻した我は、それを功績として和香の話し相手に任命されたのじゃな」
僕はその時かつて誰かが言っていた話を思い出して聞いた。
「えっと、そう言えば雨子様は和香様のお目付だって言っていませんでした?」
「あれはあの時偶々口にした軽口よ。もっとも神の中には真剣にそのようなことを言う奴も居ったが、我らの認識は違う。我らはあくまで言葉を交わし合い、助け合う仲ぞ」
「まあ、お陰さんで随分色々と楽に出来るようになって、神様業も熟せるように無っとってんけど、長く経つうちにそれすらもなんや退屈になって、屡々神域に閉じこもるようになってしもうとってん。その末があのざまや。ほんま何やっとんやろうと思ってしもうたは」
そう言って少し悄げる雨子様のおつむを雨子様が優しく優しく撫でて上げる。
「じゃがそれももう超えられたのであろう?」
そう言われた雨子様が目をキラリとさせながら頷いて見せた。
「そやなあ、お陰さんでまた色々なことが楽しいなったし、面白いことが一杯出来たで?」
「ほう、そうか?」
そう言う雨子様の額に和香様が自分の額をコツンとぶつける。
「うちはまた雨子ちゃんに助けてもろうてん。そしてな、雨子ちゃんを通じて君らにもや」
そう言うと和香様は僕達ににこやかに笑いかけてきた。
「ほんまにありがとうな!」
そう言うと和香様は立ち上がって僕達のところに来た。そして僕と七瀬の両方に手を回し、ぎゅうっと抱きしめてくれる。
「そやからうちは、根性入れて君らを守らなあかん思てんねん」
僕と七瀬のことを抱きしめる和香様はとても良い薫りがした。
七瀬がぽつり言う。
「和香様、お日様の香りがする…」
すると和香様は大きく目を見開いて七瀬のことを見つめる。
「おおきにありがとな、七瀬ちゃん」
そこへ雨子様もやって来て全員に手を広げる。
「くふふふふ、本当にの。皆に感謝じゃの」
そうやって二人と二柱が抱き合っていると、ユウが慌てて飛んできた。
「僕も僕も!」
そう言ってちっこい熊のドロイドのユウは、隙間を見つけては必死になって潜り込んでいく。
と、そんな僕達のことを少し寂しげな表情で見ている者が居る、それはニーだった。
だが雨子様はそんなニーのことをもしっかりと見て取っていた。
「ほれニーよ、どうしたのじゃ?そなたも仲間に入らぬか?我らはこの世界を守らんとする仲間ぞ?」
雨子様にそう言われたニーは、にっとそれこそ本物のチェシャ猫のように笑い、僕達の輪の中に飛び込んできた。
そして誰と無く僕達は笑い出した。心の中から本当に温かく、楽しく、そして満たされて、大きな声で笑い合い抱き締め合ったのだった。
余談ですが、今日は書く時ずっとヴァイオレットエバーガーデンの曲を掛けていましたっけ




