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天露の神  作者: ライトさん
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そして学校へ

雨子様学校デビュー

 結構余裕を持って起きてきていたのに、とんでもない誤算だった。しかし懸命に走ったことが功を奏して、チャイムが鳴り終わる寸前に教室に滑り込むことができた。


 息を切らせながら僕は自分の席に座り込んだ。

だが普段なら既にいるはずの担任の姿がない。そのせいか教室の中がざわめいている。

僕はどっと吹き出てきた汗を懸命にハンカチで拭きながらぼやいた。


「こんなことなら無理して走ってくること無かった…」


 少しでも火照った体をクールダウンすべく、バタバタと下敷きを団扇代わりに酷使した。やがて汗も引き、一心地するがまだ教師がやってこない。一体どうなっているのだろうか? 他の学科ならともかくクラス担任の桑原が、自身の受け持っている英語の授業に遅れてくるなんて絶えてなかったことだった。


「祐二は慌て損だったわね?」


とは左隣の七瀬の言葉。


 まさにその通りなんだったけれども、人に言われるとなんだか腹立たしい。しかし今はその怒る元気もなかった。


「良いから傷口に塩を擦り込まないでくれよ」


すると七瀬の目つきが一瞬きっと鋭くなった。


「なによそれ、同情して上げたのに…」


 だがそれも束の間、僕が心底げっそりとしているのを見て取ると、もごもごと言いかけの文句を飲み下した。


「でも桑原先生が遅刻なんて本当に珍しいわね?」


 気持ちを切り替えた七瀬は時計を見ながらそう言った。

既に始業時間から十五分ほど経っている。普段の桑原の言動からするとほとんどあり得ないことだった。


 だが噂をすれば影が差すという昔からの諺通り、七瀬がそう言って一分も経たないうちに教室の扉が開いた。

ざわついていた教室の空気が一変する。


「よ、すまんな遅れて」


とはいつもと変わらず飄々とした感じで入ってきた桑原の言葉。だがその言葉には更に続きがあった。


「ほら、入りなさい」


 開いたままになっていた扉から入ってきたのは雨子様その人(いや、神様か)だった。

男子たちの間からはほぅっと言う感嘆の声が挙がり、女子の間では囁き声が行き交った。 まあ、雨子様の容姿を考えればある程度は予測出来たことだった。


 だがこれほど早い到着や、ましてや同じクラスに入って来るなどと言うことは完全に予想外のことだった。おまけに汗一つかかずに涼しい顔をしている。一体どういうマジックを使ったんだ?


「転入生の天宮雨子さんだ。吉村の従姉で帰国子女とのことだ」


 クラス全員の視線が一斉に僕へと向けられる。僕にはその視線を甘んじて受けること以外する事はなかった。


「一体どういうことよ?」


 隣から七瀬が僕の腕を突っついてよこした。しかし一体どう答えればいい?とりあえず当たり障りのない言葉でお茶を濁すしかないだろう。


「どうもこうも見ての通りさ」


「見ての通りって…」


そう言いながら七瀬は口をへの時に曲げた。


 幼なじみとしてずっと近所にすんでいる七瀬にしてみたら、僕のことで彼女の知らない何かがあるなんて、もしかすると考えられないことかもしれない。だが現在の状況で無理に何か話をでっち上げるのは極めて無理が多い。ここは素直に知らないで通すのが正しい対応の仕方だろう。


 しかし知らないなりに出来るだけの説明をする努力だけはするべきかもしれない、それがうまく行くかどうかは別にして…


「僕もよく知らなかったんだけど、何でも母方に海外赴任の長い親戚がいて、その家の子が日本での生活を望んでうちで面倒を見ることになったんだよ」


 僕は背中に妙な汗をかきながら必死になって頭を働かせて説明した。当面今の説明で破綻しているところはないはずだ。だが家に帰ったら細かい打ち合わせはしておくべきだろう。


 ともあれ僕自身がよく知らないと白状しているのだから、いかに七瀬と言えども、それ以上の情報を得ることは出来ない。

 何かに苛立っているようでありながら、どこと無く不安げな表情をした七瀬はふくれっ面をしながら黙りこくった。

だがその時の僕には、七瀬の心中を推し量る暇など無かった。


「おい吉村、お前の従姉なんだから、お前が色々と面倒を見て上げろよな」


と、唐突な桑原の指令が宙を飛んできた。面倒を見ろっていわれても一体?僕が戸惑っている間に更に桑原のだみ声が吠えた。


「おら関口!」


突然名を呼ばれた関口は目をギョロギョロさせている。


「お前は荷物をみんなまとめて後ろの席にいけ、空いている席があるだろう」


 僕の右隣にいた関口こそ良い迷惑である。しかし彼はどうやら雨子様を見つめていることに気を取られているようだった。


「うん?あ、はい」


何とも要領を得ない返事をしたかと思うと、そそくさと荷物をまとめ後ろの席へと移っていった。


 一瞬教室内がざわめいたが、本人がおとなしく移っていったことからすぐに収まった。

そして主のいなくなった席に桑原に指図された雨子様がやってきてちょこなんと座り込んだ。


「今日のところはまだ教科書等が揃わないだろうだから、吉村!お前が見せてやれ」


 桑原のその言葉に再び教室の中をざわめきが走る。しかし桑原の態度がそれ以上の混乱を許さなかった。


「さあ、教科書を開け。授業を始めるぞ」


 仕方なく僕はガタガタと机を動かすと雨子様の座っている机に寄せた。

雨子様はと言うとほとんど表情を殺しているのだが、その目の中にかすかに面白がっている光をたたえていた。


 だが今の僕にはそれをどうこういう余裕はなかった。ただ黙って教科書を広げると、雨子様にも見えるように二人の丁度間に置いた。


 それを確認するかのように視線を走らせた桑原は、微かにうなづいたかと思うと教科書を読み始めた。時折注釈を加えつつ、時折黒板に金釘流の汚い字で文を書き殴った。


 僕はその時をノートに取りながら二人の間だけで聞き取れるような小さな声で尋ねた。


「あの時間に出てどうしてこの時間に間に合ったんです?」


すると雨子様は微かに口元に笑みを浮かべたかと思うとその問いに答えてくれた。


「それはそなたの母御の機転じゃ」


「機転?」


「むぅ、通りに出るや否やタクシーなる乗り物を捕まえて乗り込んだのじゃ。途中そなたが懸命に走っているのが見えおった」


「へっ?」


僕は思わず少し大きな声で素っ頓狂な言葉を口走ってしまった。当然のことながらいくつかの目が好奇の光を称えながら僕の方に向けられる。当然その急先鋒は七瀬だった。幸いなことに桑原には気づかれずに済んだらしい。


「授業中になにきてれつな声を上げているのよ?」


 彼女はそう問いかけるのと同時にきつい突きを僕の脇腹にかました。

昔からこれだ。得てして口よりも先に手が出るのが七瀬の昔ながらの癖だった。


「ぐぅ…」


いきなりのことで避けようがなかった。だからもろ彼女の一発がめり込んだ。


「お…お前な、その口より先に手を出すのを何とかしろよ」


 痛みの中歯を食いしばるようにして苦情を申し立てる。もちろん顔は桑原の方に向けたまま。だが横目にしっかりと七瀬の表情をとらえた。なんだか怒った表情をしているが、これは多分自分自身に対してなのだろう。



急に寒くなってきました。いよいよ押し詰まりつつ有る中、頑張って更新していかなくては。拝読頂いております皆さんには感謝しております^^

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