七瀨との遭遇
七瀨との遭遇なんて言う書き方をしてしまうと、大昔に見たスピルバーグの未知との遭遇という映画を思い出してしまう。そして頭の中に鳴り響くのはあの独特な曲の音。人類とは異なる存在との遭遇をテーマにしたものなのだけれども、実際にもしそう言うことが有るなら、あの映画の中のように平和的で有ると良いなあ
さて翌週のこと、和香様から父さんや母さんも連れて来て欲しいとは言われたのだけれども、母さん曰く、いくら何でもうちの家族の者が二週も続けて、神様宅にお呼ばれするのは憚るでしょうとのことで、結局は僕と雨子様の二人だけで訪れることとなった。
父さんや母さんには僕と葉子ねえからご馳走三昧だったことや、もの凄く素晴らしい温泉だったと言うことを話したのだが、母さんの悔しがりようと言ったら無かった。
ならお誘いを受けたら良いのにと再度言ったのだが、こればっかりは譲れないようだった。
母さん曰く「大人には譲れないものがある」なのだそうだ。
ただ今回も僕達が世話になると言うことなので、母さんからは何かと手土産を持たされている。何でも洋菓子やら和菓子やら、高級なのから庶民的な物まで様々だ。
雨子様が散々そんな気遣いは要らないと言っているのだが、その雨子様のことまでも我が家の娘扱いしている母さんからしてみれば、こう言ったことをするのは当然のことなんだそうだ。
父さんや母さん、葉子ねえに見送られながら家を出た時に雨子様に言われた。
「そなたの母御は本当に律儀じゃのう」
そう言うと雨子様は顔をくしゃりとさせながら笑った。
「じゃが我はそんな母御のことが大好きじゃ」
先達ての危機の時に母さんから娘扱いされた雨子様なのだが、以来何かちょっとした時に母さんに甘えそうになっている。もっとも実際に甘えている訳では無く、その気配を感じる程度なのだが、当の本人はまったく気付いていなさそうだ。
だが母さんの方は一応ではあるが気付いているみたい。そう言う雰囲気を感じるごとに何だか嬉しそうにしているから、きっと間違い無いだろう。
実際の年齢のことを考えれば、母さんよりも雨子様の方が遙かに年上なのだけれども、案外こう言うことってそう言った実時間的なことよりも、相手のことをどう思うのかと言うことの方が大切なことなのかも知れない。
家を出てのんびり駅の方に向かって歩いていると、途上の商店街の中程で七瀬と遭遇した。
「あれ?祐二じゃないの、これからどこかにお出かけ?え?雨子さんも?しかも何それ?お泊まりでもするの?」
あっちゃあ、さすが七瀬と言うべきなのか、何とも目敏いことこの上も無い。確かに温泉にも入りはするのだけれども、それは余録であって、主としてはニーのバージョンアップの手伝いをすると言う大目的があるのだ。
だがうっかり雨子様が温泉に入ることをポロリと漏らしてしまった物だからさあ大変。
「え~~?私も行くぅ!付いてっちゃだめ?」
七瀬も心得た物で、僕では無く雨子様に対して縋るような目をして言う。
雨子様ときたら当然のことのように鷹揚として言う。
「まあ和香のことじゃから否とは言わぬじゃろう」
「でも雨子様、今回は遊びじゃないですよね?」
僕が七瀬の参加を望まないようなことを言うと、今度は僕の腕をぎゅうっと掴み、タオルでも絞るようにしながら言ってくる。
「へぇ~祐二はそんな事言うんだぁ」
「いたたたた、腕!腕!」
たとえ女の子の上目遣いで有ったとしても、こう言う時の目はちょっと普通とは異なっていて怖いものを感じる。
「分かった、分かったから、その手で絞るのは止めてくれってば」
僕から無理矢理許可をもぎ取った七瀨はとたんに上機嫌になった。
「なら私も支度してくるから、そこの喫茶店で待っていてくれる?」
七瀨はひょいと目前の喫茶店を指差すと、とっとこと家の方に戻っていった。
その肩越しにユウが申し訳なさそうに手を振っている。まったくくまった…元へ、困ったものだ。
仕方なしに、指定された喫茶店の中へ入り、奥の座席にどっかと腰をかける。
店員がオーダーを聞きに来たのだが、暫しメニューの上を目が彷徨う。だが色々見たが結局僕はいつもの通りだ。
「僕はブレンドのホットで、ミルクも砂糖も要りません」
雨子様も同様に何か飲み物のオーダーをするのかと思っていたら、中に載っていたとある物の上で目が留まっている。え?栗の入ったパフェ?確かに季節の物かも知れないけれども、凄い量だよそれ?
「我はその、栗の載ったパフェとやらを頼もうかの…」
あ、やっぱり頼むんだ。でも頼んだ後の雨子様の嬉しそうな所を見ると、僕としては何も言えなかった。万が一量が多すぎて手に負えなさそうなら、その時は手伝えば良いか、そんなことを思っていた。
オーダーを終えてから暫しの時間が経過する。その待つ合間ですら雨子様にとっては楽しい時で有ると見えにこにこしている。
「お待たせしました」
まずは僕のホットが運ばれてきた。ちょっと薄手のカップで、紺の上品な模様が入っている。立ち上る香りは芳醇でとても美味しそう。この喫茶店、こんな珈琲出すんだ。
少し間を置いて
「お待たせ致しました」
再び店員がやって来て目の前に雨子様の望んだパフェを置いていく。『よっこらしょ』僕ならそうかけ声をかけたくなるようなボリュームだ。
「以上でご注文の品、間違いございませんか?」
「はい」僕はそう言うと目礼した。
踵を返して素早く店員が帰っていく。
「おおおおおっ…」
とは雨子様。そりゃあ雨子様で無くたって、そのパフェを目の前にしたらそう言いたくなるだろうな?心配になって声を掛ける。
「雨子様大丈夫ですか?それ、相当な量ですよ?」
「む、む、む。た、確かにそうじゃの。じゃが大丈夫なはずじゃ、大丈夫な…」
うれしさ半分、不安半分と言った感じで雨子様が早速手をつけ出す。
性格なのかスプーンで綺麗に部分部分をかっちりと切り取っていく。そしてその都度そっと口中に運び入れ、にっこり笑みを浮かべながら食べ進んでいく。
多分雨子様にとってその食べ物は蕩けるように美味しいのだろうけれども、端から見ているとその雨子様本人が蕩けそうだよ?
見ていてどうしてそんなに綺麗に、崩さずに食べることが出来るのだろうか?そう感心させられるように食べていた雨子様だったが、徐々にそのスプーンを操る速度が落ちていく。
そしてやがて止まった。
「どうされました、雨子様?」
僕が聞くと雨子様は本当に悲しそうな顔をしながら返答してきた。
「もうだめじゃ」
「だめ?」
「もうだめなのじゃ…」
スプーンを持つ手が心なしか震えている。きっと、多分、おそらく、お腹の空き容量が無くなったのだろう。
そこへ家に支度をしに帰ってきた七瀬が現れた。
「お待たせ~、って、何それ?雨子さんそれ頼んだの?」
どうやら七瀨はここのこのパフェのことを既に知っているようだった。
「これって友達と何人かで来て皆で食べて丁度の物なんだよ?いくら何でも一人で食べるなんて…そりゃあ無理って言う物だよ?」
そんなことを説明してくる七瀨のことを雨子様が縋るような目つきで見つめる。
僕はそのやりとりを聞き、雨子様の切なさそうな顔を見て思わず吹き出してしまった。
「すいませんスプーンの追加二本くださぁ~い」
七瀨がそう言うと店員がその二本のスプーンを持ってきた。パフェ用なので当然結構長い特別製のスプーンだ。
「どうぞ」
そう言いながら戻っていく時の店員の表情がどことなくほっとしている。やっぱり雨子様一人では食べられないのじゃ無いかと心配していたみたいだ。心配してくれるくらいなら最初から言っておいてくれたら良いのにね。
「はいこれ」
七瀨から二本のスプーンのうち一本を手渡される。
「何これ?」
僕がきょとんとして問うと七瀨はふくれっ面をしながら返事をしてくる。
「何言ってんの、私が加勢したくらいでこのパフェが食べきれると思ってんの?祐二は私のことどんだけ太らせたら気が済むのよ?」
「へ?僕も食べるんだ?」
「当たり前じゃ無いの、とっとと食べるわよ?のんびりしていたらお腹に入らなくなっちゃう」
仕方なく僕もスプーンを使ってパフェの存在を切り取り始める。甘い、甘いよこれ?僕も結構甘い物でもいける方だけれども、何これ、この量?自分が手をつけ始めるとその量の多さを改めて実感することが出来た。
さすが七瀨というか、やっぱり七瀨というか、さくさくパフェを削り取って量へお減らしていく。って、ずるい、どうもスプーンの動く速度が倍速だと思っていたら、自分が食べているだけで無くって、肩口に留まっているユウにも食べさせている。
普段からお腹空いたと直ぐに騒ぐユウなのだけれども、今日ばかりはなんだか様子が違う。口の中が空になるかならないかの時点で、次のスプーンがやってくるのだ。
お陰ですっかりと目を白黒させている。
「祐二、手が止まってる!」
七瀨から僕に叱責の言葉が飛ぶ。今やスパルタ状態だ。
事の現況の雨子様はと見ると、僕達二人に手を合わせて拝んでいる。
お願い雨子様、神様がこんな事で僕達人間のことなんか拝まないで!
更に暫くの時間が流れ、ついに、ついに最後のひとすくいが七瀨の手によってすくい取られた。
「完食!」
七瀨がガッツポーズと共にそう宣言する。
僕と雨子様は緊張の糸が切れたのか、テーブルの上で俯している。
「前来た時は四人でぎりぎりだったのだけれども、今日は新記録ね?」
嬉しそうにそう言う七瀨。でも君それはユウのこと数に入れてないのじゃ無い?僕はそう突っ込みを入れたかったが、口を開くのもおっくうだったので黙っていた。
七瀨の肩の上に居るユウも同じ状態だろう、そんなことを思いながら見上げると、なにやら嬉しそうに腰をふりふりダンスを一人踊っている。なんだこいつ?まだまだ余裕なのか?それなら食べるのをもっと控えていたら良かった。そんなことを思ったが後の祭りだった。
ともあれ無事食べ終えた僕達は、会計を済ませて喫茶店から出ることにする。
「○○円でございます」
って何それ何その値段?パフェの見た目の美しさと、その量の多さにばかり目が行っていて、すっかり値段の方を見るのを忘れていたのだった。
僕のお財布の中から一番上の位のお父さんが出ていく。もちろんなにがしかのおつりは帰ってくるよ?帰ってくるのだけれども、大ダメージだった。
「す、すまぬの祐二」
雨子様がさも申し訳なさそうに頭を下げてくる。
だがまあ、済んだことをとやかく言っても仕方が無い。
「とにかく和香様の所へ急ぎましょうか?」
「うむ、そうじゃな」
ともあれ下を向くという行為が危険な状態の三人が、急ぐと言うには余りに不適切な速度で、駅への道をたどるのだった。
未知との遭遇では無くって。どでかいパフェとの遭遇でした。




