和香様の決心
ハードな話を書くのも時には楽しいのだけれども、普段はやわやわな話を書くのが一番楽しい筆者です
「さてそろそろお昼やね、大したもの出えへんけど先食べよか?」
そう言うと和香様はポンポンと軽く手を叩いた。すると少し大きめの小物達が膳を掲げて部屋に入ってくる。
「お互い顔が見えるよう皆まあるく座ってくれる?」
和香様の要望に従い皆で輪になって座るとその前に膳が置かれた。
「一つだけ申し訳無い思うんは、ここで出て来る料理は皆精進ものやねん。うちはそんなもんにこだわらへんのやけど、宮司のおっちゃんの言うには神社で生臭はあかんて言うんよ。だから我慢したってな」
そう言う和香様は本当に申し訳なさそうだった。でも一つ分かったことがある、我が家に来たときの和香様は、唐揚げとかの肉料理が出て来ると大歓喜するのだけれども、どうやらこの辺のことに原因があるようだ。
ただこの料理を作って下さっている方達の名誉のためにも言っておくと、精進料理とは言ってももの凄く美味しい。
葉子ねえなどはもう頬を抑えて呻いているほどだった。
「何これ和香様、いつもこんな美味しいの食べてるの?」
そう言う葉子ねえに和香様は苦笑した。
「いや、普段は何も食べへんよ」
「それはまたどうして?」
和香様の返事に葉子ねえが目を丸くする。
「一時期食べてたこともあってんけど、いつもいつも精進やと、もう飽きてしもうて。それをまた食べるくらいやったら、もういらへんゆうて食べへんかってんよ。そやから祐二君とこ行って色々食べさせてもろて、むちゃくちゃ新鮮やったわ」
「へ~そうだったんだ」
「そやけど久しぶりに食べたらこれもまたなかなか美味いなあ」
その台詞を聞いて雨子様が苦笑しながら言う。
「それはなあ和香よ、実際に料理が美味くなって居るからなのじゃ」
雨子様のその言葉の意味が分からず和香様がきょとんとしている。
「和香よ、この国の民はお前が想像しているより遙かに勤勉なのじゃぞ」
「なあ雨子ちゃん、勤勉と言うことと料理が美味しいと言うこと、どう関連性があるん?」
「それはの、一つには料理を洗練させてきたと言うこともある。じゃがそれ以外にも、ほれ、目の前のほうれん草のお浸しを食してみるがよい」
和香様は雨子様に言われるがまま、手近にあったほうれん草のお浸しに手を付けた。
「うん、優しいお出汁の味が美味しいね。しかもシャキッとしたほうれん草のほのかな甘み、何とも言えず美味しく出来てるんとちゃう?」
「であろ?じゃがな、かつてのほうれん草は斯様に美味きものでは無かったようじゃ。残念ながら我もその時分のほうれん草を食べた訳では無いので、詳しいことは分からぬ。じゃが色々調べた内容によると、今口にしておるそれに比べて遙かにアクが強く不味い物だったそうじゃ」
「それがどうしてこの味になったん?」
「そこがこやつ等の努力なのじゃ。この国の民草達はあらゆる農作物やその他生産物等多岐に渡って、長い年月を掛けて改良を行い、少しでも良い物へと変化させて来おったのじゃ」
雨子様のその話を聞いた和香様の僕達を見る目つきが変わった。
「なんで君らはそんな大変なことをしとるん?」
和香様の本当に不思議そうなその表情がおかしくて僕は思わず笑い出しそうになってしまった。だが危ういところで押さえ込んで話し始めた。
「雨子様の言い分には少し大げさなところがあって、そうやって色々な物を改良していこうとしたのは、何もこの国の人達だけでは無かったはずです。ただ、この国の人々が果たしたことはより大きかったかも知れません」
「そうなんや」
「他の国の人達がそう言う質のことをどう呼んでいるかは知りませんが、僕が先日聞いて納得した呼びは、職人気質という物でしたね」
「職人気質?」
「はい、意味的には例えどんなに良い物が出来たとしても、まだもっと良い物が出来るのでは無いかという、飽くことなき追及を行う気質とでも言いましょうか?」
「む~~、何となくやけれども分かるような気がするわ。そしてそのことは多分この国のあらゆることに染み込んでるんと違う?」
和香様のその言葉に雨子様がうんうんと頷いている。
「正しくそうであろうな。この国の様々な事物を見るに、そうであるとしか思えぬものが数多くある」
「そうなんや、うん決めた。うちはこれから毎日ちゃんとご飯食べることにする」
大真面目にそう宣言する和香様。だが端から見ているとまるで小学生くらいの偏食児童が、これからちゃんとするもんと宣言しているようでもある。
多分そのことを理解しているのは僕と葉子ねえだけだろう。僕達二人は目を合わせると何とも言えない微妙な表情をしていた。
因みに筆者はつい最近まで三つ葉が食べられませんでした(^^ゞ




