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天露の神  作者: ライトさん
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閑話「ニーの教育」

頭が全く回らないこともあります。

そう言う時って焦りますよね

 小さくて、もにゅっとした何かが、もぞもぞ動いて、時々何やら音を発している。

まだ動きはとても弱々しくて、一人では寝返りも満足出来ないのだから、この先やっていけるのだろうかと、側で見ていても不思議に思ってしまう。


 そんな生き物が転がっているところを覗き込みながら小雨が言う。


「可愛いでしゅ、時々にっこり笑っているんでしゅけれども、あれは本当の笑いとは違うんでしゅ。小雨ぇはあれはきっと笑う練習をしているんだと思うんでしゅよ」


 小雨がそうやって能弁に説明している相手はニーだった。


 その横には葉子もいる。しかし授乳を済ませ、ご機嫌になってそろそろ寝てくれるかなと期待しつつ、ちょっと横になるだけと思っていたつもりが、今はすっかり夢の中にいた。


「本当にこんなに小さな生き物が大きくなって人間になるのだな…」


 見掛け猫であるニーだから、一見何を考えているのかはまったく見えない。

けれども小雨から説明を受け、自分の目で見てその様を十分に知ることが出来ると、人という生き物のことを何とも不思議な物と理解するのだった。


 確かに知識としては人間の発生から成長そして死に至るまで、その全てがニーの中に有る。だが今目の前に有るものは、ニーが知っているもの遙かに凌駕するだけのものを持っていた、こんなに小さいのに。


 ニーは、その小さき生き物を驚かせないように気をつけながら、そっと間近に顔を覗き込んだ。


「何だか甘い香りがするな?」


 ニーは鼻をひくつかせながら、ヒゲをにょろりと動かしつつそう言う。


「それはおっぱいの香りなんでしゅ」


「おっぱい?ああ、母乳のことなのだな」


「そうでしゅね、でも主人しゃまはこの子にあげる時はいつもおっぱいって言ってましゅ」


「ふむ、どうしてそう言うのだろう?」


「何となくだけれども、優しい感じがしませんでしゅか?」


「なるほど、そう言われて見ればなんとかくその方が優しそうな気がするな」


 ニーには正優しい言葉の意味が良く分かっては居ない。けれども、和香にこの体を貰ったことの意味を本当に少しずつなのだけれども、理解し始めているような、そんな気がしていた。


「それでそのおっぱいとやらはどんな味がするのだ?」


 もっとも、そうは聞いた者の今のニーには物を食べることは出来ないので、実際の味についての知見は無い。だが、赤ちゃんが食べるものとしてやはりその答えが気になるものだった。


 だがそう聞いて暫く経つものの、小雨からは何の返事も返ってこない。

どうしたのかと思って振り返ると、小雨が真っ赤になって下を向いていた。


「一体どうしたのだ?」


「おっぱいの味…」


「そうだ、それがどんなものなのか知りたいと思ったのだ」


 すると下を向いていた小雨は、ゆっくりと顔を上げながら恥ずかしそうに言う。


「ニー、一つ約束できるでしゅか?」


「約束か?それは必要なことなのか?」


「必要でしゅ、絶対に必要なことなんでしゅ」


「分かった、もしその約束を破った時にはどうすれば良い?」


「その時は小雨ぇはニーの友達じゃ無くなるだけでしゅ」


 それを聞いたニーは暫し固まった。


「それは困る、私はまだ現実の世界を感じることに慣れていないのだ。そしてその私にとって、既に色々な面で完成された大人の人間達に話を聞くより、小雨のように未完な部分が多い者から話を聞く方が、より有用なのだ」


「何だか面倒臭いこと言ってましゅが、それって友達なのでしゅか?」


「わ、私はそう思っているのだが?」


「まあ良いでしゅ、そういうことにしておいて上げるでしゅ」


 そう言うと小雨は小さな体で大きなため息をついた。


「とにかく内緒、内緒の約束でしゅよ?」


「分かった、約束する」


 無事二人の間で約束が取り交わされたのだが、それで直ぐに説明が為されたかというと、どうもそうは簡単では無かったらしい。


 見ると小雨は、下を向きながらもじもじし、手をこまねいている。


「どうした?私は言われた通りに約束したぞ?」


「んんー、分かったでしゅ…」


 そういうと小雨はニーの耳元に口を寄せ、声を小さく小さくして話し始めた。


「小雨ぇもですね、赤ちゃんがうまうま食べてるおっぱいの味がどんなものか知りたかったのでしゅ。だから主人しゃまに聞いたんでしゅ」


「うむ、そうしたらどう言われたのだ?」


「ソシタラデシュネ」


「何だと?声が小さすぎて聞き取れないぞ?」


 ニーにそう言われた小雨は、仕方なく意を決して声を大きくした。


「ご、主人しゃまが…その…飲んでみるかって言ってくれたんでしゅ…」


「それで飲んだのか?」


「はいでしゅ」


「味は?」


「ほのかに甘かったでしゅ」


「なるほどそうだったのか、ほのかに甘いのか。しかしそれだけのことなら何も約束など大仰にしなくても普通に言えば良いでは無いか?」


「違う違う違うんでしゅ」


「何が違うというのか?」


「主人しゃまは小雨ぇを抱っこして、その、直接おっぱいを飲ませてくれたんでしゅ」


 そう言うと小雨は顔を両手の平で覆いながら真っ赤になった。そして嫌々しながら羞恥心で消え入りそうになっていった。


「なるほど、葉子は小雨をそこの赤ちゃんと同じ扱いにしておっぱいを飲ませてくれたのだな?」


 そんな風に事もなげに小雨の羞恥心を追撃するニー、小雨はそんなニーのことを信じられないと言った目で見ていた。


「ニーは、ニーは、恥ずかしくないんでしゅか?」


 小雨は余りに泰然としているニーの様子に、ほとんどあきれ果てていた。


「何故恥ずかしがらなくてはならないのだ?そもそも恥ずかしいとは何なのだ?」


「何って…」


 等と、途中からはもう小雨にも説明のしようが無いことになってきて、あーでも無いこーでも無いと不毛な会話が続くのだった。


 そうこうするうちに葉子が目を覚まし、赤ちゃんの世話をしたり、家事の手伝いをしている内に祐二達が帰ってきた。


 祐二達、特に雨子様なのだが、しっかりと手を洗うと直ぐにでも美代のところにやってくる。


 丁度また授乳の時間になったのだが、葉子の授乳させる様を、雨子様は目を細くしながら幸せそうに見つめている。


 そしてその横で雨子様と同じように赤ちゃんと、その授乳の様子をじっと見ているニー。

その様は正に真剣そのものと言って良いだろう。


「ニーよ、どう感じて居る?我は神々しいほど美しい光景じゃと思うて居るが」


「赤子が食事をしている様が美しいのか?」


「うむ、美しい、一つの命がその命を削ってもう一つの命を育んで居るのじゃ。これを美しいと言わずしてなんと言う?」


その言葉を聞いた小雨がこてんと首を傾げて聞く。


「雨子しゃま、命を削るとはどう言うことなのでごじゃいましゅか?」


「葉子が美代に飲ませて居る乳はの、葉子の血液が転じた物なのじゃ。故に葉子は自らの命を削って赤子に与えて居ると言っても過言では無いじゃろう…」


「そうなのでございましゅでしゅね」


小雨は感心したように頷くと、彼女もまた真剣に授乳しているところを見た。


「あの~、さすがにそんな見見ていられると恥ずかしいのですけど?」


葉子がぼやく。


「まあそれは確かにの、葉子よ済まぬことをした」


 雨子様は謝りながら少し体の位置をずらし、直接には目に入らぬようにした。

そこでまたニーが問う。


「恥ずかしいとは一体何なのだ?」


「うわぁ~」


突然騒ぐ小雨。


「どうしたのじゃ小雨」と雨子様


「小雨ぇは今日はずっとニーに恥ずかしいについて教えていたのでしゅ。でもニーはちっともわかんなくて小雨ぇは匙を投げたのでしゅ」


「そうか、それは難儀なことであったな小雨」


苦笑しながら雨子様はそう言う。


「まあ、そういうことがあるが故に和香はそなたに体を与えたのじゃ」


「良く分からないのだが?」


ニーには雨子様の言っていることが丸で分からないようだ。


「むぅ、ニーよ、そなたは人と関わっていくことを決めておるであろ?」


「まさしくその通りだ」


「ならば人が何を考え、どのように動くかと言うことについても知りたいのでは無いか?」


「うむ」


「で有れば人は今そなたが分からなくて困って居る、感覚的なこともまた理解出来るようにしなくては、ちゃんと人を理解することは適わぬのじゃ」


「そうなのか?」


「何故なら人は論理的に物を考えることもするのじゃが、最後の最後にはその論理に出来ぬ部分の感覚もしくは感情によって物事を決めることが多々あるのじゃ」


「なかなかに理解するのが難しいことなのだな?」


「うむ、正にそなたの言う通りじゃ、難しい。何故ならそれは論理のよって定義づけされ、定量出来る何かでは無いからなのじゃ。なので経験則で身につけていかなくてはならない物と思われる」


「その為にこの体にて様々なことを経験して行けと言われるのだな?」


「その通りじゃな」


「分かった、今少しそのことについて考えてみる」


 そう言うとニーは彫像のようになって黙りこくってしまった。


「終わったの?雨子さん?随分と難しいことを話していたみたいだけれど?」


 そういうのは葉子だった。彼女の方は乳を飲ませ終わったらしい。


「むう、乳をやり終えたのじゃな?」


「ええ、たっぷり飲んでくれたわ、これでまた暫く大人しくなってくれると思う」


「ならばこちらに渡すが良い、我がげっぷをさせ、その後寝付かせようぞ」


「あら手伝ってくれるの?それはとても助かるは雨子さん」


そう言う葉子はとても嬉しそうだった。


「うむ、こちらに来るのじゃ美代…よしよし」


そう言うと雨子様は赤ちゃんと胸を合わせるようにし、優しくそっとその背を叩いた。


「ケフッ」


「おお、上手に出来たの」


この時の雨子様の表情ったら、砂糖でもわき出してきそうだった。


 げっぷを出し終えたところで抱き方を変え、胸元にそっと抱える。


「よい子じゃよい子じゃ、よう寝て早う大きくなれ、じゃがゆっくりの…」


それを聞いた小雨が聞く。


「雨子しゃま、早く大きくなるのかゆっくり大きくなるのかどっちなのでしゅか?」


それを聞いた雨子様はくくくと笑った。


「どちらもおそらく同じく親の思いぞ。育てて居る時には早く育てと思い、育ってからはもっとゆっくり育てば良かったのにと思う。不思議な物よの」


 その後雨子様はゆっくりと美代の体を揺すりながら、静かに子守歌を歌い、眠りにつくのを見守るのだった。




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