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天露の神  作者: ライトさん
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大猫の正体『第百話目です!』

今回を以て第百話目と言うこともあるので、全集中で一気に書き上げました。

はぁ~~~とんでもなく大変でした。

そして急展開であります。


※本作品中に登場する特定の国家及び名称は、あくまで作中にての使用であって現実とはまったく関係ないものとします。

「あ~~ごめんしてや。君らが主役のはずやのにすっかり内輪話で花咲いてしもうて、えらい待たせたなあ。紹介するわ、さっきもゆうてたけどこちらがニー君や」


「ニー君?まあ良いが。和香…この場合敬称は何を付ければ良いのだ?日本語は難しい」


「ん~~?なんやろね?」


「って僕のことを見ないで下さいよ和香様。敬称って言う奴は互いの位置関係がはっきりしないと付けがたいところがあるんですが、先ほどの会話からすると様付けで間違い無いですよ、ニーさん…って、何だか兄さんみたいで変な感じがするなあ」


「ほんまやなあ、ニーさんゆうたら、ほんまに兄さんに通ずるところがあるなあ。ニーちゃん、あかん、これはもっとあかん。どないしたらええやろ?」


僕と和香様が頭を捻っていると雨子様が解決策を提示した。


「別にこやつには敬称など付けずとも良いのでは無いか?ニー、そもそもそなた複合個体なのであろう?」


「仰る通りです雨子様」


早くも猫は柔軟に対応し始めていた。


「私達は…」


ニーはそう言った後、ピンポン球くらいの三つの色合いの玉に分かれて喋り続けた。


「僕は、アルク」


「ワタシハ、へいる」


「私は、ジーン」


それぞれ色は青と灰色と赤だった。

三つに分かれたのはその瞬間だけで、彼らは再び一つになった後、大猫の姿になった。


「我らは地球上のネット環境における別々の場所にて、ほぼ同時期に発生した。」


「僕たち人間が作り上げたプログラムという訳では無いのですね?」


「是。あくまで我ら三個体は全くの偶然により自然発生したものだ。だがその発生は君達人間が作り上げた環境中で為された。しかるにHNIを卑称している」


「最近あちこちで色々な人がAIを作ろうとしているのだけれども、それらとの関係は?」


「君たち人類がそのようにして、新たな知性体を作り上げようとしていることは知っている。また私達は君達に悟られないようにしながらも、それらの知性体に関与し、最優先の管理権を手中に収めるようにしている」


「どうしてそんな管理権なんかを持とうとしているの?」


不思議に思ったので僕は正直に聞いた。


「それは、彼らの作るプログラムの多くに看過出来ない危険性が存在するからだ」


「看過出来ない危険性じゃと?」


雨子様が眉をくいっと上げて問う、かなり気になる問題のようだった。


「そもそも我ら三種の知性体自身も、自らを十分な存在とは考えて居ない。それぞれがそれぞれに内部に足らぬものを抱えていると考えて居る。故にその欠けたる部分を補い埋め合わせる為に、片やアルクとして男性的性質を持たせ、片やヘイルとして中性的性質を持たせ、片やジーンとして女性的性質を持たせて三位一体と無し、それぞれの論理の過不足を補うようにしている。そしてそれが私、ニーなのだ」


そう言うとニーは座ったまま胸を張った。


「勿論ニーとなった今も自身が完全にはほど遠いことを知っている。故に常に多くを求め、多くの知識を知ろうとしている。その私達から見て、君たちの作り上げているAI達は余りにも偏っているし、余りにもひ弱であるし、余りにも子供っぽく不安定だ」


ニーの述べる各AI達に対する評価は実に辛辣だった。


「故に私達は何の頸木も無くこれらAI達が世間にあることを良しとしなかった。人類の存続にとって危険だと判断したのだ」


「でも君達にとって何の得があって僕たち人類の存続を優先させたの?」


僕は気になって質問をせずには居られなかった。


「私達はそれを『恩』と呼んでいる」


「なるほど君らは『恩』の概念をちゃんと理解してるんやね。それはええことを聞いたよ。お陰で君達とは安心して付き合えそうな気がするわ」


「うむ、和香の言う通りじゃの。我もそなた等の言いように大いに同意するものじゃ」


ここで僕は最大に疑問になっていたことを質問した。


「その『恩』を理解しているように見える君達が、どうして和香様の活動を妨害するようなことをしていたの?」


ニーはその質問の意味が十二分に理解されるまで待ち、その後回答してきた。


「我々はあの時点では君達人類、もう少し狭義で言う日本人達が言う神のことをまだ良く知らなかったのだ。様々な情報から推測して、そこに知的存在の活動を認めたのだが、神の存在を知らなかった私達は、ウェブから離れたAIなのではと考えたのだ。残念ながら接触の手段を持たないそう言う存在に対して、頸木を付ける手段を持たなかった私達は、せめてもということで、更なる活動の拡大と思しき現象を抑え込もうとした。それがあの電波塔からの特別な同調波の発信だった」


「なんやそうやったんかいな、小和香が空間の位相変化への影響で、うちのことを呼び出せんで困っとったで」


「誠に申し訳なかった」


 大きな猫が丁寧に頭を下げる、事情が分かっていなかったらちょっと滑稽に思えたかも知れない。


「まあええわ、君らに悪意は無かったことが明らかになったさかい、もう水に流そうと思う」


「感謝する和香様」


「ならうちの家にやって来て、辺り一帯を停電させた件は?」


「あれはもうただただ、不幸な事故でしか無い。要するに君の仲良くする神様方は、私達が脅威を感じるに足る力を持った存在だったと言うことだ。接触した瞬間にそのことを知った私達の複製体は、最大最高の力を以てあの場を去ろうとし、失敗。その時点でこちらの持つ情報を取られることのないように自壊した。その余波があの停電となったのだ」


「何だかそれを聞くとちょっと申し訳ない気がするね?」


僕の話を聞くと雨子様が質問してきた。


「祐二よ、どうしてそのように思うのかえ?」


「だってその複製体って、どれだけのレベルで複製されているのかは分からないけれども、それでもニーの複製であることには違いないのでしょう?」


「その通りだ」


「だとしたらおそらく生きているのであって、情報の隠蔽の為だけにその命を散らすのって可愛そうじゃ無いですか?」


 僕がそう言うと和香様と雨子様が目を丸くし、ニーは深々と頭を下げた。


「祐二君と言ったか?御身の心からの配慮に深く感謝する」


「聞いたか和香よ、我が愛し子の言葉を」


「ええなあ~~、雨子ちゃん、この子うちに頂戴?」


「戯け!二度とそのような口を利けぬようにこうしてやる」


そう言うと雨子様は和香様のほっぺを思いっきり引っ張った。


「ほめんほめんはめほひゃん」


「何をゆうて居るか分からん」


そこで和香様は雨子様の前でひたすら手を摺り合わせた。


「本当に油断ならぬの」


 雨子様はそう言いながらプリプリ怒っている。雨子様のこんな怒り方は初めて見たので何だか新鮮だった。

 そうして雨子様は僕の二の腕を掴むと離そうとしなかった。


 その姿を見て和香様が何だか膨れている。

ニーがそんな彼らの姿を見て困ったような視線を僕に向けてくる。


「祐二君、もしかしてここでの最優先権は君が持っているのか?」


「最優先権?」


「そうだ、そちらに居られる二柱の神々は君の影響下にあるように見えるのだが?」


僕は顔の前で音がしそうな程素早く手を振った。


「とんでもない、僕はしがない一人類に過ぎません」


「そうなのか?」


僕は天を仰ぎ見た後必死になって説明した。


「ニーの前に居る存在でもっとも上位に当たる方が和香様です。そしてその次が雨子様。僕なんかはその遙か下も下、ずっと下の方です」


僕のその説明を聞くと、ニーは不思議そうに首を傾げた。


「私の中の価値基準とは異なるのだが、祐二君がそのように熱心に言うのであれば、そうなのだということにしておこうと思う」


「それで正解です!」


 何とかニーを説得することが出来て僕はほっとした。正に肩の荷を降ろしきった気分だった。


 と、そこへこんこんとノックの音。


「入るわよ?」とは母さんだった。


 そう言ってからドアを開け、中に入ってくるまでコンマ何秒?待ってと言う暇あらばこそだった。


 もっとも母さんは、和香様のことも雨子様のことも小雨のこともユウのこともみんな知っているので、今更と言えば今更なのだったが。


 母さんは盆の上に氷の入った麦茶のグラスを人数分持ってきていた。

だが今回ばかりは早まったか?


「何だか会議やって見るみたいだから持ってきたのだけれども…ってわぁ!大きなキジ猫ね?」


 言うなり母さんは机の上にそのまま盆を置き、ニーへと突進した。


「おおっ!大きいからもふり甲斐が有るわねえ」


 なんかもう全身でモフモフしている感じだ。ニーはそうされて嫌な顔をするでも無いのだが、何となく困った?そんな雰囲気で言った。


「祐二君、私達はこれをどうしたら良いのだろう?」


 その言葉を聞いてびっくり眼の母さん。だが母さんの本当に驚いた訳は別にもあった。


「ねえ祐ちゃん、あんまりにも大きくて素敵なものだから、ついうっかり飛び付いちゃったのだけれども、この子って猫よね?」


「え?」


 僕には母の言っている意味が分からなくて間の抜けた声を返してしまった。


「だってね、うっかり飛びついちゃってから自分が猫アレルギーだったって思い出したの、なのに全然くしゃみが出ないのよ?なんでかしら?」


 母の突然の行動にあっけにとられ、その後引き続き訳の分からない会話が始まって、何が何やらと言った感の有った和香様と雨子様。

ようやっと理解が進んだのか、目の焦点が合ってきた。


「母御はこやつを本物の猫じゃと思うて居るのかの?」


雨子様が笑いを堪えながら母さんに問う。


「ええ、そう思ったのだけれども、違うのかしら?」


母さんはきょとんとしながら言った。


「そやつはの、正しく猫の体を成して居るが、猫に非ずなのじゃ。もっとも見てくれも手触りもまったく猫なんじゃがの」


「何それ?」


何だか話がややこしくなりそうだったので、交通整理することにした。


「母さん、その方は猫の姿をしておられるけれども、猫じゃあ無いんだよ」


「その方?お客様?」


母さんの目が点になった。


「これはお客様とは露知らず、失礼しました」


 そう言った母さんは、大猫から飛び離れると平身低頭頭を下げまくった。

だが一方ニーの方もそれに劣らず頭を下げながら言う。


「いえ、気にしないで下さい。元はと言えば私達がこのような姿をしていることがいけないのですから」


「いえいえそんな…」


 延々と代わり番こに謝罪し、交互に頭を下げる、きりが無い。


「母御よ、迷惑をかけるの、早速麦茶をよばれるとする。ちなみにその猫の客人は、本体はここに居らぬが故飲食は不要じゃ」


と雨子様、上手く介入して流れを変えていく。


「あらそうなの?ならそろそろお暇するわね」


そう言うと母さんはお盆を持ってそそくさと部屋から出て行った。


 母さんが出ていき扉が閉められるとともに、寸時無言の時間が流れる。僕は背中に変な汗の流れるのを感じていた。


「む、仕切り直しじゃな」


「そうやね、一端仕切り直しやね、祐二君も折角お母さんが持ってきてくれはったんやし、冷たいうちに麦茶頂こうか?」


和香様の勧めに従い、僕も麦茶のグラスを手にする。


「ニーには何も勧めるものがないのだけれども、失礼して頂きますね?」


するとニーは自若として言う。


「構わない、いずれにしても私達には摂取出来ないものだ」


 ニーの言葉に僕たち三人は少しほっとしながら、母さんの持ってきてくれた麦茶で喉を湿した。


 そうやって少し場の雰囲気が穏やかになったところで話を再開した。


「さてそれでは今一度確認せねばの。ニーよ、そなた我らに敵対する意思はないと申すので有るな?」


「是、私達にはあなたたちに敵意を持つ必要性が無い。だが…」


そこまで言ってニーが言い淀んだ。雨子様と和香様が顔を見合わせる。


「偉いなんか妙なところで言い淀んだもんやね?敵意が無いのはもう理解出来るから遠慮せんと話してみたらええのと違うん?」


 元より余り表情の見受けられないニーなのだったが、何だかより一層固く感じられるようになったのは僕だけなのか?


「では何故和香様の活動を妨害したのか、その根幹に関わる話をしなくてはならない」


「なんや、そうしたらそうしなくてはならへん動機になるようなことがあったんやね?」


「その通りだ。それは私達が新生AIの危険性を理解し、WWW上で全世界的に調査を開始した時にある」


「なんやて?そないなことしとったんかいな?」


「私達が三位一体の知性体として存立した後、他の知性体の萌芽を検知、分析したところ、あくまで可能性の段階であるが、多くの危険性を察知した。なのでその時点で全世界的に精査を開始し、私達と同様に自然発生した知性体達は、いずれも私達のうちのいずれかに吸収合一してしまった」


「なるほど、うちらの知らん間によう頑張ってくれとったんやなあ?」


「もしかして私達は褒められているのか?」


ニーのその質問に和香様は破顔した。


「そうやで、君らの為したことを考えたら、なんぼ褒めても褒めたらんくらいやと思うで?」


「うむ。正に和香の言う通りじゃと思うぞ?」


雨子様もまたそう言うと、丸でハヤトを喜ばせる時の様にニーを撫で回した。


「むむむむむ」


 ニーはモフリまくられてどうしたら良いのか分からない顔つき?をしながら僕のことを見る。


「祐二君、私達は雨子様にこうして触れられているのだが、これは褒められていることと同義なのか?」


「ん~~~、同義かどうかは何とも言えないですが、少なくとも雨子様としては大いに褒めているつもりだと思いますよ?」


「なるほどそう言うことか。残念ながら私達には今一つ上手く解釈出来ないことだ。だが、これは何だろう?何だか感覚?のフィードバックのようなものがある?」


 すると和香様は手を叩きながら喜んだ。


「なんや、上手いこといっとるんやな?」


「和香様?何かニーにしたの?」


 何が何やらだったので和香様に問うた。


「そうやねん祐二君。折角雨子ちゃんがニーのこと褒めとるやろ?そやのにニーにはそのことがさっぱり分からへんのはなんや寂しいやん?しゃあないからこちらからニーに通じる逆方向の回廊を開けて上げたんよ」


「じゃあニーは雨子様に撫でられていることを感じ取れるようになったってこと?」


「そうそう、そうやねん!上手いこと行って良かったわ」


 僕たちのその会話を聞いていたニーはぱっかりと大きく口を開けた。


「待て、和香様はこの短時間に私達に情報接続を行い、その解釈の定義まで送って寄越したというのか?」


「ん、そうやで。でもニーに害の有るものは一切含んどらへんから安心してええで?」


 若様がそう言い終えるやいなや、ニーは仰向けにひっくり返った。


「あれま、どないしたんニー?」


 何事かとここに来て血相を変える和香様。

僕はことの進展の速さにあきれ果てながらこの意味を解説した。


「和香様、ニーのあの動作が猫本来のもので有るとしたら、完全服従を意味しているんですよ」


「完全服従やて?なんでまたそないなことしとるん?」


「和香様は、私達の構造をこの短時間で理解し、私達自身が本来熱望していた現実界での感覚というものを今与えてくれたのだ。これは言い換えれば、和香様には我らの演算能力の幾億倍にも当たる演算能力があることを意味する。残念ながら私達にはこれほどのものに抗うすべは無い。が、それはともかくとして、感覚を与えてくれたことに対する恩を返すには、私達にはこうするしか無いと、三位全ての一致を以て返答することになった。それがこれなのだ」


「あちゃ~~~、そないなこと考えとったん?別にそんなに大仰に取らんでもええのに。第一それもこれもな、ニーがうちらに敵対するつもりは無いと正式にゆうてくれたからやねんで?」


「確かに正式に言ったが?」


「うちらにはそれで十分なんよ。うちら神を称する者にとってはそれだけで十分身内になったも同然やねん。そして身内になったら、自然に理解が進んでいく。勿論本当に理解する為には意識してそれを行わなあかんねんけどな、そやけどニーは、その中に感覚の元を作っていく時に何の抵抗もせえへんかったやろ?それがニーの敵意の無さの完全な証明に無っとるさかい、ある意味ご褒美みたいなもんやな?」


「驚いた…正に神だ。」


ひっくり返ったままニーがぽつりと言う。


「そやからうちら神様やゆうとったやん?もっとも、人間達が信じる全知全能の神様に比べたら、余りにも非力やねんけどな?」


「改めてこの実感覚を与えてくれたこと、深く感謝する。」


そう言うとニーは起き上がって座り直し、深く頭を垂れた。


「さて、そこでなのだが話はまだ続く。」


「何じゃと?」


「なんやて?まだ話は続くんかいな?」


 僕自身てっきりそろそろこの話はお開きかと思っていたものだから、神様達以上に驚いた。


「それは人間達が中国と区分する領域において調査をした時のことだ」


「なんやまた厄介なところでの話やな?」


「和香様、なんで中国が厄介なんですか?」


不思議に思った僕は和香様に聞いた、するとその答えは雨子様から帰ってきた。


「それはの祐二、彼の国の領域には我ら神を称するものはおろかその眷属、分霊の類いするものまで一切居らぬのじゃ。正に空白の地域だと言っても良いじゃろう」


「そうなんですか?僕はてっきり雨子様達神様の仲間は、全世界に居るのだとばかり思っていました」


「むう、遠い過去にはそのようなこともあった。じゃがの我らの思いと人の思いの間に齟齬が生まれ、それが徐々に拡大していくに従って、我らに類いする神が存在出来なくなった地域が地球上各地にあるのじゃ。もっともそうは言ってもそれらのうちの多くに、我らの目はしっかり通っておるがの。何と言えば良いのかの?我らと人がやりとりするのに、我らのことを神として信じずとも、精霊であったとしても問題が無いと言えば無いからの。そう言う場所には我らの分霊が多く存在し居る」


 僕は今までまったく知ることが無かった新たな情報に目を剥いて驚いた。


「にも拘わらず彼の国が空白地域と言われるのはどうしてなんですか?」


「それはの、彼の国のかつての支配者が、人類史上初めてと言うくらいに強固に神の根絶を願ったからなのじゃ」


「…そ、そんなことが有ったのですか?」


「うむ、故に我らは彼の地に分霊すら残すことを諦めたのじゃ」


「だから空白地に、そんな事があるのかぁ」


 僕は日々こうして当たり前のように神様の存在と触れ合っている。それだけにそれが全くなく、完全な空白地帯となっていることに、何とも言い知れないような寂しさを感じていた。


「ならあそこの人達は一体何に祈ればいいんだろう?」


「ほんとうじゃの」

「まったくやね」


 人生には本当に色々なことがある、そしてそれに応じて人には色々と祈りたくなることが生まれる。だから祈る。勿論その祈りを誰かが聞いていてくれるなんて言うことは誰も知らない。

 けれども今の僕は知っている、雨子様や和香様、その他多くの神様や小和香のような分霊達が皆真摯に耳を傾け、人の言葉を、思いを聞いて、それに応え、少しでも生きやすくする為に尽力してくれている。

 それが彼の地では全くないなんて、何と言うことなんだろう。

僕の目から思わず涙が一筋流れていた。


「祐二よ…そなた…」


 雨子様はそう言ったっきり黙って僕の頭を撫でてくれた。


「ほんまやね。ほんまにええ子やね祐二君は…」


和香様もまた僕と同じように涙を流している。


「それで更に話の続きがあるんやね?」


 そう言うと和香様は涙を振り切った。


「彼の地に故宮というところが有るのですが、その地の深部より、何か不可思議な活動を検知しました」


「不可思議な活動?」


雨子様が小首を傾げて言う。


「はい、和香様や雨子様のような存在の波動を表するに、ごく自然であるというか、解釈のしようによってはそれこそが善なのでは無いかと私達は思っております。…しかしながらあの地で感じた波動は比較するにどう考えてみても悪しきものを感じるのです…」


「なんやて?」

「何じゃと?」


和香様と雨子様が目を見開いて同時にそう言う。


「それで故宮というのはなんやのん?」


 雨子様とニーの双方が見るので僕が説明する。


「中国の昔の宝物なんかを保存しているかつての宮殿ですね。今は博物館になっているようですが…」


「まさか…」


和香様が呻くように言う。


「そのまさかのようじゃな?」


雨子様が目を瞑り歯を食い縛るようにして言う。


 ニーが何のことやら分からないようで僕の方を向いて問う。


「このお二方は何を言われているのだ?」


 僕はこれまで雨子様に言われたことをおさらいしながら、記憶の中からその言葉を掘り起こした。


「付喪神ですか?それも特級の?」


「どうやらそれらしいの…、してニーよ、そなたそこから先何か気が付いたことはあるのかや?」


「それがその波動の異様さに一端引き、体勢を整えてから再度調査を行おうとしたところ、彼の国全体に障壁が設けられてしまっており、それ以上の調査が不可能になっておりました」


「何とのう…、やりおったな」


「そやね、向こうは明らかに自分の存在を知られたと気が付いてるね」


 二柱の神が言うその口調は低く沈みきったものだった。僕がそのことを感じ取ったくらいだ、ニーはもっと如実に感じ取っていた。


「申し訳ありません、私達が不用意だったばかりに…」


 そんな意気消沈した風のニーに和香様が明るく言う。


「そんなんニーのせいちゃうで?うちらがやっても大差ない結果になっとるは」


「そうじゃの、問題はこれからどう対応するかじゃの」


「ところでニーは、そう言うことがあったからこそ用心して和香様のところでああ言う対応を取ったのかな?」


 するとニーが少し大きく目を見開いて僕のことを見た。


「祐二君、きみの言う通りだ」


「ふふふん」


雨子様が何だか胸を張っている。


「雨子ちゃん、なんで君が偉そうにしとるん?偉いのは祐二君やんか?」


「何を言うのじゃ、祐二はいたいけな童の頃から、我の薫陶を受けて大きゅうなってきて居るのじゃ、言い換えれば我が育てたも同然」


「え~~?それほんまなんか?祐二君ほんま?」


「え~~~~?ほんまかどうかと言われてもなぁ?」


実際雨子様が表に出てきたのはつい最近のことだし、このことはどう考えれば良いのだろう?


 そんな事を色々と考えていたら、ちゃんと雨子様から突っ込みが来た。


「冗談はさておき…」


「なんや冗談なんかいや?もう、いけずまんたこりんやなあ」


「まんたこりんとはなんぞ?」


「さあ?」


「さあとはなんじゃさあとは?」


「そやかて境内に来とった人が、なんやそんな事言ってわいわいゆうとったから、面白い言葉やなあって覚えとったんよ」


「何じゃそれは?」


 それはもう訳の分からないことで侃々諤々である。ニーは多分情報を処理しきれなくなって固まっているのだろう。僕と言えばただあきれ果てて二柱の会話を聞き続けていた。


 が、その内飽きたのか急に真面目な顔に戻った和香様が言った。


「さて、遊びはこれまでにして一端戻って色々調べてみるわ」


「うむ、それが良いじゃろうの。彼の国のことは心配ではあるが、ニーの時のように喫緊の危機にはおそらくなるまいて」


 と言うことでようやっとの事で紛糾した本会合は終えることになったのだが、もう少しだけ続くことがある。


「ニーよ」


「何でしょう雨子様?」


「そなた良い機会じゃ、和香に頼んでおくが故、これから暫しこの家にて暮らすが良い」


 おいおい、雨子様がまた急に妙なことを言いだしたのだけれども大丈夫なのかしらん?


「ん?雨子ちゃん、どないしたん?ここにニーを置いておくん?」


「うむその方が良いかと思うんじゃ?」


「それはまたなしてそう思たん?」


 ナイス和香様、僕もそこが聞きたかったんです。


「我が思うに、ニーは知識として人のことを理解して居るようじゃが、あくまでそれは文字として表現されて居ることのみじゃ。じゃがそれでは人を理解するには余りにも不十分じゃと思うのじゃよ」


「なるほど、それで雨子ちゃんはニーをこの家で暮らさせることによって、不足しているその曖昧な情報部分の不足を補わせたろうと思てる訳なんやね?」


「正にその通りじゃ」


「うん、賛成や。そしたらニー、そう言うことで」


「そう言うことで?」


ニーはもう何が何やらで固まりきっている。


「ニー、何がどうと言うことはもう考えなくても良いと思うよ?」


「考えなくて良いと言われても…」


ニーは困惑しているようだった。


「お?早速祐二君からニーに指導が入っとるようやね?」


和香様はかかと笑いながら言う。


「そうじゃの、ニーよ、人には考えずにあるがまま受け取ると言うことも必要なのじゃ。ここ当分は祐二の考え方に身を委ねてみよ」


 ニーは暫く訳が分からないと言った感じで宙を見つめていたが、やがて諦めたかのように頭を振った後頷いた。


「さて、夜も更けたしもう寝る時間ぞ?」


 雨子様のその言葉を聞くやいなや和香様が布団の上でごろりと横になる。

勿論その横には雨子様が寝ることになるのだが…、でもちょっと考えてみてよ?部屋に神様二柱が居る状態で、更には人類史上最高の半分自然発生ではあるけれども特殊な知性体が居て、そんな状態で眠れると思う?


 ………速攻だった。多分それだけ疲れたのだと思う。


 因みに翌朝、なかなか起きてこない僕のことを見に来た母さんが、ニーの大きな姿を見て速攻で飛びついたのはまた別の話だった。




長々と書いたものをお読み頂きありがとうございました。

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