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天露の神  作者: ライトさん
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同衾

神様で有るが故に人の生活のことについて無知?な雨子様。祐二くんはハラハラしっぱなしになっていきます。

 一体何を母と相談してくるのかは分からない。しかし事ここに至っては何があっても驚かない自信があった。いや、その自信があったつもりだった。

 だが物の十分も経たない内にその自信は物の見事に打ち破られることとなった。


「祐ちゃん、入るわよ」


そう言いながら母が部屋に入ってきた。見ると腕に布団を抱えている。


「なにそれ?誰の布団?」


すると母は実に事も無げに言ってのけた。


「ああ、これは雨子様のお布団よ」


「へ?雨子様ここに寝るの?」


僕は耳を疑った。


「そうよ、それともあなたが葉子ちゃんの部屋に行って寝る?それでも良いわよ」


僕は狐に摘まれたような顔をしながら聞いた。


「ちょっと待って、それって雨子様がここで寝て、僕が葉子ねえの所に行って寝るって言うこと?」


母はほんの少しだけ首を傾げて答えた。


「それは少し違うわね。もしあなたが葉子ちゃんの所に行って寝るのだったら、雨子様に葉子ちゃんのベッドを使って頂いて、あなたがお布団で寝るのよ」


「へ?」


僕はまたも間の抜けた素っ頓狂な声を上げてしまった。


「ねえ、もしかして何がどうあっても僕と雨子様は一緒の部屋で寝なくてはならないの?」


母はにこにこしながら言った。


「ええそうよ、だって雨子様が仰るにはそうすることが必要だって言うことなんだもの、神様が仰ることには従わないといけないでしょう?」


「でも待ってよ、雨子様は女の子だよ」


今度は母がきょとんとしている。


「そうよ、何を当たり前のこと言っているの?」


僕は自分のことを指さしながら言った。


「僕は男だよね?」


「当たり前じゃないの、何言っているのかしらこの子は?」


そう言うと母は大笑いを始めた。でも僕は笑うどころではなかった。


「あ、あの、僕は男で雨子様は女の子で、心配じゃないの?」


すると母は涙に濡れた目を拭いながら言った。


「あなたは私が心配しなくてはならない息子なのかしら?」


 いやしかしいくら何でも普通は心配するだろう?相手は神様とは言えとびっきりに可愛らしい女の子なんだし、片や僕だって一端にそう言うことに好奇心旺盛な男の子なんだから。


 だが母はそんな僕の思いを全く意には介していないらしい。せっせと次から次へと寝具を運び込んでくる。

 どうやら僕には何をしても母の行動を止める術はないらしい。


「…で、雨子様は今何をしているの?」


最後に綺麗にシーツのしわを伸ばしていていた母はふと手を止めながら言った。


「そうね…今頃はお風呂に入っている所じゃないからしら?寝る前に出来たら湯浴みなるものをしてみたいと仰っておられたから」


 実は間髪置かずにそれが真実であることが証明された。ガチャリと開けられた扉の向こうから、体中びしょ濡れの雨子様が生まれたままの姿で入ってきたのだ。


「母殿…」


部屋に入ってくるなり、雨子様は僕のことなど全く無視して母に話しかけた。


「言われたとおりにカランを捻ったのじゃが、シャワーとやらからは冷たい水しか出てこぬぞ。まあ、水でもかまわぬと言えばかまわぬが、今のこの身には少し堪えるかもしれん」


 さて僕はと言うと、口をぽかんと開けたまま固まったようになっていた。端から見てどのように馬鹿げた有様かと思うと思い出すのも嫌な状態だった。


「あらあら雨子様、そんなにびしょ濡れのまま…風邪を引いてしまいますよ」


 母はそう言いながら雨子様を連れておそらく風呂場へと向かったのだろう。僕は驚いて息をのんだ後、多分しばらくの間呼吸が止まったままだったのだと思う。ふいに息苦しくなったのを感じた僕は唐突に呼吸を再開した。


「ぷはぁ」


 全くこの先どれほどのことがあるか思いやられる。果たしてこんな調子で生活を共に出来るのだろうか?


 ともかく僕は決心した。この先少しでも早く雨子様には普通の生活に慣れて頂かなくてはならないと。でなければ一体何が起こるか想像も出来ない。

 あれやこれやと考える内に時間はどんどん過ぎていく。そうこうするうちに聞こえてくるんだ、ほら、ひたひたと階段を上がってくる音が。


 ガチャリと再びドアノブが回り扉が開く。そこにはご機嫌な様子の雨子様の姿。


「ふぅむ、湯浴みとは良いものじゃな。こんな事ならもっと人型になっておくべきじゃった」


 雨子様は葉子ねえの残していったスエットを着てご満悦だった。そして布団を目にすると嬉しそうに目を細めながらその端に座り、ポンポンと枕をたたいた。


「むぅ、ここで寝ればよいのじゃな?」


それは僕に対する質問と言うよりも、自分自身への確認みたいな物だった。


 ラフなスエットのおかげでさほどは目立たないけれども、雨子様は雨子様なりに女の子らしい体型をしている。


 これからずっと寝起きまでともにしていくのかと思うと、思わずため息が出てしまった。この先一体どうなるのだろう?しかし今考えてみても何とも答えを得ることが出来ないこともある。取り越し苦労は猫をも殺す、僕は首を振り振り考えるのをやめた。


「ところで雨子様」


僕はふと思ったことが気になって口を開いた。


「雨子様たち神様も人のような睡眠が必要なのですか?」


雨子様はごく当たり前の人間の様にハフとあくびをしながら答えた。


「そうじゃな、神本来の姿をしている時には人が必要とするような意味での睡眠は取る必要は無いの。元々あの身体には疲れとかそう言った物は無いのじゃから当然の事じゃろ。じゃがエネルギーの節約という意味でなら眠りという物が存在する。それも長く深いものじゃな。もっともこれはそなたらの睡眠とは異なるが故に、休眠状態とでも言うのが正しいかもしれん」


「休眠状態?」


「むぅ、意識と能力のほとんどを停止させ、ごく僅かな疑似人格体でのみ活動を行う状態じゃ。我の知る限りでは地球に居るほとんどの神族が現在この状態に有ると言ってよいじゃろう」


「そんな中で雨子様は一人で起きて居られたのですか?」


「むぅ、考えてみればそうじゃな、ほとんど一人で起きて居った」


「それはまたどうして?寂しくはなかったのですか?」


 雨子様はしばし目を閉じてじっと黙り込んでいた。やがてゆっくりと喋り始めた。


「うむ、どうして…か。それは休眠状態に居った我を疑似人格体が起こし居ったからじゃ」


「それは?」


「それはの、我のエネルギーがほとんど付きかけて居ったからじゃ。有る意味非常事態とでも言うような状態じゃった。故に人格体は真に切実な判断を請うべく我を起こす判断を取った…と言う訳じゃ」


 そう話しながら雨子様は手で髪の毛を弄び始めた。何をどうやったのか分からないけれども、その髪は既にしっかりと乾いていた。


「そしてもう一つの質問じゃな。寂しくないかと聞かれたなら寂しかったと答えるべきじゃろう。助けを求め呼びかけようとしても周りに居るのは全て疑似人格体のでくの坊ばか

りで、自身の存在の危機でもない限り誰も主を起こそうとはせなんだ」


「何とか僕たち人からエネルギー…力を得ようとはされなかったのですか?」


すると雨子様は寂しそうに笑った。


「祐二も見たであろう、我の小さな荒れ果てた社を。我は一族の中でも比較的若かったものであったが故に、あまり大きな神域…つまりは我が神としての力をふるい人との契約をなす場所を与えられなかったのじゃ。じゃがかつてはそれでも十分なほど精が集まったものじゃった。じゃから我がもう少し頓着することなく、人びとの祈りにこたえて居ればこれほどの窮状を招かずに済んだのであろう。我の不徳と言えば不徳じゃったのだと思う」


そこまで話すと雨子様は小さくほぅっとため息を一つついた。


「しかしの、そのことに気がつくのが余りにも遅かった。お陰で我は頼るべき物もなく、ただ時と共に消え行く己が存在を見つめるしか仕方がなかったのじゃ。我は消えゆくことに怯えながら、人ならぬ神の姿で何度この身を抱きしめて居ったことであろう」


 雨子様は半ば呟くようにそう話しながら、体に腕を回してぎゅうっと己が体を抱きしめる様にしていた。


「じゃがそんなことをしても何も始まらぬ、我にはただもう死を受け入れることしか出来ることはなかったし、何か事を起こそうという気力がなかった」


そう言うと雨子様は僕のことを見つめた。


「実はそんなところにそなたはやって来たのじゃ。そして助けてくれと泣きついて来たのじゃった…」


 そう話す雨子様の目からゆっくりと光る物が溢れ、静かに流れ落ちていった。


「我の心は木石ではない。そんなか弱き幼子の願いをどうして拒むことが出来よう?故に我はそなたと心を重ね、そなたの心に巣くう恐怖をそなたと共に退治した」


僕はその当時のことを思い出しながらただ


「はい…」


と一言言うことしか出来なかった。


「それは心を重ねることによって成したことなのじゃが、心を重ねるというのは、例え僅かではあっても互いの心に相互干渉を生じさせるものなのじゃ。有る意味その干渉によってそなたはより強き心を手に入れ、あの闇の世界から抜け出ることが出来たわけなのじゃが、有る意味我も同じ事を経験したのかもしれん」


同じ意味?一体どういう事なのだろう?僕は黙って雨子様が更に説明してくれるのを待った。


「我もまた孤独という闇の世界の中に居ったことを知り、そなたの心に溢れる命の輝きを知って思ってしまったのじゃ」


僕はかすれた声で聞いた。


「何を思われたのですか?」


雨子様は何かをこらえるかのように唇をかみしめていた。


「生きたいと…」


 雨子様が述べた言葉はただその一言だった。でも僕の心の中で雨子様は、無限の闇の中でただ一人生きたいと叫び続けている小さな女の子として見えた。


「それからの日々は地獄じゃった。生きたいのに生きることを許されない、そのことがどれほど苦しいことなのか。我は定命のそなたら人の苦しみをその時初めて真に理解したように思う」


僕は静かに言った。


「そんな苦しみの中、それでも雨子様は消え行くことを選ばれたのですね?」


「むぅ、それしか選択肢がなかったからの」


「闇雲に誰とでも契約を結び、力を得ようとは思われなかったのですか?」


僕がそう問うと雨子様は寂しそうに笑った。


「実はの、その頃にはそなたら人の願いを何か叶えるほどの力がもうほとんど残っておらなんだのじゃ。だからと言って付喪神どものように無理矢理人から力を奪うことなど我が身を引き裂いても出来ぬことじゃ」


 自らの生死をかけても出来ることと出来ないことがある。だからこそ雨子様たちは、僕たち人から神様と崇められることになったのだろう。


「そうやって幾年か経ち、我の力はまさに尽きようとしていた。その時に大きく成長したそなたと再び巡り会ったのじゃ」


そう言うと雨子様は嬉しそうに笑った。


「姿形こそ変わって居ったが、そなたの心は何ら変わっておらなんだ…いや、勘違いするでないぞ。そなたが年相応に成長しておらなんだと言うことではない。むしろ我の想像以上に成長して居った。じゃがな、その心の発する色合いはちっとも変わっておらなんだのじゃ」


 僕は思いもかけぬ形で誉められたことで少し上気していた。


「そして懐かしいその心に触れたが故に、力を無くしてすっかり衰えていた我は自身の願う気持ちをもう抑えることが出来なくなってしまったのじゃ」


「それで僕に許すことを望まれたのですね?」


「うむ、まさにそのとおりじゃ。そなたも知って居ったようにあの時の我は子供のようで有ったであろ?本当に力のほとんどを無くして居った我は、どんどん退行しつつあったでな」


そこまで話すと雨子様はしばしの間目をつぶった。


「何が何やら分からぬ状態で、あの時はおそらく我がそなたにすがったのじゃと思う。そなたはそれに対して何の疑問も持たずに我を受け入れてくれた…それは一体どうしてなのじゃ?」


「どうしてって、あの後僕の心に入られた雨子様はそれを読みはされなかったのですか?」


雨子様は目つぶったまま首を横に振った。


「いいや、あの時はもう我自身かなり混乱して居ったし、それになにか余程のことでも無い限り、我はそなたら人のそう言った心の部分を読むことはせぬ」


 それを聞いた僕は心の奥底のどこかでほっとしている自分自身の存在を感じていた。

神様とは言っても何でも有りと言う訳ではないのだ。

 ただ僕自身あの時は突然のことでかなり混乱していたので、あまり明確な記憶は残っていない。しかし可能な限り出来るだけ正確に思い起こしながら、記憶に残っているままのことを話した。


「あの時は僕も何がなんだか分からなかったです。ただあの時の雨子様は、本当に何とも儚げでか細くて、あの時の僕は出来ることは何でもして上げたいような、そんな思いでした」


「なるほどそうであったか…」


そう言うと雨子様はゆっくりと目を開いた。その目はとても優しい光をたたえていた。


「今改めて感謝せねばなるまいな、ありがとう…」


「そんな…ありがとうだなんて…僕こそ雨子様に助けて頂きましたから」


「じゃがそのせいでそなたの心は我の心と深く同調してしまい、あの様な精を見るようなことになってしもうた、誠にすまぬことをした」


 確かにそれは雨子様の言うとおりかもしれない。しかし最初に助けてもらったのは僕の方なのだ。その僕が雨子様の窮状を見て手を差し出さないなんて言うことは考えられないだろう。


「ともあれ我は眠うなった」


 そう話しながら雨子様は目をしばつかせた。

雨子様はもそもそと布団の間に滑り込むと横になり、あたかも胎児のように丸まった。


「祐二、こうやって布団に包まれると妙に安心するの…我は…」


 雨子様が喋ることが出来たのはそこまでだった。

見ると早くも安らかな寝息を立てて眠っている。その寝姿はとても威厳有る神様の姿とは言い難かった。ごく当たり前の僕と同じ世代の女の子…いや、それよりもう少し小さな子供かも知れない。それが僕の持った印象だった。


「雨子様もう寝たの?」


気がつくと母がドアを開けて僕たちのことを見つめていた。


「うん、現在に至る迄のことを色々と話してくれて、話終わったら即寝てしまったよ」


「そう」


母は部屋に入ってくると、そう言いながら雨子様の肩に布団を掛けなおした。


「こうして見ると本当に普通の女の子なのにねえ」


 肩口の布団を優しくポンポンと叩くと母はそう呟いた。その後母は僕の方へ振り返ると真剣な目をして言った。


「とは言え祐ちゃんは雨子様には並々ならぬお世話になったのだからちゃんとお世話するのよ?良い?」


 母は細かい事には拘らなかったが、こう言った事柄にはいつもきちんと筋を通す方だった。

 もっとも僕自身、母に言われるまでもなくそうするつもりだったから何の躊躇もなく返事をした。


「うん、そのつもりだよ。でも明日からどうしたものかな?」


するとは母は優しい眼差しで雨子様の寝姿を見守りながら小さな声で話し始めた。


「一応細かいことは雨子様とはもう話してあるの。雨子様のおっしゃるのには入学の手続きとかは雨子様の方で手を打つから心配はいらないですって」


 僕は首を傾げながら考えた。いくら雨子様でも一体何をどうやって事をなすのか想像もつかなかった。


「制服なんかも葉子の時のものがあるから困らないわね。雨子様が葉子ちゃんと似たような体型で助かったわ。でも下着とか細々とした物は買ってこなくっちゃね」


母の様子を見ていると、なんだか娘がまた一人出来たみたいな喜びようだった。


「で、どうするんだい?明日は金曜日だけれども、明日からもう学校に通い出すのかな?」


 そうでなくとも賑やかな自分のクラスのことを思い出しながら僕は言った。雨子様のルックスを思えば、その混乱ぶりを想像するに難くない。


「そうね、別にわざわざ先送りする必要はないんだし、善は急げとも言うし、明日から学校に行くのも良いんじゃないかしら?」


 まあ確かにそれは母の言うとおりだった。雨子様はと言うと気持ちよさそうにすやすやと寝息を立てて眠っている。


「こうやって見ていると神様だなんて信じられないくらいだな」


母は微笑みながら静かに同意した。


「本当ね、ごく当たり前のお嬢さんにしか見えないものね」


 果たしてこれからどうなっていくのだろう?これから先の未来、一体どういう事になっていくのだろう?とてもじゃないが僕には想像すら出来ないことだった。


 だが母の一言が簡単に僕の不安を払拭してしまう。


「まあ、なるようになるんじゃない?」


 母よ、あなたは偉大だ、もしかすると神様よりも?僕は半ば関心、半ばあきれて首を振った。

ともあれ現状を考えると、なるようになるというのはとても名言だったと思う。



雨子様は自身もまた人と同じように眠りに支配されていくことを初めて知ったのでしょうね。

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