みんなが生きるこの世界で
よろしくお願いいたします。
Secret Chord
第一章 発端
非日常。俺、石倉夕我とイコールの関係が結ばれるであろうワードだ。いつも自分の中には自分がいる、アイデンティティの未確立なのか?まあ何にしろ面倒な事になりそうだ。
テンテテンテンテン♪テンテテンテンテン♪テンテテンテンテン♪
「んんん、、」
携帯電話に設定していた朝イチの目覚ましが夢から俺を強制的に現実へと引き戻す。せっかくいい夢見てたのに、、、と思いっきり背伸びをしながら自分の心に少し神経を注ぐ。
コード状態は良か。まあ最近は色々あったし、しゃあなしか。またベッドに戻ろうと呆けそうになるがここは我慢して起きるしか無いであろう。
6:05。ゆっくりと起きる。カーテンを勢いよく開けると昨日までの大雨なんか嘘だったのかのように朝日が窓越しにギラギラと照りつけてくる。顔を洗って、歯を磨き、雑に柑橘系のドライフルーツが入っているシリアルと野菜ジュースだけの軽めの朝食を済ませ、また歯を磨く。6:40。テレビを付け、天気予報を確認する。嫌に快活な天気予報士が今日は最高気温が28度で5月にしては暑いだの、昼頃には風が強くなるなど言っているが寝起きなのか頭に入ってこない。
『…今夜21時あたりから雨が降り出しますので折り畳み傘などを持っていくと…』
お、今夜も雨か、、
6:55。テレビの音につられて姉の伊里花がのそのそと2階から降りてくる。
「んmmおふぁよぉうー!」
背伸び×あくびをしながら言う。
「おはよう、今日は大学無いんだっけ?」
朝なのに高いテンションでテレビ前のソファにどしーんと倒れ込む姉に向かって無機質に話しかける。
「えええっとぉねえ、今日は何か大学の創立記念日?だからぁ行ってもいかなくてもいいんだよね」
いつになくふわふわしてんな。
「ふーん」
とだけ言ってテレビの方に目を向け直す。実際、特に興味も無い話題であったのに能動的に聞いた自分が不思議だ。
『おはようございます。7:00になりました、5月15日金曜日おはようJapaneseです。』
「ほえっ?金曜日?」
突然奇声を上げるなよ、びっくりするから止めてほしい。
「ん、今日は金曜日だけどなんかあんの?」
「いや別にぃ」
ソファからぴょこっと悪戯な笑みを浮かべてくる。なんなんだよ一体全体。
「ていうかさ、毎朝毎朝そのテンションって逆に疲れない?」
ちなみに彼氏に振られた時と推しがグループ卒業した時以外生まれてこの方、朝昼晩と構わずこのテンションである。
「えー、外ではちゃんとしてるしぃ、我が愛すべき弟ゆぅがくんの前だからこんな感じなのかなぁ」
いくらなんでもそれは、、、と思い
「いくら姉弟とはいえ俺に対して敬意のけの字も無いのか、、」
と無意識の内にに嘆きかけるとその言葉を遮るかの如く突然きりッとした面持ちで
「石倉夕我君、弁当は作っておいたわ」
スパッと一言。てか最近お気に入りの女優の声マネするな。
でもなぁ、謎に毎朝弁当だけは作ってくれるんだよな。ありがたく思っている、うん。
「ん、あんがと。でもさぁ、なんで5時に起きて弁当作って6時にもう一回寝るの?起きてりゃいいじゃん」
いつも疑問に思っているのだが。
「チッチッチッ、分かってないな君は」
やれやれみたいな顔で人差し指を左右に揺らす。
「6時から7時の間の1時間の2度寝が堪らんのだよ」
「なに謎のこだわりを持つBBAみたいなこと言ってんだよ」
高速ツッコミは俺の癖である。
「BBAとは失礼だな!私はまだピッチピチのJDだぞ☆」
「うるせえただの(自主規制)だろ、この前も彼氏に逃げられたとか言ってたしぃ?」
「なんて言葉を!(自主規制)だなんて!ああ、あの可愛かった夕我君は何処へ?」
お互いに言葉をぶつけ合いまくる。っだからそのやれやれ顔やめなさい。あと首を絶妙に振るのも。
「可愛くなんかなかったろ、別に、、な」
「ちなみに(自主規制)ではないですぅー。」
いやそのワードを深く掘り下げる必要ないだろ、、。なんてあーだこーだしている内に時は過ぎてしまい
「あっ、夕我!もう7時半!遅刻するよ!」
唐突に言われたのと驚いたのとで思わず背後にある鳩時計を勢いよく見、首がぶちっというなんとも生々しい音とともに変な方向に曲がった。
「あがァァァァ」
思わず悲鳴が出てしまう。そうしてあれこれ2,3分悶絶していると
「なあにやってんのあんた、マジで遅れるよ」
とガチめのマジレスありがとう。
・・・・・・・・・
「行ってきまーす!」
「きおつけてねー」
焦り気味で走っていると唐突に要らないことを思い出す。やべえ、今日俺日直だった。7:45、俺の自慢の腕時計の針達はピンと伸ばしてそう主張する。朝礼時間は8:00、家から学校まで徒歩で30分。あ、まずい。まずいっす。うん。
_それは突然だった。一昨日の帰り道、部活(帰宅部)帰り、太陽が沈みつつある中、自転車で帰路についている時に事件は起こった。いつも通り風に身を委ねながら快速を飛ばして走っていると沈みかけの夕陽に見とれるまま曲がり角のポールに激突、俺はそのまま投げ出され、他方自転車は前方が綺麗にプレスされ無事大破、冷汗が止まらなかった事だけは鮮明に覚えている。などと過去の自分を恨みながら走っていると
「えー、ここで終了のお知らせです。あと約15分で始業という中、学校への道のりの半分もいってない石倉くんは果たして間に合うのでしょうか、いや間に合わないでしょう!」
唐突に明朗快活な煽り声そしてニコニコ顔。華科 桜、我らが紅学園が誇る美少女が自転車のスピードをわざわざ緩めてこざかしく話しかけてくる。ちなみに一応幼稚園からの腐れ縁である。お前、ホントに顔と言ってることやってることが一致してねぇぇ!てかラウからもらったそのメガホン要らねぇだろ。なんで持ち歩いてんだ。
「そんなこわ〜い顔でにらまないでよ〜、ま、怖いというよりは滑稽だけどね!てかもう始業じゃん、急がないと~石倉く~ん、頑張って~」
俺の目の前をメガホンをぐるぐると回し、綺麗に結われたポニーテールを右、左に小刻みに揺らしながらピンク色のストライプがシュッと刻まれているスタイリッシュな自転車で爽快に通り過ぎて行く。可憐な姿とは裏腹に本当にイヤな奴だ、、。しかも自転車に乗っているのがまるで俺への当てつけかのように感じてしまい、尚更ひたすらに走っている自分に嫌気が差した。
「学年トップクラスの頭脳に加えて道を歩けば二度見確定の美少女が、遅刻ゼロが売りのこの俺にこんなにもちょっかいを出してくるのか分からない、、」
「まあラノベだったら定番の展開なんだがなぁ」
などと物思いにふける暇もなくただ俺は走り続けた。
終わった。
うん、この言葉以外ないだろ。
遅刻確定は良いとして今日の校門当番があの”紅の赤鬼”、数学科の古村だとは。まあ紅に赤ってなんか色合いよくないけどね。ねっとりとした目つきに頬にある三日月形の傷、熊と虎の配合種みたいな体つき、紅学園生徒が嫌う教師ダントツNo.1のあの古村。
「やあぁ、三組のクラス委員さん、学校の人気者、大スター様、本日はお遅刻かなぁ?」
どすが効きつつも何処かゆったりとした声で嘲笑しながら話しかけてくる。
よし。萎縮しとこ。能力使ってぶちのめしても絶対停学になるし、ここは素直に遅刻届もらってさっさと教室いこ。なんて考えてると
「おっとぉ、そんな縮こまったってそうは問屋がおろさないねぇ」
うっ。なんか背筋がゾクゾクするねぇ。
「え、あの、遅刻届を頂きたいのですが、、、」
全力で丁重に対応する。腰も限界まで低くしてる。
「いやいやまさかあの石倉様が遅刻なんてするわけないでしょーうね」
ううっ。予想以上のねばねば感、コイツ、、まずいな、、。どう対処すればいいのか分からず俺はただただ萎縮するしかない。
「だーかーらーあー!!!萎縮したって無駄なんd、、、」
「めんどくせー、あ、コイツマジでうぜえ、てかはよ遅刻届よこせやぁ~、って感じだろ」
「え?」「は?」
唐突に後ろから女性のハスキーな声、俺と古村が同時に振り返る。
「ういーす」
「蟷箸先生じゃないですかっ!」「かまはしせんせぇー」
来たぁぁ。我らが紅学園人気No.1教師、コード科の鎌箸 麗緒 先生。清廉な顔立ちとは裏腹なさばさばとした毒舌で多くの不人気教師陣の反感をかっているという生徒達にとっては最高の教師。
「私が届の処理をしときますから古村先生は授業準備しに行って大丈夫ですよ」
すっと俺の前に立ち、愛想にまみれた笑顔を古村に向ける。
「しかし、今日の校門当番は僕で、、」
たじたじ気味な赤鬼さん。
「大丈夫ですよ!」
怖。にっこり笑顔で言わないで下さい。
「おお、分かりました、、じゃ、僕は行きます、、」
抵抗する間も与えてもらえず、どこか照れ気味に古村は小走りに校舎へと去っていく。
てかあんた蟷箸先生に対しての好意丸出しすぎるんだが。僕ってなによ。普段は俺だの俺様だの言っているくせに、一人称を変えるな。古村が去ったのを確認してから鎌箸先生はくるっと俺の方を向く。ふわっと綺麗な黒髪ショートが宙に舞う。
「おいユーガ、今回初めての遅刻か?」
黒々とした目がびしっと俺の顔を捉えてくる。
「そうですけど、、あ、その前にありがとうございます!助かりました!」
「ん、ああ別にそこまでの事じゃないよ、その感謝は私に向けるんじゃなくて困っていた君の姿を私が偶然見つけた運に言いな」
ふふんと言わんばかりのどや顔をしている彼女はまんざらでもない様子だ。
「なるほど、、、?あ、先ほどの質問、そうです、初めての遅刻です」
「なるほど」
ふむむむ、と言ったところだろう。腕をでっぷりと組んでいるが。
「と言いますと?」
何に対してそんなに悩んでいるのだろうか?
「実はな、私はこの遅刻届のシステムがいまいちわからないんだ」
ん。何を言っているんだこの人は。その時俺は彼女への感謝の気持ちが一瞬にして消し飛んだのを刹那のスピードで感じた。
「遅刻届の扱い方が分かんないなんて、ここの教員になってから何年たつんですか!」
「ま、一応教員だけど本職は違うんでね、という事でユーガ!!私もお前も遅刻について知識がゼロということは!」
びしっと校舎の方に指をさす。
「えっ」
思わず変な声が出てしまう。
「こっそり教室に入れ☆」
さっきから何を言っているんだこの人は。てか押し切るな。
「いやいやいやいや無理でしょう!遅刻した上にこっそり教室に侵入だなんてばれたら僕どうすればいいんですか!」
「まあどうにかなるよ、というかこんな無駄話をしている間を授業開始時間は待っていてくれないゾ☆」
と腰に片手をあて、もう一方の手は目元でピース、きゅぴーん。いやきゅぴーんじゃ無いのよ。年齢の割には中々様にはなっているけれども、、、じゃなーい!もう時間を無駄にはできない。
「先生、先ほどはありがとうございました、僕はもういきます!良い一日を!」
「お前もな☆」
アクセル全開。俺は思いっきり足に力をかけ爆走する。そんな最中に
「言い忘れてた!ユーガ!今日も放課後に私の所に来なさい!」
と後ろから叫ばれ了解です!と叫び返す余裕もないまま今日もかと思いつつひたすらに風を感じ続け、校舎に滑り込み、超高速で2年3組にこっそりと入り、静かに自分の席に着いたのは授業開始30秒前。奇跡だな。間に合ったわ。でも一時限目の先生に侵入がバレて遅刻じゃないのかなんて問われたらめんどくせー、なんせ朝礼に出てないからな、あ、まあお腹痛くてトイレ行ってましたとか言っとけばいいか、なんてぶつぶつ呟いていると授業開始のベル、だが大体一時限目の先生は来るのが遅くクラス内はまだ騒がしいままである。
「おい、石倉、お前遅刻だろ」
と言わんばかりの圧を前の席からピクリとも動かず、言葉も発さず、背中で話しかけてくる。坂巻 健、俺の唯一の親友である。健とは小学校からの友達で、互いに友達が少なかった境遇や色々な事情から互いに意気投合ってなわけだ。まあコイツは普段はめちゃくちゃ静かで俺ともおいそれぐらいでしか喋らないレベルなんだがな。不思議だよ、面白い奴なのに。
「ばれなきゃいいんだよ!」
健の頭をとすっと小突いた。
「うっ」
一時限目は現代文、つまらない。となりの席の女子がまたそのとなりの席の女子ときゃあきゃあ恋バナをしていた。不快だった。
二時限目は漢文、もっとつまらない。教師歴30年の爺さん先生がただひたすらに意味不明な音を声帯から発しているだけ。
三時限目は英語、最高。自習。
四時限目は数学、古村だ。まあいつも通りたのしい授業だなぁと思いつつ窓ごしに景色を眺めていると、、、最近デカイの多いな。目線の先には3階建てのビルぐらいの大きさの闇が1、2キロメートル先に鎮座しているではありませんか。人型、おとなしめ、パワー型か。人型といっても闇は闇、ずんぐりむっくりとした体に付くどでかいビール腹。目は無いがどことなくこちらを見ているような姿勢である。相変わらず気味が悪い奴らだ。これでも一応A級はかたいだろう。しかしそんな闇より遥かにデカいのはその背後にそびえ立つ壁、所謂闇出現地域の区分けかつ目の前にいる巨大闇なんかの放出を経済特区第3地区へと放出させないための安全壁である。俺の通うこの学校や俺の家は第3地区よりも少し闇の危険度が高い第2地区にあるわけだが、なんせ近年は例の事件が起きて以来異様に闇に対して嫌悪感が高まる風潮もあるのかすぐさま対闇は闇の対処にかかる。
さらに無駄に勢いのある声で授業は再開された。
_キーンコーンカーンコーン
ようやく終わった、、。なんで授業の最後に抜き打ちテスト持ってくるかなぁ、あの赤鬼野郎はまったく、満点取り逃したな、積分定数書くの忘れるとかついてないなぁ、などとぶちぶちぼやいていると後ろからいやーな気配がすることに気づかぬ内にすこーんと何か絶妙に硬いモノで頭を叩かれる。おい、これはもしや、、、
「なーにぼーっとしてんのよあんた!」
でたでた、華科桜だ、めんど。
「何の用だよ」
いかにも面倒くさい感じをこれでもかと出して後ろにちらりと目をやる。
わちゃわちゃと席の周りに来て、ぎゃあぎゃあと俺に話しかけてくる。毎度毎度、華科はにやにやしている。おい、健、”取り巻き”が邪魔だからって机ごと前進するな。
「いしくらー、なーにぼけっとしてんだよっ!」
後ろから唐突に、座っている俺にバックハグ。今度は、あ、、、もう一人、だるいヤツがいたわ。
「そのセリフ、二番煎じなんだよ!竹胡桃ぃ!」
無理やり首に巻き付いた華奢な腕を剥ぎ取り見事に後ろへ追い返すと
「ぐぅぇーー」
後方へ投げ出された大人しめな金髪セミロングの彼女は大げさに声を出し、床に大の字に倒れてみせる。全くオーバーな奴だ。
「いたいよー、うぇーん、うぇーん」
あからさまにわざとらしく泣いたふりをするクラスの人気者を見て
「うわー、石倉くんひどーい。女の子泣かせたー」
わちゃわちゃと華科が囃し立てる。ほんっとにこのコンビは面倒くさい。このカースト上位勢が、底辺とまでもいかないもののそこまで高くないというかそもそもカーストという枠にとらわれないであろう俺にまとわりついてくんな。と思うわけだが、やはり集まってくる訳というのは俺の胸についているコレコレであろう。
「あれー、石倉くんのバッジさぁ、なんか色かわってなーい?私のと交換してよー」
フリフリと己の胸部についているモノを嫌味気たっぷりな顔を以てして指で示す華科。
「ほんとだー!この前まで赤だったのに、黒になってるー!」
とまさにこれこそ天真爛漫みたいな目を輝かせてくる竹胡桃。そう、胸についているのは対闇認可バッジである。俺、華科、健のような一部の未成年準コードオーナー(以下準CO)達に対闇討伐隊から公式に与えられる闇討伐許可を示す証明、のようなものだ。最近赤から黒になった理由としては最近の闇討伐における功績が良かったからである。また黒バッジは数少ない準COの中でも上位2%の者が与えられる上物。てなわけで高校生ながらこのような立ち位置にいる俺はこのようにちやほやされているというわけだ。ま、健は俺よりずっと前から黒なんですけどね、アイツこーゆーのが面倒くさいからバッジ着用義務を完全無視して人畜無害、一般的なコードオーナーです、みたいなフリしてるけど。ちらっと健の方に目をやるが昼休みになってもまだラノベを読み続けている。いやまだそのページ読み終わってないのかよ。
「バッジ、ね。まあ着けててあまり楽しいわけじゃないよ」
実際そうである。黒バッジを着けていることにおいての利点といえば、A級の闇を討伐できるようになった事、黒色だから前の赤より目立たなくなった事、ぐらいなんだよな。街を歩けばちらちら見られるし、なんにしろ闇が他地域よりも多く出没するこの一帯、a地区では”対闇討伐で活躍してる高校生”として俺を知っている人も少なくはないし、さらに学校ではこうやって変にちやほやされるし、おかげで先生からも気を使われる場面も無くはない。不愉快さも感じざるを得ないであろう。
「わぁー、これが強者の余裕ですかぁ!」
チラチラと自分の胸元の赤いバッジをちらつかせながら華科がぱちぱちと乾いた拍手を送ってくる。
「うるせーんだよ」
と軽くあしらってこの場は収まった。
やっとこさ昼ご飯を食べ、食後自販機でジュースでも買おうかなと校舎一階のおそらく20台はあるであろう多量の自販機ステーションに足を運ぶ。お気に入りのレモンサイダーは奥から二番目の台にしかないので買いたい時は混雑していない時がいいのだが、なんせ昼休み、生徒も沢山たむろっているであろうと思ったが意外にも人はおらず、、お、鎌箸せんせーいるやん。一人で自販機のおつり返却口を必死の表情でがちゃがちゃしている。ほんとにこの人おかしいヨ。。
「先生、何してるんですか?」
少々恐怖心を抱きながらもそっと近づいて話しかけてみる。
ガチャガッyガチャがty
「先生、、」
がちゃがtyがっがちゃがちゃ
「せ、せんせー?」
がっ、、、
「うっ」
ぐりっと首を90度回転させてこちらを見てきたその顔の恐ろしさに思わず言葉がつまる。
「先生、もしかして札、もってかれました?」
「うっ、うっ」
首をブンブンと縦に振る。
「野口さん?」
「うっうっ」
今度は横に。てか語彙力どこ行きました?
「樋口さん?」
うっすらと滲んだ涙が鮮やかなほどに確認できるその潤んだ瞳でこちらを見つめながらこくっと頷いた。いやー、5000円札なんていれたかなー。その自販機札食いで有名なオンボロなんだけどなぁ。と思ってしまうが、彼女の”性格”からして仕方のないことであろう。それにシンプルにドジなのを加えて。
「しょうがないですねー、今日の朝のことも兼ねて、今回は可哀想な先生に僕から慰みの一杯奢りますよ」
最近の財布事情との兼ね合いは良好なため、ここは一杯くらい感謝の意を込めて先生に奢っても誰にも文句は言われないであろう。
「それは助かるが、あくまでも我々の関係性は教師と生徒、上司と部下、なわけだから気持ちだけ、ね?」
軽く正気を取り戻しついでの急に真面目な切り返しに驚きつつも
「この借りはいつか返しますよ、先生」
恩は必ず返すのが礼儀としてあたり前のことであろう。俺はそういう人間でありたいのである。さて、自分は自分でジュースを買うか。ゴトっと缶が落ちる鈍い音が辺りに響き渡る。この音はあまり好きではないが。プシュッと缶を開け、あっという間に300mlを飲み終わって一息つく。至福の時だ。ふと横に目をやると先生は考え事をしているのか、ただ暇を持て余しているのか、はたまた失われた樋口さんの事を考えているのか?分からないがじっと窓の外から照り付けてくる日差しを眺めている。俺の目線からはそう見える。
「そういえば先生、朝言っていた放課後にやることってまたいつものですか?」
同じく暇を持て余した俺はあたかも今思い出したかのように話題を振る。いくら慣れ親しんでいる鎌箸先生とはいえ、大人と話すのには緊張を必要とするのだ。
「ん、ああ、そのことについてなんだが、今日は無しにしようと思う、というか元から今日は活動対象外の日だったよ、すまないね」
顔をこちらに向けず返答をしてくる。
「そういえばそうでしたね。今日は他の学校の先生も本部に招集されるのなんだので、、、」
「そう。あとそれに加えて転校生の件でね、コード絡みで色々と私が対処しなければならないんだよ」
「転校生、ですか」
「そ、転校生がくるんだ。そういうことで今日のは無しになっている。悪いね」
さらっとした一言一言をを素直に受け取る。転校生か。特にその転校生の件と”例の事件”と照らし合わせて、、、やめておこう。すると、ふと今さっきまで窓を見ていた整った横顔をそっとこちらに振り向かせ、すまないね、という意も込めているのだろうか、少し申し訳なさそうな面持ちをよこしてくる。別段こちらの気に障るような話題では無いが、こころなしか俺の琴線に触れるような物言いでもあった。詳しくその転校生について伺いたい衝動を抑えつつ俺はゆっくりと立ち、飲み終わった缶をゴミ箱におもむろに投げ入れその場を立ち去ろうかの時に
「女子だよ。しかも可愛い、ね」
と一言。ニヤリとこちらを見ないでほしい。
数十人の生徒たちがあまりにも過剰な勢いで廊下の向こうからやってくるのを見て驚くわけだがどうしたものか。教室の数十メートル前くらい辺りで数人の生徒達が互いに何か不安げな、恐ろしげな形相を向け合い騒然としており、一部の生徒は必死に先生を呼べだのどうのこうの言っている。一体なんだよ今度は、もう騒ぎはうんざりだよとばかりにいそいそと歩き、教室の扉を左へ押しやると、思ったより大きく鈍い騒音がクラス中に響き渡ってしまう。これは恥ずかしいとばかりにうつむきがちにそそくさと自分の席へ移動しようと教壇前を通り過ぎるわけだがどうにもクラスの雰囲気がおかしい。というかクラスに人がいない、二人を除いて。一人は健。ずっとラノベに目がいきっぱなしだ。昼休み前と変化している所といえば態勢くらいだろうか。そしてもう一人。明らかにこの学校という場に不調和な男が一人、教室の真ん中の机の上に立っている。低身長でぽっちゃり体型のおっさん、細目に丸眼鏡、やけに甘ったるい園児服、さらにはその園児帽。気に食わないね。てか誰だ、お前。変態か?じっとこちらを見つめてくる。なおさら気味が悪い。
「きみはたのしいひと?」
「ん?」
「きみはたのしいひと!!!」
急に丸っこい体が重力に身を任せてドロップキックをかましてくる。瞬時に危険を察知した俺はコードを瞬発的に使うことが出来、どうにか物理的な攻撃は今、水壁を身にまとうことで。防いでいるわけだが、どうもこいつ、重すぎる。一般の成人男性とは思えない重さだな、、しかも一ミリも勢いを落とさず、まるで弾速が持続する銃弾のように刺さってくるではないか。さらにはクロスしている俺の両腕とやけに強靭なコイツの足がぶつかり合い、ゴリゴリという抉る音が耳にうなっている。非常に不快なんだが、クソっ。
「健!こいつをどうにかしてくれ!」
意外とキツく、唐突でカオスな状況に助けを求める大声を腹から必死に叫んでみるが、届かない。ラノベに飽きたのか今度は机に頬をぐでっと付けてこちらをじっと見ている。そりゃそうか。俺一人で十分と踏んでいるのか、おまえってやつは。でも、目が合ってんだから何かしらのアイコンタクトぐらいしてくれよ!
「おらぁぁ!」パキィーン!
起爆となった冷や汗は空気中の水分に共鳴、そしておっさん園児の重厚な体に纏わりつき、おっさんは綺麗なまでに凍った。汗だから量こそ少ないものの質としては威力十分な凍結が出来たはずだが、
「たのぢいいいいいいいいい!!!」
俺の思いとは裏腹にまるで生まれたての赤子のごとく、勢いに任せて見事なまでに全身に纏われていた氷層を剝がしてくれるじゃないか。中々にやり手であると踏まざるを得ない状況に加え、対人戦は慣れないというかこんなあからさまに敵意が剝き出しで理性皆無な変態野郎の相手なんて初めてなため、流石の黒バッジもその美しい光沢から動揺と緊張の色がみえる、が少々効いているようなのか?どことなくふらついているようにも見える。
「ぐほぉぉおおお」
勢いよくこちらに再度突っ込んでくるかと思いきや二度目のドロップキックをするために助走をつけた途端黒々しく濁った何かが口からドバドバと溢れ出てくるじゃあないか。急にゲロをはいて倒れこむおっさんがシンプルに汚いと思うがそれよりもなんだこの悪臭は、、、普通の嘔吐物の比じゃない位の臭さに思わず鼻をつまんでしまう。しかもまだそれは排出され続けている。戸惑ってる暇は無い。ひるんでいる今、決めるしかない。近くにおいてあった誰かの飲みかけのコーラをドバっと撒き、
「流転」
空中に舞ったコーラは水流と化し、一本の槍となった。
「往け」
水流は一直線に突進し、完膚なきまでにおっさんの今にもはち切れそうなビール腹を貫いた。物理的ではなく、精神的に、いや「コード的」に、だ。そして抵抗の意志すら見せれないまま、おっさんはその場にぐったりと倒れ込み、動かなくなった。周囲に虚しく漂うコーラとゲロの混じった、かったるい匂いを残して。
「ユーガくん!大丈夫か!いやまあ君なら大丈夫だと思うが!」
どたどたと足音を廊下に響かせながら、鎌箸先生が駆けつけて来た。遅い、、。
逃げ惑う生徒達から事を聞き、急いで来たのか、息切れをしている。が、来るのが遅すぎること、そして意外と危なそうであったことに対して文句を言いたそうな俺の顔を見てまずくなったのか後付けで謝罪の表情を付け足してくれたのはありがたい。
「何があったか分からないが、とりあえず無事なようだな!まあ君はつおいから大丈夫、大丈夫だと思っていたよ!はは!」
結構危ない所でしたよ、先生。笑えませんよ、先生。
「それはそうとしてユーガくん。状況を説明してもらえるかな」
すっと鎌箸先生の面持ちは至って真剣そのものへと変わった。あいかわらずのその切り替えの速さに思わず突っ込みたくなる自分を抑えつつこのカオスな状況を言葉で整理してみせる。一連の流れを聞いている間、話しの節々で怪訝そうな顔をちらつかせたが話をいちいち止めて伺うのも癪なので一気に事の尾まで簡潔に伝えた。
「なるほど。では、この変態と君達は全く面識が無いということでOKだな」
ピッと右手、左手それぞれの人差し指を俺と健に向けて返事を促してくる。
「はい。全く、ですね、、、」
一応健の顔も伺いながらこくりと深く頷く。
「そして、ユーガ君が来た時にはすでにこの様であったと」
「はい、そうです、、」
机、椅子が散乱した教室中を改めて見回すとその散々さに目を瞑りたくなりそうだ。
「だがしかし、疑問点がいくつかある。まず、コイツはどうやって侵入してきた?コイツが闇の化身か何かであるのならば道理はつかないこともないが、コードを感じ取る限り、人ではある。はて、この学校のセキュリティーコードに認可されている人以外一歩として敷地に入れないはずなのだが一体どうしたものか」
「誰かが侵入の手引きをしたという事は、、?」
「いや、その可能性はゼロに等しい。ここには坂巻君がいるんだぞ?君も知っているだろう、彼の能力を」
すっと健の方へ目をやる。健はこちらを満更でもない顔で見返してくる。俺たちの会話は聞いているのか、全くいやらしい奴め。
だが先生の言う通りである。健を差し置いてコードに敏感なやつなんてそうそういないであろう。なおさらこの学校の生徒、教師を含め健に匹敵する人ももちろんいないことも十も承知である。
「だが、坂巻君。なぜ君はコイツの対処をしなかった?それが第二の疑問なんだ。前にあの約束をしただろう?他にコードオーナーがいなかった時に人が死んだらどうするんだ?君には責任が取れないだろう?今回は偶然にもユーガ君が居合わせたが彼の話を聞く限り君はコイツが現れた時から教室にいたらしいな。そうであるならば面倒事は早急に対処するという我々対闇のポリシーに乗っ取ってくれないか。君も既にいちメンバーとして義務は果たしてほしいんだよ」
怒涛の勢いで健に詰め寄る先生に俺は少し気後れしてしまうが正論なのでどうにもやりきれない気分である。
「すみません」
まさに無表情を取り繕っているような返事をする。
「何か理由があるのなら率直に言ってくれないか」
との質問に
「理由はない、でも無いわけではない」
意味深すぎるその返答は数十秒間の沈黙を生み出した。
「君の返答には意味があるものだと捉えておこうか。今回はこれ以上追求しない。でも次に同じような事態が起きた時にはそれなりの対応をとってもらう、いいね?」
俺は何も言えなかった。重めに冷えた空気とは裏腹に教室外では先ほど散り散りに逃げ出した生徒たちが再び戻り、この惨状にざわつきと悲鳴を響かせていた。
ありがとうございました。