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第八話 クロエ・ラクロアⅡ

 襲撃者の近づく靴音を掻き消すように、こちらの行動を阻害する制圧射撃。

 一対多。

 弾幕は途切れることなく張られ、あたしが取れる手を塞ぐ。


 ……こうなることは予想していた。

 当たり前だ。あたしだってその手札があるなら、そうする。

 命懸け、殺し合いだ。


 最善手は打ってこそ価値がある。

 設置した鏡には、銃を構えながら接近する二人組の襲撃者が映った。


「この部屋にはユウタが隠れてる……ドンパチし合うのは、よろしくないわね」


 薄い板金に流れ弾が当たれば、容易く貫通する。

 あの小さな体躯だと、怪我では済まない。

 それに正面切っての撃ち合いになれば、あたしは負ける。

 だからその状況にならないように、立ち回りをしなくてはならない。

 なら、あたしも最後のカードに賭けてみようかしら。


「ルール無用なら、ずっと先手を打てばいいだけね。

 奴らの一人でも多く鉛球を喰らわせて、栄光を勝ち取りましょうか」


 胸に抱えていたサブマシンガンを、片手で向かいの扉へと放り投げると同時に、

 反対の手で太ももに提げていた拳銃を引き抜く。


「――神様、あたしに力を貸して」


 相手にとって、あたしの行動はどのように見えただろうか。

 投擲攻撃、武装解除、降伏、罠の可能性……様々な思惑が過ぎるだろう。


 今だって弾丸の雨は止まない。

 それが正しいし、それがチームで動くと言うことだ。


 だから、ほんの些細な連携の乱れというのは、致命的だ。

 こちらに近づきながらも、あたしの位置を捉えていた二つの銃口、

 彼らの視線が横切ったサブマシンガンへと誘導される。


 だからあたしも勢いよく、跳ねるように、横っ飛びで廊下へと飛び出した。

 横腹に熱と殴られるような衝撃が身体の軸をズラす。

 飛び交う弾丸の風切り音は、感覚を研ぎ澄ませる。


 死と隣り合わせ。

 それでもアドレナリンが血を滾らせ、挫けそうになる戦意を鼓舞した。


 弾幕を張る射手の隊列に向け、何度も発砲。

 数発は命中し倒すが、それでもまだ数人は立っている。


 接近していた二人組が事態を把握し、床に転がるあたしに照準を合わせた。

 ――道連れとしては上々……ここまでね。


 死への覚悟を決め、襲撃者と目が合ったその矢先に、

 あたしの後方から抜けていく弾丸の軌跡。


 目の前の襲撃者が次々と血を噴き出して倒れ、

 呆気なくもあたしの視界から脅威は消え去った。


「残敵に警戒しつつ前進!

 追加の部隊が来るかも知れない、ラクロアさんを救出したら一度下がるぞ!」


 仲間たちの号令。

 駆け足と共に、見知った制服を着た警備兵が前方に展開。


 その陰を追うようにやってきた救護兵の二人が、

 倒れるあたしの圧迫止血作業を行いながら声を掛ける。


「お待たせしました。すぐ治療を行います。気をしっかり」

「ははっ……悪くないタイミングね」


 生き延びた。熱くなりすぎたし、反省する点はたくさんあるわね。

 それでも今は、仲間の力と神様に感謝しましょうか。


 安堵する一方で、傷口から流れ、ベタベタと張り付き固まる血に

 不快感と悪寒を覚えながら、壁にもたれ掛かって頭を預ける。


「状況はどう? あたしの怪我の具合も、上階も……。

 止血バンドを貸して、腕の怪我は自分でやるわ」

「こちらでやりますよ、それにこんな怪我すぐに治します」


「あら、心強いわ。せっかくだし、冷たいジュースも飲みたいところね」

「あとで準備しとくので、頑張ってください。

 上の状況についてはまだ攻撃が続いていて、負傷者も多数です。

 ですが、外の部隊も帰還し、挟撃して敵勢力を減らしています」


「奴らの攻撃を押し返せたのは、練度と士気の高さの賜ね」

「そいつは光栄です。確認ですがラクロアさん、あの娘は?」


「無事よ、隠れてもらっている。ああ、痛みが出てきた……鎮痛剤はある?」

「用意します。……こいつは案外利くので、ハマらないでくださいね」


「注射は嫌いなのよね。錠剤だったら考えていたかも」

「残念、僕は打つのも打たれるのも好きですが」

「鉛球よりも危ない人が、あたしの治療しているなんて皮肉ね」


 どうでもいいことを口にするだけで、ある程度は気を紛らわすことができた。

 殺し合いの後の硝煙と鉄の匂い。もう、慣れたものね。

 血が止まったのだろう。担架を持て来る指示が耳に届く。


 だったら、ルナ……ユウタを避難させないと。それと……。

 そう段取りを考え始めた矢先、一際大きな振動が建物を揺らした。


「敵、新手だっ!」

「クソッ、こいつは巨人だ! 奴ら、魔獣を投入しやがった!」

「市街地だぞ、どうやってここまで……っ!」


「落ち着け。魔獣の攻撃行動を確認次第、斉射しろ。

 怪我人を優先して退避、火力系統の魔術師を招集し、待機させろ」

「動き出したぞっ、止めろぉっ!」


 壊れた電灯が明滅する廊下で、フラッシュと銃声が、

 乱暴に網膜と鼓膜を刺激する。


「マズいぞ……マズいぞ、こいつぁっ!

 ラクロアさんの避難を急げ!」

「ルナが眠っていた部屋に、まだあの娘がいるの!

 あたしよりも、彼女を!」


「ですが、ラクロアさんの怪我具合は酷いです!」

「あたしは死んでも構わない、だけどルナはあたしたちの希望よ。

 それに、子供見殺しにするわけにはいかない」


 あたしよりも、ルナの安全を優先。命には価値がある。

 それがあたしたちの大義であり、

 これ以上の犠牲を出さないための最良の選択だ。


「お願い……ルナは戸棚に隠れてる。きっと、震えているわ」

「……分かりました。おいっ、ラクロアさんを引きずってでも

 連れて行ってくれ。僕はルナを連れてくる!」

「はっ! 了解!」


 こちらの指示に従い、二〇四号室へと駆ける衛生兵。

 巨人に視線を遣ると、全身傷だらけ、

 血塗れになりながらもまだ動き続け、こちらに抵抗を続ける。


 そして苦痛にも似た雄叫びと共に、巨人は倒れた敵兵を掴み上げ、

 発砲する兵士に向けて投擲。

 六〇キロはくだらない肉塊が、ゴムボールのように軽々と軌道を描き、

 攻撃を行っていた二人の兵士。


 そしてつい先ほどまで話をしていた救護兵を巻き込んで、

 あたしの視界から消え去った。


 一瞬の出来事。

 目を疑った。だが、何も感じなかった。


 仲間の死に慣れ、心身共に疲弊しきったあたしには響かない。

 あたしを運びだそうとしていた救護兵は、

 情けない声を静かに漏らすと、負傷するあたしを置いて一目散に逃げ出した。


「……あなたは正しいわ。責めるつもりもない」


 死はこわいものだ。

 終わりは悲しいものだ。

 苦痛は耐えられないものだ。


 だけど、理不尽に屈することは何も解決しない。

 目の前に立ち塞がったものから逃げ出して得られるものなど、後悔だけだ。


 まだ動く右腕で拳銃を握り締め、あの巨人を捉えて撃つ。撃ち続ける。

 仲間の死は無駄にはしない。あたしたちの手で、脅威を排除するだけよ。


 攻撃を受け続けても倒れない巨人。

 致命的な一撃に届かない。

 徹甲弾を持ってこない限り、この魔獣を殺すのは無理ね。

 前衛で戦っていた警備兵はジリジリと後退し続け、大声で叫ぶ。


「もう弾が切れる! 一度撤収して合流するぞ!」

「了解! 下がるぞ!」


 引きながら撃つ。

 巨人が前進できないのは、銃弾で押し返されているからだ。

 貫通はしなくても、弾が当たる衝撃だけで足止めになる。

 だけどそれももう、終わりを迎える。


「よし、下がれ下がれ!」


 あたしを置いて駆け足で下がっていく二人。

 通り過ぎ様に、怪我で動けないあたしを一瞥。

 その表情には彼らの罪悪感が漏れ出していた。


「……どうでもいいわ」


 あたしのハンドガンの弾も切れる。

 カチッ、カチッ、と空虚な音だけが指先から伝わり、

 新しい弾倉をリロードしようにも、酷使した左腕は動かない。


 手も運も味方も、全部使い切った。ならあとは……。


「くたばりやがれ、ね」


 最後の力を振り絞って、拳銃を罵声と一緒に巨人に投げ付けた。

 巨人はあたしを見下ろしてノロノロと近づくと、

 コンクリートブロックほどの大きさの拳を振り上げる。


 表情は読めない。人以外の感情なんて、理解できないわね。

 そして巨人はあたしを潰すために、その拳を振り下ろした。


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