第七話 クロエ・ラクロアⅠ
「ユウタが見つからなければ……あたしたちの勝ち。それで、十分ね」
彼……いや、彼女だろうか?
彼女本来の名前はルナ・アルベロ。
あたしは少し前の任務であの娘を助け、その後ルナのメンタルケアと
護衛の指示を受けてこの施設で守っていた。
この仕事には誇りを感じている。
それにあたしたちみたいな少数民族が虐げられずに生きていくには、
ルナと彼女の中に移植されたユウタの力が必要なのだから。
……だから、それを達成するために、少しの犠牲が出るのは仕方が無い。
あたしや、今も戦っている仲間たちのように、必要だ。
「あんな可愛い子の面倒を見るのも、案外悪くなかったわ。
きっとカロルも生きてれば、あのぐらいの歳だったんだろうな……」
あたしの妹のカロルはすでにいない。
流行病で亡くなった。助ける手立てもなく、静かに息を引き取った。
人が死んでいくなんて、あたしの周りでは当たり前だったから、
あまり悲しくはない。
ただ、空しさだけはずっと、埋まらないままだ。
「あたしも生まれる場所が違えば、こんな想いになることはなかったんだろうな。
神様はなんて残酷なんだろう。ほんと、笑っちゃう」
自分自身のことだ。
虚勢を張っていることはわかってる。寂しいとき、辛いとき、
死にたいと思ったとき、独り言は全部、和らげてくれる。
あたしを励ましてくれる。
無理にでも笑っていれば、楽しい気分だって駆けつけてくれる。
諦めて心を閉ざしていれば、誰にでも優しくできるし、許すことができる。
喉が詰まるような苦しさなんて、もう慣れっこだ。
手元のサブマシンガン、『ピースナインゼロ』を見つめ、
いつものように安全装置のレバーを解除する。
「マガジンのストックは三本。装弾しているのを合わせれば、トータル200発。
撃ち切る前に倒れないよう、神様にお祈りしておきましょうか?」
実際はスカートの裏に携行している、ハンドガンの弾を合わせれば
240発はあるのだけれども、それを使い切るのは贅沢な願いね。
サブマシンガンのマガジンは、三本となるとそこそこ重くてかさばり、
ジャケット裏の汎用ポケットにギリギリなサイズで収納している。
胴体の可動域、何より腰回りに食い込むと痛いので、左右の胸や横腹と、
無理やり詰め込んでいる形だ。
リロードに一癖ありそうだけど、動けて撃てれば、何でもいい。
「所属不明の一個中隊規模。
陽動として上階を正面と裏口で叩いて逃げ場を無くし、
本命を地下にあるこの場所へと侵攻させる。入念な準備に万全の装備、
目的がルナだとして、裏で手を引いているのはあの辺りの組織かしら」
近隣を拠点として活動している、『スアーク義勇兵団』。
もしくは敵対している『ソースの火』だろうか?
まあ、あたしたちからしたらどっちも同じで、迷惑な話でしかない。
ユウタの記憶が入ったルナは、魔力適正を持つ高位種族の生き残りだ。
今もなお続く、旧人類と新人類との大戦後の余波。
どこも高位種族を確保するのに、躍起になっている。
次の大きな殺し合いに備えるために。
あたしたちが守らなければならない、戦争と関わりが無い民間人など
お構いなしに、奴らは権力と武力で奪っていく。
だからあたしたちも、武器を持つだけだ。銃と槍を持ち、
戦術と魔法を覚えてあたしたちの平和を守り抜いていく。ただ、それだけだ。
「相手が誰であろうと同じ。さあ、守るために進みましょう」
廊下からの物音は、扉を乱暴に開く音だろう。
それは近づき、徐々にこちらへと向かっていることがわかった。
「階段側からじゃないということは、地上の何処かから穴でも開けたね。
奴ら、修繕費は払ってくれるのかしら?」
廊下寄りの壁にぴたりと張り付き、音を聞く。
集団の靴音。
指示を出す声が無いと言うことは、ハンドサインでも使っている、
もしくは通話魔法の類い、どちらか、もしくは両方の可能性があるわ。
統率は当然取れているし、訓練だって積んでいる。
なら、先制攻撃のアドバンテージを掴みましょうか。
奴らの足音に合わせて扉の鍵を回して音を掻き消し、
戸を開き上半身だけを廊下に出して膝立ちで引き金を引く。
肩から伝わる小刻みな振動と明滅するマズルフラッシュ、
火薬の匂いと薬莢が跳ねる音。
そして放たれた凶弾が廊下を血で染めた。
血の持ち主である襲撃者たちが、糸切れた操り人形のように倒れていく。
彼らの姿は簡素な半袖のシャツやタンクトップ姿で、
現地人の偽装をしていたことが見て取れる。
ゆえにボディアーマーを着てはおらず、致命傷であることは明らかだ。
「あら、情報の訂正ね。奴らは準備不足の死にたがりみたい」
突然の奇襲に加え、閉所で一本道の廊下。
倒れていく奴らが上手い具合にあたしの影となり、相手がこちらの
位置を特定するまでのあいだに、装填していた半分以上を撃ち切る。
「的当ても悪くないわね」
身体をくるりと半回転させて元の位置へと戻り、リロード。
あたしがいる付近の床と壁に牽制射撃がばらまかれ、そのいくつかが跳弾し、
あたしの頬と左腕を掠め血と痛みが込み上がる。
ジャケットの布地を貫き、肘から二の腕まで生温かい滴が伝った。
焦り、動悸が早まる。が、人はこんな程度じゃ死なない。
脳と心臓が動いて、血が身体を循環し続けていれば、死ぬことはない。
経験と知識、その両方が恐怖を掻き消し、弾倉交換が完了。
負傷した腕が燃えるような痛みを訴えるが、
あいにく、これはあたしの身体だ。
まだ動くなら、動かなくなるまで使い続ける、それだけよ。
負傷した腕で銃を持ち、無事な腕でジャケットにしまっていた
コンパクトミラーを取り出す。
こちらへと接近を許さないように、
遮蔽物の陰から腕だけを出してデタラメに射撃。
横持ちのため精度はよくないけど、50発もある。
運が良ければ一発は入るかも……まあ、本命はこっち、だけど。
あたしは取り出したミラーを開くと、もう片方の腕で廊下へと滑らせる。
ドンピシャの位置でそれは止まり、あたしに新しい目ができた。
「五人倒して、残りは七人ぐらいかしら?
あたしと同じように、部屋に隠れながら撃ってるわね」
鏡越し広がる視野は狭いが、さっき目にした戦況と合わせて情報を補完。
頭を出していた相手へと射撃を集中させ、眉間を抜く。
そしてちょうど弾切れが訪れる。
急いで腕を引っ込め、新しいマガジンに交換しようとするが、
血を流していた左腕に痺れが走り、微かに指先が痙攣した。
「もう一人、減らしたわ。
はぁ、はぁ……六人、六人殺せばいい。それで、時間は稼げる」
上手く動かない左手を軸にして、右腕でリロードを開始。
空マガジンを引き抜く。
しかしそれと同時に、相手が動き出した。