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第六話 希望の少女

「クロエお姉ちゃんを助けて!」

「誰だ……?」


 横たわった俺に向けられた、少女の荒げた声。

 自分自身の手足の輪郭すら捉えられない暗闇の中で、

 よろめきながらも俺は立ち上がり、息を大きく吐く。

 三半規管が狂い、真っ直ぐ立っているのかどうかも正直怪しい。


「クロエが、どうしたって? おい、なんて言ったんだ?」

「わたしの身体、あなたが取ったんでしょ!

 だったら、クロエお姉ちゃんを助けてよっ!」


 悲痛な叫び。

 感情をありのままぶつけてくる、女の子の声。

 どこかヒステリックな反応に対して、どう返してやればいいのかわからない。

 だから俺は、女性とまともに関わったことがなかったんだろう。


「落ち着け、落ち着けって。こんな俺にどうしろって言うんだ。

 そもそも、お前は誰でどこにいるんだ?」

「わたしは、わたしの身体を動かせないの。

 だからあなたが助けて! 助けてあげて!」


「話が通じない奴だ。それに耳がキンキンする……まずお前は誰なんだ!」

「わたしはわたしよ! ルナ・アルベロ!

 ユウタ……あなたはわたしの身体と記憶を盗んだユウタ・スズキでしょ!」

「お前が、ルナ」


 心情がモロに出ているせいでわからなかったが、活発とは違う

 淑やかで綺麗な声質。覚えがあった。


 洗面所の反響で耳にしただけだが、確かにこの声はルナの……。

 俺が借りていた少女の声だ。


「……待て、盗んだってどういうことだ?

 俺は一度死んで、気が付いたらお前の身体でいたんだ」

「……何も、聞かされていないの? ユウタのせいで、

 わたしはわたしの記憶とユウタの記憶がぐちゃぐちゃになって……

 わけが、わからないのに!」


 涙声。何度も聞いても辛い。

 だけど、事情を聞いて事態は飲み込めた。完全とは言い難いが、

 それでもクロエの話や死んだ直後の話と補完して、分かり始めた。


 俺の存在は、ルナの意向などほとんど無視して植え付けられた、

 イレギュラー。


 ぐすぐすと泣きじゃくるルナ。

 そうだよな。俺は、俺自身が『大人』なんて胸を張って言えるわけじゃないが、

 俺だって二つの記憶が混濁して、混乱したんだ。


 その時、俺にはクロエがいた。だけど、ルナは?

 一人、この暗闇に閉じ込められていたんじゃないのか?


 自分自身が誰なのか、忘れたいような辛い経験も、

 頭が壊れそうなくらいに蘇って。

 それを、俺よりも一回りも小さなルナも、同じ体験した。


『そいつは俺も同じだ』……なんて、被害者面して言い張るのはカッコ悪いよな。


 俺だって望んだことじゃない。

 だけど、目の前に同じ思いで泣いてる娘がいて、

 手を差し伸べなかったら後悔する。


「辛い目に遭わせたのか、俺のせいで」

「ひぐっ、ぐすっ……」


 泣き声が伝う。

 目には見えないが、目の前にきっとルナがいるはずだ。


 手を精一杯伸ばすも、少女に触れることはできない。

 腕は空振り、届かない手は己の非力さに触れる。


 いくら強がっても、俺一人じゃ無理だ。一人じゃ無力だ。

 闇の中、見えない俺の手を見つめる。


 ……本当に、バカだよな。

 内省して、諦める理由を作って、言い訳して。


 俺じゃあできないとか決めつけて、足掻くこともやめて、

 進むこともやめてさ。


 拳を握り締め、呟く。


「どうでもいいよな、今はそんなこと」


 息を大きく吸い、もう一度、もう一度、俺はルナに触れるために手を伸ばした。

 前に足を一歩、もう一歩、転んでも構わないくらいに、

 不格好にふらつきながらも。


「手ぇ伸ばせ、ルナっ! 大事なものを守りたいなら、手を伸ばせ!」

「そんなこと言っても、もうわたしには何も無い。

 全部あなたが取っていったんだよ!」


「お前の声は誰のものだ。お前のその叶えたい想いはどこから出てくる。

 俺は死人で、お前は生きている! 残っているだろ全部。

 俺の記憶も、お前の記憶も、全てお前のものだ!」

「ユウタは知らないのよ! わたしはあなたになりたくなくって、

 頑張って……頑張って、わたしでいようとしたの。だけど、

 あなたがわたしを奪って、ユウタがわたしになった。もう、遅いのよっ!」


 ルナに残っていた腕の噛み傷。

 少女が自我を保つために、不器用にも抗った痕跡。その一つかもしれない。


 ……俺は残酷だな。

 なら、なおさらだ。

 安っぽい言葉でも、使い古された口上でも、青臭い台詞でも。

 俺はルナを信じ、彼女に光が差すまで、暗闇が晴れるまで、もがき続けてやる。


「遅くない! 動き出せばそこから始まりだ! ぶっ倒れてでも立ち上がれ!

 進めなくても這いつくばってでも前を見ろ! 

 失いたくなければ、指の一本でも動かせ!」

「そんなこと、言っても……わたしはもう、何もできない」


「俺が引っ張ってやる! 俺が背中を押してやる!

 諦めそうなら、俺の声が枯れてでもずっと叫んでやる!」

「わたしは……わたしは……」

「ルナ……ルナ、ルナっ!」


 燃え上がるほどに胸が熱くなる。

 その焔は俺一人のものか、それとも……。


「手を伸ばせっ! 守るぞ、大事な人を!」

「……ユウタ。わたし……わたし、もう一度っ」


 俺が伸ばした手を掴み返す、小さな手。

 闇は消え去り、光が世界を包む。

 そして俺は、一人の少女と向かい合った。

 燃えるような情熱を示す、赤くて長い髪。

 アメジストが組み込まれたのかと、見誤るほどに神秘的で綺麗な瞳。

 華奢で色白でも生気に満ち溢れ、立ち向かう覚悟を決めた力強い少女の四肢。


「――ユウタ。わたしに、力を貸して! わたし、諦めたくないっ!」

「もちろんだ。一緒に行こう、ルナ!」


 繋いだ手。

 一回りも離れた少女の手は、俺が思うよりもずっと、心強かった。

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