表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

第五話 繋がる記憶

 

 夢うつつ。

 目の前の景色は紫の曇。


 雲間から覗くのは、幻想と畏怖が共存する、

 まるで燃えているような真っ赤な夕景色。

 空気の湿り気が鼻腔と肌を撫で、夕立の気配を匂わせる。


「世紀末……」


 漏れ出た言葉は、呆気ないほどに的を射ていると、

 内心で自画自賛した。


 耳をつく、甲高い女性の悲鳴と断末魔。

 子供の泣き声が聞こえた気がしたが、気がしただけで途絶えた。


 正面を見遣り、呆然と黒煙と焼ける家屋、

 右往左往する人影と異形の影を見る。


 胸がざわつく、恐い、怖い。

 こわくて、足が一歩後ろへと下がった。


 奥歯を噛み締め、目頭が熱くなる。

 手の甲で目元を拭い、汗で頬に張り付いた髪を剥がした。


「ここは……どこだ? 何が起こっているんだ」


 負の感情が膨らんでいくのがわかる。

 それに歯止めを掛けるように、不意に虚無感が全身にのしかかり、

 脚の力が抜けて俺は崩れ落ち、腰を着いた。


「違う……これは全部、この娘が体験した記憶。その追想だ」


 同じ身体を共有しているから、俺も過去に入り込み、

 追体験をしている。


 そして不思議なことに、まるで紙のページをめくるように、

 確かに俺は俺自身の記憶も思い出すことができた。


「俺は……鈴木雄太だ。歳は二十四で、仕事は事務作業で、

 それで……それで――」


 ――古月真白が設立した秘密結社に属する、一人の構成員。


 脳みそに刻み込まれた、俺の存在。


 目の前の絶望的状況。本当の俺という人物。

 今俺が荒い息を漏らしているのは、どちらが原因だろうか。


「探せっ! この村の人間は皆殺しにしろ! 魔女どもは殺せ!」


 手で口を噤む。

 無理やり押さえ込まれた息は肩を揺らし、心臓の音が鼓膜を叩いた。


 隠れないと殺される。


 急いで近くの草の影へと這う。手に食い込んだ小石の痛みをこらえ、

 身を縮こまらせた。

 幸い、髪の長さが肩に掛かる程度で、枝葉に絡まることは無い。


 ……これは過去の出来事で、実際に殺されることはないはずだ。

 頭の片隅にはそれをわかりながらも、この娘と感覚を

 リンクしているため、気を抜くと意識の全部を引っ張られる。


 食事や眠ることと同じように、無意識の下へと。

 草むらをかき分け、地面の葉っぱや小枝を踏みしめ、近づいてくる気配。

 その音があちらこちら、周囲から聞こえてくる。


 白く円状の明かりは暗がりを的確に照らし、

 俺が隠れる場所に集中していった。


 見つからないはずだ、大丈夫だ、息を潜めろ、

 落ち着け、落ち着け……!


 動悸が早まる。瞳孔が小刻みに揺れ、視界がかすむ。

 渦を巻く幾重の不吉な結末。


 死にたくない、死にたくない、死にたくないっ……!


「見つけた」


 肩を乱暴に掴まれ、光の下へと引きずり出される。

 暗闇になれていた目を刺す、俺を囲うライトの光。


「あぐぅあ……っ!」


 腹を蹴り飛ばされ、込み上がる吐き気と鈍い気持ち悪さ。


「こっちだこっち! 奴らのガキだ!」


 さらに集まり出す黒い人影。

 立ち上がろうとすると、肩を踏みつけられざらついた地面に

 頬をぶつけた。


「このまま殺しますか?」

「せっかく囲ったのに、そいつはつまんねぇな。

 殺して終わりなら、命を張るには些か足りねぇ仕事だ。だろ?」


「へへっ、そうっスね。でしたら、ひん剥いて楽しみましょうか。

 ガキでも、身体はできてるでしょうよ」

「やりたい奴はさっさと輪姦せよ。魔女どもの生き残りが

 まだいるかもしれねぇ」


 非力、屈辱、絶望。

 力の差……武器も体格も数も、圧倒的に足りない。


 ああ、クソッ……何だよこれ。


 首根っこを押さえつけられ、着ていた木綿のシャツを

 背中からまくし上げられる。


 犯そうとする男はズボンを力任せに下ろし、腰回りに土の感触、

 そして臀部が晒された。


「悪くねぇな。んじゃ、楽しませてもらうぜぇ」


 耳障りなカチャカチャとベルトを外す金具の音。

 心は諦め、遠くを見つめながら早く済めと願うも、

 身体は最期の抵抗とこわばり震える。


 ――だから、キーンという金属を裂いたような音にも、

 男の断末魔に似た嗚咽にも、手の甲を濡らした鮮血に対しても、

 ワンテンポ遅れて反応した。


「――えっ」


 肩の重みは無く、顔だけ振り返りぼんやりと眺めると、

 ぴゅうぴゅうと噴水みたいに飛び散る生暖かな血。


 人の上半身……腹の上から全部が消え去り、残された下半身は

 ヨロヨロと後ろに下がって倒れた。


 付近で俺を囲んでいた悪漢たちも唖然とした様子で、無残な光景を

 声無く見ていたが、事態を把握するのと同時に雄叫ぶ。


「敵しゅー―」


 第二波が一団を容赦なく襲う。それも断続的に、かつ一人も残さないと

 意思を感じさせるほどに、的確に俺を襲っていた

 悪漢たちを切断、撃破していった。


「中距離狙撃魔法だ! 頭を下げて移動し続けろっ!

 遮蔽物に入って身を守れ!」


 一方的な攻撃の中でも、悪漢どもはある程度の統率を保ったまま、

 近場の岩場や木陰に身を隠し、各々が持つ武器、アサルトライフルや

 長剣を構え反撃体勢を整える。


 静寂が訪れる。俺はその場で頭を下げたまま動けずにいた。

 しかし、不思議と狙われているという恐怖感は無く、

 むしろ邪魔をしないように、下手に動き回らない方が良いと判断し留まる。


「仲間がやられすぎた。テメェら、散開して基地に戻るぞ」


 悪漢の号令が周囲に伝わり、草むらが揺れたその時、

 今度は重厚な衝撃音と共に、隠れていた男の頭部が吹き飛んだ。


「おいおいおい……魔法と銃撃なんて、オレたちは

 正規軍とでもやりあってんのか!」

「マズいですよ! このままじゃ全滅します!」

「んなこったぁわかってんだよ! 全員走れ! 死に物狂いで走れぇ!」


 同時に動き出す人の気配。


 だが悪漢が不注意に遮蔽物の影から出れば、魔法と呼ばれる謎の

 衝撃波が両断し、ただ遮蔽物に隠れていても、

 身体の一部を見せれば精密な射撃によって追い詰められ、場合によっては

 遮蔽物を貫通して撃ち抜かれる。


 そして数分もしないうちに、俺を襲っていた悪漢は全滅した。

 俺が周囲を見渡して安全を確認すると、

 複数の新たな足音がこちらに近づいてくる。


 黒い制服で統一された、いかにも規律高い一団。

 それぞれ肩から戦闘銃を携え、集団を率いるのは隊長格と思われる長身の女性。


 現場での権威を主張するように、王冠を模した金色のエンブレムが、

 黒を基調としたツバ付き帽子に装飾されており、神秘的な銀髪のロングヘアーと

 猛禽類に並ぶ鋭い眼光は、心臓を掴まれたかのような錯覚に襲われた。


「各員、周辺の残敵警戒。『鷹の目』があるとしても、油断するな。

 救護班、この娘の容態をみてくれ」

「はいっ」


 倒れる俺に駆け寄る、黒いジャケット姿の女性二人組。

 二人は赤十字のキャップ帽を被りながらも、長い髪を束ねており、

 一人は長い黒髪をポニーテール。


 もう一人は夜闇にも目立つ金髪ツインテール。

 俺は、彼女を知っていた。


 ……クロエだ。クロエ・ラクロアだ。

 ――そうか。俺は……いや、この娘は過去に助けて貰ったんだ。彼女に。


「もう安心よ。あたしたちがあなたを守るから。

 大丈夫、もう怖い思いはさせない」


 優しげなクロエの微笑み。頬を触れる柔らかく暖かな手。


「手当てするわね。お姉さんがすぐに痛いの治すから」

 安心感と懐かしい空気が胸に広がった。


「……そうだ。あなたお名前は言えるかしら? あたしはクロエよ、あなたは?」

「……ルナ」


 その時、初めて俺は記憶を共にする少女の名を知った。


「ルナ……綺麗な名前ね。ちゃんとあなたの身体も綺麗にするから、

 もうちょっとだけ頑張ってね」

「うん……」

 力弱くも返事をする。


 その途端に、身を震わせる衝撃が全身を襲い、

 追想の世界がノイズが掛かったように消え去った。


 クロエの表情も、俺を見つめていた偉そうな銀髪も、暗い森も全部霧散する。


「クロエお姉ちゃんを助けて!」


「誰だ……?」

 横たわった俺に向かって、少女の荒げた声が耳に届いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ