第四話 臨戦態勢
活動報告でも記載しましたが、諸事情により、こちらの作品はすでに書き終えている話を掲載後に、完結という形を取らせていただきます。
別作品の執筆と投稿時の編集等があり、続けての投稿は難しいので、日を分けて投稿していきます。
最後までお付き合いしていただければ幸いです。
「銃声……っ! おいっ、安全じゃないのか、ここはっ!」
「静かにして!」
クロエは俺を黙らせるように声を被せ、戸の鍵を閉める。
「早い、早すぎるわ。応援が来るまで持つかと思ったけど、考えが甘かったわ」
クロエは焦った様子で背を預けていた扉から離れ、
立ち尽くす俺の横を抜けてベッドの下に手を突っ込んだ。
ドキドキと俺の心臓が早鐘を打ち、胸を押さえる。
未発達ながらも、男とは違う手触りから、
現在の幼い体躯と意思とは異なる性別に、不安が募った。
認識のズレ……とでも言うべきか。
気持ちと身体の誤差に感覚が付いてきていない。
強がったところで、今の俺は弱い。
生前の俺が喧嘩が強いとかは特段なかったが、
それでも力仕事をこなせる程度には身体を作っていた。
筋肉だって並程度にはあったんだ。
でも今の俺にはそんな成長過程や当時の努力など、
微塵も残っていない。
あるのは、この娘の小さな手だけ。
「ユウタ、そこの戸棚に靴が入ってるわ。それを……よしっ」
クロエはそう言い掛けて、ベッド下から何かを引っ張り出した。
スゥーと静かに光の下へ姿を現したのは、隠し収納に詰められた
丸み帯びた銃と細長い弾倉が四本。
そして添えられているのは、最初に目に入った大きめな銃とは
反対に小型の拳銃。
隣には同じように拳銃に準じたであろうコンパクトな弾倉が二つ並んでおり、
クロエは丸み帯びた大きめの銃を手に取った。
彼女は銃器に繋がれた紐を肩から回して装備し、
弾倉を銃の上部から差し込みレバーを引く。
続けて拳銃を取ると、下部から対応したマガジンを差し込み、
しっかりとはまるように手の平で押した。
「鍵は開いているわ。早く履いて」
「わ、わかった」
小走りで向かい戸棚をスライドすると、
動きやすいスポーツサンダルが入っていた。
その隣には今着ているのと同じワンピースが、綺麗に畳まれ積まれている。
ほかにめぼしいものは無く、サンダルを出して左右順につま先を差し込んだ。
……それにしても、クロエの銃の扱いは明らかに手慣れている。
あくまで素人目だが、操作方法を知っているということは、
理解があるということだ。
反対に、俺はそんな文化圏で育った覚えは無いので、
両手に抱えたところで何度かひっくり返しては、
眉間にシワを寄せて唸るので精一杯だろう。
「ユウタ、靴を履いたらあたしの側に来て。
……あたしよ、地下にも襲撃者が侵攻してきたわ、
どこを通じたのかを不明。至急応援をお願い」
クロエは再びスマホを耳に当て、助けを呼んでいた。
俺は遠慮越しに彼女に寄り添うように立つ。
すると、クロエはぐいっと俺の腰に手を回して身体を引っ張り、
密着するほど近くまで寄せた。
図らずも、彼女の柔らかな胸が俺の二の腕に押し付けられる形となり、
視線が一点に固まって口を堪らず結ぶ。
こんな状況、こんな身体だし仕方がないと思うが、
この人は俺の中身が男だと知ってるなら、もう少し配慮してほしい。
いや、嬉しくないわけじゃないし、怒っているわけでもないが……
甘い匂い、むぐぅ。
「――ええ、そう、あまり良くない情報ね。
とにかく外の部隊が到着まで死守して、健闘を祈るわ、じゃあ。
……ユウタ、耳を貸して」
クロエは通話が終わると、すでにくっつけていた俺の耳元で囁く。
「ここから逃げるのは難しいわ。だから、あなたはあの戸棚に隠れて」
「……わかった。だけど、クロエはどうするんだ?」
「時間を稼ぐ。あなたが見つかるまでのあいだ、
応援の部隊が駆けつけるまでのあいだね」
「無謀だ、一人でなんて」
「一人だからできるのよ。捕まらないように逃げ回るだけ……
だからあなたを連れてはいけないわ」
「そんな……」
「安心して。あなたも、あなたの身体もあたしが守るわ」
彼女は目を細めて微笑み、俺の背中をさすると、トンッと優しく押した。
「さっ、隠れて隠れて。戸はこっちで閉めるから、なるべく音を立てないように。
中の服をクッション代わりにすれば、痛くないわ」
「……」
クロエに導かれるまま、丸くなって戸棚へと収まる。
最初にスチールの中板が体重でへこみ、鈍い音を立て不安がよぎるも、
あまり動かなければ物音は立たなさそうだ。
「良い感じね。じゃあ、行ってくるわ」
戸が閉められる。
クロエはこちらを察していただろう。
だから、最後まで彼女は心配掛けまいと、柔らかく笑いかけてくれた。
暗闇が視界を覆う。クッション代わりの衣類の肌触りは悪くはなく、
幾重に重なっているので心地良い。
長い赤髪は暗闇でも少し目立ち、頬をこすれるたびにこそばゆく、
指で払いのけた。
「……どうして、こんな気持ちになるんだ。クロエとは、ついさっき初めて出会ったばかりなのに」
俺と彼女はほぼ面識など無い。
こちらを無事を案じてくれたり、パニックになったときに
落ち着かせてくれたり、親身になってくれたが、
それでも俺に対して何かしらの秘密を隠しているようで、
心から信用を置いてはいない。
なのに、クロエがいなくなってしまうことに、恐怖を覚える。
「もしかして、この身体……この娘の記憶、感情なのか?」
先ほどまでの不安定な記憶の数々。俺じゃない誰かのトラウマ。
確かに存在した、俺以外の人格の残滓。
確信に似た手応えが、息を詰まらせる。
「俺は知らないといけない。この娘の正体を……」
暗闇の中で、目を閉じた。
完全に光を閉ざした漆黒は、現実と思考を繋ぐ。
フラッシュを焚くように光が黒を塗りつぶし、
意識が過去の記憶へと飛び込んだ。