入寮
イリスとミアは校長室に一度戻ってきていた。ミアが校長室のドアをノックし、ドアを開ける。
「校長、戻りました。」
「おかえりなさい。採寸はできましたか。」
「はい、明日には制服が完成するそうです。」
「そうですか。なら明後日からの授業にも参加できそうですね。担任にもそう伝えておきましょう。」
デボラ校長はうなずいた。
「イリス、これから寮で同室となる学生にはすでに話をしました。同学年の方です。仲良くしてくださいね。」
「はい。」
「ミア、イリスを寮の部屋に案内してください。これが部屋の鍵です。」
デボラ校長はミアに部屋の鍵を渡す。
「かしこまりました。それでは失礼します。」
「失礼します。いろいろありがとうございました。」
ミアとイリスはそれぞれ校長に頭を下げて、校長室を退出した。
* * *
学生寮はレンガ造りの5階建ての建物だった。屋根は黒色だった。中に入ると、1階にはロビーと共同浴場、食堂があり、2階から5階までが住居スペースとなっている。
イリスの部屋は3階の一番奥の部屋だ。ミアが部屋の鍵を外して部屋の中に入ったので、イリスもそれに続く。イリスが生活する寮の部屋はすべて2人部屋だった。
イリスの部屋には二人分の、机とベッドが上下に一体になっている勉強机が置いてあり、壁際には本棚が二つ並んでいる。片方の本棚にはぎっしりと本が詰まっていて、もう一つの本棚の方にもスペースを侵食している。
部屋は比較的片付いており、ここに住んでいる人はなかなかのきれい好きだと感じられた。
「この部屋が、これから5年間あなたが暮らす部屋です。部屋の交換などには対応しかねますので、くれぐれも同室の方とはうまくやってくださいね。」
「ええ、わかったわ。」
「それでは、私はこれで失礼します。これは部屋の鍵です。紛失した場合はそれなりの金額を払っていただきますから、ご注意ください。」
ミアが頭を下げると、イリスに鍵を渡しながら注意事項を伝えた。ミアはドアを開けると、イリスに向かって礼をしてから校長室へ戻った。
さて、イリスはこれで住居と食事をするところを手に入れたわけだが、まだ講義の時間は終わっておらず、同居人もまだ帰ってくる気配がない。イリスは着の身着のままの物しか持っていないので手持無沙汰だ。
イリスは勉強机の椅子に座って、ナイフ大の氷剣を作って時間を潰そうとした。しかし、20本程度作成したところで飽きてしまった。目標もなく何かをやることは非常に難しい。
イリスは暇つぶしになりそうなものはないかと部屋を見渡した。やはりというべきか、この部屋でできる暇つぶしは本棚にある本を読むことくらいしかなかった。イリスは椅子から立ち上がると、本棚に本を取りに行った。
本棚には、剣術に関する本や魔法に関する本などが置かれていたが、イリスの目に留まったのは『太陽神さまのお話』という本だった。イリスはその本を手に取ると、さっきの椅子に戻って本を開いた。
* * *
一人の女性が大きな樹にもたれかかって本を読み聞かせている。
その膝の上には少女が座って聞いている。
「太陽神さまはこの世界を創造しました。まずはその力を使って混沌の中に暖かな太陽の光を創造しました。混沌から大地と海を創りました。太陽神さまが眠った時に、子供たちをいつでも見守ることができるように星と月を生み出しました。…」
春の風が女性と少女の頬を撫でる。
優しい風。
春の風に吹かれて、樹の枝がさわさわと揺れている。
優しい音。
女性が少女の名前を呼ぶ。
「イリス、このお話は面白いかしら?」
少女が女性にこたえる。
「お母さんが読んでくれるからおもしろいんだよ!」
少女の返答に女性は微笑んだように見える。
「そっか。ありがとう、イリス。」
女性は少女の頭をゆっくりとなでながら言った。
少女は嬉しそうな顔で目をつぶる。
西の方に傾いている太陽は、女性と少女を優しく照らしている。
東の方に伸びている木の影は、徐々にその長さを伸ばしていく。
少女が女性の方を向く。
女性の顔はもやがかかっているように見えない。
少女は女性の首に手を回して、女性に抱きついた。
女性は本を傍らに置いて、右手で少女をなで、左手で少女を支える。
安心できる触感、安心できる音。
少女の意識が徐々にまどろんでいく。
………
……
…
イリスは自分の体が揺さぶられていることに気が付いた。
「ねぇ!起きなさい!」
「ん、んんぅ〜…」
イリスは本を読んだまま眠ってしまったようだ。イリスに話しかけている女子学生は、講義の時間が終わり、自分の部屋に新しく学生が住むことになったと聞いて、急いで部屋に戻ってきたのだ。
イリスは、なんとか目を覚まして、自分の体を揺すっていた少女に目をやる。
「どちら様…?」
イリスが眠たそうな声で尋ねる。
「クラウディア!クラウディア・ミラーよ。寝ぼけてないで、早く起きてちょうだい!」
イリスは眠たそうな目のまま体を起こした。
「わたしはイリス・オルティスよ。イリスって呼んで。ところで、クラウディアは何をしているの?」
どうやらイリスは状況が飲み込めていないようだ。クラウディアは大きくため息を吐きながら言う。
「な、何をって…ここ、私の部屋なんだけど…。今日から私と同室なんでしょ?」
イリスは頭の中で「同室」という言葉を反復する。そして、ようやく目が覚めたのか、ハッとした表情になると、途端に恥ずかしそうにクラウディアから顔を背けた。
「ごめんなさい。ちょっと寝ぼけていたみたい。」
「まあ、いいわ。その本、あの本棚から持ってきたの?」
クラウディアが、紅の瞳を、興味深そうにイリスが持っていた本に落とす。イリスは慌てたように言った。
「あ、ご、ごめんなさい!勝手に本棚から持ってきてしまって!」
クラウディアはおかしそうに笑う。それに合わせて、赤毛のポニーテールと華奢な肩が上下に揺れる。
「フフフッ!いえ、何も怒っているわけではないわ。その本はたぶんどの部屋にも最初からある本だからわたしのものでもないし。」
「そう…なの?良かった…!」イリスは、ほぅ、とため息を吐く。「なぜかこの本が気になってね。だからクラウディアが帰ってくるまでこの本を読んで待ってようと思っていたんだけど、寝ちゃったみたい。」
「そうだったのね。まあ、この本棚にある本はあなたも自由に読んで良いわよ。」
クラウディアが少しつり目の目を細める。
「これからよろしく、イリス!」
「ええ、こちらこそよろしく、クラウディア!」
こうして、無事転入試験に合格できたイリスは、学園生活を送ることになった。
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