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第一話

区切りがいいところまでは毎日投稿を目標に頑張ります。

「おう、元気そうだな」

 停学二日目の私を訪ねてきたのはなんとも意外な人物であった。


 夕方、丁度アイが昼寝に精を出しているときにインターホンがなった。停学中の課題もろくにやらずに惰眠を貪るとは実にいい身分である。

 玄関から顔を覗かせると、髪をオールバックに決めた異常に体格のいい男が一人立っていた。

 男の名は武田剛。クラスの同級生だ。

 とは言っても私は彼と今年初めて同じクラスになったので、関わったことは少なかった。と言うか、まともに会話した記憶はただの一度もない。

 しかし、彼はクラス内では目立った存在であったため、私もしっかりと顔と名前を一致させていた。


 彼は誰の目からみても俗にいう不良少年であったのだ。

 真か嘘か、我が学校に入学して一週間で、片手では収まらないほどの人数の先輩を病院のお世話にさせ、我が校の不良グループのトップに君臨したという逸話がある。

 入学して一ヶ月と経たずに停学を食らったことは紛れもない事実であるようなので、恐らくこの噂も本当なのだろう。

 もっとも、学校に通いだしてものの一週間で停学を食らった猛者が今現在我が家にも存在しているのでそのことに付いては責められないし、責める気もない。彼の人生なのだ、好きに生きれば良い。


 その伝説じみた逸話を信じ、彼を避けていて関わりがなかったのかと問われると、そこに因果関係は存在しない。

 好んで共に昼食をとり、授業を受けたいとは思わないのは確かではあるが、これは何も彼を恐れていたり、憎んでいるといった心情によるものではない。

 その理由は至ってシンプルで、他人から見て私が俗にいう不良仲間と思われるのを避けたかったからである。

 私は出来る限り無駄な噂をたてられたくなかったのだ。

 火のないところに煙はたたずとは確かなことである。かねてからの親友でもない限り、何も自ら火の中心部へと飛び込む必要も無いだろう。


 では、なぜそんな彼をリビングにまで通し、お茶と特売で買った98円のチョコレートまで振る舞っているかというと、意外にも彼は私に停学期間中のプリント類の授受役として訪問してくれていたからだ。


 家が近いからという理由で担任の内田にこの仕事を抜擢されたらしいが、うちの担任はなかなか大胆なことをする。それ以上にこの不良少年が命令に素直に従ったのは驚きだ。

 せっかく届けに来てくれたのだ。お茶とチョコレートを振る舞うくらいしないと、逆に大きな貸しを作ってしまった気がして心地が悪い。まさか手間賃などと言い、金銭を要求してこないか少々不安になる。


「なにみてんだよ。てか酒ねえの。俺こいつ喰えないんだけど」


 大変失礼なことを想像している私に対し、彼は話しかけてきた。


「いや、わざわざ届けてくれてとても感謝していたところだよ。残念ながらお酒はないけど」


 私の声は小学生の音読の時間よりも棒読みであったと思う。

 せっかく用意したチョコレートはかわいそうなことに存在意義を失ってしまった。まあいい後で私がおいしくいただいてあげよう。

 それよりも未成年で平気で酒を要求してくるとは、やはりと言うべきか。


「そっか、まあいいや」


 なかなか会話が続かない。

 私も決して友達が多い方ではないが、一応うちのクラスだけでも片手に収まる程度には友と思っている人間はいる。

 最近は隣の席の小林を始めとした数名の冷たい態度に悩まされていたが、まさか停学を機に縁を切られるなんて事態にならないことを切に願う。


 武田には友人がいるのだろうか。クラス内で誰かとしゃべっている姿はほとんどみたことがない。

 いくら不良仲間がいようが、多少は同じクラスのメンバーにも友好的なほうが彼自身過ごしやすいのではと思うが、無理矢理に付き合う友人関係ほど無意味なものもない。

 私が話す内容に苦闘していると、武田は自らこの静寂を切り開いてくれた。


「てかお前が停学かよ。全然クラスで目立ってもねえのに。何したんだ?」

「ああ、いろいろあってね……」


 私の停学理由は、緊急治療室を出たばかりの老人を無断で外に連れ出したというものだが、これだけを伝えるとおそらく私の評価は著しく落ちてしまうため誰にも言うまい。

 彼は私の顔をしばらく見ていた。


「お前、間違ったことはしてねえな」

「え?」

「いや、なんでもねえ。もう帰るわ。こいつ貰ってくぞ」


 私が後ほど食べようとしていたチョコレートは彼のポケットにおさまった。


「妹が好きなんだよ」

「ああ、もちろん。ありがとう」


 彼を玄関まで見送った。

「ああ、それと学校で俺に話しかけんなよ。バカがうつる」


 なんと失礼であろうかこの男は。今がプリントを届けて貰ったという状況でなければ、私もだまってはいないぞ。腕っ節では私が5人いても全く敵わないとは思うが、そんなことは関係ない。


 武田は暴言を吐いた後、家を後にした。出してやった飲みかけのお茶を片付けようとしたとき、ふと武田が持ってきたプリント類を見る。

 すると先ほど私が提出した既に記入済みの課題も一緒に置かれたままではないか。

 あいつは自分が今日何をしにきたのかちゃんと理解しているのだろうか。まさか若年性の健忘症でも患っているのではあるまいな。

 きちんと毎日課題をすませていたのに、このままでは最初の二問を解いた以降手つかずの課題を横に、今も眠りについているアイと同評価を受けてしまうではないか。

 毎日怠けきっているあの女と同じものと見なされるのは、実に腹立たしい。

 私はすぐにプリントを持って玄関を飛び出した。

 まだ家を出て1分ほどしか経っていない。そう遠くには行っていないはずだ。


 家を出ると武田の姿はすぐに見つかった。西側、60メートル程先であろうか。都立公園付近に後ろ姿が見える。無駄にでかい身体をしているからか、すぐに発見することが出来たのは不幸中の幸いだ。

 早足で追いかけると、武田は公園の中を見ながら立ち止まっていた。


 武田の目線の先には、中学1年生くらいであろうか。5,6人が集まり、一人の小太りの少年に危害を加えていた。通学鞄を蹴飛ばし、腕を掴まれ頬を叩く。

 外傷が出来るほどの暴力ではないにしろ、私の目には明らかにそれは世間的にいじめと呼ばれるものに見えた。武田は私の存在に気付いたのか。こちらを振り向いた。


「なんだ、まだなんか用か?」

「おい、あれ。止めなくていいのかよ」

「止めても同じだろ」

「同じって……」

「ああいうのは一度やめても場所変えてまたすぐやる。自己満で目の前のだけ助けても、なんも変わんねえよ」


 武田の言うことはもっともであった。

 私もこれまでの人生でいじめというものを何度も見てきた。それはときに、被害者の児童が不登校になってしまい終わりを迎えたものもあった。

 しかし、加害者の少年たちは標的が学校に来なくなると、また新たな獲物を探しいじめを続けていた。クラスが変わってもそれの繰り返しだった。

 こういった行為の大半には明確な理由なんて存在しないだろう。誰かに叱られれば一時的にはやめ、また特に理由も無く再開する。いじめというのはそういうものだ。

 完全に無くしたければ彼らのもっと根本にあるものを変えるほかないのだ。


 そしてそれは彼らからしてみればただの通りすがりの高校生である私たちでは、ほとんど不可能なことのように思えた。

 武田の言葉には妙に説得力があり、結局私もただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

 数分が経った後、中学生たちは帰っていった。一人残された小太りの少年の元に武田は近づいた。


「あーあ、ボロボロじゃねえか」


 鞄から散らばった教科書を拾い集め、軽く手で砂を叩いた後にうずくまったままの少年に手渡す。


「ほらよ」


 少年は泣きながら教科書を受け取り、口を開いた。


「お兄さんたち、ずっと見てたよね。なんで助けてくれなかったんだよ……」

「あ?知るかよ」

「そんなの酷いよ!」


 武田は「おい」と言いながら、泣きわめく少年の胸ぐらを掴み自分の正面に立ち上がらせた。


「助け求めれば助けて貰えると思ってんじゃねえ。そんな甘えた考えだからいじめなんてされんだよ!」

「おい、武田! そんな子に言っても」

「進藤、お前は黙ってろ。俺はこいつと話してんだよ」


 少年は驚きですっかり萎縮してしまっているようだった。武田は先ほどの怒号をあげた人物とは別人かのように、優しく、そして少し苦しそうな声で続けた。


「世の中にはな、自分でどうにかしねぇといけないことがあんだよ。他人のせいにすんな。自分が変わらなきゃならねぇんだよ」


 武田は「これやるよ」と言い、先ほど私の家から持ち去った特売のチョコレートを手渡した。受け取る少年の瞳からは、先ほどまであった憎悪の感情とは違うものが宿っているように感じた。


 まさかチョコレートが武田の妹どころか、見ず知らずの男子中学生に渡ることになるとは、特売日に購入したときには想像もつかなかった。

 私の中での予想は本命、アイに無断で奪われる。

 穴、上手く隠し通し私が摂食出来る。

 大穴、他人が食べる。であった。ちなみに対抗はない。


「おい、さっきも言ったけど学校とかで話しかけんなよ。あと、今のことも忘れろ」


 武田は去り際にそう言い、一人公園から出て行った。どれだけ私と関わるのがいやなのだろうか。奴の目にはそれほど私はバカに見えるのか。

 しかし、武田の意外な一面を見た気がする。

 いや、外見から受けるイメージ通りと言えばイメージ通りではあるのだが、奴がこんなにも感情を露にしている姿を見たのは初めてのことだったからそう感じた。


 少年も立ち上がり帰って行ったことだし、私も帰路につくことにしよう。

 こんなところにいて万が一プリント類が汚れでもしたら、担任に何を言われるか分かったものではない。

 と、ここまで来てようやく、未だに自らの右腕に提出予定であったプリントが握られていることに気がついた。

 心の中で武田のことを健忘症扱いしていたことを詫びる。私とて同じであった。

 仕方があるまい。どうせ停学者という烙印を押されているのだ。今更こんなことで落ちる教師陣からの評価も微々たるものであろう。


「なんか変だよね」

「おわっ!」


 唐突に背後から声をかけられ、思わず変な声が出てしまった。

 振り向くとアイがいた。聞けば武田との一部始終をすぐ後ろでずっと見ていたようだ。

 変なのはお前の生活リズムだと言いたくなる衝動に駆られたが、意見は同感だ。

 私は彼を、噂ほど悪い人間だとはとても思えなかった。むしろ―———。



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