第三話
寝る子は育つということわざがあるが、あれはきっと迷信だろうと最近シミジミと思うようになってきた。最近とはアイとの奇妙な共同生活が始まってからだ。
私は紳士な人間である。行く当てのないかわいそうなアイを、現在私一人で住んでいる家に居候させてやるくらいの心の広さも持ち合わせている。
それに居候といっても、所詮は月の満月までの限られた時間だ。幸いなことに空き部屋も多くある。
暮らし始めて分かったのだが、アイの睡眠時間は異常に長い。特に体力を使うようなことをしている訳でもないのに、一日に少なくとも10時間は寝ているのではないか。
夜更かし性も持ち合わせており、草木も眠るような時間まで起きていては昼過ぎに目覚めるような生活を送っている。
そのくせ私が学校の日に、彼女への昼食を用意せずに家を出ると「ケチ! 飢え死にする!」と怒る。何がケチなものか。
そもそもアイは飢え死にすることはあるのか?という疑問が出てくるが、どうやらそれはあるようだ。我々人間と同じで、栄養を取らなければ朽ちてしまう。記憶はあくまで我々にとっての酸素のようなものらしい。
アイは非常に良く寝るくせに見た目は小柄な普通の女子高校生のようだ。その実何百年も生きているのにだ。
人間のことわざを彼女に当てはめることに多少の違和感はあるが、やはり寝る子は育つということわざは私の中では信用しがたいものとなった。
そしてよく食べる。最初にオムライスを振る舞ったときは、あまりにお腹がすいていたのだろうと思い哀れな気持ちを覚え、多少心苦しい気持ちになったが、あのときの私を説きたい。
そいつは普段から大食いだ。と。
一食で私が普段学校に持参している弁当の3倍は平気で食べる。
別に私が小食という訳でもない。彼女が一人いるだけで、我が家の財政が傾きかねないと思うほどの喰いっぷりであり、もはや清々しく思える。
特に動きもせず昼過ぎまで寝て、大量に食す生活を送っているのに太らないというのだから、世の女性諸君がみたら反感を買うことは間違いない。
そんな彼女は私が学校に通っているときや、夜遅くまで起きて何をしているのかというと、私のパソコンを私物化しYouTubeを見たり漫画を読み続けているようだ。
アイの堕落した生態による実害がある訳でもないので、当の本人に文句を言うつもりはないが、そんなニートのような生活を続けていていざ記憶を奪うときにしっかり動けるのかいささか心配になる。
まあ彼女曰く、本人が何か手を加える訳でもなくその時が来ると自然と記憶を奪取する能力が備わっているらしいので、私の危惧も全く問題はないのだろう。
さて、そんなことを考えながら帰路についているともう家が見えてきた。今日は部活もなかったため、時間は15時30を少し回った頃だ。
いつも通り、彼女は私の部屋で漫画でも読んでいるだろうと考えながら玄関のドアを開くとその予想は大きく裏切られた。
少し話が脱線するが、私の部屋で、と言ったがもちろん彼女にも部屋と暖かい布団は与えてある。
ただ、漫画を読むときは、私の部屋に無断で侵入して長いと5,6時間以上読みふけることがあるのだ。断じて同じ部屋で寝ている訳ではない。
玄関に踏み込んだときに目に飛び込んできたのは、なぜか私が通う高校の制服姿のアイであった。